第42話 純龍種
→ WARNING!!
来た! ドラゴンだ!
今、九江卿人はクラフターズの魔改造馬車第2車両の厨房でせっせと料理を作っている。
いやさ、作らされている。
提供された端から消費されていくので、ろくに休憩も出来ぬままとにかく作りまくっていた。
肩に掛けた手ぬぐいで汗をぬぐいながらもりもり作っていく。
大量にあるアルマジロを消費できるのはありがたいが、流石に疲れてきた。
半日ほど作りっぱなしである。
食堂の方からは楽しげな笑い声と、たびたびジョッキやグラスをぶつける衝突音。
何回目の乾杯か知らないが、とにかく保存庫内の酒は既に半分を切ろうかという勢いででなくなっている。
ドワーフの鍛冶屋で俺の師匠、ガンガ師匠曰く。
「酒の在庫なんぞ尽きてもかまわん、とにかく持ってこい」
とのこと。
倉庫管理者エルフのピエール師匠は眼鏡と腹を振るわせながら、減っていく保存庫の中身を眺めていた。食堂から酒を持ってこいと言われて慌てて持って行っている。
「出来ました! お願いします!」
食堂の方に呼びかけると、ガンガ師匠の弟子、俺にとっては兄弟子に当たる魔族のレイさんがふらふらと入って来た。
レイさんは額にユニコーンの角を持った魔族で、オーク種並みに大柄で引き締まった筋肉の持ち主だ。魔族特有の褐色肌は、これまた魔族特有の魔除けである入れ墨に彩られ禍々しい。体格と入れ墨のせいで恐ろしい印象があるが、顔は柔和でとても善良そうだ。実際クラフターズの中では1番おとなしくて優しい。
本来なら立場上レイ師匠と呼ぶべきなのだけど、本人の希望によりさん付けだ。なんでも師匠と呼ばれるのはむずがゆいのだとか。
「有り難う。まだまだ終わりそうにないんだ、引き続き頼むよ」
レイさんは悪くないのに、とても申し訳なさそうに頭を下げて頼まれる。
魔族は酒に強い種族だが、飲まされすぎたのか顔が青い。
いやいや、レイさん、あなたも大分きつそうだよ・・・・・・。
「僕は大丈夫ですよ、レイさんも隙を見つけて休んでください」
「ああ、頑張って休むよ」
そこは頑張らないでください。
そう言いたいところだけど俺も余裕がない。
料理を受け取って覚束ない足取りで出て行くレイさんを見送り、新たに料理を作り始めた。
まったく、どうしてこんな事に・・・・・・。
事は、半日ほど前に遡る。
◇
その日、クラフターズは北の果ての港町、ノースルルニでの滞在5日目を迎えた。
今回の滞在は5日の予定だったのだが、俺とバラロック師匠のせいで1日、街に請われてもう1日、合わせて7日の滞在となった。
そろそろ旅立ちに合わせて準備を始めなくてはならない。
そのための仕入れはいつもピエール師匠が行っていたのだけど、今回は俺とノートル師匠が受け持つことになった。
本来、四則演算と簿記の達人であるピエール師匠がこの手の仕事を一手に引き受けているのだけど、どうやら俺とバラロック師匠が起こした騒ぎで俺の顔が売れてしまい、買い物でまけて貰えるかもしれないと引っ張り出された次第だ。
理由はもうひとつある。
「おう、あん時の楽器小僧だな! 何が良い?」
魚屋を覗くと、そんな風に声を掛けられた。
楽器小僧とな。
新手の妖怪みたいだ。
一通り魚を見渡して・・・・・・お、鮭かな?
「じゃあ、そこのくちばしみたいな口の魚を5尾」
「あいよ! こいつはマスって言ってな! ここいらじゃそろそろ捕れなくなるね」
「へえ? お勧めの食べかたは?」
「煮て良し焼いて良し揚げて良しだ! だが1番旨いのは塩焼きだな。それ以外はいらね・・・・・・レモンがあれば完璧だ。ああ、生はやめとけ、お前さん果国人だろ? 前に喰ってエラい目に遭ったサムライがいてなぁ」
「僕はユニリアの生まれだから生では食べないよ!」
「ならいいんだ」
魚屋のおっちゃんは手際よく魚を包んでくれた。
「はいよ! 良いモン聴かせて貰ったからコレはおまけだ!」
「ありがとう!」
大分値引きしてくれたんだろう、予想よりも随分少ない金額を支払い、鮭、じゃなかったマスの包みを受け取る。
「新しいレシピはなさそうだね」
少し残念そうにノートル師匠。
そう、俺が買い出しに出ているのは新たな料理を開発するためでもあった。
「そんなことありませんよ、僕はムニエルが1番おいしいと思ってましたけど、塩焼きの方がおいしいのかもしれません」
「へえ、ただの塩焼きがね・・・・・・」
「ホントは生食が1番好きなんですけどね」
魚屋さんにはああ言ったけど、あの舌の上で脂が溶けていくのがとても好きだ。
前世の影響もあってか果国式の食べ方が好みなんだよね。
「私は食べないよ・・・・・・?」
「食べたくない人に無理には出しませんよ」
うげーと舌を出しながら嫌がるノートル師匠に苦笑しつつ、レモンを仕入れようと八百屋の方に足を向けたその時だった。
突然、がつんと殴られたような衝撃が脳を襲う。
なんとなく視線を向けた先にひとりの少女がいた。それだけ、だったのだけど。
その少女は、なんというか、全体的に白かった。
年の頃はギリギリ成人したくらいか。前髪ぱっつんで長い長いツーサイドアップの白い髪は陽光に反射して輝き、透き通るような白い肌は染みひとつ無い。果国の巫女のような厚手の衣装に身を包み、大太刀を佩いている。
肌も、髪も、眉も、まつげも白い中、その瞳は血塗られたように真っ赤だった。
ぞわっ!
その赫い目を見た瞬間、見られた瞬間、全身が総毛立った。
「ぐぅ!?」
息が詰まる。
殺気じゃあ無い。
ただその目で見られたというだけで。
俺は金縛りにでもあったように動けなくなってしまった。
存在感、とでも言うのか。
小柄な少女ひとりの身体に収まっているのが不思議なくらいの威圧感と、魔力、気。
気の感知なんてできないハズなのに、何故か俺にはそれがはっきりと解った。
この少女は、人の形をしているが、断じて人間種ではない。
こんな威圧を叩き付けられて平然としているなど、どだい無理な話しだ。
だが、通りには人があふれているのにもかかわらず、何の騒ぎも起こっていない。
おそらくだけど、これは俺だけに向けられているのだろう。
ソレはうっすらと口元に微笑みをたたえて、ゆっくりと近づいてくる。
やめろ! それ以上寄るんじゃない!
そう叫びたくても萎縮してしまって声が出せない。
額から脂汗が吹き出してくるのがわかった。
なんだ、なんなんだこいつは!
「卿人君、落ち着いて、アレは敵じゃあない」
震える俺の肩に、ノートル師匠の手が置かれる。
「大丈夫、ゆっくりと息をするんだ」
ぐちゃぐちゃになっている頭にノートル師匠の声はするりと入り込んでくる。
言われたとおり浅くなっていた呼吸を整え、改めてソレを見た。
・・・・・・うん、パニックにはならないけれど怖すぎる。
ゆっくりとは言えそんなに距離があったわけじゃない。
ソレは俺たちの目の前まで来て立ち止まる。そうしてにっこりと微笑んだ。
俺より少し背が高い。大きいわけじゃなくて俺が小さいのだけど。
「面白い面白い、中身と外身がちぐはぐだな、君」
外見通りのかわいらしい声でいきなり核心を突かれて思わず動揺してしまった。
「な、何を・・・・・・」
「ノートル、こんな面白い玩具を手に入れた感想は?」
動揺しまくっている俺をおいてノートル師匠に話しかける。
え? 玩具? いや、そう言うのでは無いと思うのだけど・・・・・・。
にわかに不安になってノートル師匠を見上げると、エルフの大賢者は苦笑していた。
「ルーニィ、私の弟子をあまりいじめないでやってくれないかな? それにちぐはぐなのは貴女の方だろう?」
「ふむふむ、弟子だったか。これは失礼した」
ルーニィと呼ばれた少女の外見をした何かは、俺に頭を下げると手を差し出してきた。
そこに先ほどの威圧感はない。多分、俺を試していたのだろう。
「我はルーニィ・ジルヴァドラッヘ。そこの変態エルフとは旧知の仲だ」
「・・・・・・九江卿人です。クラフターズの弟子です」
引きちぎられやしないだろうかと、おそるおそる握手をする。
握られた手はひんやりとしていて、しかし生命体であることは間違いない感触。
初対面の人間に対して殺気にも似た威圧を仕掛けてくるような相手だ。何をされてもおかしくない。
俺がとりあえず平静を保っていられるのはノートル師匠の言葉と、逆らったらただでは済まないという恐怖心によるもの。
正直お近づきにはなりたくない・・・・・・ん?
ジルヴァドラッヘ、だって?
それって確か・・・・・・。
「変態エルフとか酷くないかい? 卿人君も否定しないし」
「ショタコンとは知らなかったぞ」
「いい加減にしろこのポンコツドラゴン」
「なんだと大賢者と書いて大馬鹿者」
戦慄している俺を余所に口げんかが始まっていた。
俺の予想が当たっているならノートル師匠が自殺志願者と言われても驚かない。
だって多分そいつ・・・・・・。
「だいたい純龍種のくせに街に出てきすぎだぞー」
ああ、予想通りの単語が出てしまった。
当たって欲しくないことほど当たるのは何故なんだろう。
この世界の龍と呼ばれる存在は3種類。
亜龍種、龍種、純龍種だ。
亜龍種はおなじみランドドラゴンやワイバーン、リザードマンがそれにあたる。魔物や魔獣に分類される爬虫類系の生物がこれに分類される。
龍種、これは西洋風の4本足で直立もする翼を持ったドラゴンの事だ。ネルソーにドラゴンの住処はないが、運が良ければ山岳地の上空を飛んでいるのを見ることが出来る。
縄張り意識が強く、入り込んだ者は問答無用で襲われる。ただ、緩衝地帯の内側にさえ入らなければ襲われたという記録はないのだとか。
ちなみに討伐推奨ランクはA+。ランクAで固めたパーティーにランクSが1人欲しい、という難易度。とてもじゃないが普通には討伐できない。そもそも何らかの事情が無い限りドラゴンに襲われること自体が希なので意味はない。もし緩衝地帯のむこう側で戦う事にでもなれば、複数のドラゴンに囲まれることが想定されるので討伐不可という判定になってしまう。
そして純龍種。
大空と龍種の王とされ、やれ世界を作っただとか天候を操っているだとか災害から大陸を守っているだとか神のような扱いの逸話が多数存在する。だがこの世界、神は明確に存在する。神事において巫の身体を借りて実際に奇跡を起こすこともある。そのため神と混同されているのではないかというのが生物学者の一般的解釈なんだとか。
生態についてはそのほとんどが謎に包まれている。解っているのは住処にしているであろう場所と、名前だけ。
その名前も書物ごとに微妙に異なるレベルの曖昧さで、俺個人としてはそれこそ実在すら怪しいと思っていたのだけど。
だがどうやら、今目の前でエルフ種と口げんかしている存在がその純龍種らしい。
シルヴァドラッヘ。
ルルニティリドラゴン緩衝地帯の奥にある、龍峰に住むとされる純白の純龍種。
まさか人里に人間種の姿で下りてきているなんて誰も思わないだろう。
「卿人君何とか言ってやってくれ、このドラゴン自分の存在が公になったらどうなるか理解してないんだよ!」
「ふん、我はこの街では冒険者として既に市民権を得ている。今更純龍種だと言っても誰も信じないさ」
どやぁ。
いやどや顔されても。
そんな顔でこちらを見られても。
「僕はまだ貴女が怖いんですが」
「やぁ、脅かしすぎたかな? すまないね、純龍種の癖みたいなものさ。舐められてはいけないと張り切ってしまうんだ」
悪びれもせずにそんなことを言う。
純龍種は不良か何かなのだろうか? いや、野生動物基準なら解るけども。まず自分の力を見せつけることは大事だよね。
たぶん。
「初対面の人みんなにあんな事してるんですか?」
「まさかまさか、君みたいな面白い存在を見てはしゃいでしまったんだ」
「・・・・・・少し安心しました。でも僕はただの未成年ですよ」
「それだ」
ぴっと、人差し指を俺に向ける。
ビームとか出てきそうで怖い。
「君はそうやって子供であることを武器にしている。普通子供はそれを免罪符に使うものだ」
「・・・・・・」
鋭い。
ここでとぼけるのは簡単だけど、多分それだけが理由じゃないんだろう。ここら辺で折れておけと目が語っている。
「自分にそんな自覚はなかったのですが・・・・・・ところで何かご用だったのでは?」
でもとぼけちゃう。怖いけどしゃくに障るから。
こんな事で怒るから良く絡まれるのは解ってるんだけどね・・・・・・。
「そうだそうだ。ノートルが来ていると聞いて挨拶に来たのだった」
ぽんと手を叩き、あっさりと疑問を放棄してくれた。
わりとどうでも良かったのかもしれない。
助かった・・・・・・。
正直自分が転生してきた人間種だと打ち明けるのは勇気がいる。
特にこんな、世界の理に触れるような存在に話してしまうのはリスクが高い。
下手をすれば消されるんじゃないかと危惧してしまう。
俺の深刻な思考など余所にノートル師匠はまた絡みに行く。
本人としては挨拶のつもりなんだろうが、見てるこちらは心臓に悪い。
「挨拶がてら人の弟子を怖がらせるとかやっぱりポンコツだね!」
「やかましいぞ変態。っとこんなくだらないやりとりをしに来たのではない」
そこで言葉を切って俺に顔を向けると、真剣な顔で口を開く。
「こんなくだらないやりとりをしに来たのではない」
「・・・・・・そうですか」
ほかに答えようがない。
純龍種はノートル師匠に視線を戻す。
「太刀の調子がわるくてな、見て貰おうと思ったんだ」
「わかった。立ち話も何だし、我々の馬車に行こう」
「良いのか? 良いのか!? あの馬車は居心地が良くてとても好きだ!」
上機嫌になった純龍種とともに、俺たちは魔改造馬車へと戻った。
大丈夫かな・・・・・・?
なんか卿人君が美少女をみて衝撃を受けたみたいになってますが
単にびびってます
そっちの解釈でも直後にwarningなのでありかもしれません




