第51話 中央平原
ごっつい枝切りばさみを見つけてちょっとびっくりしてます。
そうして九江卿人は2年後、無事雪華と再会した。
となれば良いのだけれど、あれからまだ半年もたっていない。
覚えているだろうか?
僕は、大賢者たるエルフ種のノートル師匠が作成した怪しい薬・・・・・・霊薬らしいんだけど、その効果で6日徹夜で丸1日寝るという生活をしていた。
普通に生活をするために、まずこれを通常の状態に戻すことから始めなければならない。
霊薬に依存性は無いんだけど、生活習慣を無理やり変えるほどの薬なので当然、強い副作用がある。
服用を止めた場合、生活リズムにズレが生じる所謂「時差ぼけ」がおこる。この時差ぼけを元に戻せば良いだけなのだけど、何しろ1週間分の時差ぼけである。最初は全く眠れなくて非常にしんどかった。
そのためにとった対応策が・・・・・・。
ぎゅおおおおおおお!
朝露の残る平原に響き渡るのは、心胆をふるわす獣の咆吼。
ムルディオ公国領、中央平原はその名の通り一面の平原だ。麦の生産が盛んで大陸で消費される麦のほとんどがここで生産され、輸出される。収穫前の今は麦畑が金色に輝いている頃だろう。人の手が入っている地域が広く、とても安全に旅が出来る国の代名詞と言ってもいい所だ。
とはいえその外れともなるとこういった大型魔獣が出没する。
大陸のどこでも言えることだが、魔物よけの出来ている街道以外は魔物の領域と言っても過言では無い。
そして先ほどの鳴き声の持ち主は。
「またランドドラゴンか・・・・・・」
僕は大きくため息を吐いた。
いい加減にしてほしい。
クラフターズの元で修行を開始してから、こいつとばっかり戦ってる気がする。
なんでこんなに数がいるのか不明だ。もしかしたらゲームみたいにリポップしてるのかもしれない。
などとくだらない事を考えながら観察する。
中央平原のランドドラゴンは体色が薄く、足が長くて少しスリムな印象を受けた。
平原を駆けるのに適した進化をしているのだろう、重心が余所のランドドラゴンに比べて随分と低い。
そいつは頭を地面すれすれまで下げ、僕を睨み上げるようにして様子をうかがっている。
対して俺は、スノーゴーレムと呼ばれる白いアルマジロの革鎧に、パリングメイスを参考に作った大きなナックルガードを持つウォーハンマー。ミスリル合金製のラウンドシールドだ。
ランドドラゴンの討伐推奨パーティランクはB。
個人討伐は非推奨とされている。
本来なら真っ先に逃げ出す状況だけど、ルルニティリでさんざんソロ討伐しているので問題は無い。
ただひとつ不安があるとすれば、自分の骨がぎしぎしと悲鳴を上げていることだ。
霊薬を断ってから成長痛が酷い。
成長を阻害する副作用でもあったのか、服用をやめたとたん、いきなり背が伸びてきて筋肉もつき始めた。
おかげで装備が合わなくなってきている。
まあ、何とかなるか。
僕は魔法式を展開、圧縮。マナを走らせて魔法を発動する。
発動まで一呼吸もかからない。
「『天恵』」
白いオーラが僕の身を包む。
最近完成した新魔法で、以前サハギンとの戦闘の時使用した全能力を上昇させる「ブレッシング」。それと名前の意味は同じだが、その完成版。
防御上昇ひとつとっても「金剛」に匹敵する。
魔法を発動したのを見て、発動の隙を好機とみたか素早く飛びかかってくるランドドラゴン。
長い手足をいっぱいに使って、すさまじい速度で迫る!
何度経験してもこの大質量の突進はおっかない。
そりゃそうだ、体感的には大型トラックが突っ込んでくるのと変わらないのだから。
普通こんな突進を食らえば、地面の染みになってしまうだろう。
僕は歯を食いしばって避けたくなる衝動を抑え込み、うなりを上げてふるわれる爪での一撃を盾で受け流す!
ぎゅりっと鈍い金属音を僅かに立たせて盾の表面に爪を滑らせて捌き、カウンターで目の前まで来た頭にハンマーを振り下ろす!
突進の勢いを利用し、絶妙な角度で叩き付けられたハンマーはランドドラゴンの頭を地面に叩き付けた!
バフのおかげで押し返されることもなく、突進の勢いも全部利用してやった。
衝撃で目を回し、地に伏しているランドドラゴンの頭にもう一発。
ぐしゃりと。気の防御も貫かれて、ランドドラゴンは頭を潰されて絶命した。
うん、討伐完了。我ながら鮮やかな手際だったと言えよう。
「ええと、さすがにこれ全部もってくのは無理だよなあ」
今回はランドドラゴンを倒すのが目的では無い。
副作用の時差ぼけを治すために、サバイバル訓練を実施していて、そのさなかに襲われたのだ。
霊薬の効果は無いのだから、身体が休息を欲すれば自然に眠くなる。
ならば疲れれば良いので、とにかく動けば良い。
ついでにサバイバルの訓練もすれば一石二鳥ということで、クラフターズの馬車から一定の距離をとって単独でドワーフ王国の近くまで移動することになった。
人里を避けるので途中で追いつくことも無い。
合流するまでおおよそ3ヶ月間を予定している。
ドワーフ王国は中央平原の西。
険峻な山の中にあるらしい。それっぽい山脈は見えるけどまだまだ遠いなぁ。
話を戻してランドドラゴンの死体だ。
サバイバルである以上、食料調達は必須。
このランドドラゴンも立派な食料なのだけど、でかすぎる。
とりあえず3日分くらい持っていこう。
尻尾を適当な大きさにカットして、冷気の魔法式を彫った魔鉱石をいれた革袋に入れておけば結構保つ。
残りは放置。肉食の魔獣か動物が片付けてくれるだろう。
現に狼らしき動物がまわりをうろうろしている。
余談だが、水の調達は氷系エンチャントを武器に掛けて適当な硬いものを殴ると氷の塊が出来るので、それを溶かして調達する。水系エンチャントだと飛び散るので回収が出来ない。
文字通り泥水を啜る羽目になる。
まあ「水精製」が使えればそれで済むのだけど、僕は使えないからね・・・・・・。魔道具を作ればいいのだけど、今回は禁じられた。まぁ、便利すぎるからね「水精製」の魔道具。
あとは高価な素材、保存食や錬金術にも使える心臓やら肝やらを同じく凍らせて入れて行く。
そういった作業をしていると、僕が戦っている間離れていた葦毛の馬、バリオスが近づいてきた。
いつもはクラフターズの馬車を曳いている3頭の内の1頭だが、今は「クローク」の魔法で姿を消している馬車への誘導役をしてくれる。
バリオスは他の2頭と引き合うらしく、気配も音も足跡も消えているが確実に付いていってくれる。3頭の中では1番僕になついていて、今回のサバイバル訓練をするにあたって相棒として付けてくれたのだ。
周りの狼など気にもしていない。頼もしい相棒だ。
「じゃあバリオス、行こうか」
解体したものをバリオスに載せる。
サバイバル装備をひととおり載せて貰っているけど、バリオスは超大型なのでかなりの重量のものも運んでくれるのだ。
彼女に乗ることは禁じられてないけれど、なるべく体力を使いたいので一緒に歩く。
ぶるる。と小さく啼くと、歩調を合わせて歩いてくれる。
サバイバルを始めてからだいたい2ヶ月くらいになるけど、いやぁ、舐めてましたわ。
昼の間はいい。
さっきみたいに野生動物とかに襲われる分には問題無い。というかバリオスがいるおかげで襲ってこないというのが正確で、たまーに出てくる大型の魔獣くらいにしか襲われない。疲れたらバリオスに乗せて貰えるし、彼女が休息すれば俺も休めば良い。
問題は夜、野営の際だ。
テントを張り、魔除け魔道具を設置して休むのだけど、とにかく虫が凄い。
あまりにも多くて、ただでさえ眠れないのだから余計だ。
ムカついたので持たせて貰った魔鉱石で虫除けの魔法道具を作ってやった。
効果は覿面、ほぼ虫が寄り付かなくなった。
あと火が焚けない。この辺りには夜行性の火に寄ってくる魔獣、ツノギツネがいる。
角の生えた月輪熊くらいの大きさのキツネで、肉食性。もちろん人間も襲う。というか平原で火をおこして野営している人間を好んで襲うのだ。
このキツネ、やっかいな事に魔除けの魔道具の効きが薄い。魔物と言うよりは動物よりの種族なのだろう。
僕は最初すっかり失念していて、うっかりたき火をしたら寝込みを襲われた。
その時は横になってただけだからすぐに反応できたからよかったけど、バリオスが嘶かなかったら危なかった。
おかげで夜間は料理が限られるのが痛かった。
携帯用の魔法式コンロは持っていたのだけど、もちろん匂いにも寄ってくるので夜は使えない。
諦めて昼の内に作っておいた冷めたスープと、直火焼きに挑戦した結果、加減を間違えて火が通り過ぎて硬くなった肉を食べる。
うん、硬い。寒い。つらい。
いやあ冒険者やってるなぁ!
「クローク」の魔法は偉大だと痛感した瞬間である。
音も気配も匂いも光も、温度すらも誤魔化してくれる超優秀な魔法なのだ。だけど魔法式が流通していないから、使い手はほとんど居ないんだ。
僕もクラフターズに来るまでその存在すら知らなかった。
まぁ、ほいほい使われたらマズい魔法だよね。すごい犯罪臭がするし。
その代わり弱点も多い。繊細で脆弱な魔法式だから、干渉されるとすぐに解けてしまう。もっとも、そこに「クローク」を使っている何かがいるという根拠が無ければ、なにも無いところで魔法を使おうと思わないだろうけれど。あと精神力の消費量。何も対策なしに発動すれば即気絶する事になる。
今は手持ちの魔鉱石の関係上、作れないのが痛い。次に旅をする際は絶対「クローク」の魔道具を作っていこうと決めた。
その日は他に何事もなくある程度進み、日も暮れ始めたところでバリオスが足を止めた。
平原といってもまばらに樹木が生えているところもあれば、本格的な森みたいなところもある。
なだらかな丘陵の上の、比較的大きな樹木の近くで野営をすることにした。
日が落ちる前にテントを設置、魔物よけの魔道具と虫除けの魔道具を設置して完了。
バリオスはその辺に生えてる草をもさもさと食んでいた。
そんなバリオスの身体をブラッシングしてやる。たてがみの辺りがお気に入りで、その辺を重点的にやってやると、気持ちいいのか口もぐもぐと動かすのが可愛い。ただしでかい。
「今日もおつかれさん。明日も宜しくな?」
今夜は日中と違い曇り空で、星の輝きも無く、月も隠れてしまっている。
まだ辺りが見える内に早々にテントに入って魔道具の明かりを点す。
テントから明かりが漏れないように光量を絞り、手元が見える程度に調整。
さっさと横になるが、今日は眠気がやってこない。
ぐるぐるととりとめの無い思考をしていたら、ふと気付いた。
そういえばこっちの世界に生まれてから独りで寝るのは初めてかもしれない。
これまでだって常に誰かと寝ていたというわけじゃないけど、周りに人の気配が無いところで寝たことは、多分無かったはずだ。
不思議なもので今まで何とも思っていなかったのに、一度気にし出すと酷く恐ろしく思えてしまう。
テントの中は光量を絞った魔道具の薄ぼんやりとした明かりだけ。
外には風も吹いておらず、虫除けの魔道具の効果でほとんど音もしない。
そんな中で寝袋をかぶっていると、まるで自分が世界から取り残されたような気持ちになってきた。
なんだか嫌になって、テントの外に出てみるけれど、失敗だったかもしれない。
真っ暗だ。
全く視界が効かない。
あわてて「梟の目」という魔法を発動させる。
僅かな光を集めて夜目を効くようにする魔法なんだけど、あまり芳しくない。それくらい真っ暗って事だ。
まあ見えることは見えるのでってぇ!?
急に大きなものが視界に入ってきたのでびっくりした。
なんだ、バリオスか・・・・・・。
夜中にテントから出てきたので心配して近づいてきてくれたんだろう、鼻先を寄せてきた。
心配ないよと鼻筋を撫でてやる。
馬は夜目が利くけれど、こんな暗さじゃ自分だってあんまり見えないだろうに。
撫でていると少しは気持ちも落ち着いてきた。
「お前には助けられてばっかりだね」
そう声を掛けると、バリオスはその場で腹ばいになり、首を伸ばして僕の服を咥えると、くいくいとひっぱってきた。
「ん? なんだよ?」
そのまま逆らわずに誘導されると、胴体部分に背中を預けて地面に座る形になった。
「ここで寝ろって?」
ぶるる。
「そっか、有り難うな」
たてがみを撫でてやる。
少しまだ寒いけれど、風邪を引くほどじゃないか。
バリオスの体温を感じていたら、うつらうつらとしてきた。
ふふ。
僕は思ったより寂しがり屋みたいだ。
バリオスは雌で、他の2頭の母親です。
卿人の事は息子みたいにおもってるのかもしれません。




