第6話 パリングメイス
卿人君は奇妙なメイスに手こずっている様です
迫り来る刃を何とかパリングメイスで受け止める。
だが威力を殺しきれずにそのまま振り抜かれ後ろに数歩、よろめいてしまった。
狙い澄ました突きが俺の喉元に迫り・・・・・・ぴたりと止められた。
「だから受けきれないと思ったら下がれって言っただろうが!」
九江卿人は九江十三郎にどやされていた。
「それからいい加減そのメイスの間合いを覚えろ! 今のじゃ受け流せても何も出来ねえぞ! 足運びが甘い! あとあれだ、無理して受けんな!」
つまりほぼ駄目だって事だ。流石にちょっと凹む。
九江魔法道具店裏手、訓練場の四角く切り取られた午後の空は、どんよりと曇っていて今の俺の心を表しているようだ。
今日の親父は刃を潰したショートソードにレザーアーマーを着用している。うっかりメイスが当たった時の配慮だろう。
引退するきっかけとなったヒザの古傷など感じさせない動きで、俺はめためたにやられていた。重く、鋭く、速い剣は見切ることが困難だ。
今俺は盾を持たず、右手のパリングメイス一本で攻防をこなしている。
盾を持たないのは、今はうっかり使わないようにするためだそう。
このパリングメイス、恐ろしく扱いが難しい。メイスでありながら盾、というのもさることながら、なまじメイスとしては十分な性能を持っているからか、どうしても防御として使うことに抵抗が出ている。ワンガスのおっさんの完璧な調整が逆に悪く働いているが、それは俺の技量が足りないからだろう。
「いいか、俺はお前のメイスと体捌きでどうこう出来る攻撃しかしてねえ。必ず捌ききれる攻撃だ、もう一本行くぞ!」
親父の繰り出す剣閃は気を抜くと2回同時に斬りかかって来るような錯覚を覚える。フェイントが巧み過ぎてそう見えるんだろう。何とか躱していく。
とりあえず受けられそうにない攻撃を躱す事から始めよう、今のところ受け切れそうな攻撃がない。
「おら! 今のとこ受けれたぞ! 見逃してんじゃねえ!」
マジか・・・・・・。
もっと集中して・・・・・・ここ!
袈裟斬りのフェイントを見切って打点をずらし、攻撃を弾くと同時に逆袈裟にメイスを振り上げ、そのまま親父の頭めがけて振り抜く!
「悪くねえ」
すいっ、とスウェイで躱され、剣の柄で胸を強打されてしまった。
息が詰まり、身体が宙に浮いてそのまま後ろにぶっ倒される。
「ごっふ!?」
「悪くねえが一手たらねえ、もっと迅く振るか、そっから振り下ろせるようにしとかねえと今みたいになる。覚えとけ」
「げふっ、げふっ・・・・・・わ、わかった・・・・・・」
親父はびゅん、と剣を一振りして納刀する。
「今日はここまでだ、しっかり身体休めとけよ」
ヒートアップしていたんだろう、気を落ち着けるためか、さっさと家にはいってしまった。
今日は天地流の子供達もいないので訓練場は閑散としていて、独り占め状態。
俺は荒い呼吸をして仰向けに倒れたままぐったりする。
だめだ、全然動けない。もらったダメージはそうでもないのだけど、疲労の蓄積が身体の活動を許してくれない。
パリングメイスをもらって、ここ何日かメイス訓練漬けである。今日だって午前中から昼休憩のみでほぼぶっ続けで夕方前だ。正直子供の身体にはかなりのスパルタ教育だと思う。尤も、親父も、おふくろも、これくらいじゃ俺がへこたれないのをわかってやっているんだけど。
でもなぁ、しんどいものはしんどい。
何がしんどいって、訓練内容もそうだけどなにより・・・・・・。
ひょこっと、寝転んだ視界の上から雪華が顔を出す。
「卿人お疲れ!」
にっぱーと笑ってそう労ってくれるが、俺は気恥ずかしさのあまり視線をそらせてしまった。
「どうしたの?」
くいっ、と笑ったまま小首をかしげる雪華。
言えるわけがない、今ちょうど雪華の事を考えていた、なんて。
「なんでもないよ、それより、この時間雪華は鍛錬じゃなかった?」
そう、彼女は彼女で、俺がスパルタ訓練を受けているということで暁華おじさんから特別メニューの鍛錬をしていたはずだ。おかげで雪華成分が足りていない。
って何考えてるんだ俺は。ロリコンじゃあるまいし。
雪華は天地流の道着を着ている。柔道着のそれに近い。足下はサンダル。
「うん、なんかお父さんが急に「卿人が良い動きをした気配がある」とか言って今日は終わりにしてくれたんだ! で、卿人を見に来たの」
成る程、つうか暁華おじさんも俺たちにはホント甘いな、いや、訓練は別として家族みんな甘いんだけど、暁華おじさんは輪を掛けて甘い気がする。気配で俺の動きを読むのは軽くホラーなんだけどね。
「はいじゃあ、タオルと、飲み物」
「ありがとう」
ありがたい、どうにか身を起こして受け取り、ドリンクをあおる。疲れた身体にしみこんでいく感じが心地良い。この世界でのスタミナドリンクは、マナポーションを薄めたモノだ。単純に疲労を回復する効果がある。
タオルで汗を拭き、一息つくと雪華が隣に座って寄りかかってきた。
「あせくさーい」
ケラケラと笑いながら、離れもせずに肩に頭を乗っけてくる。
雪華も終わってすぐ来たのだから汗をかいているはずだけど、不思議と汗臭さはなかった。
「臭いんなら止めたら良いのに」
「やだ、最近不足気味の卿人成分を補給してるんだもん」
期せずして同じ事を考えていたと思うと、また恥ずかしくなってしまった。
「不足気味って、毎晩会ってるじゃないか」
「おたがい疲れ切ってすぐ寝ちゃうじゃん。おはなしも出来なくて、あれじゃ足らなくなるよぉ」
まぁ、俺も足らなかったわけで。こうやって充填させてもらっているわけですが。
そんな事を考えていたら、雪華は肩口から俺を上目遣いで見上げると、にぱっと笑って。
「んふふ~」
満足げに鼻を鳴らすのだった。
たぶんだけど、俺も同じなのをわかってるんだろう。
・・・・・・凄く、落ち着く。数日ぶりにぼうっとしてるな。
なんだろう、精神が身体に引っ張られてるんだろうか。雪華に頼り始めている自分がいる。違うか、甘えてるんだ。
でもなぁ、やっぱりこの子は、朧さんと同じ魂の持ち主で。
いやでもさ、俺この子好きだしさ、この子も好きって言ってくれてるしさ。
・・・・・・。
だめだなあ。なんで納得いかないんだろう。潔癖症なのか、なんなのか。
気付くと雪華がこちらを見つめていた。
「考え事?」
「うん、やっぱりこのメイスは難しいなって」
殆ど無意識に、思っているのと全然違うことが口から出てきた。
もしこの話をするにしても、今はするような時期じゃない。
雪華は少し不満そうな顔をして、俺から身を離して立ち上がる。
「ちょっと構えてみてよ?」
「え? 何?」
「いいからいいから~」
倦怠感はあるが、動けなくはない。
促され、メイスを持って構える。盾は持たず構えだけ。
雪華はちょっと離れてこちらの全体を見る。
「うん」
「うん?」
指で四角を作って片目でのぞき込むように見ていた雪華が頷く。
「やっぱりちょっとバランスがおかしい。体が安定してない」
真剣な声だ。
雪華は盾を持ってくると、俺に持たせる。いつも俺が使っているものではなく、通常サイズのラウンドシールドだ。
そして再び距離を取って指で四角を作る。
「うん、全然違う。芯が通った」
言われて気付く、盾を持つ方に重心を傾けすぎていたようだ。普段使っている盾より相当重くイメージしていたのか。
「成る程、この感覚を覚えておけば安定するって事か! 有り難う雪華!」
「どういたしまして! やっぱり卿人は盾持ってた方がかっこいいよ!」
「う、うん、あり、がとう・・・・・・」
いきなり褒めてくるのでびっくりした。
盾姿が似合うといわれるのは最上級の褒め言葉だけに、照れる。
「朧流は重心が命だから、空を飛んでても重心は崩すなって教えられるんだよ」
「それは凄いね・・・・・・」
確かに朧家の面々は空中でも普通に直立してそうで怖い。
親父は身体に覚えさせるタイプだから、雪華のアドバイスがなかったらもっと時間がかかったかもしれない。
「あ、でもね、その、ぱりんぐめいす? を信用しきれてない気がする」
「信用」
「うん、信用。卿人はその武器を攻撃するためのものと思ってるかもしれないけど、それは卿人の身を守るためのものだよ? ワンガスのおじちゃんはああいってたけど、武器は武器でも守るための武器だよ」
「・・・・・・そっか」
単純な発想の転換だ。守るために戦う。それなら納得がいく。
守るために戦う。
守り抜くために、打ち倒す。
うん。
「難しいね」
でも出て来た言葉は、そんな言葉だった。
◇
卿人は、そんなことを言った。
卿人はたぶん、戦うのを嫌がっている。
ううん、戦うこと自体は嫌じゃないはず。
ただ、人を傷つけると自分が傷ついてしまう事をわかってる。
とってもやさしい。でも、すごくこわがりだ。
わたしの大好きな男の子。わたしたちは今でも小さいけど、もっと小さな頃からずっと一緒で。遊んでいてすごく楽しい。わたしがふざけてもちゃんと合わせてくれるし、だめならちゃんと叱ってくれる。いつもわたしを気に掛けてくれるし、わたしを邪魔者にしたりしない。
家族じゃないのに、家族みたいに接してくれる。
家族よりも、卿人といる方が楽しくて、安心できる。
同じ年なのに、ずうっと年上みたい。
わたしは、卿人がなんで頑張ってるかを知らない。でも卿人はすごく努力している。
わたしも努力はしてるけど、それは卿人もおんなじ。天地流だってわたしと同じくらいに使える。
わたしの頑張る理由は簡単だ。
朧だから。
朧雪華だから頑張る。
わたしがわたしであるために、わたしをなくさないために頑張ってる。
だから気になった。
「ねえ、卿人」
「ん?」
「卿人は、なんで頑張ってるの?」
目をつむる卿人。卿人はたまにこうやって深く考え込む時がある。
なんとなく、ほんとうになんとなくだけどわかる。
こういうときの卿人はきっとわたしの知らないところにいる。
目を開いた卿人は、まだ迷っているような感じだけど。
「後悔しないため、かなあ?」
とても、卿人らしい答えだった。
こわがりでも、迷っても、きちんと歩こうとしているところが。
やっぱり大好きな男の子だ。
わたしは普通の女の子じゃない、朧流格闘術を継ぐ者のひとりだ。
そうやって育てられたし、そうなるつもりだ。
だから女の子を鍛えるのは難しい。クッキーくらいなら焼けるけど。
卿人の好みは知らない。知ってても卿人の好みの女の子になるのは難しいけど。
普通の女の子として接してくれる、わたしを普通の女の子でいさせてくれる卿人が大好きだ。
だからわたしのことを好きになって貰えるように、わたしが卿人のことを好きだって事をわかってもらえるように、もう何回も言ってるけど、わたしは何回だって言うんだ。
「やっぱり卿人大好き!」
「なんでいまので!?」
慌てる卿人を無視して、わたしは抱きついた。
◇
そんなふたりの様子を、互いの父親は眺めていた。九江魔法道具店の2階である。
「あいつら進みすぎじゃねえか?」
黒髪の優男。十三郎は優しい目をしつつもそんなことを言う。正直さっきの息子はがたがたで隙だらけ、盾だけで戦った方が強かった。それがどうだ、雪華のアドバイスひとつで歴戦の重戦士のように身体が安定した。
もう何年か、2年か、3年か。鍛えれば低ランク冒険者など歯牙にも掛けない実力を手にするのは間違いなかった。
自分が8歳の時といえばまだ木剣に振り回されていた記憶がある。いかに恵まれているとは言え、ここまでの成長速度は少し異常だった。
もちろん進みすぎというのはそのことではない。
「このまま行くところまで行きそうだ」
「まさか。それはあるまい」
即座に否定したのは朧暁華だ。ふたりに気を利かせて店の正面から入って来たのである。
「なんでそんなことわかんだよ?」
「十三郎、貴様童貞を切ったのはいくつだ?」
突然聞かれて十三郎は鼻白む。
だが暁華の目にふざけているような色は見られない。
なので答えた。
「10(とお)ん時だ。相手は5つ上の近所の姉ちゃんだったな」
「・・・・・・!?」
予想より随分早かったことに絶句する暁華。
「相手から誘われたのか?」
「うんにゃ、俺が口説いた」
「貴様、果国の生まれではなかったか?」
「あ? そうだぜ、だが平民の貞操観念なんてそんなモンだ」
果国では婚前の性交渉は非推奨とされ、貴族の間ではふしだらだと蔑まれる傾向にある。尤も、最近生まれた風習であり、戦乱の時代にはあってないようなものだっだし、現在でも平民には浸透していない。それでも10歳というのは早すぎるが。
その辺りユニリア王国は緩いが、それでも十三郎は異例の部類だろう。
「ま、まぁ、少なくともそっち方面で貴様程早熟ではあるまいよ」
「そうだが・・・・・・」
言葉を濁す十三郎。
卿人は不思議な息子だった。酷くおっさん臭いことを言ったかと思えば、年相応に無邪気なところを見せる。とても繊細な気遣いを見せたかと思えば、何でも無い事でミスをする。女の扱いが上手いように見えて、不器用な言動が目立つ。大胆で、臆病。
奇妙な二面性をもっていた。
それだけに読めない部分が多く、十三郎は心配しているのだ。
「でも俺の息子だぞ?」
「ううむ・・・・・・」
「逆に聞くがお前は卿人で良いのか? 雪華の相手」
「それこそ愚問だろうよ、あいつ以外には考えられんな」
なぜか筋肉質のパンプアップした胸を張りながら暁華が答える。
十三郎はため息をひとつ。
「聞いた俺が馬鹿だったよ」
暁華は卿人を非常に気に入っている。父親が接するより甘い。
「暁華、なんでお前はそんなに俺の息子を気に入ってるんだ?」
「無論、貴様の息子だからだ」
そう言って、十三郎に流し目を送る。
ぞわっと鳥肌が立った。椅子を蹴って立ち上がり、思わず戦闘態勢を取る。
「冗談だ」
「やめてくれ、お前の冗談はわかんねえ」
暁華の冗談は希にするりと出てくるのでたちが悪い。
空気を変えるためかこほんとひとつ咳払いをする暁華。
「卿人の目には、生き抜いてやろうという意思がある。覚悟がいささか足りていないが、生きるということに対しては貪欲だ」
「ああ、そうだな」
十三郎もそれはわかっていた。この世の中で生きて行くには一番大切なことだ。
だから十三郎も訓練で手は抜かない、卿人が生きていけるように。
「冒険者始めれば何でも無いことで簡単に死ぬ。だがそうは問屋が卸さねえ。あいつに店継がせるんだ、死なれたら困る」
「魔道具の作成に戦う術か、貴様も忙しいな」
「うんにゃ、そこは考えがある」
「ほう」
悪い顔をした十三郎を興味深そうに暁華は見るが、彼に答える様子が無いとわかると話を続けた。
「それで、卿人はあの奇っ怪なメイスを使いこなせるのか?」
「問題ないな、俺が教えてんだ。基礎も雪華のおかげで整った、あとは慣れだ」
「ふむ」
パリングメイス。無手格闘術の使い手である暁華に武器はわからないが、少なくともあのメイスがかなりの規格外であることはわかる。
「筋肉量は足りるのか?」
「あいつは技術で振るタイプだからな、線が細くてもどうにかなる。いや、どうにかするのが果国人だろ?」
「ちがいない」
そもそも、朧流格闘術はそのために生まれた。暁華が筋肉質なのは半分趣味である。
今は果国とユニリア王国は同盟国だが、以前は派手に戦争を起こしたこともある。
サムライと呼ばれる小兵に、体格で勝る王国人は随分と苦しめられた。
笑い会い、窓から子供ふたりを見ると、相変わらずいちゃついていた。
「結婚して!」
「おっぱいがおっきくなったらな」
「サイテー!」
「おぶぅ!?」
卿人がきりもみ吹っ飛びでとんでいく。
「十三郎よ」
「あん?」
「念のため避妊の仕方だけは教えておけ」
「・・・・・・お前もな」
結局信用してねえじゃねえか。
こんな幼馴染みはいねぇ!
という突っ込みは無しで
次回はもう少し、卿人君の内面に触れます