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待雪草は誰がために咲く  作者: Ncoboz
第二章 クラフターズ
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第36話 大賢者

雪っていいですよね

 一面銀色に埋め尽くさた世界に浮かび上がるようにして佇む木製の建物。

 丸太を組んで作ったバンガローのような家が数軒ずつ、まとまって建っている。


 寒村。


 そんな言葉がぴったりハマる。


 寒いしね。


 等とくだらないことを考えながら、九江卿人おれは荷下ろしの手伝いをしている。

 吹雪いてはいないが、時折吹く凍てついた風が喉を襲い、思わず首をすくめて襟巻きに口元を埋める。

 昼間だがどんよりと厚い雲が空を覆い、ぱらぱらと雪を降らしていた。

 これでも晴れている方なんだとか。


 ここはルルニティリ貴族の所領にあたるらしいんだけど、ほとんど誰もやってこないらしい。生活基盤は寒冷地でも良く育つ作物。それらを最寄りの街まで赴いて売っているのだとか。

 はくさいとか、じゃがいもとか、にんじんとか、だいこんとか。


 大根。


 風呂吹きにするか?


 ああいけない、献立考えてる場合じゃない。


 クラフターズ総出で重い魔法道具を次々とおろしていく。

 この村で需要が高いのは、やはり暖房器具、それから冷蔵庫。

 なんで冷蔵庫とか思ったけど、なんでもそのままにしておくと凍ってしまい、食用に適さなくなってしまうのだとか。日本でも北の方はそうだとか聞いたことがある。あいにく北国とは縁が無かったからねえ。


 成る程と思うも、ならばなぜそんなところに何で住んでいるんだろうとか思ってしまう。

 いや、先祖代々からの土地っていうのは解るんだけど。ちょっと不便すぎる。街までそう距離があるわけではないのに、生活環境が劣悪なのだ。

 

 聞いてみたらどうやらドラゴン緩衝地帯の端っこにある村で、ここがないとうっかり緩衝地帯に足を踏み入れてしまい、ドラゴンに襲われる事になるそうだ。

 ドラゴンは縄張りに踏み入れなければ手を出してくることはないという。ついこの間同じ性質のサハギンに襲われたので不安ではあるけど。

 ユニリア王国領には居ない本物の龍種。純龍種かどうかは解らないが、実際に白いドラゴンは目撃されており、龍種の実在は証明されている。

 つまりこの村はルルニティリとドラゴンの領土を分ける国境みたいなもの。


 だからこの村はルルニティリに住む者にはなくてはならない重要拠点なのだとか。

 だったらもっと気に掛けてやれよ王族・・・・・・。

 

 どうやら領主が適当なこと言って補助金をネコババしてるらしい。

 無ければ困るが、助けなくても自分たちでどうにかするはずと。

 人の善意につけ込んだやり方だ、気に入らない。

 

 かといって、俺にも、クラフターズにも出来ることはない。

 異種族間といえど一国の外交に口を出す事になるし、今の領主はまだましの方なのかもしれないから。

 だからこうやった方法でしか助けることしかできないのだ。


 そんなこの村には比較的頻繁に訪れるらしい。

 寒さで魔法道具の劣化が早く、頻繁に新しいものと交換する必要があるのだとか。


「いつもすまないねクラフターズ・・・・・・今回も野菜で勘弁しておくれ・・・・・・」


 村長さんであろう白髭の老人は、そんなことを言ってドワーフのガンガ師匠に頭を下げた。

 ガンガ師匠は荷物を運びながら村長に目を向ける。


「気にするな、そもそも野菜だって本来はいらんのだから」

「・・・・・・ありがとう」


 言わなくて良いことを言ったガンガ師匠だが、まぁ、煩わしかったのだろう。

 毎年言われているはずだ。


 だからってあんな無碍にしなくても。


「卿人君、我々は完全なお節介焼きだ。勝手にやってきて勝手に助ける。そんな我々を快く思わない者が居るのも確かなんだ。だからガンガの対応でいいんだよ」

「面倒ですね」

「面倒なのさ、大人っていうのはね」


 自虐気味につぶやくノートル師匠。

 イケメンのエルフ種がやると凄く様になるのだから不思議だ。


 俺も中身は結構な歳だけど、社会に出たことがないので大人とかよくわからない。

 社会経験なんてせいぜいがひと月も持たずクビになったバイト先くらいなものだ。


「さて、そんな面倒な大人の事情は気にせず君は修行だ。初修行だね!」

「あれ? ノートル師匠は行かないんですか?」


 この後は村の集会所で演奏するって聞いたけど。


「この規模の村に大人数で行ったら気を使われてしまうよ、それにネルソーみたいな大都市ならお金で馬車を護ってくれるけど、こういう所だと誰か残ってないと怖いからね。半分はお留守番さ」


 ああそうか、馬車が狙われる可能性があるのか。

 あの馬たちをどうこうできるとも思えないけど。


 その馬たちはバケツに入れられた飼料をむさぼっている。

 葦毛のバリオスは特になついてくれていて、俺に鼻先を下げてきて撫でろとねだってきた。

 背伸びをして首筋を少し強めに撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めている。

 最後にぽんぽんと軽く叩いてやると、小さく尻尾を振ってきた。


 ノートル師匠に続いて1両目の後ろから中に入る。

 中は広大なクラフターズの工房だ。空調も完璧で冷気が入ってくることもなく、快適な室温を保っている。外とのギャップで違和感が半端ない。


 防寒具を脱ぎ、ノートル師匠を見上げて質問する。


「何の修行をするんですか?」

「まずは魔法だね、君の得意分野だろう?」

「得意、というか魔法式を組み立てるのが趣味みたいな感じです」

「それを得意というのさ。サハギン・ロードとの戦いでは随分と活躍したって聞いたよ?」


 その後ぶっ倒れましたがね。


「そこでまず、君の魔法を見せて貰いたいんだ」


 そう言って自身の工房へ入って行く。

 見学の時に何度か入ったことがある。

 ノートル師匠は魔鉱石に魔法式を刻む、彫式師ちょうしきしと呼ばれる職人だ。

 俺の親父もこの彫式師だ。今のところその腕前に差異は見られないが・・・・・・。


 その工房は大量の彫金工具が所狭しと並べられている。

 大量の魔鉱石や宝石、その削りくずで構成されたような場所だ。


 その一角、やたら頑丈そうな仕切りがしてある所に連れて行かれた。


「ここはね、刻んだ魔法式がちゃんと機能するか確認するための部屋なんだ、魔法式が間違ってたりすると爆発するからね」

「爆発!?」

「そう、爆発。魔法式を走らせた状態で中断されると爆発するだろう?」


 それは知ってますが! 魔鉱石に刻んでもそうなるの!?


「彫式ってそんな危険な作業だったんですか!? ウチではそんなことしてなかったんですが!?」


 俺も何度か彫らせて貰ったことあるし、失敗したこともあるんだけど!?


 めちゃくちゃびびっていると、ノートル師匠はこともなげに答えた。


「そりゃそうさ。私が開発してたんだから。間違っても爆発しないように組んでるのさ」

「・・・・・・成る程」


 つまりウチの親父は安全性が確認されてる魔法式しか彫っていないって事か。

 次々と新しい魔法道具作るなとか思っていたけど、ちゃんと元があったんだ。


「さあ、卿人君の魔法を見せてくれ、正確には魔法式を、だね」


 両手を広げて促す。表情はわくわくしているようにも見える。


「ええっと、何を唱えればいいのですか?」

「君の1番得意なヤツ」

「バフです」

「うん、それでいいよ」


 言われて、俺は「金剛」の魔法式を展開する。

 もちろん新魔法式でだ。

 見た目には効果の半分だって記載されてない魔法式に見えるはず。


 そんな俺の慢心を見切ったわけではないだろうけど、ノートル師匠は目をきらきらさせながら俺の魔法式を読み取っていた。


「へえ! これは面白い! 連結魔法式自体に意味を持たせて式を組んであるんだね? 軽い、速い、強いと3拍子揃ってる」


 精神力の消耗が「軽い」。魔法式を展開してからから発動までが「速い」。魔法自体の効果が「強い」。

 魔法式を組む上でこの3つを抑えておけば間違いが無いという意味だ。


「そうかー連結魔法式が開発されたのも最近なのに、もう発展型の式が出てきたか。それでこの術式は君が考えたのかい? いやそうだよなぁこれほどの術式が開発されたのならとっくに私の耳に入って来てもおかしくない。すごいねこんな術式思いついても面倒くさくて誰もやろうとしないよ。ええっと・・・・・・こうかな?」


 早口でまくし立てると、目を輝かせたまま魔法式を瞬時に組み上げマナを走らせ、掌から極彩色の炎を出現させる。


「ちょっ!?」


 目玉が飛び出るかと思った。

 極彩色の炎は炎色反応によるもの、それ自体は珍しい現象じゃない。

 だけどただ炎の魔法式を組んだだけではこうはならない。


 炎を出現させると同時に各種成分・・・・・・カルシウムとかリチウムとかを同時に生成したのだ。

 炎色反応は6色。

 つまり炎を含めて7つの魔法式を同時に走らせたことになる。いくら新魔法式でもここまで速くは出来ない。

 あっさり新魔法式を行使してみせた上に何か他の術式も併用している。

 解ってはいたけどこの人ただ者じゃない!


「ああこれ? 炎色反応。いやすごいね、試しに我々が使っている圧縮術式と組み合わせてみたんだけど、とんでもないことになったね! そう簡単に表に出せないぞ。この術式誰かに教えてないよね?」

「教えてませんけど・・・・・・」

「良かった。あ、もし教えるならマディシリア王国の魔法学院に申請してね。それ以外の方法を取るとろくな事にならないから」


 いやいや。


 いやいやいや。


「何なんですかそれ!?」

「何が?」

「何が? じゃなくて! 魔法7つの並列発動とか意味がわかりません! 普通出来ませんよ・・・・・・」

「・・・・・・ああ!」


 ぽん、と手を打つノートル師匠。


「私の正式な自己紹介をしてなかったね」


 ごほんとひとつ咳払いをすると、妙に芝居がかった仕草でポーズを取る。

 

 正式な、自己紹介?


「私はマディシリア王国ジルコア魔法学院学院長にして古の魔法使い。これは自慢だけどすべての魔法適性を持った『大賢者』の称号を持つ者」


 ばっと両手を横に広げてどや顔。


「クラフターズ創設者にしてリーダー! ノートル・ウィルフォレストとは私のことだ!」


 ばあぁぁぁん!


 実際に後光と色とりどりの煙、効果音が発生し、その姿を演出する。


 なんつう無駄なことに魔法を・・・・・・だが言ってる内容はとんでもないし、演出効果を狙った魔法式は理解を超えていた。


 やってることはどうかと思うがその内容は超高レベルの魔法の組み合わせだ。

 すべての魔法に適性があるというのも嘘じゃない。


 ジルコア魔法学院。

 大陸南部に位置するマディシリア王国は魔族の多く住む国で、魔族の王を中心とした魔法研究の国だ。

 そこの魔法学院と言えば種族問わず魔法使いなら一度は訪れる。

 魔法ギルドなるものが存在し、魔法を研究する者は学院とギルドの両方に所属しているのが普通。

 というのがお袋から聞いた話だ。


 このエルフ種はそこの学院長だという。


 ノートル師匠の謎の名乗りと情報の整理に脳の処理能力を割いていると、呆然としているように取られたらしく。ノートル師匠は、ふっと髪をかき上げるときざったらしいポーズを取った。


「あまりに凄すぎて声も出ないのかな?」

「呆れてものも言えないんです」


 何となくしゃくに障った。

 だって魔法学院の学院長とか多分貴族よりも権力を持ってる可能性があるし、大賢者とか言われてるような人だよ?

 行動が軽すぎて素直に尊敬出来ない自分がいる。


「大賢者様ともあろうお方がちょっと軽すぎませんか?」

「大賢者だろうと森の民だろうと長生きだろうと中身はこんなものだよ、人間種と一緒だ。多様性ってやつだね」


 諭すように言われるけど、なんか釈然としない。


「で、知りたくないかい? 圧縮魔法式?」

「知りたいです! 是非! 何卒!」


 必殺掌がえし。

 大賢者があほっぽかったのは予想外だけど、それとこれとは話が別だ。

 だけどクラフターズが秘匿していたような術式だ、そう簡単に教えてくれるとも思えないけれど・・・・・・。

 

「よろしい、君は弟子だから何でも教えちゃうよ」


 いいのかよ。


「でも絶対に自分でタネを明かさないようにね? これは今の魔法使い達には早すぎるシロモノだから。破っても良いけど責任は取らせるからね?」


 怖!


「はい、肝に銘じます」

「よし、じゃあレクチャーに入ろうか。その前にひとつお願いがある」

「何でしょう?」

「その詐欺師を見るような目をやめてくれないかな」


 そう言ってウィンクして見せた。


 うん、やっぱりうさんくさい。


  

大賢者ってありきたりですけど、とにかく強そうですよね

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