第49話 幕間と言うには永すぎて:3
卿人君がんばえー
最悪だ。
何が最悪って九江卿人のせいで雪華と話す機会を失ってしまったことだ。
どうやら通信魔道具の核となる魔鉱石にひびが入ってしまったらしくて、直すにしてもどの程度のひびが入っているか解らないと魔法式の彫り直しも出来ないからだ。
もし適当に彫式しなおして割ってしまおうものならその時点でおじゃんである。
通信の魔法道具はもともと、ひとつの魔鉱石をふたつに割って出来ているひと組の魔法道具だ。大きく形が変わると効力が無くなってしまう。
なので慎重に彫式し直さねばならない。
修復にはかなり時間がかかるはずだ。
責任を取って自分でやろうとしたのだけど、「責任なら私にある」とノートル師匠が工房に持っていった。時間は掛かるが絶対に直すと保証してくれた。
あのあと殴り合いをしたカタスマサスク師匠に平謝りして、めちゃくちゃお礼を言った。相当な重傷だったのに笑って許してくれる辺りホントに尊敬してしまう。
だってあの人顔面骨折してたんだぜ?
具体的に言うと。眼窩底骨折、鼻骨骨折及び頬骨骨折だ。丁度僕が馬乗りになって殴った回数全部骨折してた。
まあ、僕も前頭骨が砕けてたのだけど。
思い切りカウンター食らったから当たり前だ。
そんな傷も治してしまう回復魔法って凄い。
等とそんなことはどうでもいい。
自分に割り当てられた工房で絶賛凹み中である。
カタスマサスク師匠のおかげで大分楽になったとは言え、そもそも雪華と話も出来ないのでは話にならない。
ただでさえ帰るまでが延長されたのだ。本当は会いたくて会いたくて仕方が無いのに、僕は修行をとった。まだ一人前のクラフターズでは無いから。
でもそれを雪華に言わないままというのはどうにも・・・・・・。
そもそも雪華と話もできずにここにいるという事実が、弟子入り当初から僕の心を苛んでいるのだ。
バラロック師匠はどうにか僕の現状とこれからの予定までは話してくれたらしいけど、肝心の僕がどうするかまでは伝えられていないらしい。
うむむ・・・・・・。
雪華、泣いてるだろうな。
うぬぼれとか、そういうのじゃなくて。
雪華の事は解る。
本当は僕も泣きたい。
でも、流石にこれは意地だ。オトコノコがこんなところで泣いちゃいけない。
耳飾りに触れる。
雪華の事を意識していなかったとは言っても、この耳飾りの手入れをするときだけはそれを許していた。磨いている間だけは、平静を保てていたから。
外して観察する。
留め具にホワイトベリルが嵌めてあるのだけれど、耳に固定するための彫式は留め具本体にしてある。かなり小さく彫り込まれているんだろう。宝石商のおじいさん、ファルシオンさんは自分で作ったといってたっけ。ならあの魔族のおじいさんはかなりの腕を持っている事になる。
光に反射してきらきらと輝くホワイトベリルを見ているうちに、何か違和感のようなものを感じた。
正確にはマナの流れを、だ。
宝石というのは魔鉱石と同じ働きをする。
そして魔鉱石よりもマナとの親和性が高く、小さくても大きな効果を得られるので、マナを多く変質させたい場合は宝石が使われることもある。
もっとも、大きな宝石というのはなかなかないから、大きさが必要な攻撃魔法にはやっぱり向いてない。
このホワイトベリル、もしかしたら魔宝石かもしれない。微弱だけど常にマナが滞留してる感じだ。
魔宝石というのはこれみたいにマナを内包した宝石のことだ。非常に珍しいけれど、あまり価値は高くない。彫式しても劇的に効果が変わる訳では無く、コストとしては見合わない場合もあるから。
・・・・・・待てよ?
通信の魔道具は元々ひとつの魔鉱石をふたつに割って出来るというのは今説明したとおりだ。
このホワイトベリルの耳飾りも、対で作られたものだ。雪華の身につけているものはその片割れ。そして、その片割れからも同質のマナを購入時に感じた記憶がある。
このホワイトベリル、もともとひとつだったんじゃ・・・・・・?
そこまで思い至ったところで、自分の工房を出てノートル師匠の所へ向かう。
気ばかりが逸ってしまうけれど、自分を落ち着けるためにわざとゆっくり歩く。その間も思いついてしまった仮説を検証。
・・・・・・うん、いけそうな気がしてきた。
「ノートル師匠!」
「うわぁ!?」
ばーん! と勢いよく扉を開けて工房に踏み込む。
中ではノートル師匠が壊れてしまった通信の魔道具を直している最中だったらしく、彫刻刀を片手に万歳をしていた。
彫式師は何かあったときに魔鉱石を傷つけないよう、両手を挙げる癖が付いている。
「あ、あ、あ、危ないじゃないか卿人君! 魔鉱石割るところだったよ! これ君のためにやってるんだからね! 気を付けなさいよ!」
「ごめんなさい! でも凄いこと思いついて!」
「え? 凄いこと!?」
一瞬マジで切れかけたノートル師匠だったが、僕の言葉に同じく一瞬で興味を奪われる。
よしよし・・・・・・じゃない反省。危うく確実な通信手段を無くすところだったのだ。
気付けば側にルーニィ師匠もいる。多分見学に来ていたんだと思うけど。
「この魔道具は君にとってのまさに魔法の杖だろう? それよりも優先されるのか?」
「たぶん、ですけど。ルーニィ師匠も聞いてください、上手くいけば新しい魔法式ができあがるかもしれません」
僕はホワイトベリルの耳飾りを作業台の上に置く。
「これは君と、雪華ちゃんだっけ? 彼女も身につけていたものだよね?」
「ノートル師匠良く覚えてますね? そうです。そして、このホワイトベリルはおそらく魔宝石です」
ノートル師匠は耳飾りを手に取り、矯めつ眇めつして確認する。
「・・・・・・うん、確かにそうだ。マナを含んだ宝石だね」
「この耳飾りは魔族に伝わる幸運の耳飾りだと、これを購入したところで教えて貰いました。だから雪華の身につけてるものとペアになってます」
「うん、それで?」
「雪華の持っているものと、今ノートル師匠が持っている僕の耳飾り。元はひとつの魔宝石だと思うんです。マナの波長が同じものでした」
「・・・・・・これに彫式して魔法道具にしようって? それはちょっと無理があるねえ。こんなに小さいと通信の魔法式は彫れないし、そもそも相手側の魔宝石にも彫式しなきゃいけない」
それを聞いて、僕はにやりと笑う。
「やだなあ、僕がそんなわかりきった事を持ってくると思いますか?」
「思わないねえ」
ノートル師匠はとても楽しそうだ。僕と同種の、つまり変態の顔だ。
「この耳飾りは、お互いの幸運を祈って付けられたものです。いわばお互いの依り代みたいなものです」
「依り代?」
「依り代、依り代か。果国の宗教でよく使われる言葉だ。あらゆるものに神霊が寄り憑く、という考えだったか」
ルーニィ師匠が補足してくれる。ルルニティリは自然崇拝をしている人も多いから、この辺の感覚は近いと踏んだのだけど、合っていたみたいだ。
「ええ、僕も雪華も、可能な限り常にこの耳飾りを身につけています。だから常にお互いの依り代を身につけているわけで、繋がりとしてはかなり強固なものになります」
「ふむ」
「通信の魔法道具は共鳴現象を利用していますよね? なら、この場合は僕と雪華の縁をそれに置き換えることで再現出来ないかと思って。もちろん彫式は出来ませんから、耳飾りを触媒にして、魔法式を展開、発動することになりますけど・・・・・・どうでしょう?」
「成る程」
ノートル師匠は自身の鼻先に人差し指を当てて考え込んだ。
頭の中ではものすごい勢いで計算がなされているのだろう、時折眼球が揺れている。
やがて答えが出たのか、こちらに視線を向けて口を開く。
「この魔法は感覚拡張の延長でやるとしよう。バフ扱いだから卿人君なら発動しやすくなるけど、ふたつ、問題があるね」
「何でしょう?」
「ひとつは雪華ちゃんがちゃんと耳飾りを付けていたかどうかだ。もしかしたら君の居ない間は付けていないかもしれない。そうなると触媒としてはかなり弱くなるけど・・・・・・」
「ありえません」
断言できる。
「雪華は絶対に付けてます。理屈じゃないので、僕を信じて貰うしかありませんが」
「わかった、それは良しとしよう。もうひとつは体力だね。手当たり次第に効果のありそうな魔法式を組むから発動時の消耗がヤバい。無意味そうなのは発動中に抜いていくから最終的には落ち着くだろうけど、それまで持たせられるか・・・・・・」
「それは・・・・・・」
そこでルーニィ師匠の方を見る。
神の代行者たる純龍種は顔をしかめて。
「なんだなんだ。我から体力を奪うつもりか? いくらお前らでもそこまでしてやる義理はないぞ?」
僕はノートル師匠に目配せする。大賢者はその英知をもって即断即決。
力強く頷いてくれた。
良し。
「協力してくれたら今日の晩ご飯はランドドラゴンのガーリックステーキにします」
「・・・・・・」
ルーニィ師匠はすました顔をして黙っているけど、口の端から垂れている涎を僕は見逃さない。
「テールスープも付けましょう。デザートは・・・・・・アップルパイでどうですか?」
「是非是非協力させてくれ」
「有り難うございます」
がっしりと握手を交わす。
チョロいぞ純龍種。
そして涎を拭け。
「さあ我はどうすればいい? 自慢ではあるが我の体力は53万だ」
「どうやって数値化したのか知りませんが、師匠の出番は少し先です」
僕とノートル師匠は早速魔法式を展開する。
ここに来て最初に見た空間拡張魔法の円筒形の魔法式だ。ふたりしてくるくると魔法式を回しながら検証を始める。
「卿人君、そこに『架け橋』って入れると距離に限界がでないかな?」
「繋がるっていうイメージなんで橋にしたんですけど駄目ですかね?」
「そんな長い橋を想像できるなら別だけど」
「確かに難しそうですね」
「速さと距離を考えるなら『光』とか『虹』のほうがイメージよさそうだね」
「だからって発動時に七色に光るような魔法式組まないでいただけます?」
「え? だって折角新しい魔法なんだから派手にしようよ?」
「そうやって無駄な機能をつけるから大たわけ者なんていう異名をつけられるんです」
「酷いなぁ、その方が楽しそうじゃない?」
「ルーニィ師匠をドラゴンの干物にしたいならいいですけど」
「・・・・・・おいしそうだね」
「変態発言が過ぎます」
「おい貴様ら」
僕らの議論にルーニィ師匠が割り込んできた。
「我の体力を使うからと好き放題しすぎじゃないか?」
「いやだなあ、きちんと組んでるよ」
「怪しい、怪しいぞ!」
純龍種が自分の身体を抱きしめて怯えておられる。
ふざけてるように見えるけどきちんと考えて組んでいる。
「これさ、ココノエ式を用いてもかなり長くなりそうだけどどうする?」
「彫式するわけじゃないんで圧縮すればいいんじゃないですかね?」
「ああそうか、つい彫式前提で考えてしまうね。そうなるとここ全部いらないか」
「その隣の発煙しそうな魔法式も削って貰えます?」
「くそう! ばれたか! でも君だって音質にこだわりすぎだよ。そこまでやっても人間種の可聴域超えてて意味が無い」
「僕の耳は雪華が5日後に引くであろう風邪の兆候も聞き分けますけど?」
「怖っ!? いやでも今は会話出来ればいいんだからね? 削ろうよ」
「はーい・・・・・・」
「もっと削って。会話出来ればオッケーくらいで」
「雪華以外に繋がったらどうするんですか!?」
「雪華ちゃんの身につけた耳飾りを指定してるんだから他に繋がりようが無いよね!? それに理論上彼女が持ってなければ繋がらないよ!」
「お前ら・・・・・・」
ルーニィ師匠が頭を抱える。
具合でも悪いのだろうか?
僕とノートル師匠はお互いの存在意義をかけた議論を交わし、ものの数時間で魔法式が組み上がった。
とはいっても完璧なものでは無い。僕の仮説と条件が全て揃っていて、尚且つ正しければきちんと発動するという程度のもの。
「こんな簡単にできるものなのか・・・・・・?」
ルーニィ師匠が驚愕に彩られた顔でつぶやく。
「ただ自分の入れたい魔法式を詰め込んだようにしか見えないが」
「そうだよ? 魔法なんてそんなものさ。自分のしたいことを全部詰め込んで、そこから余計なものや過剰なものを取り除いていく。それだけさ」
「それはわかる、純龍種だからな。だがお前らの作業速度は異常だ。あんなに無駄が多かったのに・・・・・・」
「そこはほら。大賢者とその弟子だからね」
答えになっていないような答え。
実際は僕とノートル師匠が魔法式を組むのが趣味という変態なだけだ。
「じゃあ、始めます。時間的にも丁度いいし」
この時間なら出かけていなければ雪華は部屋にいるだろう。
「わかった。私がルーニィと魔法式のバイパスをするから、卿人君はきちんと集中してくれ。余分な魔法式の削除もやっておくよ」
「お願いします。ルーニィ師匠。すげえ持ってかれますから覚悟してくださいね?」
「わかっている」
僕は耳飾りを握りしめる。
頼むよ。と念じて、まずは円筒形の魔法式を圧縮。この1年で圧縮作業もかなりスムーズに行えるようになったけど、慎重に圧縮していく。ノートル師匠は同じ式を圧縮した魔法式に連動させ、マナの流れを見る。同時にもうひとつ展開。こちらも僕の魔法式に繋げてルーニィ師匠から精神力を持っていくように繋げる。
圧縮が完了したところでマナを走らせ・・・・・・発動。
「うおっ?」
急に大量の精神力をもっていかれたルーニィ師匠が驚きの声を上げる。
そうだろうそうだろう。
こんな長大な魔法式、本来なら発動すら困難だ。
僕やノートル師匠だったらこの時点で気絶していてもおかしくない。
第1段階、まず耳飾りを探す。雪華が常に身につけていれば、お互いの依り代として機能している耳飾りが「引き合う」はずだから、ネルソーの方向に探知すれば・・・・・・良し! 反応があった!
問題はここから。僕と雪華の縁を頼りに共鳴させる。後は上手く音声を送受信できれば良いのだけど・・・・・・。
「雪華! 雪華! 聞こえてたら返事をしてくれ! 雪華!」
呼びかける。魔宝石自体の反応自体はあるから届いているはず。
諦めずに何度か呼びかけていると、魔宝石の反応が強くなった。ぴったりと重なる感覚。
『おばあちゃんに診て貰おうかな?』
耳飾りから雪華の声が、聞こえた。
多少くぐもっては居るけど、雪華の声を聞き間違えたりはしない!
「違うよ! 幻聴じゃないよ雪華!」
『へっ?』
戸惑うような声。たぶんきょろきょろと辺りを見渡しているんだろう。
『卿人? 卿人なの? どこ!?』
「ああ、雪華! 良かった! 繋がった!」
安心感から気が抜けそうになる。
でも今集中を切ってしまったら、次に繋がる保証が無い。
「雪華! 今耳飾りを通じて雪華に繋げてる! 外しても良いけど手放さないで!」
『う、うん! わかった!』
握りしめた手を開いて耳飾りを確認する。淡い光を放って、かすかに振動していた。
恋人と1年ぶりの会話とか、何話したらいいんですかね。
尤も、このふたりにそんな心配は無用でしょうが。




