第37話 魔法式のひみつ
引き続き大賢者の魔法式レクチュアです
突っ込みを入れたい衝動を必死で押さえつけ、九江卿人はなんとか頷いた。
それに満足そうに頷いたノートル師匠は、長大な魔法式を展開する。
俺が今まで見た魔法式は、どんなに長くても身長程の高さだ。だけどこの魔法式は天井に届くほど高く、かつノートル師匠の周りを円筒形に覆ってしまっている。
その魔法式が何か読み取ろうとしたけど、長すぎて見当もつかない。
かろうじて何かをつなげる効果があるのがわかっただけ。
「これはね、空間拡張の魔法式だよ。連結魔法式で組んである。通路のど真ん中に置かれてるでっかい魔鉱石に彫ってあるやつさ。魔法文字を小さくして無理矢理あのサイズに収めてある」
「すっごい長さですね」
「そりゃあね。空間をいじくって異次元に干渉してある程度の広さを囲って通常空間と接続するんだから。ホントなら生物が使うような魔法式じゃない。便利すぎて存在だけは広まってしまったから公然の秘密だけどね」
「神の御技とか呼ばれたりしてますし」
「神はこんな無駄な魔法は使わないさ」
それもそうか。
「さて、卿人君。こうやって我々魔法使いが必ず目にする魔法式だけど、君はこの魔法式自体が何で出来てるか知っているかな?」
「それは、あれですよ、あれ、あの・・・・・・あれ?」
そういえば考えたことなかった。
マナの感知ができると知って、魔法式を教わって、それから意識すれば普通にでて来るようになった気がする。
待てよ。
マナの感知をきっかけなのだとすれば。
「マナで出来ている?」
「正解」
くるくるとメリーゴーランドのように魔法式を回転させる。
マニ車みたいだな。
「魔法式はマナを走らせるためのガイドみたいな物だ。だから魔法式自体もマナで出来ているのさ。忘れがちだけど、これが重要なんだ。つまりはこうやって展開した魔法式自体もいじくることが出来る」
ノートル師匠は目の前を流れる魔法式、その一節を、ひょいとつまみ上げてしまった。
「へっ?」
いやもう、今日はびっくりしてばっかりだ。
魔法式って触れるのか。
魔法で干渉できるのは知ってたけど、まさか掴めるとは思わなかった。
「良い反応だねぇ。だいたい詠唱に集中しちゃうから触ろうと思わないんだけど、これ意識すれば触れるんだよ」
ジェンガよろしくひょいひょいと魔法式から魔法文字を抜いていくノートル師匠。
引き抜かれた魔法文字は霧散して大気中のマナに還元される。
「もちろんこの状態でマナを走らせると爆発します。やめましょう」
「やりませんよ・・・・・・」
「私はやったよ?」
「えぇ」
どん引きである。
「で、触れるって事は後から改変が効くってことさ。だからこうやって」
無造作に魔法式を掴むと、長大なそれをトイレットペーパーよろしくくるくると巻き取り、くしゃっとまるめてしまう。そのままおにぎりを握るみたいにぎゅっと力をこめると、こぶし大の魔法式の塊ができあがった。
「ハイできあがり」
「ぜったい嘘だ!」
「嘘さ」
悪びれる様子もなく嘯く。
ひでえ!
「まあでも、やってることはこういうことだよ」
まるめた魔法式をぽいっと放り投げて、新しい魔法式を展開させる。
今度は俺がさっき見せた「金剛」の魔法式。アレンジが加えられて複数人に掛けられるようになっていた。
「これをこうして」
展開した魔法式に手をかざすと、きゅっと魔法式が寄り集まり、3文字くらいの魔法式になってしまった。
いや、最早いち単語だ。
「こう」
そのままマナを走らせる。
魔法が発動、きちんと圧縮前の魔法式に書かれた通りの効果が発動し、俺とノートル師匠に「金剛」が掛かる。
「おお! この魔法凄いね! こんなに強力なんだ!?」
あんたが驚くのか。
かくいう俺はびっくりしすぎて声も出せなかったんだけど。
新魔法式でももうちょっと時間が掛かる。それを一手間加えたのに発動までの時間が短縮されてしまった。効果は全く変わらないうえ、本来ならもっと早く展開圧縮をするはずだからもっと早くなるはず。
「圧縮しても既に確定させた魔法式なら効果は変わらない。思いつけば誰にでも出来ることだけど、まぁ普通は思いつかないね。展開した魔法式をいいじろうだなんて」
そりゃそうだ。
魔法式はその魔法使いが必死こいて組み上げた子供みたいな物。
それをわざわざ台無しにするような真似はしたくないだろう。
それに、魔法使いは自分で組み上げた魔法式に酔う傾向がある。
完璧だ! 美しい! と感じた物に手を加えるとか考えもしないはず。
「ただ難点は圧縮した魔法式は彫式にはつかえないんだよねぇ、三次元的に彫るのは私でも不可能だよ。さ、卿人君もやってみようか」
言われる前に魔法式を展開している。「ブレッシング」の魔法だ。
そう、サハギン・ロードとの戦いで俺がへろへろになってしまったアレだ。消費を抑える魔法式を追加で組み込んでみたのだけど、単純に魔法式が長くなってしまった。はっきり言って詠唱の長さとコストに対して効果が見合わない。
「面白そうだけど、戦闘用の魔法にそんな長い魔法式を組む君も大概だね・・・・・・」
引かれた。
いや、組んでる内に楽しくなっちゃって。
展開した魔法式に手を添えて干渉、魔法文字を重ね合わせて圧縮していく。
・・・・・・。
難っ!?
「これ難しすぎませんか!?」
「その魔法式が長いっていうのもあるけど、慣れだよ慣れ。付き合ってあげるから頑張ってやってみよう。目標は展開から発動までふた呼吸くらいの長さね」
「鬼畜!」
そこからひたすら展開しては圧縮して破棄を繰り返したけど、どう頑張っても圧縮に時間が掛かる。
「ぬぬぬぬぬ」
「ほらほら、圧縮の仕方が雑で式が壊れてるよ、爆発するよー」
ノートル師匠はのんびりとそんな注意をしながら、俺の見せた新魔法式の実験をしているみたいで、いろいろな魔法を試している。
正直とても凹む。新魔法式の組み合わせは難解なパズルで、ちょっと間違えると発動しないなんて事がザラなのだ。それを俺を見ながらやってのけるんだから大賢者という肩書きも頷ける。
「この術式凄いなぁ、連結魔法式じゃ彫りきれなかった物が彫れるようになるぞ・・・・・・この術式を持ってきてくれただけでも卿人君を弟子にした価値があるなぁ」
そういう嬉しいのは俺が集中してない時に言ってください!
ノートル師匠は俺に視線を移すと、ふっと少し笑う。
「ちょっと休憩しようか。少し面白くない話をしよう」
「はい・・・・・・」
疲労で突っ込む気力も無く、その場に座り込む。
意外と繊細な作業だ。いくら展開した魔法式がいじれるとは言っても、加減が大変だ。
「卿人君は連結魔法式を誰から習ったのかな?」
「母です、自分が開発したってめっちゃ自慢してました」
「三春ちゃんらしいねぇ。実は連結魔法式自体はずうっと前からあったんだよ、それこそ300年くらい前から」
「そうなんですか!?」
「勘違いしないでほしいんだけど、三春ちゃんはちゃんと自分でそこにたどり着いて、魔法学院に持ち込んだんだ。だから開発したのは彼女で間違いないんだよ」
なにやら長い魔法式を展開しながらノートル師匠は語る。
「君のこの術式もそうだけど、あまり早くに新術式は公開しない方が良いんだ。国同士の戦争とかに使われると一方的な虐殺になりかねないし、焦って実験に使うと事故に繋がりかねないからね。ちゃんと魔法学院でマニュアルを作ってからでないと危ない。だから私や他のクラフターズが新術式を発見しても、基本的に世にはださないんだ」
「理解は出来ますけど、心情的にはもやっとしますね・・・・・・」
「おや、どうしてだい?」
「僕みたいに回復魔法の適性を持った魔法使いが連結術式を行使できたら、救えた命もあったんじゃないかって。もしもの話ですけど・・・・・・」
「そうだね、大を生かして小を殺すという話さ。そしてそれは我々クラフターズの命題でもある」
「大を生かすことが、ですか?」
自然と詰問口調になってしまう。
ノートル師匠は自虐気味に唇をゆがめた。
「違う、大も小も生かす。我々が制限を掛けて大を生かしているなら、我々は小も救わなくちゃいけない。こうやって旅を続けてお節介を焼いているのもその一環さ。自己満足の域を出ないけどね・・・・・・傲慢だと思うかい?」
「・・・・・・正直に言えば、そうです」
でも何もしていない俺は、そこに口を出す資格は無い。
たぶん、さんざん悩んだ結果が、このクラフターズなんだろう。
偽善と言われようと、勝手と言われようと、自分たちの納得がいくように作られた集団。
「その考えは正しいよ、でも力を持つ者は理性を持って傲慢でいなければならない。そうでなきゃ余人を救うなんて大それた真似は出来ないさ。理性無き力は暴力だけど、他人の意見に左右されるような力はただの兵器だよ・・・・・・っと済まないね。君は至極当たり前の事を思っただけなのに、説教じみた事をいってしまった。年は取りたくないね」
20代にしか見えない長命種は、ぼりぼりと決まりが悪そうに頭を掻いている。
そうか、それならガンガ師匠の村長に対する態度にも納得できる。
あのドワーフは、おそらく。
魔法道具を届けることしか出来ない自分を、不甲斐ないと思っているのだ。
「実はね卿人君、君のお父さんはね、我々の傲慢さをなじったんだよ」
「父が?」
「君はある程度理解してるようだけど、彼はそうはいかなかった。どうしても納得がいかなかったみたいでね、私から彫式技術を学んだらとっとと出て行っちゃった。だから逃げ出した訳じゃないんだよ」
ごめん親父。俺は何の疑いもなく逃げ出したと思ってた。
「それからいろいろあったんだろうね。再会した時には謝ってきたよ「何も知らないガキでした」ってね。謝られても困るんだけどね。彼の言っていたことも正しいんだから」
「正しい、んでしょうか」
「我々の手の届かない人達を助けるのは、彼や、君のような人物さ。君がもしここで何も得られなくても、君の感覚は必ず人のためになる」
「そんな大それた感覚はありません。僕は雪華と一緒に居たいだけです」
大まじめにそう言うと、ノートル師匠は苦笑いを返してきた。
「その分なら大丈夫かな。ああ、ほら、君がそんなこと言うから制御に失敗してこの魔法式が今にも爆発しそうなんだけど?」
「ええ!?」
きゅいいいいいいいいい!
さっきからノートル師匠が展開していた魔法式が歯抜けになって、不穏な音と光を発していた。
え? 何やってんのこの人!?
「いやー、まいったなあ、防御しないと最悪死んじゃうかもしれないなあ。あーあー、これは普通の魔法式じゃ間に合わないんじゃないかなあ?」
ちらちらとこちらを見ながらそんなことを言う。
つまりわざと爆発させるから圧縮魔法式を使って防御しろと!?
ええい! ままよ!
さっきノートル師匠が展開していた複数人に掛けられる「金剛」の魔法式を思い出す。
このレベルでないと死ぬかもしれない!
展開! 圧縮!
魔法式が重なり合い、短くなった瞬間を見極めマナを走らせて発動する!
「『金剛』!」
爆発の直前、何とか間に合った金剛が俺とノートル師匠の身体を包み込んだ。
顔をかばって爆風と閃光に備える。
これで何とか・・・・・・。
ぼふっ。
・・・・・・をや?
随分と小さい爆発音だな?
おそるおそる目を開けると、爆発する前と何ら変わらないノートル師匠の姿が目に入る。
手には魔法式。
小さく煙を吹き出していて、先ほどの光と音はどこへやら、煙もそのうちに薄くなっていき、霧散してしまった。
後には焦げたような匂いだけが漂っている。
魔法式の消え方から察するに、どうやらそういう魔法だったらしい。
「おお! 出来たじゃないか! すごいねえ! やっぱり君は努力型の天才だね! やった分ちゃんと活かせるんだから!」
とても良い笑顔でぱちぱちと手を叩いて俺を賞賛するノートル師匠。
ええと。
ブラフか。
しかもさんざん爆発爆発言ってたうえに対爆発仕様の部屋でやってるわけだから疑わないよね?
いやあお見事。
ってコラァ!?
「酷くないですか!? ホントに死ぬかと思ったんですけど!?」
「大丈夫、失敗するような事はさせないよ」
「万が一僕が爆発させたらどうするつもりだったんです!?」
「それこそ私が押さえつけるだけさ。うさんくさくても大賢者だからね」
実際出来るだろうから困る。
ノートル師匠は急に笑顔を引っ込めて真剣な表情。
声色も心なしか低い気がする。
「さて、今日の修行は終わり、明日から本格的に皆で修行付けるからそのつもりでね?」
「あ、ありがとうございました?」
「うん、解ってると思うけど、みんな私みたいに甘くないから」
「うへえ」
最後の嘘爆発は警告の意味もあったんだろう、皆似たような事をしてくるぞ、っていう。
「本来は1年でなんて無茶な要求なんだけど、無理にでもクラフターズの技術を教え込むから、覚悟してください。以上です」
「が、がんばります」
ごめん雪華、俺死ぬかも。
思わず左の耳飾りに触れてそんなことを考える。
そうして、本格的にクラフターズでの生活が始まった。
まあ。
死ななかったのだけれど。
僕は大抵の物語で修行回が好きなもので・・・・・・
しばらく続きます




