第40話 吟遊詩人
港湾都市ばっか書いてる気ががが。
好きなんですよ、港町。
どうしよう・・・・・・。
九江卿人はひとり、手持ち無沙汰で途方に暮れていた。
ルルニティリ王国最北端の港町ノースルルニは、前世のネットで見た北欧の港町にそっくりだった。街の規模はそこそこ大きい。ネルソーには及ばないが、人びとの表情は明るく、活気もある。
住人は人間種が圧倒的に多く、他の種族はほとんど見かけない。
原因は寒さだろう、好きこのんで住むような他種族はいないらしい。
ルルニティリ王国自体の特産品としては、木製の加工品があげられる。
以前雪華とユニリア王都で買い物をした時にも見た、木製の食器とかだ。
北国らしく針葉樹を加工した物で、暖かみのある色合いと、手触り、舌触りの良さが人気でユニリア王国の他にもいろんな国に輸出されている。
町並みは三角屋根の木造建築がずらりと並んでおり、とても美しいと感じられた。
そんな街のど真ん中に噴水広場があるのだが、俺はそこのベンチに座ってぼおっとしていた。
ルルニティリの夏空はとても蒼くて綺麗だし、日差しは控えめで空気も乾いているからとても過ごしやすい。
財布も無くしていないし、カツアゲされたわけでもないし。
では何が不満なのか。
何をしたら良いか解らないのだ。
思えば遊ぶ時は必ず誰かと一緒だったから、知らない街でひとりで好きにしてこいと言われても実は困るのだ。
成人前だから酒が呑めるわけでもない、呑めたとしても昼からというのは忌避感がある。そもそも前世でも未成年で呑んだこともないから呑み方を知らない。
軽く食事をしてみたけど、料理の材料と調理法と味付けが気になって純粋に楽しめなかった。
魔法道具店を覗いてみたら質の悪い物ばかりで気分が悪くなった。
いや、俺が高品質の魔法道具になれすぎているのもある。
普通はこんなものなんだろう。最低限与えられた機能が動けば良いのだから。
買い物をしようにも食品店ばかりが目に入り今日の献立は何かと考えてしまう。
武器や防具の店に入って盾を眺めだしたら冷やかしと思われるだろうし。
ウォーハンマーと盾を背負って、白い革鎧なんか着込んだ子供がひとりで冒険者ギルドなんか入ったら絡まれるのが目に見えている。
念のため武装していけと言われたのでそうしたのだけど、ちょっと気の早い見習い冒険者にしか見えない。
まさかその辺の小さな子供に混じって遊ぶわけにもいかないし・・・・・・。
・・・・・・どうしよう。
とりあえず夕方にノースルルニ役場集合という事にはなっている。
夜には大きな酒場でコンサートだそうだ。
楽器の移動や会場の設営なんかもやってくれると言うことで、それまでは自由時間。
そろそろ憲兵が警戒し始めているのが目につく。
未だ声を掛けられないのは、見た目子供なのと、特に害意があるようには見えないからだろう。だけどあと10分もしたら何か言われるかもしれない。
腕時計に目をやると、後3時間くらいはありそうだった。
とりあえずぶらぶらしよう。
観光名所とかあるかしらん?
とか思っていたら、噴水の前でなにやら演奏を始めた人物がいる。
麦色の羽根付き帽子に白とグレーを基調にした上下、新緑色のコートマントを羽織っている。
ストレートロングのプラチナブロンドで、耳が長い。綺麗な顔をした、おそらくは男性のエルフ種だ。
吟遊詩人かな?
演奏はお世辞にも上手いとは言えないけど、俺はその人物に興味をそそられた。
その人物が扱っている楽器が、バンジョーだったから。
ふらふらと近寄って膝を曲げてつま先で座り、膝に肘を乗せ、手を組んでその上に顎を乗っけて聞く体勢に入る。
吟遊詩人は俺のことが目に入っていないようで、ひたすらバンジョーを鳴らしていた。
うーん。
やっぱり上手くない。
というより弾き方がバンジョーのそれではないし、何よりチューニングが狂っている。
楽器間違えてないかい?
しばらく聞いていたけど、どれもぱっとしない出来だった。
一生懸命弾いているし、誰か親切な人が教えてくれればそれなりになるんじゃないかな?
などと偉そうに考える。
じゃあ教えてやれよと思うかもしれないが、この人なんだか気むずかしそうで・・・・・・。
子供にそんなこと言われたら怒り出すかも知れないし。
眉根を寄せて汗を掻きながら弾いている様子は鬼気迫るものがある。
じゃらん!
と弾き終えたところで、俺は小さく拍手をした。ついでに硬貨を一枚取り出して、置いてある木箱に投げ入れる。
吟遊詩人は、はっと俺に気付いて優雅に一礼してみせた。
その姿は結構様になっている。
ファッションといい立ち居振る舞いといい、完璧に吟遊詩人なんだけど、楽器がへたなのが残念なんだよなぁ。
思い切って話しかけてみよう。
「あの・・・・・・」
「おうエド! 相変わらず下手くそだな!」
軽薄そうな声が俺の後ろから投げかけられた。
吟遊詩人・・・・・・エドさんの顔が辛そうに歪み、そのままの表情で口を開いた。
「うるさいぞウォーエン。今日はお客がいるんだ、冷やかすのはやめてくれ」
おお! 重低音のバリトンボイス! かっこいい!
惜しむらくは声に棘があることか。
首だけひねって後ろを見やると、ヤクザみたいなにいちゃんがいた。
仕立ての良い黒のフロックコート、前は開けてある。ホワイトシャツは真っ白で、ベージュのズボンにレザーブーツ。
大分生え際が後退したオールバックにサングラスで前2本の歯が金歯。
金歯!
前世でもめったに見たことないぞ。金歯。
身なりとしては貴族っぽいのだけど、多分違う。
護衛もいない、近くに馬車もない、振る舞いから地元密着型の貴族にも見えない。
金持ち商人の息子辺りか。
そのにいちゃんは俺を一瞥すると一瞬目を見開いたが、フンと鼻を鳴らしてにやりと笑う。
不思議と忌避感がない。酷く芝居がかって見えたから。
「なんだ、ガキひとりじゃないか」
「子供でも客は客だ。済まない少年、気を悪くしないでくれ」
曖昧に微笑んで頷いておく。
武装してても子供と断じられる程度には俺は子供子供しているらしい。
「知ってるかエド、今日はクラフターズが来るんだぜ?」
「この街に住んでてその情報を知らないやつがいるか?」
エドさんはめんどくさそうにしているが、律儀に答えている。
煩わしそうではあるけど嫌がってる感じじゃないな。
「そんなときに下手くそな楽器なんか弾くなよ、恥ずかしい」
「俺は弾きたい時に弾くだけだ」
「クラフターズの演奏がすげえのは解るだろ? あんなすばらしい演奏聞いたらやってらんねえだろうよ」
おお、あの演奏の良さが解るなら、にいちゃんただのボンボンじゃないな!
「そんな訳のわからない楽器なんか弾いてもしょうがないだろう?」
『訳のわからない楽器じゃない!』
期せずして、俺とエドさんの声がハモった。
あ。
「ご、ゴメンナサイ」
ふたりに向けて頭を下げる。
バンジョーを訳のわからない楽器と言われては黙っていられなかった。
だってすげえ苦労して作った楽器だし、毎晩のように弾いてるんだよ?
バラロック師匠とセッションしたり、他の師匠達とも合わせることもある。
まだ本格的に舞台に立ったことはないけれど、そこそこは弾けるようになってきたのだ。
自慢じゃないがそれなりには巧いと自負している。
それを変な楽器呼ばわりされるのは業腹だ。
だけど俺の言葉に対する反応は、想像を超えていた。
「少年! この楽器を知ってるのか?」
「おいガキ! もしかしてこの楽器弾けるのか!?」
ん?
「知ってるし、弾けるけど・・・・・・」
『是非弾いてくれ!』
えぇ。
必死の形相のふたりに詰め寄られ、たじろいでしまう。
「いいの? 大事にしてるんじゃ・・・・・・」
「良いんだ! 頼む、一曲でいい! やってくれ!」
エドさんに喰い気味にかぶせられ、勢いに負けて了承する。
いや、普通に弾くけども。
「じゃあチューニングするからちょっと待って。ああエドさん、だよね? 歌は歌えるの?」
バンジョーを受け取りながら聞く。
あれ? この造り・・・・・・多分バラロック師匠の制作だ。
調節のない革ストラップだから俺には少し長い。座って弾くか。
エドさんはあまり乗り気でない顔だ。
「ああ、歌は昔から得意だが・・・・・・」
「たまには歌ってみろよ、こいつの歌凄いんだぜ?」
何故か自慢げなにいちゃん。
なんだ? 実は仲良いのか?
まあ今は良いか。それよりもエドさんのバリトンボイスはとても魅力的だ。
一緒に歌って貰えると良いんだけど。
是非聞いてみたい。
「「旅人は風と共に」は歌える?」
「吟遊詩人なら当然だ」
本当に吟遊詩人だったらしい。まあ酒場での定番曲だしねえ。
「僕が弾く代わりに歌ってよ、お願い!」
「・・・・・・いいだろう」
よしよし。
さて、バンジョーの調整だ。
まずドラムヘッドに立ってるだけのブリッジの位置を調節。
斜めに立ってるし・・・・・・。
次に腰に下げた工具袋から音叉を取り出して咥える。
何で持ってるかって? バラロック師匠曰く。
「クラフターズなら音叉を持ってるのが嗜み」
なんだってさ。
思わぬところで役に立ったけど。
ハーモニクスチューニングで合わせていく。
うわ、ひでえズレ方。これで良く弦が切れなかったな。
「少年、それは何をしてるんだ?」
不思議そうに聞いてくるエドさん。
音叉咥えてたらしゃべれないので無視。
むしろ吟遊詩人なのにチューニング知らないのかよ!?
適当にだけどおおよそ合わせる。即興だしこんなんでいいだろう。
「調律か!?」
「今気付いたの!?」
何か疲れた。
でもまぁ、バンジョー弾けるなら良いか。
「ワン、ツゥ、スリィ」
ドラムヘッドを叩いて拍を取り、弾き始める。
うん、いい音だ。
チューニングはめちゃめちゃだったけど大事にされているのがうかがえる。
前奏が終わり・・・・・・。
「おいい!?」
ぼーっとしてないで歌ってよ!
こっちはアンタの歌声楽しみにしてるんだから!
正気に戻ったエドさんが謝ってくる。
「あ、ああ、済まない。以前クラフターズが来た時に聞いたのとそっくりだったから・・・・・・」
そりゃ弟子ですからね! 同じように弾きますよ! でもそっくりは言い過ぎかな!
嬉しいじゃないか!
「ちゃんと歌ってよ?」
「解っている」
気を取り直して再び弾き始める。
さっきとは逆の意味で、思わず演奏を止めそうになってしまった。
今度はちゃんと歌ってくれたのだけど、あまりにきれいで。
良く通るバリトンボイスは魅了するように辺りに響き渡り、通行人の全員が思わず足を止めて聞き入っていた。
俺も乗ってしまって、いらんアレンジとか入れながら弾いてしまったが、エドさんはきっちりと合わせてくれた。
こういう歌い手は弾いていてとても気持ちが良い。
曲が終わり、余韻に浸っていると結構な量の拍手が飛んできてびっくりした。
ついでに硬貨もたくさん飛んできた。
うわ! 人だかりできてる!
いつの間にやら辺りは俺たちの演奏を聴く通行人でいっぱいだった。
いや、エドさんの歌唱力のすごさだろうけど。
エドさんは帽子を脱いで挨拶して、ヤクザみたいなウォーエンは箱を持って硬貨を回収して回っていた。
その様子に、俺はなんかぼうっとしてしまっていた。
こんな感覚は初めてだった。
こんな、身内でなく、他人に囲まれて注目されてるなんていうのは。
でもなんか、悪くない感覚だった。
師匠達はいつもこんな感覚なんだろうかと考えていたら、いつの間にやら俺も囲まれていた。
「それエドがいつも弾いてた楽器だよね? かっこいいね!」
「いやあ、あのエドを歌わせるなんてたまげたなあ。あいつそれが弾けるようになるまで歌わねえとか言って参ってたんだよ!」
「エドは歌が天下一品だったのに、楽器にハマり出しちゃって」
「違うぜ、エドは吟遊詩人になりたくって、楽器を弾けなきゃ一人前じゃないとか言い出して歌を封印してたんだよ! 坊主、有り難うな!」
最後のはウォーエンだ。
なんか聞いてもいないのにみんなエドさんについて説明してくれた。
成る程それで・・・・・・。
エドさんはどうも変なこだわりを持っているらしい。
「ところでアンタ」
「はい?」
恰幅の言い中年のおばちゃんが話しかけてきた。
怪訝そうに俺を見ている。
「アンタこの辺の子じゃないね?」
「え、ああ、えっと・・・・・・」
「そうだよお前何者だ? スノーゴーレムの革鎧とか高価なモン身につけやがって」
今気がついたとばかりにウォーエンが続く。
鎧の素材がわかるとかやっぱり商人なのだろう。
さて、どう説明したものか。
「クラフターズの弟子です」っていうのは簡単だけど、いいのかな?
悩んでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「卿人!」
そこには、鬼の形相のバラロック師匠が仁王立ちでこちらをにらみつけていた。
金歯って古代エジプトから使われてたんですって。




