第48話 幕間と言うには永すぎて:2
馬車が走行中の車両間移動はご遠慮ください。
九江卿人は第3車両を飛び出した。
この時の俺の様子を、後にルーニィ師匠はこう表現した。
「顔が真っ青で生きる屍のようだった」
そんな様子の俺が第2車両の食堂に飛び込んできたのだから、その場に居た師匠達が固まってしまったのも頷ける。
ルーニィ師匠に勉強を頼んでいたので、朝食はセルフサービスで出来るビュッフェ形式にしておいた。
朝食を食べに来ていたメンツは。
大賢者エルフのノートル師匠、バンジョー爺さんのバラロック師匠、ドワーフ種の鍛冶屋ガンガ師匠、それとさわやかイケオークのカタスマサスク師匠だ。
みんなこちらをみて目を丸くしている。
とりあえず、クラフターズのリーダーであるノートル師匠に噛みつく。
自分でも何が言いたいか解らないままで。
「ノートル師匠! これからドワーフ王国に行くってどういうことです!?」
「まぁまぁおちつおちつおちつきたまえよ卿人君。そんなブレスを吐く前のドラゴンみたいな顔をしていたら怖いじゃないか」
泡を食っているノートル師匠につかつかと近寄っていって、襟首を掴もうとしてやめる。
落ち着かなければならないのは間違いない。
なにしろ、自分が何で怒っているのかも判然としないのだから。
ただ焦りだけが俺を突き動かす。
そんな俺をノートル師匠がなだめようと声を掛けてくるのだけど・・・・・・。
「ええと、卿人君。ガンガから聞いてないかい?」
「何をです?」
およそ師匠に対する口の利き方では無い。
「君にオリハルコンの精製、加工の仕方を教えるからって修行を延長することをさ」
「聞いてません・・・・・・ガンガ師匠?」
「ワシはてっきりノートルが伝えて了承もとったと思っていたが?」
「ノートル師匠?」
「ええと、あは、あはは」
「笑って済むと思ってるんですか?」
「・・・・・・ごめん」
つまり、最初に俺にオリハルコンに関する技法を教えたいと提案したのはガンガ師匠。言い出しっぺだからてっきり了解も取るものだと思っていたノートル師匠。そしてノートル師匠は特に変化のない俺の様子を見て了承したものと勘違いしたと。
「なるほど、理解しました。そしたら僕の両親と連絡は取ったんですね?」
「・・・・・・ああっ!」
嘘だろう?
そこを忘れるか普通!?
これは明確だ。
いくらなんでも連絡無しはあり得ない。
「僕が知らなかったのは仕方ありません、弟子って言うのはそういうものだと理解しています。ですが、それに加えて僕の帰りを待っている人に連絡もしていないって言うのはどういうことなんですか?」
「あの、卿人君、怖い」
「怖くもなります。本当は暴れ出したいくらいです。でも、皆さんには徹底的に僕を鍛えてくれて感謝しています。だから我慢してるんです!」
何を言ってるんだ、俺は。
厚かましいにも程がある。
でも、これなら多分、僕を悪役にしてこの場を収められる。
諦められる。
・・・・・・何を?
「おい卿人」
「何です? カタスマサスク師匠」
「さっきから聞いてれば好き勝手言いやがって。そう思ってるなら黙ってついてくりゃいいだろうが」
「・・・・・・何ですって?」
カタスマサスク師匠がせせら笑う。
よし、良い感じだ。
このまま俺の考え通りいってくれれば、問題なくクラフターズについて行ける。
そうだ。そうなんだ。
彼女と会えない言い訳をつくれる。
結果どうなるか、そんなことはわからない。
解らないけれど、諦めが付く。
だけどカタスマサスク師匠は、そんな俺の考えを見透かしたかのように、全く予想外の言葉を投げつけてきた。
「自分で何言ってるか解ってるか? お前、俺たちに怒られようとしてるだろう? 甘えんな! 俺たちはお前のおもりをするために弟子にしたんじゃねえぞ? だがお望みとあればやってやろう、俺たちはクラフターズだからな。お前確か今日で15歳だったよな? オメデトウ、成人できてよかったでちゅね~? ああでも、ママが居なくて寂しいでちゅか?」
「・・・・・・っざけるな!」
目の前が真っ赤になって、完全に頭が回らなくなってしまった。
なんでキレたのか、自分でもよくわからない。
カタスマサスク師匠に飛びかかり、そのままの勢いで殴りつける!
もちろん魔法も使って思い切りブーストした状態でだ。素の状態ではこちらが逆に拳を痛めてしまう。
横っ面に直撃し、カタスマサスク師匠の巨体が吹っ飛ぶ。
後ろでなにやら魔道具を操作していたバラロック師匠をかすめていき、魔道具を取り落としてしまったが気になんかしていられない。
倒れ込んだカタスマサスク師匠に馬乗りになって、間髪入れずに拳を振り下ろす!
「僕が! どんな思いで! この1年間頑張ったと思ってるんですか!」
3発目で腕を掴まれ、壁に向かって投げ飛ばされる。
壁に叩き付けられ、肺の空気が押し出される。素早く立ち上がったカタスマサスク師匠が、俺が落ちる前に壁に押しつける。首を掴まれ、呼吸が上手く出来ない。
「やめんかカタスマサスク!」
バラロック師匠が止めるが、カタスマサスク師匠は離さない。
逆に押しつける力を強めて、牙の生えた口を俺に近づけてきた。
「知るかよ。俺はお前がここに来たときから気にくわなかったんだ。ガキのくせにすました顔してハイハイ言うこと聞きやがって。文句は言っても馬鹿真面目にひたすら修行に明け暮れてよう。全部自分の中に飲み込んじまいやがって!」
思い切り、カタスマサスク師匠の腹を蹴り上げる。
怯んで首を掴む力が緩んだところで拘束から抜け出し、伸び上がりざま頭突きをかますが、逆にカウンターで殴られてしまう。
めきり、と嫌な音がした。
目の前に星が飛び、よろよろと壁に逆戻りしてしまう。
だけど、なんとか踏ん張って倒れるのはこらえた。
「仕方ないじゃ無いですか! いきなりこんな状況になってどうしろっていうんだ!」
「お前はクラフターズだ! 弟子だからって甘えんじゃねえ! お前には我が儘を言う権利があるんだよ! 仕方ねえとかいって諦めてんじゃねえぞ!」
「訳がわからない! 甘えるなとか我が儘を言えとか! 全然逆じゃ無いですか! いったい何が言いたいんですか!」
「言いたいことがあるなら言えと言っている。出来ない理由をつくって無理矢理納得するな。お前、そのままだと潰れるぞ!」
「・・・・・・」
ハッとした。
俺は、何を。
カタスマサスク師匠の言葉を聞いて身体から力が抜けてしまい、すとんと尻餅をつく。
いたい。
殴られた頭が悲鳴を上げる程度には痛い。
だらだらと血を流している傷口に手を当てて、回復魔法を発動する。
やっぱり防御は大事だ。
カタスマサスク師匠もその場に座り込んだ。体毛で覆われて解りづらいが、顔が腫れていて、どうやら左目を開けられないらしい、まぶたも切れている。俺の頭を殴りつけた際、拳も痛めたらしくさすっていた。
ようやく、俺をわざと怒らせたことに気付く。そうまでして感情を爆発させなければならないほど、俺はいっぱいいっぱいだったらしい。
イケオークはおっくうそうに、他の師匠達に向けて口を開く。
「なぁみんな。逆に俺たちはちょっと卿人に甘えすぎてるぜ? こいつが素直で出来がいいからって、張り切りすぎだ。気付いてるか? 卿人は弟子入りしてからこっち、あの嬢ちゃんの名前を口にしてないんだ」
まさか。カタスマサスク師匠に気付かれるとは思っていなかった。
「こいつは相当無理してる。最初から覚悟の決まった顔をしていたが、あの状況でそんな簡単に覚悟が決まるなら苦労はしねえよ。嬢ちゃんを極力意識しないようにして、こいつはずっと我慢してたんだ」
「普通逆じゃないのかい? 私はてっきり安心して修行できてるものだと思っていたけど」
「おいおいノートル。お前がそれを言うか? 卿人を1番帰したがってたのはお前だろう? なんでそこに思い至らなかったのが逆に不思議だよ」
「・・・・・・うん、そうだね。言われてみれば」
ノートル師匠はカタスマサスク師匠に近づいて、回復魔法を掛ける。
「で、卿人。お前はどうしたい? お前の本音を聞かせろ」
腕を組み、俺と師匠が殴り合っている間も黙っていたガンガ師匠が問いかけてくる。
でも、俺の口を突いて出たのは疑問だった。
「なんで」
「うん?」
「なんで、そんなに皆さん僕に気を使ってくれるんですか?」
そもそも、親父に頼まれて弟子にした、ただの子供だったはずだ。
確かに、才能と呼べるものはあったかもしれないけれど、昔の弟子の息子かもしれないけれど。それでもそんなにしてくれるほど付き合も長くないし、むしろただの生意気なガキのハズだ。
「おいおい、ワシらはクラフターズだぞ? 作り出すもの達が弟子を壊してどうする・・・・・・まぁ、今回はちょっと配慮が足りなかったが」
ガンガ師匠がぶっきらぼうに言い放つ。
照れてるな。
そっか。
クラフターズだもんな。
じゃあ、お言葉に甘えて。我が儘をいわせてもらおう。
「僕は」
至ってシンプルだ。この世界の九江卿人は。
僕の願いは、ずっと変わっていない。
「雪華といちゃいちゃしたいです!」
「ハッ!」
カタスマサスク師匠が鼻で笑う。
「そこは会いたいとかじゃないのかなぁ?」
ノートル師匠も苦笑している。
いいや、だめだ。それじゃあちっとも足りない。
「会いたいのは当たり前です! 僕は雪華を甘やかしたり甘やかされたりしていちゃいちゃしたいんです!」
実年齢30半ばのおっさんが何を言ってるんだとか思われるかもしれないけど、雪華は初めて出来た家族以上に大事なひとだ。少し大目に見てくれると嬉しい。
欲望を口にしたらなんかすっきりした。
「わかった、で? 帰りたいのか?」
ガンガ師匠は表情を変えず、じっとこちらを見つめている。怒っているふうでもなく、だからといって同情しているようにも見えない。
正直に言えば帰りたい。
だけど。
「いいえ、オリハルコンの加工技術は是非欲しいです。でも・・・・・・」
僕にはやっぱり、雪華が居ないとだめだ。
物理的にじゃなくても、どっかで雪華を感じていないと、きちんとできない。
「せめて雪華と話をさせてください」
ここに来たときに最初に言ったことだ。あのときは要求だったけど、今回はわがままだ。
ガンガ師匠は口の端をつり上げると、腕組みを解いてバラロック師匠の方を向く。
「おう、可愛い弟子への誕生日プレゼントだ。バラロック、代わってやれ」
ああ、さっきバラロック師匠が持っていたのは通信魔道具だったのか。
もしかしたら元々通信だけはさせて貰える予定だったのかもしれない。だったら悪い事したかな?
だが言われたバラロック師匠は、通信魔道具をいじっていて動かない。
「おい、バラロック?」
「つながらん」
短く、結論だけ口にする。
あ。
カタスマサスク師匠をぶっ飛ばした時の事を思い出す。
もしかして、あのとき・・・・・・。
「さっきカタスマサスクかぶつかった衝撃で壊れてしもうた・・・・・・」
・・・・・・。
僕は気絶した。
おかしい、ここまで卿人君を痛めつけるつもりは無かったのだけど。




