第31話 決着は塩味(裏)
(裏)と銘打っていますが、実際はその後です。
説明回みたいなものなんで、あえて同話数の裏とつけました。
ユニリア王国領、港湾都市ネルソーにある冒険者ギルドは4つ。
海岸北、海岸南、中央区、そして商業区だ。
その海岸南区の冒険者ギルドでは大宴会が開かれていた。
時刻は日が落ちてから少し。夜のとばりがおりるころ。
昼間に起きたサハギン・ロードによる港襲撃、その撃退を祝しての催しだ。
奇跡的に大型船が一隻ダメになったのみで、人的被害が皆無だったことが幸いし、ものすご勢いで後片付けが行われ、その日のうちの宴会と相成ったわけである。
損害分は商業ギルドが全てを持ち、戦闘に関わった全員を労って欲しいと商業ギルドマスターのベリアからの報酬として開かれていて、冒険者や水兵達も遠慮なく騒いでいる。
その中心にいるのはもちろん。サハギン・ロードを討ち取った朧佳月である。女海賊然とした彼女は楽しげに、ロードと戦った時の様子を皆に話している。
「とまあ最後にゃ首を落としてやったんだが・・・・・・ここにはない! 持ってかれた!」
ロードの首と死体は保管され、ユニリア王国の研究機関に回される事になった。なにせ今まで討伐報告のなかった魔物の死体だ。その学術的価値は計り知れない。本来なら果国に引き渡した方が距離的にはその方が安全なのだが、冒険者ギルドがそれを止めた。
普段日和見を決め込んでいる冒険者ギルドのギルドマスターだが、こういうときにごまを擦りに行くスピードは異様に早い。王国から遠いネルソーではこういう所で点数を稼ぐ必要があるのは理解出来るが・・・・・・。
門倉が商業ギルド本部の統括をやっている現在、余り意味の無い行動である。むしろ門倉に知れたら問題にされる可能性すらある。
ネルソーの冒険者ギルドは近いうちにトップが変わるかもしれないと噂されているが、いよいよ現実味を帯びてきたのだ。
とまあこれは卿人と雪華の未来に関係するかもしないかもという比較的どうでもいい話だ。
「そんなことよりウチの娘の旦那の話だ! 「山賊潰し」といえばちょっとは有名かね?」
佳月の呼びかけに、冒険者達は口々に同意する。
そもそも冒険者達の間では有名な子供達だし、そうでなくても戦闘中に強烈なバフを掛けた子供が居たことは皆覚えているようだ。「生意気だ」だの「あのくらい何でも無い」だのというのもあったが、概ね好評とみえる。
「気に入らないのはしょうがないが、正直卿人の援護が無きゃあやばかっただろ?」
「まぁ、そうだな」と、卿人の護衛に入っていた剣士が答える。彼は今回サハギン・ロードに殴られ気絶しただけで何も活躍出来ていない。もともと子供が戦場にいることが気に入らない彼は、卿人を認めつつも気に入らないようだ。同じ理由で卿人の参戦に難色を示していた同パーティーのタンクは、卿人のバフのおかげで命拾いしたとあって、こちらはだいぶ好意的だ。
「まあそんなわけであたしが主役みたいな顔してるが、ホントは卿人がMVPだ! あいつのおかげであたし達は今、旨い酒が呑めてる! 本人は風邪引いて寝込んでっからあたしが代わりに音頭を取るよ! 小さな英雄に乾杯!」
『乾杯!』
まあ。冒険者や水兵にしてみればタダ酒が呑めるなら大抵の事は些事である。
本来ならば爆裂した大型船や散らばった積み荷、全壊した桟橋の片付けや修復までやらねばならなかったのだが、その辺は手の空いている人員で行い、戦闘に参加したモノは全員宴会に参加して良いという事になった。
これも死人が出なかったからだし、全力で前線をを支え、機を見て治療に切り替えた雪華もそれに一役買っている。
つまり単純に、佳月は身内自慢をしたかっただけだ。
だがその評価を真剣に聞いていた人間種がひとり。
九江十三郎である。
今回の騒動、元ランクA冒険者である十三郎にももちろん声が掛かっていたが、彼は現場に到着した時点で様子を見ることを決めた。水場では無類の強さを誇る佳月、その娘の雪華、弟子のメイリ、息子の卿人。
これだけの役者がそろっていれば、相手がサハギン・ロードといえど負けることはないと判断したからだ。
それよりも怪我人や致命傷者がでた場合、速やかに戦闘離脱させられるよう構えていた方がいいと判断、いつでも動けるよう戦場全体を見ていたのだが・・・・・・。
卿人がとんでもない魔法を発動した。
「ブレッシング」の魔法は本来、十数人の術者が詠唱時間と消耗をシェアして完成させる儀式発動式魔法だ。数百人単位に全能力バフを掛けるという対軍隊魔法なのだが、規模は小さいとは言え卿人は単独で、それも短時間で魔法式を成立、発動させてみせた。
母親の三春もびっくりはしていたが、不可能ではないと断言していた。
「卿人の作った新しい魔法式なら可能ね。組み方が変態過ぎて使いこなせるのはごく一部でしょうけれど」
自らも連結魔法式という魔法使いの地位を押し上げた術式を開発したのだが、その彼女を持ってして変態と言わしめたのはたいしたものである。
だがその後が良くなかった。
自身は魔法による消耗で動けなくなり、派手にやった結果サハギン・ロードに目を付けられてピンチに陥っていた。ロードの強さからして討伐は無理があったかもしれないが、少なくともあんな無様をさらした挙げ句に護衛の冒険者まで巻き込むような事はなかっただろう。
やや厳しめの採点だが、息子の事を思えばこそである。
・・・・・・そうならばよかったのだが。
十三郎の瞳は光を映しておらず、手にした麦酒に口も付けずにテーブルに置くと、そのままふらふらと冒険者ギルドを後にしてしまった。
三春も出席していたのだが、彼女は既に酔い潰れ、机に突っ伏してしまっていて夫の不審な様子に気付くことはなかった。
数時間後。
月明かりさえ無い真夜中のネルソーは、一部の店舗や重要機関を除いて、闇を呑んだかのように真っ暗であった。
そんな中、日没と共に閉じられたはずの北ネルソー大橋の門が音もなく開かれた。普段からロック鳥の叫びと揶揄されるほどの音を立てて開く両開きの大門が、この時はみしりとも音を立てず気持ち悪いほどなめらかに動いた。しかししばらくたっても中から何か出てくる様子も、外から入ってくる様子もなく。まるで幽霊が満足したかのように、また何の音もさせずに大門はぴたりと閉じられた。
そのため当直の衛兵も異変に気付かず、ひどく叱られる事になった。ただ、この異変はネルソー評議会が了解していたことであり、住民に害があったわけでもないので事件にはならなかった。
ごく一部の人間種を除いてだが。




