第33話 決意2
道場は土足厳禁で基本裸足が鉄則ですが朧流道場は靴下OKです。
秋華おばあちゃんは足袋。佳月さんは裸足。雪華と三春さんは靴下。
十三郎さんは靴下剥がれました。
朧雪華が道場から出て行こうとすると、おばあちゃんに腕を掴まれた。
「雪華、どこへ行くのです?」
「卿人を連れ戻してくる」
「駄目です」
「なんで!?」
びっくりした。なににって、わたしがおばあちゃんに対して怒鳴った事に。
こんなに怒ったのは初めてかもしれない。
だからなのかは解らないけど、八つ当たりみたいに言葉と涙が止めどなくあふれてきた。
「卿人が連れ去られたんだよ!? 卿人の意思ならしょうが無いけど、いや良くないけど! お話もケンカもしないでいなくなるのは嫌だ!」
「落ち着きなさい雪華、クラフターズに卿人を預けるということ自体は、悪い話ではないのです」
「嫌! おばあちゃん離して! 卿人がどんどん遠くに行っちゃう!」
「雪華!」
びくっと、身体が震える。
おばあちゃんに怒鳴られた。これも初めてだ。
掴まれたところから気が流れ込んできて、わたしを拘束しようとする。
気の流れを調節して対抗する、わたしだって卿人と一緒に頑張ったんだから!
しばらく必死に抵抗したけど、やっぱりおばあちゃんは凄かった。
そのうちに全身の気を絡め取られて、結局拘束されちゃった。
おばあちゃんは空いてる方の掌で額の汗をぬぐって、一息。
わたしは抵抗しただけで全身汗だくになってしまった。
「卿人が連れ去られたのに気付いたのは今朝です。私が目を覚ましたとき、卿人の気が感じられなかった。その時点で忍達に追跡を命じましたが、誰1人行方を掴むことができませんでした。つまり、何らかの隠蔽術が施されているということです。それも真夜中にネルソーの門を突破して抜けられるほどのもの。無闇に探しても見つかりません。先ほどネルソーの評議会にも確認しましたが、クラフターズが昨晩のうちに出て行ったのは間違い無いようです。とある事情により真夜中に出て行くという相談をうけ、これを許可したそうです。その手引きをしたのが十三郎さんですね。無理矢理連れて行かれたのとは、少しだけ違います」
拘束しようとしてきた気の苛烈さとは裏腹に、やさしく諭してくるおばあちゃん。
「それに卿人に危険が及ぶことがないのは解りますね? 卿人の命に関わるようなことはないはずです」
解ってる。
そんなの!
・・・・・・解ってる。
クラフターズは凄い人達で、きっと卿人を強くしてくれる。
わたしと一緒に遊んでるより何倍も早く。
それにおばあちゃんが見つけられないなら、わたしに見つけられるはずがない。
解ってる。
でも、卿人が突然いなくなったって聞かされて、どうしたら良いかも解らない。
世界一かっこいいわたしの卿人がいきなり居なくなるなんて、考えたこともなかったから。
わたしはまだ子供だ。嫌なことにだだをこねるだけの子供だ。
おばあちゃんは拘束を解いて、わたしに聞いてきた。
「雪華は何故、自分を鍛えているのでしたっけ?」
「わたしが、卿人といっしょに居られるように。卿人も同じだよ」
「そうです、あなたも卿人も、お互いのために強くあろうとしているのです。そして卿人は強くなって帰ってきます。その時に雪華がワガママ放題、めそめそ泣いてたら、彼はどう思うでしょうね」
うっすらと笑いながら、おばあちゃんはそんなことを言う。
たまにだけど、おばあちゃんは意地悪だ。
「その言い方はずるいよ!」
「大人はずるいのですよ」
にっぱーっと、わたしとよく似た笑顔で頷いた。
逆だ。わたしがおばあちゃんに似ているんだ。
「一年なんてすぐですよ。おばあちゃんと一緒に待ちましょう」
「・・・・・・うん」
そうだ。2度と会えないわけじゃない。
なら、わたしがやらなきゃいけないことは・・・・・・。
「ちょちょ、ちょっとまってよ秋華さん!」
三春おばさんが凄く慌てている。
慌てすぎてろれつが回ってない。
・・・・・・ちょっとかわいい。
「卿人をこのままクラフターズに預けたままにするって事!?」
「考えてみてください、それ自体に問題は無いでしょう、クラフターズに非は無く、彼らに任せておけば卿人は強くなるのですから。良いことでしょう?」
「そうだけど・・・・・・やっぱり秋華さんも朧家なのね、強くなれば何でも良いの?」
「まさか、ですが弱い男に雪華は任せられませんよ?」
「さすが秋華ばあさん、話がわかるぜ!」
「十三郎さんは黙ってください。貴方のとった方法は最悪を通り越して人として駄目です。悪魔の所行です。先ほどの雪華の様子を見て何とも思わなかったのですか?」
「はい・・・・・・スミマセン」
「ですが、こうなった以上、卿人を預けたままの方が得策です。もちろんクラフターズの所在は私の方で探し続けます。見つかるとも思えませんが」
深いため息。
おばあちゃんは見つからない理由がわかってるみたいだ。
「卿人についての話はこれで終わりです。1年後、卿人が帰ってくるまで彼を信じて待ってあげることが、私たちに出来ることではありませんか?」
「わかりました・・・・・・」
「ま、それしかないかねえ」
まだ納得いってない感じのお母さん達だけど、とりあえずはその方向でどうにか収めることにしたみたい。
おじさんがホッとしている。
やれやれと立ち上がってのびをしたところで。
「十三郎さんどちらへ? 貴方のしでかした事の話はまだ終わっていませんよ?」
おばあちゃんがおじさんにものすごい殺気を投げる。
健康な人でも油断したら死んじゃうようなものだ。
おとうさんでもここまで凄いのは出せないだろうなぁ。
「ぅあ・・・・・・」
おじさんは身を縮こまらせ、真っ青になってしまった。
蛇に睨まれた蛙みたいになってる。
がたがた震えてるのは決して寒さのせいじゃあない。
「貴方にはお仕置きが必要です。私の孫を泣かせてただで済むとは思わないように。三春さん、佳月さん。好きにしてください」
「もちろん好きにするわ。あなた、覚悟は良いわね? 雪華ちゃんだけじゃなくて私も泣きたいんだから」
「娘から男取り上げたんだ、落とし前はキッチリ付けないとねぇ。お外でたっぷり楽しもうかぁ」
「あの、おてやわらかに」
「あなたの態度次第かしらぁ?」
「テテュス、水攻めの用意だ」
「雪華ちゃんもどうかしら? 卿人を連れ去った元凶だけど」
そう言われても・・・・・・。
たしかに? おじさんのせいだけど?
えっと、じゃあ。
「おじさん」
「な、なんだよ」
「きらい」
「おっふぅ・・・・・・」
ダメージを受けたのか、がっくりとうなだれる。
左右から両脇を抱えられ、ずるずると道場の外に引きずられていくおじさん。
対照的にお母さん達はとても楽しそうだ。
テテュスを使って水遊びでもするのかな?
わたしこどもだからわかんないや!
なんだかおばあちゃんが全部まとめてしまったけど、誤魔化された気がしないでもない。
「おばあちゃん、卿人の意思とか全部無視したよね?」
「ええ、ここにいない人の意思は確かめようがないので」
すました顔でのたまう。
「ひどいなぁ」
「なに、卿人も納得がいかなければ自力で帰ってきますよ。帰ってこないでしょうけど」
「なんで?」
「それは雪華の方が解っているでしょう?」
確かに。
卿人は意外とあっさり、自分の境遇を受け入れてしまうんじゃないかな。
なんだか最近、自信が無いみたいだったし。
そこでわたしの出番だったわけですよ!
誕生日に卿人をべた褒めして、でれでれにする計画だったのに。
しばらくおでかけしちゃうみたいだし。
ならわたしは、わたしに出来ることしよう。
「おばあちゃん、わたし、卿人と比べてどのくらい強い?」
「今時点なら雪華の方が全然強いですよ」
「じゃあ卿人が無事に帰ってきたら?」
「彼次第・・・・・・というのが普通ですけど。卿人のことです、暁華と戦えるくらいに強くなっていても不思議はありませんね」
「そっか、じゃあ」
わたしはおばあちゃんを正面から見つめる。
鏡写しみたいなおばあちゃんに、わたしは問いかける。
「わたし、「活殺自在」になれるかな?」
活殺自在
それは朧流格闘術の極致を極めた者のみが名乗ることを許される最強の称号。
果国が戦乱の時代はいっぱいいたらしいけれど、朧家が果国から追い出されてから激減したらしくて、今は大陸に4人しかいない。
卿人が、大陸最強の「活殺自在」である朧暁華と戦えるくらい強くなるなら、わたしも卿人と並んで立てるように、強くならないといけない。
並大抵の努力でなれる物じゃない。
でも、やらなきゃ。
左耳の耳飾りに触れる。
幸運の、ホワイトベリルの耳飾り。
わたしと卿人はお互いの幸運を祈ってこれを付けあった。
だから、頑張れる。
わたしの言葉に、おばあちゃんはすっと目を細めた。
満足そうに頷くと、着物の袖で口元を隠す。
「雪華ならなれますよ」
ちょっと、おばあちゃんの気配が変わる。
なんだか気の色が暗い色になった気がするけど、気のせいだよね?
「暁華の指導ではあなたに合いません。暁華は筋肉の信者ですからね。それでも時間を掛ければやがて至ることが出来たでしょう。ですが」
あ、これまずいやつだ。
「私も朧家当主から退いた身。本来は現当主の指導に口を出すのはいただけないのですが、雪華がそう言うのなら、私が直接手ほどきをするのもやぶさかではありません」
殺気も気当たりも無ければ、言葉の強さも変わらない。
だけど寒気が、背筋を流れる汗が止まらない。
「まって、まっておばあちゃん、わたしまだ死にたくない」
「何を言っているのですか雪華? 私はあなたを生かす指導をするのですよ?」
ころころと。
隠した口元からそんな音が漏れてくる。
「先ほど私の気功に抵抗した時の力はすさまじい物でした。その資質はちょっと悔しいくらい。いいでしょう、1年で私と同じ所まで無理矢理にでも引き上げてみせます」
ころころと。
朧家の歴史上唯一の女性活殺自在が愉快そうに笑ってる。
ちらりと覗いた口元は綺麗な三日月を描いていた。
はやまったかなあ・・・・・・。
ごめん卿人、わたし死ぬかも。
◇
この後、雪華はしばらく眠れない日々を過ごすことになる。
やはりいきなり卿人がいなくなった事が響いているようで、しばらくはとても不安定な状態が続き、鍛錬が終わった後は卿人の部屋で泣いたり怒ったりを繰り返していた。
自分の部屋には帰らず、卿人の部屋で寝泊まりしていたが、誰もそれを指摘したりはせず、ほとんど雪華の部屋となっていた。
10日もたつと踏ん切りがついたのか、本格的に活殺自在になるための訓練を始め、果国から帰ってきた暁華が驚く程の成長を見せた。
そして地獄のような鍛錬を経て、一年の後。
朧家から女性にしてふたり目、そしてわずか15歳という歴代最年少の活殺自在が誕生することになる。
十三郎さんの水責めの様子が気になる方は・・・・・・って書きませんよ?
よろしければ評価していってくださいな~。




