第46話 艱難辛苦
アダットさんのCVは子安武人・・・・・・?
「アダット。貴様から「活殺自在」の称号を剥奪する」
「はぁっ!?」
朧暁華の言葉に、シルヴァ流の当主、アダットさんは困惑した叫びをあげた。
あまりにもショックだったみたいで、なんだか固まっている。
朧雪華もちょっとびっくりだ。
そりゃ、いやらしい感じの気を送り込んできたから思わずカッとなって倍返しにしちゃったけど、そこまでのことをしたとも思えない。
「なんで剥奪?」
「試合で「活殺自在」が「活殺自在」以外に負けることは許されん」
なるほど。儀式でも、ううん、儀式だからこそその辺は厳しいのか。
「待て! 佐々木はどうなる!? お前だって負けたじゃないか!?」
アダットさんはそう喰って掛かるけど、当の佐々木のおじさんは涼しい顔。
「馬鹿か貴様。俺は失格だ。負けではない」
「屁理屈だ!」
「そう、屁理屈だ。そんなことも知らずに試しの儀を受けたのか?」
あまりの言いぐさに絶句するアダットさん。
佐々木さんを指さしたままぶるぶると震えている。
「えっと、ごめん、わたしも酷いとおもうんだけど?」
わたしもわかんないからおばあちゃんにこっそり聞いてみる。
「屁理屈というと言葉が悪いので・・・・・・お決まり、ですね。試しの儀に限らず、このような儀式などでやむを得ず「活殺自在」が戦う場合、何か理由を付けて勝負がつかなかったことにしなければならないのですよ」
「活殺自在」に負けたという事実があってはならない。そのための措置なんだって言うけど、微妙に納得がいかない。
「反則負けはいいのに?」
「雪華、反則負けではなくて失格です。佐々木相馬はあなたの実力を認めて、自ら失格になってくださったのですよ? 間違えないように」
おばあちゃんは口に人差し指を立てて、こちらにウィンクしてみせた。
・・・・・・ああ、そういう事かぁ。
佐々木さんはわたしに奇襲を仕掛けて自分から反則しにいって、そのままわたしが負ければ問題なく処理され、負けた場合は自分から失格扱いで退場すると。
そうすれば「活殺自在」が格下に負けたことにはならないと。
「大人ってきたないね」
「外面を保つのも大変なのですよ」
なんだ、結局は朧流格闘術の名前を落とさないための屁理屈じゃない。
少しアダットさんには同情する。
そのアダットさんはあまりのことに固まっている。
佐々木さんを指さしたまま口をぱくぱくさせてて。
金魚かな?
気の毒だとは思うけどちょっと面白い。
いけない。性格悪いぞ、わたし。
「暁華、それに相馬。虐めるのもその程度にしてください」
「えっ?」
その言葉に一瞬で復活するアダットさん。
おばあちゃんは袖で口元を隠している。あれは笑っているときの癖だ。特に後ろめたさがある時の。
たしなめるような口調だけど、実はおもしろがっているみたい。
うん、わたしの性格が悪いのはきっと遺伝のせいだ!
「規定は規定だ。だが何事にも例外というものは存在する。先ほどの忍びも上手く伝えてくれるだろう」
「なんだー。焦ったじゃないか!」
「その精神含めて鍛え直しだがな」
「・・・・・・ハイ」
背に腹は代えられない。みたいな苦しい表情。
みんなよっぽどアダットさんの性質を問題視してたみたい。
でも実力は本物だから・・・・・・。なにか鍛え直す理由を考えてたんだろうね。
確かシルヴァ流ではアダットさんが初めての「活殺自在」だったはず。シルヴァ流は当主が世襲制で、先代、アダットさんのお父さんが凄い喜んだって聞いたけど。
「お父上を悲しませてはなりませんよ? 実力はあるのですから」
「ハイ」
なんかアダットさんの背景が雨模様だ。
「活殺自在」でもお説教されるんだなぁ。
とか、他人事じゃないけれど。
卿人が帰ってきたら一瞬で説教される自信がある。
そうだ。
「活殺自在」の称号をもらったことよりも、もっと嬉しいことがある。
卿人。
卿人だ。
もうすぐ卿人が帰ってくる!
帰ってきたらまず怒る。
卿人はちっとも悪くないけれど、わたしに黙って出て行った責任をとって八つ当たられてもらう。
それから抱きつく。
卿人が潰れちゃうくらい抱きしめる。
抱きしめながらわたしがいっぱい頑張ったことを話すんだ。
それからいっぱいちゅーしてやる。
卿人は、僕もがんばったよってお話してくれるかな?
わたしが苦しくなるくらい抱きしめてくれるかな?
頑張ったねってちゅーしてくれるかな?
してくれるよね、きっと。
卿人。
誕生日までには帰ってくるらしいけど。
そんなに日はないけれど。
待ち遠しいなぁ・・・・・・。
「雪華、顔面が崩壊していますよ?」
「してないもん」
「ほらほら涎が!」
「えっ? 嘘?」
あわてて口元をぬぐうけど、涎なんかでてなかった。
高速で振り向きおばあちゃんを見ると、両袖で口元を覆って肩をふるわせていた。
おばあちゃんが一番性格悪い!
「ひどいよ!」
「ごめんなさい、私も少し浮かれているようですね・・・・・・」
こほんと咳払いをして、真面目な顔に戻るおばあちゃん。
「改めて。雪華、一年間よく頑張りました。「活殺自在」の称号自体に意味はありません。ですが、それは朧流格闘術という名前を背負う者の証。それを生かすも殺すもあなた次第です。くれぐれも、アダットの様に慢心しないように」
「はい、おばあちゃん」
「おそらくあなたは、朧流格闘術史上、最も自由な「活殺自在」です。何者にも侵されず、何者にも縛られない権利を得たあなたがどうやって生きていくのか。私が生きているうちは見届けさせて貰いますよ」
「おばあちゃんあと100年くらい平気で生きそうだけど」
「ふふふ・・・・・・雪華にそう言われるといけそうな気がします」
そう言って、おばあちゃんは微笑んでくれた。
その後はアダットさんを鍛え直す話になった。
なんでもお父さんが強制的に果国まで連れていくんだって。
サクッと通信の魔道具でシルヴァ流本山と連絡をとって、アダットさんを連れ立ってまた旅立ってしまった。
果国はまだごたごたしてるらしくて、残してきたお兄ちゃんが心配なんだって。
「誕生日まで居てやれなくて済まんな」
「お仕事でしょ? しょうがないよ」
「・・・・・・すまん、卿人に宜しくいっておいてくれ」
「うん! わかった! 帰ってきたら結婚式だからね!」
「はっは! では全力で卿人を殴らなくてはな!」
「そしたら卿人とわたしで2対1だね」
「それはそれで楽しみだ」
ウチのお父さんは戦闘狂でしたっと。
その楽しそうな笑みのまま、お父さんは続ける。
「雪華、ばたばたして言えてなかったが、おめでとう。見事だった」
「うん、ありがと。お父さんとおばあちゃんのおかげ」
「違うぞ。それはお前の力だ、誇れ」
うわ。
狡い。
それ今一番言われたかった。
「お父さん」
「なんだ」
「大好き! 卿人の次に!」
「そこは嘘でも一番と言っておけ」
お父さんは苦笑しながら、私の頭をくしゃっと撫でて、お母さんが船長を務める船に乗って出かけていった。
そして、わたしたちの、15歳の誕生日の朝。
「卿人は帰ってこない」
そう、朝鍛錬の後にやってきた九江十三郎(卿人のお父さん)に告げられた。
「何で!?」
わたしは叫んだ。
必ず、目の前の九江十三郎を詰問せねばならぬと決意した。
わたしには理由がわからぬ。
わたしは、卿人の恋人である。卿人を想い、「活殺自在」の称号を得るためにひたすら努力し、そして得た。
けれども卿人に対しては、ひとりの乙女であった。
なんて現実逃避してる場合じゃない!
「何で!? ねえおじさん! なんで!?」
おじさんの襟首を掴もうと背伸びをして、それでも高さが足りないから飛びついて背後に回り、背中にしがみついて片羽締めを仕掛ける。
変な言い訳したら容赦しないぞ?
十三郎おじさんは気の毒なくらい顔を青くしてあわあわしている。
隣に三春おばさんも居るけど、ジト目で眺めたまま止めようとしない。
たぶん最初にわたしに話そうと詳細は黙って来たんだと思う。
「せ、雪華、落ち着いてくれ」
「わたしは落ち着いてるよ? でもおじさんの返答次第では首をもぎます」
「落ち着いてねぇ!」
「いいから吐け」
「ひぃ!?」
卿人をクラフターズに誘拐させて以来、十三郎おじさんはわたしに対してすっかり萎縮してしまって、わたしに遠慮している。
卿人が帰ってこないとずっとこんな感じなのかな?
それも嫌だなぁ。
「今、連絡があってな・・・・・・」
なんでもクラフターズの連絡ミスで、本当なら半年前に修行を延長するという連絡が来るはずが、手違いでされていなかったのだとか。
おじさんはそれは困ると訴えたけど、もうすぐには帰れないような所に行ってしまって、どう頑張っても帰らせるのは無理だと言われたんだって。
じゃあせめて卿人と話をさせてくれと頼んだところで、通信の魔道具が壊れてしまったのか、不通になってしまったらしい。
通信が切れるまえに卿人の「ふざけるな!」という叫び声が聞こえたと言うから、もしかしたら卿人もその時にその事情を知ったのかもしれない。
「つまり。わたしは。最低でも。あと1年。待たなきゃいけないと?」
「・・・・・・そうなるな」
1年前の様に探しに行くとか言って暴れたりはしない。
だって現在地も解らないんじゃ探しようがないから。
わたしはおじさんの背中から下りて、卿人の部屋に向かう。
「雪華ちゃん」
「ごめんなさいお義母さん。ひとりにさせて?」
「うん・・・・・・」
お義母さんが心配そうに声を掛けてきたけど、わたしは今とにかくひとりになりたかった。暴れ出したい衝動をこらえて、卿人の部屋に這入り、ベッドに飛び込む。
卿人が誘拐されてからずっとこの部屋に寝泊まりしている。
少しでも卿人を感じていたかったから。
内装はいじってないし、卿人の私物はそのままにしてある。
当たり前だ。死んだわけじゃないんだから。
卿人がよく読んでいた魔道書。
卿人とよく遊んでいたボードゲーム。
卿人が勉強していたノート。
ぜんぶ揃ってる。
でも。
卿人の匂いはすっかり薄くなってしまった。
ふとんだって洗わないわけにはいかないから、とっくに卿人の匂いなんか消えている。
枕に顔を埋めて、唸った。
叫び出したい衝動に駆られるけど、それを押さえ込む。
体内の気を整えれば全部抑えられるけど、そんなことはしたくない。
この衝動は、わたしのこころだ。
わたしのこころが悲鳴を上げているなら、わたしが受け止めなきゃいけない。
「うっ・・・・・・ぐぅ、ふぐぅぅぅぅぅ!」
大きな声を出さないように唇をかみしめる。
痛い。
唇よりも、もっと深いところにある何かが痛い。
1年間頑張ったのが無駄だなんて思わない。
卿人のために称号を獲ったのは間違いないけど、それは自分のためでもあるから。
だから無駄なんて思わない。
でも。
卿人が居なかったら完成しない。
待たなきゃいけない。
じゃあ待てば良い。
でもその時間は、あんまりにも長い。
嫌だ。
卿人、卿人、卿人卿人卿人!
あいたいよぉ・・・・・・。
卿人の声が聞こえた気がして、わたしは目を覚ました。
いつの間にか眠っていたみたい。
口を切ったみたいで、枕にはちょっと血が付いている。口の中もちょっと鉄臭い。
「とうとう幻聴まで聞こえちゃった」
枕カバーを剥ぎながらひとりごと。
卿人の夢でも見てたんなら、もっとはっきり見たかった。
少し冷静になって考えれば、そんなに泣くような事じゃない。
帰ってくるのがのびただけだ。
死んじゃったわけじゃない。
単純に寂しいだけ。
・・・・・・頭では解っていても、わたし、そんなふうにわりきれないよ。
「これ落ちるかな・・・・・・?」
時間がたって血が固まっちゃってる。
ううん、これ落とすのは大変・・・・・・ん?
『・・・・・・雪華!』
まただ。
また卿人の声が聞こえた。
流石に2回も聞き違えるなんてことはない。
もしそうなら、本格的に脳の病気かもしれない。
「おばあちゃんに診て貰おうかな?」
『違うよ! 幻聴じゃないよ雪華!』
「へっ?」
今度ははっきりと聞こえた!
部屋を見回してみても、もちろん卿人の姿は無い。
「卿人? 卿人なの? どこ!?」
『ああ、雪華! 良かった! 繋がった!』
嬉しそうな卿人の声。ちょっとくぐもって聞こえるけど、これは間違いなくわたしの、世界一好きな卿人の声だ!
『雪華! 今耳飾りを通じて雪華に繋げてる! 外しても良いけど手放さないで!』
「う、うん! わかった!」
むしり取るようにして左の耳飾りを外して手に取る。
卿人とユニリア王都に行ったときに買って貰ったホワイトベリルの耳飾りだ。
対になっていて、片方は卿人が身につけている。
掌の上の耳飾りは、あしらわれたホワイトベリルが淡く光を放っていた。
次回から卿人君方視点にもどります。
活殺自在商人の儀式から少し時間が戻る感じです。




