第4話 雪華
卿人視点です
殆ど説明ですが読んでやってください
食事を終えて、九江卿人は自室にもどって来た。えらいめにあった。あれは父さんのせいだ。俺のせいじゃない、絶対。
自分のことは棚に上げて俺は机に向かう。魔法の勉強だ。
この世界紙は貴重品だが、あるところにはある。幸い九江家には魔法書がいくつかあった。
前世では気が向いた時くらいしか勉強しなかったけど、今は積極的にするようにしていた。思ったよりもこの世界は人に厳しい。いやまあ、剣と魔法の世界という時点で察しておくべきだった。なにせ弱肉強食、保険も保証もなく盗賊が生業として成り立ってしまうような世界だ。とにかく生きられなければ話にならない。
最近まで記憶があやふやだった。だいたい3歳くらいから記憶が戻り始めて、7歳の頃には安定した。何より姓名が一緒だったので自分を自分として認識出来たのは大きい。言葉をしゃべり始める時に変な言動にならず済んだし。ちなみに言語は共通語という言語。この大陸全土と、隣の果国で通じる言語なのだそう。これは読み書き含め自然に覚えた。
この世界の両親についてもすんなり受け入れられた。どことなく前世の両親に似ていたからかもしれない。最も親父はメタボ体型だったからだいぶん違和感はあったけど。おふくろもあんなにぶっ飛んでなかったけど!
記憶が戻ってからはまず、目標を定めることにした。
勇者だとか、英雄の末裔だとか、没落貴族の息子だとかそういうこともなく、極々普通の(裕福な)家庭に生まれたみたいだから、結構好きに出来るんだけど、逆にそれが俺を悩ませた。
その気になれば何でも出来るのは考え物かもしれないと。
そこで思い至ったのが冒険者という職業。
せっかく剣と魔法の世界に生まれ変わったのだから、そういう生活をしてみたいと思ったのと、両親が元冒険者で、普通に冒険者になる下地があるというのが理由だ。
だけどそれには重大な問題が立ちふさがった。
この家、快適すぎるのである。
いや、この世界の生活水準が高いのだ。その最もたる者が魔法道具の存在だ。
九江魔法道具店でのメイン商品、作成は父親が手がけている。
魔鉱石という石に魔法式を刻み、起動してマナを走らせると効果が現れる。もはや家電といっていい。しかもオンオフが効く。照明はあるしコンロはあるし冷蔵庫も洗濯機も冷房機もあるし警報装置もある。流石にテレビはないが写真に似た技術はある。そして特筆すべきはマナというその辺に漂う謎エネルギーを使っているため燃料消費無し。何か悪いモノが排出されるわけでもないのでエコ。魔法の才能が無くても扱えるという、前世にあったらエネルギー問題が解決してしまうシロモノだ。
上下水道も整っていて蛇口をひねれば水が出る。トイレは水洗。風呂もある。
そりゃあ衛生状態は前世と比べるべくもないが、ないよりはずっと良い。
この世界に生まれてからなんの違和感もなく使ってきたが、これは異常な事だと気がついた。まるで前世の世界から来るのを見越していたかのような整いっぷりである。
あれ? これ冒険に出る必要なくね? と思ってしまっても仕方が無いと思うのです。 父親から魔鉱石の扱いと魔道具の作成を学んでいるので食いっぱぐれもまず無いし。父親は俺に店を継がせる気でいるし。鍛錬を続ければそこそこ強くなれそうだから自分の身くらい守れるだろうし。
うん、それでいい気がしてきたぞ。幸い港湾都市ネルソーは大陸の端っこで戦争になるようなことはまず無いし果国との貿易関係で廃れることもないし。治安も悪くない。
ん? ますます冒険に出るメリットがなくなってきた?
・・・・・・。
いやいや、違うだろ!? 剣と魔法の世界だよ!? 見たこともない世界に飛び出すんだよ!
ああそれだ。モチベーションはそれだったはずだ。世界を回るんだよ。せっかく神秘がいっぱいあるのに体験しなかったらもったいない。だからこそ旅に出るために戦闘訓練を積んでるんじゃないか。危ない危ない。自堕落に呑まれるところだった。精神年齢20代後半はだめだな。無謀さが足りない。
限界まで挑戦してみよう。そのための力を意思からもらったわけだし。命の恩人、という言い方が正しいかは解らないが、彼には楽しんでもらいたいっていうのもある。
これは自分自身の問題だし、重大ではあるが何とかなるものではある。
そうしてもうひとつ問題、というか悩みがある。こっちは主に前世がらみの話だ。
さっきまで一緒に居た女の子。そう、雪華の事だ。
同じ日に生まれて、物心ついた頃には一緒にいたし、お隣さんということもあって一緒に遊んでいた。子供の頃に距離が近くて仲が良い異性がいれば好きになるのは自然な流れだろう。まだ8歳の子供だが、無邪気にまっすぐに好意を向けてくれる彼女は、俺にとって大切な存在になりつつある。
でも彼女は多分、いやまず間違い無く前世で健一郎と恋仲にあった朧雪華だ。髪の色とやや奔放過ぎる性格を除けば、幼いとはいえ雰囲気も似ている。
たまたま名前が同じとも考えられるが俺も同じだし、なにより意思によれば「近くにいる女の子」だ。まず間違いない。
このことに気がついたのはつい最近、それこそ7歳になってしばらく後のこと。記憶がはっきりしたのを機に情報を整理した結果だ。そもそも前世で俺は彼女を「朧さん」と呼んでいたし、雪華の家名を意識したのも最近だ。
つまり何が問題かというと。
いつか、俺が彼女を好きになって良いのだろうか。という事だ。
いやおっぱいの話がどうこうではなくてね。
彼女は前世の朧雪華とは違う朧雪華だ。前世の記憶も無く、精神だって違うのだ。
別人。
そう別人なのだ。でも魂は同じだ、同じ朧雪華だ。これをどう判断したものか。
もちろん俺だってそうだ。魂が巡っているなら、そのたびに違う女性と愛し合ったはずだ。わかってる。でも俺には前世の記憶があって、彼女は前世の親友と恋仲で。
自分でもめんどくさい事を考えてるなとは思う。そもそも彼女が俺を好きで居続けてくれるかも解らないんだから。
・・・・・・保留、かな。とりあえず成人するまでに答えを出しておくか。その時は状況も違うだろうし。でも、中途半端にするのだけは止めよう。
結局勉強も捗らず遅い時間になってしまった。
あー、そろそろ来るかな?
「卿人入るよ~?」
俺の返事も待たずドアが開き、その悩みのタネがずかずかと部屋に入って来てベッドにダイブした。
ぼすっ、と俺の枕にうつ伏せで突っ込む。
雪華は薄手のTシャツに短パンと寝る準備万端のスタイルだ。風呂からあがったばかりなのだろう、髪が乾ききっていない。
「雪華」
「なぁに?」
枕に顔を突っ込んだままくぐもった声で答える雪華。
「説教して良い?」
「やだ」
「まずノックもせずに部屋に入ってくるのを止めて。こんな時間に男の部屋にくるのは女子としてどうかと思う。その格好ははしたない。ベッドに飛び込んではいけません。あと裸足で歩くのも駄目です」
「んー、すんすん、卿人のにおいがするぅん」
「無視!? 喧嘩売ってる!?」
「だってやだっていったもん」
「子供か! 子供か・・・・・・」
「卿人も子供だよー? 中身は老けてるけど」
「そうだね・・・・・・」
悩んでいたのがなんかばかばかしくなってきた。
雪華がこの時間ここに来るのはいつものことで、毎晩やってきては話をして帰るかそのまま泊まっていく。泊まった場合、道場で朝の鍛錬に参加するため朝早く起きて出て行く。
俺はそこから朝ご飯の準備まで勉強する。
男女7つにして席をおなじうせず。なんて言葉はこの世界にはない。こんな時間に雪華を俺の部屋まで通しているウチの両親はもとより、朧家でも問題にはしていないようだ。雪華が嫌ならやめるだろう、という位の認識だと思う。
とはいえ一緒に寝るのは憚られるので、ちゃんと予備の布団が用意してある。
実際のところ、俺の悩みとか関係なくこんな子供に手は出さないよ。
「で、今日は何の鍛錬をしたんだい?」
「それがさぁ! 聞いてよ卿人ぉ~」
「はいはい、いつも聞いてるでしょ」
雪華は夕飯からこの時間まで鍛錬をしている。天地流の鍛錬ではなく、朧流格闘術の鍛錬である。
本来、天地流の正式名称は「朧流格闘術分派 天地流」といい、朧流格闘術の中から投げ技、寝技、間接技だけを抜き出した流派で、実戦ではあまり使えないとされている。数ある分派の中ではややマイナーで人気も無いが、子供が護身術として習うには悪くない。
では朧流格闘術とは何なのか。
マナと同じく不思議エネルギー「気」を使い、体内に巡らせ身体能力を上げたり、気の巡りを整え怪我や病気を治したり、相手の気を乱して殺傷したりするという現代ならオカルト認定間違いなしの無手格闘術だ。その強力さから果国で戦乱の時代には朧流格闘術の使い手を求めて躍起になっていたとか。
名前から解るように朧家はその本家である。今は大陸に流れて、天地流道場としている。 これはカモフラージュで、もしここに朧流格闘術道場があると知られれば方々から門下生が集まって来てしまう・・・・・・のは何十年も昔の話。
朧流には活法、殺法がある。この2つを使いこなして初めて朧流格闘術の使い手を名乗ることが出来るのだが・・・・・・。
殺法と活法で気の運用方法がまるで違うため、習得は困難を極めた。そのため大陸に来てから3つの分派に分かれる事になる。
殺法のみを使う瞬牙流
活法のみを使うシルヴァ流
投げ、間接を抜粋した天地流
3つに分かれた分派はそれぞれ独自の道を進み、百年以上もたった今では今では朧流格闘術の名を知るものすら少なくなってしまった。らしい。
最もポピュラーなのは瞬牙流で気の運用ができている冒険者や傭兵には使い手が多い。
そんなわけで天地流道場を冠しているのは昔の名残なのだが、通りが良いのでそのまま使用しているというわけだ。
使い手は限られているが、今でも数名の門下生が朧流格闘術の鍛錬をしている。
雪華はその難しい格闘術をある程度だが修めているのだ。なんでも100年にひとりの麒麟児と呼ばれているとか、いないとか。雪華のおばあちゃん、秋華ばあちゃんが冗談交じりに話しているのを聞いただけなので、どこまで本当か定かではないのだけど。
とにかく大人に混じってこんな時間まで雪華は頑張って鍛錬しているのだ。その姿に俺も刺激を受けてる。普通に尊敬するし、愚痴くらいならいくらでも聞いてやろうと思ってる。
「でね、練り上げる気の大きさを増やすにはザゼンが良いって。動かないのは苦手だよー」
ベッドの上でバタ足をしながらぶーたれる雪華。
成る程、精神修養で扱える気の総量を増幅させるのか。つまり単純に雪華の攻撃力が上がる。
苦手と言いつつ、それでもこの娘はきちんとやってるわけで。やっぱり凄い。
「僕で鍛錬の成果を試すのはやめてね」
「えー」
「えー、じゃない。死んじゃう」
「死ぬ前に蘇生するから大丈夫だって」
「瀕死になるのが前提なんだ・・・・・・」
ぜってーまともに受けてやらねえ。
「ごめんね」
「うん?」
急に謝られてびっくりする。雪華は横になってこちらを見ていた。
その目は真剣で、思わずたじろいでしまう。
「昼間、殴っちゃったし、酷いこと言ったし」
ああ、そのことか。殴られるために言ったみたいなものだし、ぜんぜん酷くないし、フォローもばっちり入ってたし。むしろ俺の方から謝らなきゃいけなかった。
「僕の方こそごめん。さすがにデリカシーがなかったよ」
「ううん、大丈夫、お義母さんに絶対おっきくなるって保証されたから!」
「あの母親はいつか締める」
しかもお義母さんて。ぜったい母さんがそう呼ばせてる。
「ねえ、卿人」
「なに?」
「仲直りの印がほしいなーって」
「そもそもケンカしてないでしょ?」
あれがケンカならすでに制裁は済んでいる。
「ちゅーしようよ」
「お断り申し上げる」
「即答!?」
「そうゆうのはとっときなさい。女の子が軽々しくするもんじゃありません。後悔するよ?」
「後悔なんかしないもん!」
「いーやするね! 老け精神年齢さんには解る!」
前世でもキスなんかしたことないけどな! ああ、そうだよ! 「いい人なんだけど・・・・・・」で振られるんだよ! その先は何だよ! 言えよ!
雪華はほっぺたを膨らませ、ベッドから跳ね起きると、こちらにぺたぺたとよってきて、素早く後ろに回り込むとチョーク・スリーパーを掛けてきた。
「そんなこと言うのはこの頭かー!」
「ぐええええええ! ギブギブギブ!」
しっかり気道を締めに来ているあたり恐ろしい。もちろん完全に極めてはいないのだけど普通に痛い。
抵抗していたら不意に拘束が緩む。おや? と思うまもなく、ほっぺに柔らかい感触。
ちゅっ、と音をさせて、雪華が離れていった。
「勝手に仲直りせてもらいましたー! じゃあお休みっ!」
耳まで赤くして再びベッドに潜り込むと、壁の方を向いてしまった。
この流れでそこに寝るんかい。
全く、人の気も知らないで・・・・・・。
熱を持った自分のほっぺたに触れる。
子供扱い出来るのもいつまでだろうな、わざと喧嘩腰になるのもしんどいんだよ。
すぐに寝息が聞こえてきた。精神修養が相当堪えたんだろう。
ふむ、と一息ついて机に向かう。ちょっと気合い入れて勉強しようかな。
すやすやと寝息を立てている彼女を見て、もうちょっと頑張ろうと気合いを入れた。
果国式は室内土足厳禁です