第35話 クラフターズでの修行
馬車を調べてたらたくさん種類があって混乱しております。
ええと、外見は西部劇で見るような幌馬車を想像していただけると。
修行中の九江卿人の様子を語る前に、クラフターズの馬車について少し解説しておこう。
いたって普通に見える3連結された3頭曳きの幌馬車だ。
引いている馬はグラニ種と呼ばれる超大型で、気候の変化にも強いタイプ。それぞれの名前が。
葦毛のバリオス
黒毛のクサントス
栗毛のペダソス
ギリシャ神話におけるアキレウスの戦車を引いていた馬の名前と同じだが、卿人の言っていたとおり奇妙な符合であり、単なる偶然でしかない。もちろん不死でもない。
だからといって普通の馬でもない。強靱な肉体と、無尽蔵の体力、非常に高い知能をもった魔物に近い性質の馬だ。超大型というのは伊達では無く、サイズはヘラジカよりも尚、大きい。
幌馬車はこれ自体が魔法道具であり、内部中央に置かれている空間拡張の魔法式が刻み込まれた大きな魔鉱石によって空間が広げられている。
外から見れば普通サイズの幌付きの荷馬車だが、中をのぞき込めば広大な間取りになっているという不思議空間だ。
この魔法は一般に普及していない。
空間拡張の魔法は存在こそ既知の物だが、その魔法式は殆ど知られていない希少魔法である。
卿人の実家である九江魔法道具店でも扱っていない。
第1車両がクラフターズの心臓部とも言える工房。巨大な空間拡張の魔鉱石が3つも置かれていて、その広さはちょっとした工場くらいある。天井も相応に高く、通常家屋の3階建てほど。
溶鉱炉に溶解炉、金属加工に必要な施設がひととおり。排熱や排煙、防音も徹底的に行っており、外に音や煙が漏れることはない。鍛冶施設、訓練施設、錬金施設など複合施設として運用されていて、それぞれにきちんと仕切りが設けられている。すべての作業はこの工房内で行われる。
さらにその全てが魔法道具で出来ているというクラフターズらしい贅沢かつ高性能な施設だ。
第2車両は倉庫兼食堂車。やはり空間拡張の魔鉱石が3つ。広さは第1車両と遜色ない。鉱石食料その他諸々、とにかく旅に必要な物資はここに放り込まれ、できあがった魔法道具もここに入れられる。
なんでもかんでも容赦なく放り込まれるが、そこは倉庫の番人であるクラフターズ、エルフ種のピエールが管理していて、どこに何を入れたかなど徹底的に保守管理されている。
後部部分の一画にはダイニングキッチン。キッチン部は設備の整った広いキッチンが完備されている。大抵の物が作れるようになっているが、十全に使われているとは言い難い。キッチン系の魔法道具が出来た時、テストの際に使われる程度だ。
ダイニングは30名からが余裕で食事出来るほどのスペースがある。
第3車両は卿人が寝かされていた寝室及びクローゼット。拡張の魔法石はひとつ。基本寝るためだけの馬車だが、それ故用途は広い。
全車両に「クローク」の魔鉱石が組み込まれていて、普段はこれを常に発動している。
クロークは隠蔽の魔法で、姿を隠すのははもちろん。体温、音、匂いを周囲に溶け込ませ、足跡など移動の痕跡も無くすことが出来る、いわば完全な透明人間を作り出す魔法だ。それを馬車を中心に結界のように展開している。
魔物よけはもちろんだが、クラフターズというブランドを狙って襲ってきたり、勧誘してきたりする者が後を絶たないので、主にそちらの用途で使われている。本来は「クローク」の魔法はその性質故使用、及び魔法道具の作成、販売が禁止されており、違法だ。だが違法化にクラフターズが関わっている。つまりは自分たちが生み出してしまった負の産物なのである。
それだけの物を内包していたら重量が気になるところではあるが、空間拡張された所は別空間になるので重量は3連結された馬車の分だけ、超大型の馬3頭なので引くのに問題は無い、むしろ普通の馬車より軽くなっている。
車輪も特別製だ。街道を進む時は普通の車輪として機能しているが、これも魔法道具である。起動すると接地面に対して少し浮遊し、路面に足を取られることはない。必要があればそうやって車輪を浮かせ、ただ回っているだけの飾りとなる。そのため走破性が異様に高く、山岳地だろうと砂漠地帯だろうと豪雪地帯だろうと関係なく進むことが可能。ただし動力が馬なので馬が駄目なところは進めない。
それでもこの世界の馬車としては規格外を通り越して異常である。動力まで魔法道具で賄っていないのが不思議なくらいだ。
そのクラフターズの魔改造馬車は現在、ユニリア王国北部の山岳地帯を越えて、大陸北東部に位置するルルニティリ王国に入っていた。
ルルニティリ王国は1年を通して雪の降り積もる極寒の地だ。
夏にはある程度地面が顔を覗かせる事もあるが、今は卿人が弟子入りしてからひと月もたっていない真冬の季節であり、猛烈な吹雪と大量の雪が降り積もって方向も定かではなく、通れるように整備された街道から外れる物好きなどこんな時期には居ない。
だがクラフターズの移動工房は道無き道を進んでいた。
雪が積もって重そうに佇む針葉樹の合間を縫っての強行軍。
本来ならユニリア王都北にあるトンネルを抜けてルルニティリに向かうのが普通なのだが、山岳地帯を無理矢理抜けて来たのだ、街道など有ろうはずもない。
別に緊急事態なのではなく、クラフターズの旅はこんなものだ。
目的は街道から外れた村に行くためで、特にこのルルニティリでは冬の間、山間部の村は町になど出られない。そんな所にも人が住んでいれば、クラフターズは訪れる。
3頭の馬はどこか喜々として魔改造馬車工房を引いており、寒がる様子は見られない。
御者台に座っているクラフターズ、オーク種のマッカスは自前の毛皮も役に立たないのか、全身防寒具で固めていて着ぶくれしている。
全車両空調完備なので中は暖かいが、御者台はそうもいかない。屋根はついているのだが、吹雪いていれば焼け石に水。頑丈な自分の身体がうらめしいと、たまに後ろを振り返る。
そして卿人は何をしているかというと。
芋の皮剥きをしていた。
最初のひと月は食事の下ごしらえと馬の世話を命じられていた。
お約束と言えばお約束だが、大人数のサバイバル料理から家庭料理まで出来る卿人にしてみれば無駄以外の何物でも無い。
言い分としては仲間として認められるための儀式なのだが・・・・・・。
やはり古い習慣なのには変わりない。
休憩時間に見学していいと言われているので、できる限りそうしていた。
見学に夢中になってしまい、仕込みがおろそかになったり、片付けが雑だったりして怒られつつも、見て解る部分は盗めるだけ盗んだ。
そうしないと実際教えて貰う時にやる気を無くされるから。
卿人は前世での経験則でそれを知っていた。
何でも出来る人気者はそれ相応の努力の上に成り立っていたという事だ。
だがその苦労した経験がここで生きた。
一般論などここの人物には通用しない、職人というのはそういう人種だから。
おかげで皮剥きの速度が向上した。馬にもだいぶなつかれた。
休憩時間までに冷蔵庫がいっぱいになるまで剥けるようになり、ついでに料理までしてしまうことが増えた。
クラフターズに料理人はいないので、当番制で回しているが、ここ数日は卿人が全部用意してしまっている。
これが好評だった。
クラフターズが料理下手だったせいもあり、卿人に胃袋を掴まれてしまったのだ。
だがこれには流石にエルフ種のリーダー、ノートルがキレた。
「君たち! 卿人君は飯炊きに来たんじゃないぞ!」
「でもよう、あいつの飯がすげーうまいんだよ。解るだろ?」
ドワーフ種のガンガが反論するも、後ろめたいのか声に力が無い。
「解るけども! そろそろひと月たつんだ、もう実技に入ろうよ」
「でもあの飯は魅力的だぜ・・・・・・」
「我々が教わればいいんじゃないかな?」
「それだ!」
ということで卿人はクラフターズに料理を教えるという仕事ができてしまったのである。
そんなことより鍛えて欲しいと思う卿人だったが、これで円滑に行くなら安い物だと思い直し、クラフターズの調理担当を拝命することになった。
調理担当になった卿人は早速食糧倉庫の在庫確認を行った。倉庫の番人であるピエールに食料庫内のリストを見せて貰う。
リストは紙束を麻紐で括った分厚いものだ。
「食材だけでこんなにあるんですか!?」
「や、ほら。私たち料理苦手だから。よくわからない物とか調理が難しそうな物は放り込んだままにしちゃうんだよね。ハハハ」
エルフの割に小太りで、短髪に眼鏡を掛けているからか中間管理職みたいな風貌のピエールが恥ずかしそうに答える。
そんなピエールを余所に卿人はリストに目を通していく。
リストは種類別に分けられとても見やすく、出し入れの管理も完璧なようで穴がない。ピエールの几帳面さがわかるしっかりとしたリストだ。
そのリストによると魚が軒並みのこっていて、肉が少ない。
だが調理の難しそうな肉は残っているし、手間の掛かる野菜はほとんど手つかずで残っているようだ。魚が多いのはネルソーで大量に貰ったかららしい。
「それにしても凄い量ですね・・・・・・」
「寄った先の皆さんがくれるんだ。私たちはいらないって言うんだけどさ、お金は払えないからせめてこれでもって地域の特産品をしこたまくれるんだよ。保存庫がなかったらどうなっていたことか・・・・・・」
保存庫の魔法道具。
中に入れた物を入れた時のまま固定してしまうものだ。
時間を止めていると言い換えてもいい。
もちろんこれもクラフターズしか製法を知らず、一般流出させてはいけない物だ。
生命活動を止めるわけではないので生き物が入ってもすぐに害はない。内部でも問題無く活動可能。
だが中で気付かないうちに死んでいて、出た瞬間に死ぬという事態が起こりうるので短時間の内に出ることを義務づけられている。
しばらくリストをめくっていた卿人だったが、調味料のリストに入ったところで手が止まる。
目を見開いて、肩はブルブルと震えている。
「こっ! これはっ!」
「ん? なにか気になる物でもあった?」
「ナツメグ、シナモン、クローブ、クミン、レッドチリ、コリアンダー、ターメリック!? カルダモンも!?」
「何の呪文だい?」
「ご自分で書いたんじゃないんですか!?」
「貰う時に言われたことをそのまま書いてるだけで何かは知らないよ。あ、でもそれを貰った所は覚えてる。確か30年くらい前、帝国の南西部だったかな?」
長命のエルフ種らしい物言いだ。保存庫さまさまである。
卿人は呆れつつも、いつか帝国に行くと決め、これがあれば好物が作れると胸が高鳴った。
もちろん、カレーの事だ。
幸いスパイスは粉状でくれたようで、挽く手間はかからない。
スパイスカレーが作れるとあってウキウキである。
はりきってひたすら作った。
14年ぶりのカレーということで、その時間を取り戻すかのようにそりゃあもう大量に。おかげで保管庫の中のにんにくとタマネギとトマトの在庫が著しく減った。
匂いにつられてぞろぞろと食堂に集まってくるクラフターズ。
「おお! なんだ!? すげーうまそうな匂いがっ!」
「わかりますか!? すげーうまいもの作ってますよ!」
「卿人君今までで1番生き生きしてないかい・・・・・・?」
「うふははははははは!」
「えぇ・・・・・・」
米はあるので問題ない、漬け物は失念した。らっきょうも今度漬けよう。
できあがったのはシンプルにポーク(イノシシ)カレー。ジャガイモとにんじんも入っていて具だくさんだ。とろみもしっかり付けてあって、少し油分が多いくらいが卿人の好み。
「できましたっ! カレーと言います! どうぞ召し上がれ!」
どや顔で皿を並べた卿人だが、皆の反応はよろしくない。
「なあ、これ・・・・・・」
「ああ、ちょっと見てくれが悪いな」
「いろんなもの食べてきたけどこれはちょっと・・・・・・」
「文句は食べてから言ってくださいね~」
皆の反応も卿人にはどこ吹く風。
笑顔でそう言うなり手を合わせていただきます、間髪入れずにがっつき始める。
14年ぶりのカレーは別格で、もう止まらない。
「うまい! やー、ひさびさだなぁ・・・・・・」
目の端に涙を浮かべながらがつがつと食べる卿人を見て、ゴクリと喉を鳴らすクラフターズ。
ガンガがおそるおそるスプーンにすくい、少しためらった後思い切ってぱくり。
刹那、口に広がるスパイスの香り、舌を刺激するさわやかな辛さ、そして後からやってくる隠し味に入れたマンゴーのようなフルーツの風味。
これが固めに炊かれた米と良く合うのだ。
「・・・・・・うまい」
食べ始めればもう言葉はいらない、黙ってがつがつと食べ始めるガンガ。
つられて他の者も食べ始める。一瞬止まった後。
「スパイシー!」
「うまいなこれ!」
「私には少し辛いかなぁ」
おおむね好評だが、少し辛めに作ったためか、エルフ種には少し辛かったようだ。
しかし卿人はそれを予想していて、小鉢を差し出す。
「レモン果汁です、少しは辛さが和らぎますよ?」
「へえ・・・・・・あ、本当だ! 食べやすくなった!」
「オイ卿人! これに合う酒は解るか!?」
「未成年に聞かないでくださいよ・・・・・・麦酒とかいいんじゃないですか?」
「きんきんに冷えた奴持ってこい!」
言われて魔法式冷蔵庫から麦酒を持ってくる。
ドワーフ種は麦酒よりも火酒を好む傾向にあるが、これはエールで正解だった。
「ああ! たまらん! おかわりはあるか!?」
「どちらの?」
「どっちもだ!」
と、全員がおかわりを要求するという事態に。
オーク種のカタスマサスクと御者を入れ替わったマッカスも凄い勢いで食べていた。
作った卿人も大満足でほくほく顔。
ただひとつ誤算だったのは、大量に作ったにもかかわらず、鍋が空になってしまったことだった。
料理人冥利に尽きるとか思ってしまった卿人は自己のアイデンティティの崩壊に泣いた。
そうしてクラフターズは、ルルニティリ王国辺境の村へたどり着く。
カレー回です。
ありきたりと言われようとコレがないと異世界転生モノを(僕個人としては)名乗れないので。




