第32話 決意
秋華おばあちゃん初登場。
この世界の人間種における平均寿命はその時代背景に反してとても長い。
ただし殺人、戦争や災害、魔獣、魔物による被害等。これらを除いての数字だ。
流石にこれらを含めてしまうとガクンと数字が落ちる。
特別医療技術が発達している訳では無い。
それでも主要都市部における幼少期の死亡率は現代の先進国と比べても遜色ない程に低い。
何故か。
高い衛生観念、それと魔法と回生気功の存在である。
魔法は清浄な空間、衛生的な食事を約束し、さらには寄生虫なども排除することが可能だからだ。使い手は限られるが怪我の治療も可能。ただし使い手の魔法式によって効果が異なるのが難点。
回生気功は全身の気の流れを整え、病気を防ぎ、病気になったとしてもそれを快復させてしまう。ウイルス性の疾患であろうと、免疫系の疾患であろうと、回生気功による施術はそれを完璧に治療してみせた。もちろん生命力を活性化させて怪我を治すことも可能で、熟練の使い手ならば失ったばかりという条件はあれど四肢の欠損すら治療してしまう。
それほどに「気」という不思議エネルギーは人体にとても都合良く作用する。
生命エネルギーとも言われているが、なにぶん重篤な病気を治すほどの使い手は多くないために研究が進んでいない。
そして極めつきは神聖魔法の存在だ。
この世界には神が実在する。
創造神を中心とした10柱の神がおり、その神々に祈ることで奇跡を呼び起こす。
つまり神様にお願いすると、制約はあれど願い事が叶うのだ。
病気の治療、解毒、怪我の治療何でもござれ。とにかく先天性のもので無い限り対象者を元の状態まで快復させることが可能。ただし死者の復活は出来ないとされている。
小さな集落でも必ずひとつは病気及び怪我の治療専門の教会、「十神教治療教会」なるものが各地に存在し、人びとのよりどころとなっている。
このため怪我や病気にはとても強い世界なのだが、子供はこの治療を受けられないことが多い。
魔物や植物に強烈な毒を持つ者が多く、それに対抗するため魔法研究の分野では免疫学が存在する。
その結果、軽い風邪などの病気は命に関わるようなもので無い限り、自然に治癒するに任せ、免疫を獲得させるという方法がとられている。これは治療教会でも同じ方針だ。
卿人と雪華もその例に漏れず、別々に隔離されてうなされていた。
雪華は気の扱いに長けているので病気をすることはまず無いのだが、海水でずぶ濡れになったまま卿人とのキスに夢中になって気の循環がおろそかになり、身体を冷やしたせいで見事にやられてしまったのだ。
その雪華は、自室のベッドで高熱にうんうんとうなされながらも、にやにやしているというとても器用な様子で寝込んでいた。
その気になれば自分で治してしまえるのだが、祖母の秋華に固く禁じられたのでおとなしくしている。
「けふっ、けふっ・・・・・・。暑いよう、喉痛いよう・・・・・・こんなの気を整えたらすぐに良くなるのに・・・・・・そしたら卿人のとこ行って、卿人も治したげて、そしたら・・・・・・」
そこまでつぶやいたところで、熱に浮かされ赤い顔がますます赤くなる。
きゃー。と小さく悲鳴を上げると、頭から毛布をかぶってしまった。
だがすぐに顔を覗かせる。どうやら暑かったらしい。
そしてやはりその顔は気持ち悪いくらいにやけている。
「卿人に好きっていわれてちゅーまでしちゃった! すっごいどきどきしたなぁ・・・・・・卿人に魔法掛けて貰う時と同じくらい・・・・・・けふっ」
にやにやしながら咳き込む。
「治ったらすぐに卿人に会おう、そしたらまた・・・・・・うえへへへへへうえっふ!」
おおよそ女の子に似つかわしくない、おっさん臭い笑いを漏らしてまた咳き込む。
この反復妄想で治りが遅くなっているかもなど本人は思いもしない。
卿人が寝ているであろう部屋の方を見るが、熱のせいか周りの気を見ることが出来なくなっていた。
少し寂しそうな表情をしていたが、またすぐににやけ始める。
卿人に好意を伝えてもらうのをずっと待っていたのだ。
態度や言葉の端々にはあからさまに出てはいたけれど、直接伝えられたのはそれ以上に得がたい喜びを感じていた。
「後はわたしのおっぱいがおっきくなれば結婚して貰える!」
卿人なりの誤魔化しをこの少女は本気にしていた。
いや、解ってはいるが言い逃れをさせないために意地でも大きくするつもりだろう。おそらく具体的なプランを練り始めているに違いない。
辛さがぶり返してきたのか、少し苦しそうなそぶりを見せると、ベッドサイドテーブルに手を伸ばす。
そこには、以前ユニリア王都で卿人に買って貰った揃いの耳飾りが置いてあった。
手にとって、かざしてみる。
煌めく宝石はホワイトベリル。
不純物も亀裂もない、綺麗なカッティングが施された逸品。
石言葉は「純粋」「聡明」「幸運」。
純粋と言うにはふたりとも少しあからさますぎるが、その思いは本物で、お互いを一途に思っているのは純粋といって差し支えないだろう。
明後日はふたりの誕生日。
雪華は誕生日には卿人にキスをねだるつもりでいたが、期せずしてそれは達成されてしまった。またその時におねだりすれば良いとは思うものの、卿人は恥ずかしがってしてくれないかもしれない。
「いいや、その時は無理矢理しちゃえ」
あっさりと強奪宣言。
実行しても卿人は絶対に喜ぶと確信しての発言である。
実際卿人は口ではなんやかんや言いながらとても喜ぶのは間違いない。
しばらく耳飾りを眺めていたが、きゅっと握りこんで胸元に持ってくる。
そのまま寝る体勢に入った。
卿人のいない夜は久しぶりだった。
「卿人、大好き」
耳飾りにそうささやきかけ、雪華は眠りについた。
◇
次の日。
朧雪華はほぼ全快していた。
絶好調ではないけど、熱も下がったし咳も出ない。
ふんふんと鼻歌を歌いながら身支度をする。
朝一番で卿人におはようを言えないのは残念だけど、今日は会えるし。もし風邪が治って無くてもお見舞いにいくもんね!
冬の朝はとっても寒いけれど、その分寝ぼけた頭をはっきりさせてくれる。
冷たい水で顔を洗うとなお気合いが入る。
顔洗うのに髪の毛が邪魔だから適当に後ろでまとめた。
後でお義母さんに結って貰わなきゃ。
部屋に戻っていつもの格好に着替える。
胸元に白い花の刺繍が入ったシャツはわたしのお気に入り。
ランプみたいに下向きに咲く白い花がとっても可愛いんだ!
膝丈のハーフズボンを穿いて、靴下履いて。
手に取った耳飾りにちゅーをしてから身につける。
完成!
着替えたところでふと、卿人の部屋の方を見る。
熱が下がったから気の流れが見えるはず、卿人はまだ寝てるかな?
あれ?
卿人の気が見えない。
他の人の気は見えてるからわたしの調子がわるいって事はないけど・・・・・・。
どこかに出かけてるのかな?
道場の方に人が集まってるみたいだから、そっちの方に行ってみよう。
今の時間は鍛錬もないはずだけどなあ。
あの気は・・・・・・十三郎おじさんと、三春さんとお母さんと、およ? おばあちゃんもいる。
九江家と朧家の大人が揃って何してるんだろう?
今日の朝ご飯は道場で食べるのかな? そんなわけないか。
朝のひんやりとした道場に足を踏み入れる。
道場は他の建物と比べてもそこそこ広い。
木造で床は板張り、高い位置に明かり取りの窓があるけど、灯りをつけなければ少し薄暗い。
その道場のど真ん中、そこに大人達が集まってるんだけど・・・・・・。
十三郎おじさんが上半身裸で正座させられていた。
その周りを取り囲むように女性3人が立っている。
なにそれこわい。
一瞬引き返そうかと思ったけど、おばあちゃんに見つかった。
「雪華、こっちにおいで」
「はーい」
にげられなかった。
おばあちゃんはわたしとうりふたつの姿をしてる。
違うのは、髪と目の色と髪型と、着ている物だけ。
黒のストレートロングのおかっぱ頭で、薄紫の留袖を着たおばあちゃんは、等身大のお人形さんみたいに見える。
似たような格好してると身内でもよく間違るけど、卿人が間違えたことは一度も無い。
ふふん。
「おはようございます!」
いつものように笑って、あいさつ。
うん、あいさつは大事。
「おはよう雪華ちゃん。風邪はもう良いの?」
「うん! おかげさまで熱は下がったよ!」
「そう、よかったわ・・・・・・ごめんね? 朝から不快なものを見せて」
お義母さんがにっこりと微笑んで返してくれた。
半裸で正座させられている十三郎おじさんの事だろうけど、不快っていうか凄く寒そう。
なんかぷるぷるしてるし。
お母さんはものすごい表情でおじさんを見ていて、おばあちゃんも表情こそ柔らかいけど冷めた目をしていた。
「おう、おはよう雪華よく眠れ・・・・・・」
「黙れ」
さっきとは打って変わって、身体が凍り付きそうなほど冷えた声でお義母さんがおじさんの言葉を遮る。
言われたおじさんは片手をあげたまま凍り付いていた。
自分の笑顔が引きつるのを感じる。
え、えっと。なんだかよくわからないけど触れない方が良さそうだし、とりあえず卿人がどこにいるか聞こう。うん、それが良いよね? わたしと同じで病み上がりなのに、どこかに行ってるのなら心配だし。
「卿人は? お出かけ?」
ぴしり。
今度こそ、その場の空気が凍り付く。
え? なに? しょっちゅう卿人に空気が読めないみたいなこと言われるけど、そんなに変なこと言ったかな?
少しの間沈黙が流れて、やがてお母さんが諦めたようにため息をついた。
「雪華、その話なんだよ、いまこのゴミをいたぶってる原因は」
「すまんかったあ!」
おじさんがいきなり土下座をする。
ちがう、五体投地だ。
板張りの床がとても冷たそう。
じゃなくて!
「え? 突然なにおじさん? よくわからないよ」
「卿人は1年帰ってこないんだ!」
・・・・・・。
「へ?」
ようやく出てきたのはそれだけ。
でも、それ以外の言葉が出てこなかった。
訳がわからないっていうのもそうだけど、卿人が、1年帰ってこないって。
卿人に1年会えないってことだよね?
なんで?
え?
目の前が暗くなっていく。
なんで? 卿人からそんな話は聞いてない。
もしかしてわたし・・・・・・。
「わたし卿人に、す、すて、捨てられたの?」
『それはない』
全方向から否定される。
そっか、よかった・・・・・・いやよくないよ。
「じゃあ、なんで? わたし、卿人がいないと、眠れなくなるし、ご飯も食べられなくなるし、短気になるし、吐きそうになるし、笑えなくなるんだけど? あだ名は「恐怖! 徘徊する植物」で確定」
「具体的に自分の未来を予言するんじゃないよ、卿人は精神安定剤か」
お母さんが突っ込みを入れてくる。
そんな必要な時に飲めば済むようなものじゃない。
「違うよ。生まれた時からずっと一緒だったんだよ!? 卿人はわたしの、もう半分なんだから・・・・・・」
「だよねぇ・・・・・・ほら十三郎。あんたのせいで雪華はそうなるってよ?」
お母さんはおじさんに魔剣テテュスの切っ先を向ける。
あぶないなあ。とかどこか遠い出来事の様に考える。
「・・・・・・すまねえ」
「十三郎さん、謝るのは良いですから雪華に説明してくださいな」
おばあちゃんが促すと、おじさんは訥々と話し始めた。
「クラフターズに、預けたんだよ」
まとめるとこんな感じ。
卿人は昨晩のうちにクラフターズによって連れ去られたらしい。ホントは連れ去られたんじゃないだろうけど、わたしには同じ事だ。
サハギン・ロードが討伐されて、大宴会がギルドの酒場で行われたらしいんだけど、わたしと卿人は寝込んでいて、大人はおばあちゃんしかいなかった。
それをどんな方法でかは解らないけど、クラフターズが九江魔法道具店に進入して卿人をつれてった。
しかもおばあちゃんにさとられないようにだ。
もともと、卿人をクラフターズに預けるという考えは卿人が8歳のころからあったんだって。
卿人は筋肉量が少なくて気を扱うタイプじゃないし、ガードタイプのタンクという役割だから、筋肉が無いのは致命的。だから技術を上げる必要があった。
卿人が思ったより強くなりすぎて、足を痛めた自分では指導しきれないと思った。
だから卿人を一年間クラフターズに預けることにした。
クラフターズの旅はとても過酷で、一緒に旅をすれば嫌でも達人のような力が身につくのだとか。
ついでに魔法道具を作る技術を学ぶことができて、一石二鳥だと。
一年間のほとんどを戦闘と鍛冶に費やすらしくて、帰ってくる頃には暁華、わたしのおとうさんに迫る腕前になって帰ってくるはず。とかなんとか。
「それで?」
冷たい声のお義母さん。
「それでって・・・・・・どういうことだよ」
「わかんないのかい!?」
だん!
床が割れるんじゃないかと思うくらい強く、お母さんが足を強く踏みならす。
「それはさっき聞いた。あたし達が聞きたいのは何で全部黙ってやったかって事だ!」
「そりゃあ、あれだ。お前らが反対すると思って・・・・・・」
「だからって黙ってやったってのかい!? アンタって男は」
「佳月、私に言わせて」
激高したお母さんをお義母さんが止める。
「あなたが卿人のためにと思ってやったことは解る。卿人が強くなるのはとても良い事だと私も思うわよ? 将来旅に出るらしいから相応の実力は必要だし、手に職を持っていれば生活に不自由しないと言うのも解る」
綺麗な人が淡々と喋っている様が逆に怖い。
「だけどね、卿人と雪華の気持ちはどうなるの? 本人達に何の了解もなく突然引き離すのは誘拐よ?」
「誘拐ってお前、そりゃ大げさだぜ」
「大げさなもんですか。卿人に話はしたの? してないでしょう? 雪華ちゃんに了解は取ったの? とってないでしょう? 子供だから親が全部決めて良いの? 馬鹿なの? 普段のふたりの様子見てれば引き離したりしたらどうなるか解るでしょう? 馬鹿なの? それもふたりの誕生日直前に? ホント馬鹿なの?」
「いやその、雪華がついていくって言いそうだったからよ」
「何の問題が?」
「クラフターズは女人禁制なんだよ! クラフターズは旅を続けなきゃならない。それがあいつらの存在意義だからな。結婚したらクラフターズを抜けなきゃならねえ、だからふたりがくっついちまう前にどうしても卿人を師匠達に預ける必要があったんだ」
「私たちに、いえ、雪華と卿人に何の相談もなく?」
「うぐ・・・・・・」
おじさんも反省してるのか言い返せない。
・・・・・・でも。おじさんは何かを隠してる。
「とにかく卿人を一度返して貰って。話を聞く限り連絡手段は持ってるんでしょ? 病気の息子を無理矢理連れてくなんて非常識よ!」
「それがよ・・・・・・通信の魔道具はあるんだが、卿人を戻すまでは使わないって言われてな」
「なんでよ!?」
「いつでも話せると思われたら困る、連絡が取れないのも修行の内だって・・・・・・俺じゃねえよ! 師匠がそう言ったんだよ!」
「で、あなたはそれを了承したと」
「・・・・・・ああ」
額に手をあてて天を仰ぐお義母さん。
空気が、重い。
でもわたしは、正直おじさんの行動がどうとかはどうでも良くって。
ただただ、卿人に会えないという事実だけが辛い。
卿人と離ればなれになるなんて思ってもいなかったから。
卿人の行くところには、必ずわたしも一緒に行くと思っていたから。
よし。
いますぐ卿人を探しに行こう。
卿人とお話をしよう。
わたしに黙って出て行くなんて許さないよ卿人。
無理矢理言いがかりをつけて自分を奮い立たせる。
わたしが道場を出て行こうとしたら、おばあちゃんに腕を掴まれた。
「雪華、どこへ行くのですか?」
「卿人を連れ戻してくる」
おばあちゃんは目に力を込めて、わたしを止めた。
「駄目です」
朧家本家はこれで全員です。
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