第57話 女3人珍道中
最近寒すぎませんか?
・・・・・・遅筆の言い訳になりませんかね?
がらがらと音をたてて戦闘馬車は進む。
音の割にあまりスピードは出てない。
なぜなら両脇を森に挟まれた林道を走っていて、あんまり視界が効かないから。
今、朧雪華は馬車の屋根に乗って気の感知で索敵をしている。
ネルソーを出るときに大まかな索敵をしたら、森の入り口くらいまで危険はなさそうだったんで寝てたんだけど、さっき起き出して索敵を再開した。
・・・・・・うん、しばらくは大丈夫そう。
「ヒマリ、もうちょっと速くても大丈夫だよー」
「ああ、起きたか。わかった・・・・・・なあ雪華」
「なに?」
「その周りの気の感知ってどうやるんだ? 便利そうだからアタシも覚えたいんだけど・・・・・・」
ヒマリが前を向いたまま聞いてくる。
先日酒場で打ち合わせをしたときに、お互いに何ができるかひととおり話してある。
その時に索敵が出来るよ! って言ったら嘘つきを見る目をされたから、その場で顔を伏せてウエイトレスさんの動きを言い当てて見せたら信じてくれた。
地味に聞こえるけどこれ凄いんだよ? 満員の酒場だから騒がしくて音も聞き分けられないような中で、どの位置かは気配だけじゃわからないからね。
以前は人がいっぱいいるとごっちゃになってわからなくなったけど、「活殺自在」の修練で見分け? って言って良いのかわからないけど、細かい違いもわかるようになった。
だから姿の見えないラベイラは馬車の中で休んでるのも把握済み。
「ヒマリは瞬牙流を習ってるんだっけ?」
「ああ、「韋駄天具足」の修練を積んでる」
「韋駄天具足」というのは朧流格闘術瞬牙流特有の修練法で、体内の気を速度に特化させて、反射速度と素早さを上げる事を重点に置いたもの。他に「阿修羅具足」「伊舎那具足」がある。
朧流はそれをいっぺんにやるんだけど、難易度が高くて難しいから分派の瞬牙流は細分化して習得しやすくしたんだ。
でもメイちゃんとかがやってる単純な肉体強化より上位の修練だから、相応の努力と根性がないと習得できない。
つまり「韋駄天具足」を扱えるってことは、ヒマリも一流の戦士って事。
だからこそ、この気の感知の話はびっくりするかも。
「じゃあまず、他の具足修練を全部修めて、それを一度にぜんぶ発動するところからかな?」
「それ免許皆伝レベルじゃないか!?」
「そうだよ? 自分の気の流れがわかんなきゃ、他人の気の流れなんてわからないよ」
わたしの場合はちょっと事情が違うけど、理屈で言うとそうなるんだって。
おばあちゃんが言ってた。
「うへぇ・・・・・・先は長いなぁ、天地流ってそんなことやってたのか。ただのスポーツだと思ってたよ」
「うん、それで間違ってないよ。うちは天地流じゃなくて朧流だから」
「その朧流ってのがわかんねえ。瞬牙流とシルヴァ流と天地流の元だって? 聞いたこと無いぞ?」
「そうだねえ・・・・・・あ、朧暁華って知ってる?」
「もちろん知ってる! 全ての流派の技を使いこなす大陸最強の格闘術士・・・・・・え!?」
「そうゆうこと。全部の技を使えるんじゃなくて、朧暁華の朧家が元だよ」
「はー・・・・・・知らんかった」
故国から追い出された貴族の末裔なんて、そんな程度の知名度しか無いよね。
「ついでに教えて欲しいんだけど、ケイトって誰だ? 雪華がユニリアの王都までそいつを迎えに行くってのはわかったけど、どうにも気になってさ。いや、話したくなければいいけどよ」
「あれ? 話してなかったっけ?」
「ああ」
「卿人はね、わたしの恋人。会うのは3年ぶり」
自然と、笑みがこぼれる。
うん、わたしはこれから、恋人に会いに行くんだ。
ヒマリがばっとこちらを振り返る。
・・・・・・そんな信じられないものを見たような目で見られても困るよぅ。
「前見てないと危ないよ?」
「あ、すまん! ・・・・・・もうちょっと詳しく!」
食いついてくるヒマリには悪いけど、それはちょっとお預け。
魔獣だと思しき群れの反応が、馬車の音を聞きつけたのか近づいてきた。
「あとでね。多分もう少ししたら戦闘になるから、ラベイラ呼ぶね?」
「ああもう! 良い所で!」
屋根からひょいとヒマリの隣に飛び降り、御者台から中に入ろうとしたところで、ラベイラが顔を出した。
「ちょっと雪華さん! 恋人って・・・・・・」
「はいはい後で後で。屋根で待機してくださーい」
「絶対ですわよ!?」
噛みつきそうな勢いでそう言って、よたよたとはしごを登っていく。
大丈夫かな?
「雪華! どのくらいで来る? 数は? 突破できそうか?」
「もうちょっとかかるかな。数は13、小型の魔獣だと思う。だから突破は無理。念のため少し余裕を持って早めに言ったんだ。ごめんね?」
「いいや、ありがたい。スピードおとすぜ? 13匹か・・・・・・多いな」
確かに、群れてるにしてもちょっと多い。
警戒態勢のゆったりとしたスピードで馬車を進める。
魔獣の気を追っていると、集団でまっすぐこちらに向かってきた。
「ヒマリ馬車止めて! 右前方、森の中から来るよ!」
「あいよっ!」
馬車が止まると同時、わたしとヒマリは馬車を飛び降りる。
訓練を受けた軍用馬は多少雑に扱われてもきちんと停まる事ができるんだ。
「ラベイラ! 見えたら援護してくれ!」
「準備できてますわ!」
ラベイラの身長ほどもある長いメイジロッドの先には、既に魔法式が展開されている。
ほとんど間を置かず森から飛び出してきたのは・・・・・・。
「オルトロス!? 推奨ランクCの魔獣じゃないか!?」
オルトロスは頭がふたつある大型の真っ黒な犬なんだけど、単体ならランクD程度。
でも群れでの戦闘力が高いからランクCに分類されるんだって。
卿人の持ってた図鑑で頑張って覚えたよ!
「『グラビティ:ウォール』!」
ラベイラが掲げた杖から光がほとばしり、地面から光の壁が現れる。
オルトロス達は勢いのまま壁に突っ込み、なんの抵抗もなくすり抜けた。
けど抜けた瞬間、飛びかかって来ていた個体がべちゃりと地面に落ちる。
そのまま何匹かぼとぼとと地面に落ちて、縫い付けられたように動かない。
『グラビティ』は重力を操作するんじゃなくて、自分の体重を何倍にもしてしまうという、とってもとっても恐ろしい魔法だ。
「ナイスラベイラ!」
地面に縫い付けられているオルトロスに剣を突き立てていくヒマリ。
そこをめがけて、壁を回り込んだ別のオルトロスが飛びかかる!
「やらせないよ?」
今にも噛みつこうとしていた首の片方をひっつかんで、勢いに逆らわず掴んだまま左足を軸に一回転、続けてわたしに飛びかかってきた1匹にぶつける。
ぎゃん! とか叫んでいるオルトロス2匹を、浮いているうちにまとめて掌底で吹っ飛ばす!
ついでに吹っ飛んだ先にいた1匹に激突させて3匹まとめて倒した。
「見た目に反して豪快ですわ!」
ラベイラが興奮して赤いローブをばさばさやってる。
そんな事したら狙われるよ・・・・・・ほら1匹気を取られた。
その気を取られた個体に向け跳び蹴りを叩きつけて沈める。これでヒマリが仕留めたのを含めて7匹!
「はやっ!? アタシまだ戦ってないぞ?」
「じゃああとお願いしていい?」
「お前タンクだろがい!?」
そんな軽口を叩きつつ、残ったオルトロスを観察する。
だいたい半数がやられたにもかかわらず、オルトロス達は逃げ出す様子もなく、遠巻きにこちらを威嚇していた。
意外と根性があるなぁ。
いや違うか。
わたしたちを襲わないといけないくらい餓えてるんだ。
なら、なおのこと逃げてもらわなきゃいけない。
森の中で他の魔獣を襲って、全体数を減らして貰わないといけないから。
しびれを切らしたのか、飛びかかってくる1匹のオルトロス。
すいと横に移動してやり過ごし、目の前に迫ってきていたもう1匹をかかと落としで迎撃、地面に叩き付けて。
「寒椿!」
そのまま踏み抜く!
バゴン!
派手な音を立ててオルトロスごと地面を陥没させる。
もちろん倒すのにここまでの威力はいらない。
だけど、こいつらをびびらせないといけないから、あえて高威力の技を使った。
わたしは踏み抜いた姿勢のまま、残りのオルトロスに声を掛ける。
言葉は通じないだろうけど。
「わたしたち、美味しくないよ?」
仲間がぺちゃんこになったのを見てか、それとも小規模なクレーターを作ったことに対してなのか。
わからないけど、とにかくオルトロス達は尻尾をだらりと垂らして、じりじりと後ずさりしていく。
そこへラベイラが炎の玉を、オルトロスの目の前に叩き付けた。
おお、攻撃魔法が苦手と行っていた割にはなかなかいい威力じゃん!
ぶわりと燃え広がる炎がきっかけとなって、オルトロス達は一目散に逃げていった。
「雪華さん凄いですわ! 強いですわ! 頼もしいですわ!」
「ホントだよ! アタシなにもしてないし!」
べた褒めしてくれるラベイラに対して、褒めてるんだか文句なんだかよくわからない反応のヒマリ。
うん、どや顔しておこう。
「ううん、それほどでもあるよー」
「くっそ! 事実だけにムカつく! ・・・・・・ホントに強いんだな。オルトロスがまるで赤ん坊じゃないか」
悪態をつかれたけど、素直に強いと言ってくれるのは嬉しい。
「ありがと! さっさと移動しよっか?」
「そうだな。でもこいつらの処理をしとかないと。他のが集まって来たら後から来る奴らがこまる」
「そうですわね、燃しておきますわ」
ラベイラは馬車から降りて・・・・・・屋根から戻るときに「きゃあ!」という悲鳴と何か落ちるような音が聞こえて、ヨロヨロと出てきた彼女は腰をさすっていた。
・・・・・・全然身体を使えてない。
今度稽古つけてあげようかな?
「相変わらずどんくさいなあ!」
「ヒマリ! お言葉遣いが悪くてよ!」
そんなやりとりがありつつ、ラベイラが魔法でオルトロス達を火葬してくれた。
わたしは軽く頭を下げて黙祷する。
「獣に黙祷しなくても良くないか?」
「んー・・・・・・。癖だよ。果国人の。あんまり気にしないで?」
「そっか、じゃあきにしない」
ホントは理由があるけど、あんまり理解して貰えないしね。
再び馬車の移動に戻る。
だいたい森の半分を過ぎた辺りで、時間は夕刻。
森の中で一泊は野宿しなくちゃいけない。
途中に野宿用の施設があるから、日のあるうちにそこまでたどり着きたいけど、ギリギリかな。野宿するのに屋根があるだけでも随分違うからね。
途中散発的に魔獣や魔物に襲われたけど、全部2,3匹程度で、ほとんどヒマリが倒してしまった。
最初のオルトロス戦で活躍出来なかったのが悔しかったらしくて、めっちゃ張り切ってた。
ヒマリの剣技は見とれるくらい綺麗で、しっかりした型があるみたい。
たぶん、騎士剣術じゃないかな。
騎士剣術は攻防一体の剣術だからとても堅実だ。そこにスピード重視の気の運用「韋駄天具足」もあいまって軽戦士としても安定感のある戦い方だ。
ヒマリがランクCなのも納得できる。
今は周りに危険そうな反応は無いけど、暗くなると今度は夜行性の魔獣がいるから油断は出来ない。
わたしは屋根の上を定位置にして索敵を続けている。
手綱を握っているのはラベイラだ。正直、ヒマリよりも巧い。運動神経無いのに馬の扱いが巧いのが不思議だ。
ヒマリはラベイラの隣でぐったりしてる。
「ヒマリ、どうなさいました?」
「腹減った」
「まぁ? お昼は森に入る前に頂いたでしょう? お行儀が悪くてよ?」
「アタシはアタッカーだから腹が減るんだよ!」
そっか、お腹すいたのか。その気持ちはよくわかる。わたしもお腹すいた。
ウエストポーチの中から干し芋をふたつ取り出す。
これも、お義父さんが出がけに持たせてくれた物。干し芋だけどあんまり保たないから早めに食べろって言われてたから、丁度いいかも。
「ヒマリ、これあげる」
ぽいと御者台に向けて投げる。わたしもお行儀悪いけど、索敵しながらだからゆるして。
「おっ、サンキュー雪華・・・・・・旨いなコレ!」
「果国南部で採れる甘いお芋なんだって。おいしいよね~」
「果国の食べ物って不思議ですわ。何故あんなに美味しいのでしょう?」
「あの国は食に関する執念がちょっとおかしいんだって。昔戦争してた理由のひとつに、他国の品種改良技術を奪うためっていうのがあったらしいよ?」
それを聞いてふたりの顔が引きつった。
「食物そのものは狙わないんだ・・・・・・」
「ううん。それも含めてだから、絶対に兵糧攻めとかはしなかったんだって。だから酒蔵とか間違って壊した場合、すぐに和平を申し込んで賠償したとか。ついでに戦争を止めた理由も食べ物関連だったらしいよ。詳しくは知らないけど」
「理解できませんわ・・・・・・」
大陸の戦争は焦土作戦も辞さないって聞くよね。
本土にいる果国人はその土地の文化に対して異常なほどの敬意を払うんだけど、戦争中は特に顕著だったみたい。
「おかげで美味しい物が食べられるから、わたし的には感謝しかないけどね」
「お酒と言えば、ネルソーの食堂でいただいた米酒? でしたかしら? とても美味しかったですわ! 何かお勧めはありますか? 今度取り寄せてみようかと思いまして」
「ごめん。わたしお酒の事わからないんだ」
「あら、下戸ですの?」
「ううん、最初のお酒は卿人と飲むって決めてるんだ」
「それだーっ!」
『うわあ!?』
急に叫び出すヒマリ。
心臓に悪いからやめてよ!
「なぁんか忘れてると思ったらそれだよ! ケイトだよ、お前の恋人についてだよ!」
そういえばそんな約束してたっけ。わたしもすっかり忘れてた。
というかだ。
「話すのはかまわないけど・・・・・・わたしに卿人の事語らせたら長いよ? たぶん同じ事何回も言うよ?」
「うーん、じゃあ簡単に2行で!」
「世界一!
格好いい!」
「説明が下手すぎましてよ!?」
次回はいきなり壊れた雪華ちゃんからです




