第39話 クラフターズの中間報告
卿人君が「意思」と一緒に考えたさいきょうののうりょくとはいったい何か
その一端が見えます
卿人が街に繰り出したのを見送って、オーク種の戦士マッカスは御者台から馬車内に入っていく。
人気の無い第1車両の工房は静かだ。外には漏れない音も、普段ならわずかに聞こえてくる鎚の音や魔法道具の駆動音もしない。
ひっそりとした工房を抜けて第2車両に。
わざわざ広い車内を通り抜けたのは見回りも兼ねているから。
倉庫も抜けて後方にあるダイニングに行くと、そこにはクラフターズが勢揃いしていた。
「来たねマッカス。卿人君はどうだった?」
リーダのエルフにして大賢者の称号を持つノートルが気付き、マッカスに声を掛ける。
「なんか凄い叫んでたぞ。すぐ側にあった八百屋で足を止めて落ち込んでたけどな」
方々から笑い声が上がる。
「彼は真面目だねえ。すっかりクラフターズの料理人だ」
「で、ノートル。わざわざ卿人を追い出して、何の話だ?」
くつくつと笑うノートルに、ドワーフの鍛冶屋ガンガが疑問を投げる。
笑いを収めたエルフ種は一転、真剣な表情を見せた。
「他でもない、卿人君のことさ。中間報告も兼ねてね・・・・・・彼、どうだい?」
「どう、とは?」
「修行の進捗とか、修行の進捗とか、修行の進捗とか」
「真顔でそれか、考えて喋れ大賢者」
「考えて言ってるさ。だって異常だろ、彼?」
その言葉に全員が一斉に視線を落としてしまった。
皆黙り込んでしまったが、ノートルは黙って皆が答えるのをまっている。
ややあって人間種の老人バラロックが口火を切った。
「わしらの弟子じゃ、こんな事は言いたくないのだが・・・・・・」
眉根を寄せて老人は大きくため息を吐く。
しかし次の瞬間、ばっと顔を上げ、子供のように目を輝かせた。
「成長が早すぎる! 手芸品など、わしの作品として出しても疑われんぞ」
興奮気味に語る老人に呼応して、今度はガンガが口を開く。
「確かに、ワシもそう思う。鍛冶屋としての腕はその辺の鍛冶屋なぞ足下にも及ばん」
「ん? もしかしてアイツの持ってる武器は自分で作ったのか?」
オーク種のカタスマサスクがびっくりした顔でガンガに詰め寄る。
「そうだぞ。卿人が自分で打った」
満足そうに答えるガンガだが、元冒険者のオーク種は表情を変えない。
「マジかよ・・・・・・こないだスノーゴーレムの群れをバフ無しで粉砕してたぞ?」
スノーゴーレムというのはルルニティリ固有の魔物で、正確にはゴーレムではなく野生動物で、雪のように白い外皮を纏った大型アルマジロの通称だ。
その外皮は大変硬く、さらに回転することによって大抵の攻撃ははじき飛ばされてしまうほど。
並の冒険者では武器の入れ方が解らず、弾かれて潰される。
最近の卿人は長柄のウォーハンマーがお気に入りで、片手で持てるサイズのものを作って振り回している。
回転して迫り来るスノーゴーレムを野球のバッターよろしくフルスイングで迎え撃つ。絶妙の角度で入れられた打撃は、弾かれもせずに外皮を陥没させ仕留めていた。しかもハンマー自体に損傷がない。
ゴーレムの名を持つほど硬い外皮を物ともしないのだ。
「その後「食材だー!」とか叫びながらナイフで解体してたが、もしかしてそのナイフも?」
「良く出来ておるじゃろ? あれもあやつが打ったものだ。弟子入りして以来、あやつに武器や防具を渡した事は無い」
ガンガの弟子達も頷いている。
追いつかれそうだと言うのに、何故か誇らしげな顔をしていた。
自分たちの教えた技術を面白いように吸収していく卿人を見るのが面白くてたまらないようだ。
「防具も・・・・・・って嘘だろ? だってアイツの盾、俺の攻撃受け流してもびくともしないんだぜ?」
「「金剛」を掛けてたからじゃないのかい?」
「最近は基本的にバフを禁止してる。卿人の戦闘技術は来た時から一流だったからな、魔法や武器に頼らなければもっと腕が上がると思って禁止にしたんだ・・・・・・って事はアレか! アイツ自分の装備と腕だけでランドドラゴン潰したっていうのか!?」
その場の全員に驚愕が走る。
ノートルがおそるおそる、という様子で問いかけた。
「でも、それは君もできるよね?」
「馬鹿言え! 俺はオーク種だ! 人間種とは膂力が違う! それに俺のはガンガの作った装備だぞ!? おまけに欠けない、折れない、曲がらないが売りのアダマンタイト製だ! 卿人の武器は何だ? 至って普通の合金鋼だぞ!? よっぽど腕の立つ職人の装備じゃなければ折れるだけだ!」
カタスマサスクは机を殴りつけんばかりの勢いで叫ぶ。
それほどに、卿人の技術は特筆すべきものだということ。
戦闘技術も、鍛冶技術もだ。
通常、ランドドラゴンをバフやエンチャント無しの全力で殴った場合。
武器が折れる、または曲がる。もしくは攻撃者の腕の方が折れる。
という結果になる。
攻撃を受けた場合、盾は良くて半壊、悪ければ腕もろとも粉砕だ。
そもそもランドドラゴンの飛びかかりを受け止めてしまう事からして本来は出来ないのだ。
もちろんバフ抜きではそれも出来ないため、攻撃を逸らす事になる。
それを卿人の作った盾は彼の防御技術とあいまって表面に傷を付けるにとどめていた。
以前バフ抜きでランドドラゴンの尾による一撃をさらりといなしていたことからも、卿人の防御力の高さがうかがえる。
卿人の戦闘技術は弟子入りした時点でランクB相当と充分高かったため、最初はバフ付きでも装備の方が壊れたのだ。
だから卿人は戦闘のたび死にそうになりながら装備の何が悪かったかを分析し、自分で武器を作る時に戦闘経験をフィードバックし、材料を厳選、製鉄して作っていた。
ランドドラゴンを殴りつけても壊れない装備をだ。
筋肉量が果国人の平均程度しかない卿人は、技術と装備でそれを補う術を編み出し、災害指定魔獣のランドドラゴンを討伐出来るほどになっている。
たった半年足らずで、そこまでの腕を身につけた。
鍛冶というのは何十年も掛けて上達するものだ。半年という期間はいくら何でも短すぎる。
本来、ノートル達は1年掛けて自分たちのレベルまでこれるとは思っておらず、その下地になれば良いと思っていたのだ。
そしてクラフターズを抜けた後も精進を続ければ一流の職人になれるというプランで卿人を仕込んでいた。
だが卿人はすでに市販品以上の品質を持った武器を鍛えることが出来ている。
ノートルが言ったとおり、異常なことだった。
カタスマサスクも、マッカスも武者震いを起こしている。
「すごいな・・・・・・俺はてっきりカタスマサスクかガンガが卿人に装備渡してるもんだと」
「そらこっちの台詞だ」
マッカスのつぶやきにカタスマサスクが反論する。
「なんだと?」
「ああ? マッカス、お前冒険者やってた頃から甘かったじゃないか」
「それはお前の方だろう。子供にはスゲー甘いよな」
「ああん!?」
「やんのかコラ!?」
オーク種同士の殴り合いが始まる。いつものことなので全員スルーだ。
このふたりがケンカするのは決まってテンションの上がった時で、卿人の成長を喜んでいるのだろう。
「そういうノートルの方はどうだ? 魔法と彫式の修行は?」
熱に浮かされたように、ガンガが質問する。
対するノートルは良い笑顔で腕に巻いてある革バンドを自慢げに掲げて見せた。
「なんだそれは、ただの革のアクセサリー・・・・・・何だと!?」
それは腕時計だった。
この世界の時計は針が1本、時間針だけの簡易的なものだ。
大きさは卓上置き時計くらいの大きさが1番小さなサイズで、それ以上の小型化は不可能とされていた。
時計に使う魔法式は複雑で、太陽のマナを感知し、場所を特定する魔法式とそれに合わせて針を回転させる魔法式を組み合わせねばならず、どうしても大型化してしまうのだ。
今まではノートルの技術を持ってしても、倍率の高いメガネ、もしくは補聴器のように風の魔法を賦与した耳飾りくらいしか作れなかったのだが・・・・・・。
「卿人君の持ってきた魔法式、仮にココノエ式としようか、これを組み合わせて作ったんだ。もちろん彫式も、文字盤も、針も、本体も彼が作った。私はちょっと凹んでいるが、それ以上にわくわくしてるよ。彼はどこまで行くんだろうってね!」
ノートルは本当に嬉しそうだった。
懐中時計に似た物はすぐにノートルが作ってみせた。そのくらいは当たり前だ。
そしてつい先日、卿人がプレゼントですと冗談めかして持ってきたのが、この腕時計である。
内蔵された小さな小さな魔鉱石に彫られた魔法式はとても精緻で美しく、作りもしっかりしていて、ちょっとやそっとじゃ壊れない剛性を兼ね備える。文字盤と針も干渉しておらず、丁寧な仕事をしているのがわかる。文字盤に直接触れないように開閉式の蓋がついているし、革のバンドにも簡易ながら刺繍まで入っていて、細かいところまで作り込まれていた。
この腕時計を見ただけで、ノートルに教えられることはほとんど無くなったと悟ってしまった。
魔法については自分の魔法適性に合わせて自分で研鑽していく事でしか上達しないから。
表面的には師匠と弟子という立場は崩さないが、ノートルはもう卿人のことを弟子とは思わず、共同研究者として接していた。
新しい魔法もいくつか共同で生み出している。
「そこの喧嘩してるふたりいい加減にしなさい! ・・・・・・よろしい。卿人君の才能は集中力だ。そして愚直なまでに同じ事を繰り返せる努力だ。それを私の調合したエリクサーが後押しして今の結果に繋がっている」
ひとりひとりの顔を見渡して、ノートルは語る。
「クラフターズのリーダーとして発言するけど、彼をあと半年で手放すのは正直惜しい。彼なら我々の一員として世界を巡っても何ら問題は無いだろう、清濁併せのむだけの聡明さもある」
「まだ成人前の子供とは思えんな」
そうだね、とノートルは苦笑する。
「だけど個人的には予定通り帰してやりたい。彼には朧雪華という恋人がいる。彼女とは少ししか会話していないけれど、心から卿人君を求めていたよ。彼も同じだ。予定以上に引き離すのは酷だ」
「・・・・・・なあノートル。それでも1年引き延ばせないか?」
「何故?」
「ワシは卿人にドワーフ種の奥義を、オリハルコンの製錬と加工を教えてやりたいと思う」
「ドワーフ王国に連れて行くと?」
ガンガのひげもじゃの顔には迷いがあったが、深く頷いた。
オリハルコン。
永久不滅金属とされるが、ドワーフ種の間で最高峰と言われる金属の1種だ。
その正体は超高純度の魔鉱石から製錬されたもので、魔法ととても相性が良い。
魔法を賦与しながら加工することで様々な特性を持つ金属に変形する。
それこそエンチャント系の魔法を賦与すればその属性を持った金属に。
バフならばそのバフに即した能力を持ち主に与える金属に。
それならば魔法を掛けても同じだが、オリハルコンは一度加工すると「不壊」の特製を得る。アダマンタイトどころの話ではない、とにかく硬く、まるで時がとまったかのようと表現される。同じオリハルコン以外で傷つくことはほぼ無い。
永久不滅金属と呼ばれる所以だ。
ドワーフの職人でもオリハルコンの製錬は出来ても加工まで出来るのは数えるほどしかいない。
故に、ドワーフの奥義と呼ばれる。
そしてその技術は、オリハルコンを製錬する魔鉱石が大量に採れるドワーフ王国でしか教えることが出来ない。失敗すれば土塊か、役に立たないただ硬いだけの金属になってしまうから。
「そこまでかい?」
「無論。見込みの無いものに教えはせん。あいつの物作りに関する情熱は本物だ。人間種で寿命は短いが、卿人にはその資格がある」
鍛冶の全てを識るドワーフ種の目は真剣だ。
ノートルはひと息吐くと、迷いのある表情で答える。
「そこは卿人君の意思を聞こうか。でないと契約違反だ、十三郎君にも悪い」
「そうだな、長命種が人間種の貴重な1年を勝手にするのは気が引ける」
「今更だけどね。とにかくあと半年、彼を鍛えることにしようか」
ノートルはそう締めくくったが、やはり長命種は気付いていなかった。
バラロックも人間種ではあるが、その辺の感覚が鈍っているのか指摘しなかった。
卿人は人間種で、子供である。
転生して人生経験は多少長いとは言っても、平和な国で暮らしてきた平凡な少年なのだ。
その成長速度に隠れてしまっているが、本人には相当な負荷が掛かっている。
本人は楽しんでやっている節があるし、適度に息も抜ける様になっている。
だが卿人が何を支えにここまでやっているのか、そのことをもっと考えてやるべきだったのだ。
料理上手は追加能力ではありません




