第5話 工業区
ネルソーの工業区でのお話です
真夏の太陽が照りつける石畳は、まだ午前中だというのに熱を反射してじりじりと身体を焼いてくる。立ち並ぶ建物は飾り気のない外観で、煙突からは白い煙が立ち上り、空の青に吸い込まれていく。
ここは港湾都市ネルソー南の海沿いに位置する工業区。主に製鉄工場と鍛冶工房が集められている。ネルソーで生成される鉄は品質が良く、ネルソー製の武器防具や鉄鋼製品は人気が高い。
王都でも製鉄はしているが、わざわざネルソーまで買い付けに來る商人も多い。自然、腕の良い鍛冶屋がここネルソー工業区に集まり、都市の財政を支える一助となっている。
九江卿人と朧雪華は一緒にこの工業区をぽてぽてと歩いていた。
「あついよう」
首元からパタパタと空気を送り込みながら雪華がぼやく。今日はTシャツにスキニーパンツという涼しげな格好だが、工業区は至る所に高温の炉があるため熱気がすごい。
いつもならはしたないだの小言のひとつでも言うところだが、雪華を怒らせて遊ぶことにする。
「だから待っててって言ったじゃないか」
「やだ、卿人がいないとつまんない」
ぷう、とほっぺを膨らませて俺を見る。よしよし。
「僕に付いてきてもつまんないことには変わりないよ」
「そんなことないもん。卿人に寄りかかって寝れないなら、どこにいても同じだもん」
「眠り姫かな」
「卿人にちゅーして起こしてもらわないとだねっ!」
「くっ!?」
怒らせるのは失敗した。不愉快さなど消えたかのように、鼻歌を歌いながらスキップし始める。
まぁ、楽しそうだから良いか。
眠り姫と言ったが、この世界にも似たようなおとぎ話がある。
悪魔の呪いで眠りについたお姫様が王子様のキスで目を覚ます。
魔法使いではなく悪魔というところが異世界らしい。もしかしたら実際にあった話を元にしているのかもしない。
なんて話をしていたら目的地に着いた。
ワンガス工房。
そう共通語で鉄製の看板に彫られている。無骨な作りは店主の性格を表しているようで、とても雰囲気が出ていた。
ウチのお隣さん、ワンガス武具店の工房だ。少し遠いが、あちらに置いてあるのはごく少数で、冒険者や、旅行者用。こちらは大量発注を受けた際に商人が直接取りに来る。
なぜ商人でもない俺が工房に来ているかと言えば、息子のランガスから特注のメイスができあがったと聞いて受け取りに来たのである。
特注品は本人に合わせた調整が入るので、直接工房に訪れる必要があるからだ。
今も背中に背負う俺の小型ラウンドシールドもここに来て受け取った。
家族会議の結果、俺はおふくろからメイスの手ほどきを受けることになって、訓練の際は昔おふくろが使っていたというメイスを借りてやっていた。
おふくろの読みは当たって、刃物を持った時みたいにフリーズすることもなく、きちんと振るうことが出来た。俺のメインウエポンはメイスになりそうだ。
メイスは抜群の打撃破壊力を発揮するのが魅力の武器だ。きちんと技術を身につけて殴りつければ、先端に付けた槌頭の重さも相まって金属鎧をもへこませる威力を持つ。
ただし受け流すことは構造的に難しく。防御力という点では剣に劣る。
そんな不安が顔に出ていたのだろう、母さんがメイスを特注してくれた。
「でっかい工房だよねぇ」
「そうだね、ネルソー一番の鍛冶屋っていう触れ込みは伊達じゃないよ」
「だて?」
「嘘じゃないって事」
「ふうん」
わかったのか、わかっていないのか。気のない返事。というより他のことに気を取られているようだ。
俺もそれは同じで、どうにも見られている感じがする。人通りはそこそこだが特定出来ない。俺でさえ感じるのだから、格闘家の鋭い感覚を持つ雪華はもっと違和感があるのかもしれない。
子供ふたりだけで工業区にいるのは珍しいのだろうと思って、気にしないことにした。
重い工房の扉を押し開けて中へ。
むわっとした熱気が肌を焼き、かすかに聞こえていた鉄を打つ槌音がはっきりと聞こえてきた。
雪華が少し顔をしかめる。
入ってすぐにカウンターがあるが、今は誰も居ない。
奥にはごっついおっさんと2、3人青年が槌を振るっているのが見えた。ごっついのがワンガスのおっさんだ。
「ワンガスおじさん! 卿人です!」
集中しているのを邪魔してはいけないとは思うのだが、終わるまで待つわけにもいかないので声を掛ける。俺はこの雰囲気が好きなのだが、雪華にはつらいだろう。
ちゃんと聞こえたようで、ワンガスのおっさんはこちらを振り向いた。
「おう! 来たか! ちょっくらまっとれ!」
白髪が交じり始めた薄い頭髪に、もじゃもじゃの髭をたくわえた筋肉質のおっさんである。雪華の父親の暁華さんとは違い、槌を振るうために作られた筋肉だ。
おっさんはそばに居た青年に声を掛けると、何事か言付けをして場所を変わる。
青年が槌を振るいはじめ、その様子に軽くうなずくと、こちらにやってきた。
「おっ、嬢ちゃんも一緒だな、子供はまだかい?」
いきなりとんでもないことを言い出すおっさん。
「僕らまだ子供・・・・・・」
「3ヶ月です!」
満面の笑みで答える雪華。
コラァ!? こっちも大概だな!
「お、おう、最近のガキは進んでるなァ・・・・・・」
「真に受けて引かないでください!」
「んなこた解ってるよ、お前は余裕がなくていけねえ」
俺は8歳で冗談を冗談で切り返す雪華の方が異常だと思うけどね。
「雪華もやめてくれよ・・・・・・」
「外堀から埋めると良いっておばあちゃんが言ってた」
「勘弁してくれ!」
そんな土砂崩れみたいな埋めかたされたら俺まで埋まる。
絶対意味を理解してない。
おっさんはじゃれる俺たちを尻目にカウンターの下をのぞき込むと、布に包まれた棒状の物をカウンターの上に置く。
「これが三春に頼まれたブツだ」
「何でそんな怪しげな言い方・・・・・・」
俺の突っ込みを無視して布を取り払うと、一振りのメイスが現れた。
「お、お、おお!」
「きれい・・・・・・」
一見普通のメイスだ。50cm程の木製ポールの先端に金属製のヘッドが取り付けられ、そこへ6枚の金属プレートが付けられている。特徴的なのはその握り部分。大ぶりのナックルガード、というより小型の湾曲した盾が、鍔にあたる部分から石突きまでを覆うように付いていた。全体的に青みがかっていて、炎を反射して煌めいている。
「プレート部分はミスリル鋼、ポール部分は樫の木を使って耐久性を重視した。グリップはお前に合わせて革を巻くつもりだ。石突きもミスリル鋼を仕込んである。んで」
持ち上げて、指でひとつひとつ説明してくれるおっさん。ミスリル鉱石は別名軽金属と呼ばれる物で、鉄と同程度の強度を持つものの、比重が半分以下というシロモノで、産出量が少なく希少である。ここからが重要だとためを作った。
「この鍔とグリップのナックルガードだ。とっさに握るのが難しいから気を付けろ。その代わりここもミスリルでえらく丈夫に出来てる。小型の盾と遜色ない扱いが出来るはずだ。パリングメイス、とでも名付けるかね。持ってみろ」
おそるおそる、青く光るメイスを手に取る。
「えっ? 軽い?」
普通のナックルガードに比べ、盾部分が大きくかなり重いように見えたけど、おふくろに借りたメイスほとんどと変わらない。
「これが軽金属ミスリル・・・・・・」
「おう、三春に感謝しろよ、可愛い息子のために大枚はたいたんだ。大事に扱え。ただし余計なモンがついてるから扱いはかなり大変だぞ、それとな」
おっさんは俺からメイスを取り上げると、厳しい表情で鼻先にびっと突きつけてきた。
「いいか卿人、さっき嬢ちゃんが綺麗だって言ってたが、これは武器だ。お前が剣を怖がってるから作ったってだけで、殺傷能力のあるモンには変わらねえ」
するといきなりカウンターに置いてあった兜に向けて振り下ろす。
めしゃっ! っという音と共に、いとも簡単に兜がつぶれてしまった。
「単純に振り下ろしただけでこの威力だ。これが人の頭だったら、解るな?」
ごくり、とのどが鳴る。実際はおっさんの力もあるだろうけど、重さだけでへこませるくらいのことは簡単だろう事は想像できた。
「剣も、メイスも、槍も、カタナも、戦うために作られた殺傷武器だ。俺ァ本来覚悟がないやつに武器は鍛えねえ」
おっさんは今度は俺にメイスを握らせる。グリップ部分の調整をするのだろう、俺の手をグリップごと握りこんでサイズを測っているようだ。
「だがお前の両親の想いもわかる。だから卿人、まずこいつをキッチリ扱えるようになってみろ。覚悟はそのあとでいい。おっちゃんからのサービスだ」
「・・・・・・はい!」
最初とはうってかわって優しい表情のおっさん。
そっか、これを使いこなすのか・・・・・・。
それにしても。
あ、涎出そう。
「見とれるほどの盾ですね。この鍔との接続部分がたまらない・・・・・・」
自分でも気持ち悪いくらいうっとりとした声が出た。
「卿人、今注意されたばっかりだよ?」
さしもの雪華も俺を注意してくるが、おっさんの反応は・・・・・・。
「そうだろうそうだろう! いやあ大変だったぜ? メイスとしてのバランスを崩さないように取り付けたんだからな!」
「えっ?」
絶句する雪華を余所に俺とおっさんの会話は続く。
「さすがワンガスおじさんです、こんな絶妙なバランスと堅牢さを同居させるなんて!」
「そうだよなあ、俺の弟子達は誰も解ってくれねえんだ、また親方が変なモン作ってるとか言いやがってよお!」
「ああ、ああ、ワンガスおじさん泣かないで! 僕は理解できてますから!」
「わたしもまーぜーてーよー!」
引き気味だった雪華だが、仲間はずれが嫌で俺たちの会話に混ざってきた。雪華はやっぱり雪華だった。
そんなやりとりもあったけど、おっさんは仕上げにグリップの調整をしてくれた。調整と言っても俺の手に合うように獣皮を巻いただけだけど。少し持ちにくかったが、使い込むうちにしっかりと馴染んでくるとのこと。
布にくるんだパリングメイスを受け取り、お礼を言って工房を後にする。
「卿人の武器が出来たから手合わせしたいなー」
「実は雪華の方が話聞いてなかったんじゃないの?」
「聞いてたよぉ、ちゅういいちびょうけがいっしょうだよね!」
「合ってるけど違うかな?」
等とじゃれ合いながら歩いていると。雪華は視線をこちらに向けたままささやいてきた。
「卿人」
「うん、やっぱり見られてるよね」
工房を出た辺りから視線を感じる。前世じゃこんな事解らなかったけど、何度か絡まれるうちに身についてしまった。
ネルソーで一番の鍛冶屋から包みを持って出てきたから、もしかしたらこれを狙われてるのかもしれない。特殊なメイスなのはともかく素材だけでもかなりの高級品だ。
「あんまり人と戦ったことないしなぁ」
「冒険者のおじさんぶっ飛ばしてなかった?」
「あれは黒歴史だ。思い出させないでよ。雪華だって暁華おじさんを昏倒させてたろ?」
「デリカシーのない人は金的くらいいいと思うんだ、わたし」
ちょっと大きめの声で会話する。内容を聞いていた丁稚の子や作業員がぎょっとした顔でこちらを見ているが、これでいい。
こちらを視ている者への威嚇である。
冒険者をぶっ飛ばす子供と大人に金的をかます危ない子供です、下手に手を出すと危ないですよ。と。
わざと周りの注目を集める事で手出ししにくくする効果もある。
僕らがやけに慣れているのは、こうゆう事が初めてでは無いから。
雪華と歩いているとなぜかちょくちょく因縁を付けられる。やれ金よこせだの盾よこせだのガキのくせに色気づきやがって気にくわないだの。意味がわからない。特に俺から盾を取ろうとか殺してくださいと言っているようなものだ。殺した事は無いけど。
こんな子供に何を期待しているというのか。他の子供に聞いても俺たちほど因縁を付けられたような子供はいない。いたとしても、自分からいらないことをした、というのがほとんどだ。あんまり襲われるのでこんな対処法まで覚えてしまった。
だけど見られている感じは消えない。やだなあ、人さらいとかだと謎技術で白昼堂々さらわれるって言うし・・・・・・。
いや、それは悪さをした子供を躾けるためのお話なんだけどさ。
路地を曲がる、ここを抜ければ大通りなのだけど・・・・・・。
案の定というかなんというか、路地の中程まで進んだところで、ばらばらと路地の前後から3人ずつ、ガラの悪いあんちゃんたちが入り込み前後をふさがれる。そして路地前に1人ずつ見張りが立つ。
「手慣れてるな~」
「こよいの金的はちにうえておる」
隣で凄く怖いことをつぶやく雪華。まだ昼間ですよ?
そうとは知らず近づいてきたあんちゃん達は、にたにたと嫌らしい笑みを浮かべて俺たちを見下ろす。抜き身のナイフをちらつかせながら。
「よお、僕ちゃん達。その包みを譲ってくれないかなあ? じゃないと痛い目に遭うぜ」
うん、なんでこういうあんちゃん達は言うことがほとんど同じなのか。
金目のもの目当ての割に身なりは悪いように見えないんだけどね。
俺と雪華はこれ見よがしにため息をつく。
「テンプレ」
「0点」
「100回は聞いた」
「やりなおし」
「大人が子供からかつあげとか格好悪い」
「もしかしたら年下なのかも?」
「まさか、頭の病気なんだよ」
「治療教会はあちらですよ?」
とりあえずめたくそ言ってやる。下手だし、完全に見下してるだろうから効果は薄そうだけど。
「んだとコラァ!?」
ええ・・・・・・。
思った以上に効果があってこっちがびっくりしてしまう。威嚇も効果が無かったみたいだから、もしかしたら凄く馬鹿なのかも知れない。
ちがうか、子供だから大声でびびらせようとしてるのか。
「おいちょっと待て」
あんちゃん達のひとりが俺たちの方を見て仲間に声を掛ける。俺と雪華の顔を見て何か
気がついたらしい。
「天地流道場のガキと魔道具屋のガキじゃねえか」
おや、ご存じで。こちらは覚えがありませんが。
「なぁ、確かそのふたりって要注意だって出回ってなかったか?」
「え、ぼくたちおもったよりゆうめいじん?」
「ただのむがいなこどもだよ?」
そう言うも俺たちのことは完全無視で、なにやら前3人はひそひそ話している。後ろは様子をうかがっているが特に仕掛けてくる様子はない。
「止めといた方がよくね?」
「でもガキだぜ? しかも噂よりもっとガキだし」
「上手くやれば家からも金とれるんじゃね?」
「ワンガス工房の新作と身代金か! 最高だな」
「よし、そうしよう」
うん、完全馬鹿確定。物盗りと人さらい両方かよ。そしてどうやってここから誘拐するつもりだ。目立つぞ。
「おいそこの嬢ちゃん? 俺は瞬牙流やってんだよね? わかる? 瞬牙流? 天地流じゃ手も足も出ないの解るよね? わかったらおとなしく付いてこいや?」
なぜ最後まで疑問系で脅してくるあんちゃん?
「そっちの僕ちゃんもおとなしくしようねえ? 痛いのいやだよねえ?」
頭痛がしてきたので無言で背負った小型盾を構える。メイスは小脇に抱えたままだ。
「お? やんのか? じゃあ痛いめみべっ!?」
早速前方の1人が股間を押さえてうずくまり、白目を剥いて痙攣していた。
高速で踏み込んだ雪華が前に出たあんちゃんに金的をたたき込んだのだ。
追撃しようと足を畳んだ姿勢の雪華は、え? って顔で倒れたあんちゃんを見ている。
「これってホントに効くんだ?」
「え!? 知らなかったの!?」
「お父さん、あんまり大げさに痛がるからわざとかと思って」
「内蔵を直接蹴ってるようなものだから気を付けてね・・・・・・」
「お、あ、ぶ、ぶっ殺せ!」
前方の1人が雪華にナイフで斬りかかる。
雪華は斬撃の内側に入り込み、再び金的。
「おごぉ!?」
轟沈。顔が真っ青になり、脂汗がぶわっと吹き出す。
そのまま膝からがくんと崩れ落ちた。
「こ、この、このお!? 俺は瞬牙流だぞ!? 打撃技なら最強なんだぞ!?」
左手で股間を押さえながら右手一本で構えてみせるあんちゃん。
あ、その防御は駄目だ。
「天地流キック!」
存在しない技名を叫びながら雪華が蹴りを放った。
3度目の金的が炸裂する。押さえた左手ごと蹴り上げられてやはり轟沈するあんちゃん。
つうか打撃主体の瞬牙流使いが、なんで金的の防御知らないんだよ・・・・・・。
金的を防ぎたいならちゃんと蹴りを止めないと駄目だ。股間を手でおさえたりなんかしたら狙いやすくなるだけである。
瞬牙流を騙るフカシさん結構いるんだよな。
「ふざけんなオラァ!」
ようやく動き出した後ろ3人。俺はそちらに対して盾を構える。
3人横に並んで突撃してきたので、直前でひょいと脇によける。
仲良く空振りしたところで、横合いから踏み込んでのシールドチャージ! 3人仲良く重なって倒れ込んだところに、雪華が丁寧に金的でトドメをさしてゆく。
実にえげつない。
倒れた仲間に気がついたのか、こちらに駆け寄ってくる見張り役2人。
あ、こっちのあんちゃん達の方がデキるな。
「てめえ何してやがる!」
片方が執拗に仲間の股間を蹴り上げている雪華に後ろから飛びかかる。そりゃ焦るよね。
雪華は振り向きもせずに後ろ蹴り。またもや股間に突き刺さり轟沈。
もう1人は俺に向かってナイフを突き出してくる。身体ごとではなく、ナイフの軽さを活かした連続突きだ。盾の防御面を巧みに避けて突いてくるが、ことごとくはじき返してやる。
「こいっつ!」
だんだん焦ってきたのか攻撃が大ぶりになってくる。甘い一撃を見切って、回転裏拳の要領でシールドバッシュ。胴体に直撃し、めきっと肋にひびが入る手応え。
そのまま振り抜いて壁に叩き付けた。ごふっと肺から空気が抜け、気絶してずるずると崩れ落ちる。
「とどめの天地流キック!」
「やめたげて!」
素早く股間に向かってストンピングをしようとしていた雪華を羽交い締めにする。
天地流キック=金的になってしまった。天地流に新たな技が追加された瞬間である。
「え? でもこの人だけ金的しないのはかわいそうって思わない?」
「思わない」
「だめ?」
「だめ!」
なにがそんなに雪華を金的に駆り立てるのか謎である。
「またツマラヌモノを蹴ってしまった・・・・・・思ったんだけど男の人相手にはこれでいいんじゃないかな?」
「子孫を残せなくなる可能性があるのでできればやめてください」
そもそも金的はそんなに上手く決まらない。このあんちゃん達が弱かったからいけたんだと思う。
そして雪華は気の運用もしていない。つまりまともに戦ってすらいないのだ。下手をすれば鍛錬にもなっていない可能性がある。
表通りからばたばたと複数の足音が聞こえてきた。
騒ぎを聞きつけたのか衛兵が駆けつけてきたみたいだね。
いつもお疲れ様です。
「何だ! 何があった!」
駆けつけたのはオーク種の衛兵。オーク種は頭が猪、身体が大柄で毛むくじゃらの人間という亜人だ。本来は魔物に近い存在だったのだがいろいろあって亜人に分類されている。
簡易な鎧に身を包んではいるが、盛り上がった筋肉はそれ以上の防御力を感じさせる。
「なんだ君たちか・・・・・・」
オーク種の衛兵、ボルゴさんは俺たちを確認するとため息をつきながら歩みよってくる。
「怖い目にあった僕達にそりゃないんじゃないですか!?」
「うるさい、毎度毎度君たちの聴取をする身にもなってくれ」
ボルゴさんは倒れたあんちゃんたちの様子を確認、顔をしかめる。
「これやったのは雪華ちゃんかい? 気絶してるのは卿人くんがやったんだろう」
「そうです」
「天地流キックだよ!」
「何キックだって?」
男達が股間を押さえて呻いているのを見て、事情を察したらしいボルゴさんの目には同情の色が浮かんでいる。
「だいたいわかった。それで? こいつら何をした?」
「カツアゲ?」
「君らがカツアゲしたんじゃなくて?」
「酷い!」
いくら冗談でもそれはないんじゃないかなあ。
「だが、それだと君らに罪が行く可能性があるぞ? 過剰防衛で」
「じゃなきゃ殺人未遂です」
「・・・・・・わかった、カツアゲにしておこう」
殺人未遂だと奴隷落ちすることになる。ここまでボコボコにしておいてなんだが、そこまでやるのは哀れに思えた。下手したら何人か不能になってる可能性もあるし。
カツアゲだとしても罰金か強制労働は免れないだろう。なにせ被害者が身元のはっきりした子供である。刃物をもって脅したとあれば厳重注意では済まない。
「後の処理はしておく、君たちはさっさと帰りなさい。問題を起こすんじゃないぞ?」
「問題を起こさないように衛兵がいるかと思ってましたが?」
「君達は別だ」
だんだん衛兵さん方の俺たちに対する扱いがぞんざいになってる気がする。
最初は加害者と一緒に詰め所に連れて行かれて聴取を受けたりしていたのだけど、3回目くらいからこうやってその場で帰されるようになった。
加害者たちが口をそろえて気にくわなかった、程度の理由で襲ううえ、俺たちは撃退してしまうので衛兵はいろいろと諦めたらしい。
それこそ一度、ボルゴさん達に監視されている状況で外を歩いていたら、すれ違っただけのガラの悪い連中が急に引き返して俺たちに絡んで来た。ちなみに俺と雪華はその連中と視線すら合わせていない。道路の端と端ですれ違った位である。
それを見たボルゴさん達は犯罪のにおいがするとその連中を尋問。
ところが出てきた答えはやはり「気に入らなかった」である。
憶測でしかないのだけど、まだ健一郎の不運効果が続いてるんじゃないだろうか。
大学に入った時に初対面の人間にされた表情に似ている気がする。しかも柄の悪い連中限定で。根拠はないから本当に憶測なんだけどさ。
幸いなのは素行が悪くても冒険者だと手を出してこない。多分プライドの方が優先されるんだろう、こちらから踏み込まない限りは大丈夫そうだ。すんごい目で睨まれるけどね。
「おなかすいたねぇ」
緊張感が無いと言う無かれ、雪華がそういうのも無理はない、もう昼過ぎである。
「うん、さっさと帰ろうか、また絡まれても嫌だし」
「こよいの金的は・・・・・・」
「ヤメテ!」
次回は皆大好き修行回です