第30話 海の主
リザードマンとサハギンは鉄板ですよね。(何が?)
船が爆発した。
九江卿人はとっさに雪華をかばう。
爆発の規模は大きくはないが、船を沈めるには十分な威力を持っていたようで、派手に水しぶきが上がり、巻き上げられた海水が雨のように降り注ぐ。
くそっ! マナ爆発か!
最前線にいた人達は佳月さんの警告もあって直前に退避できてたみたいだし、「ストロングディフェンス」の効果も手伝って、転んだくらいで済んだみたいだ。
皆素早く身を起こしてサハギン達の攻撃に備える。
これ幸いと俺にしがみついていた雪華をそのままに破壊された桟橋の方を見ると、サハギン達は爆発に巻き込まれてほとんどが倒れ伏していた。
子コアラみたいに俺にぶら下がった雪華が目を丸くして見たままを口にする。
「自爆した?」
「まさか」
反射的に否定の言葉を口にしたものの、どう見てもそれは自爆だった。
でも、桟橋を守っていたサハギン達は必死だった。まさに堅守だったわけで。それで自爆とかあまりにも間抜けすぎる。
爆破自体が目的ならとっとと水中に逃げていたはずだ。
・・・・・・そこまでして爆破させなければならなかったと言うことか。
冒険者達もあっけにとられているようで、雨のように降り注ぐ海水に濡れるが儘になっていた。
あれ?
おかしくないか?
いくら爆発の影響で海水が巻き上げられたといっても、こんなに長く降り続けるような量じゃないはずだ。
それどころかだんだん強くなっているような・・・・・・?
駄目だ、嫌な予感しかしない。
「これは・・・・・・マズいねぇ」
佳月さんが腰に下げたカットラスを手にとる。
そのカットラスは一見何の変哲もないように見えて、実はテテュスという海の女神の名を冠した魔剣だ。
水辺や船上で様々な恩恵を与えてくれ、海の魔物を払う能力がある。
テテュスは激しく振動し、高い金属音を鳴らしていた。
「大物が来るよ、用心しな!」
佳月さんが叫んだ直後、爆音と共に壊れた桟橋の辺りから水柱が上がり、空へと垂直に伸びてゆく。かなりの高さになったところで柱の成長は止まり、水流がその柱を維持する。
ごうごうと音を立ててらせん状にのびた水柱は、その頂点に一匹の魔物を戴いていた。
シルエットは人間に近い。
目の位置もサハギンと違い、顔の前面についていてた。
鼻はなく、その位置には縦に裂けた気孔らしきものがふたつ。口は大きく裂け、のこぎりのような歯が覗いている。
頭髪がある位置は鱗で覆われていて、王冠のように鰭が生えている。
体表は青く、てらてらと光る鱗は下手な鎧よりも頑丈そうだ。手には珊瑚石と思しきもので作られた剣が握られている。
ソレは、ゆっくりと。こちらを感情の読めない魚の目で見下ろす。
ただ、こちらを殲滅しようという意思だけははっきりと見て取れた。
「サハギン・ロード・・・・・・」
そうつぶやいた佳月さんの顔は引きつっていた。
喜びに。
「いいねぇ、海の王と呼ばれる獲物と戦えるとは海賊冥利に尽きる!」
「え!?」
「お母さん海賊だったの!?」
「言葉のアヤさ。つまんないこと突っ込むとシメるよ!」
その言動は海賊そのものですが。
サハギン・ロードは名前の通りサハギンの君主だ。
この辺りの海域のボスと言っても過言ではない。
コロニーから滅多に出てくることはないが、目撃情報によると必ず海洋性の大型魔獣を引き連れていて、船で遭遇した場合は沈没を覚悟したほうが良いとか。
討伐推奨ランクは無し。洋上では勝てないという判断。
実際ロードを討伐したという記録は存在せず、侍らせている大型魔獣もメガロドン、クラーケン、ウロボロスなどどっかで聞いたことのあるものばかりで、取り巻き個々で遭遇したとしてもパーティランクA以上推奨の化け物共だ。
だが水柱の上に鎮座しているサハギン・ロードは大型魔獣を引き連れている気配がない。海面には追加のサハギンらしき魚影が見え隠れしているが、大型の生物が潜んでいるということはなさそうだ。
なんで、攻めてきた? 獰猛で苛烈ではあるが、頭の悪い種族ではない。それをこんな割に合わない事をするメリットは何だ?
「卿人、魔物の考えなんざ悩んでも解らないよ。攻め込まれている以上、こっちは抗うだけさ。前人未踏のロード狩りとしゃれ込もうじゃないかぁ!」
ぶん! とテテュスをひと振りすると、一気に駆け出す。
その顔は獲物を見つけた鮫のような笑みを浮かべていた。
「卿人! 景気の良いバフを一発頼む!」
「ちょっと佳月さん!」
「わたしにもケイトブーストちょうだいね~!」
「ケイトブーストって何!?」
俺の突っ込みも聞かず、雪華もすぐにその後を追っていってしまった。
おいおいおい。
まぁ、バッファーですから?
求められれば張り切っちゃいますよ?
ざあざあと降り注ぐ海水は煩わしいけど、気にせず魔法の準備。
まだ未完成の魔法式だけど効果の発動までは組んである。
足りないのは速度だけ。時間さえ掛ければなんとでもなる。
「メイリさん! ちょっと長めの魔法式走らせるんで援護お願いします!」
「わかったよ!」
メイリさんはすぐに応えてくれた。
数人の冒険者がガードに入ってくれる。
同時に、大量のサハギンが海中から飛び出てきた。
頭数は先ほどのものと変わらないが、装備が豪華だ。
直属の部下ってところだろう。
「お前ら! 今ウチの若いのがとっておきを用意してる! びびるんじゃないよ!」
『おおッ!』
佳月さんを先頭とした冒険者、水兵達とサハギン達が激突する。
俺が掛けたバフはまだ効いているが、さっきの戦闘とは様相が異なる。
サハギン達が手強いのだ。
原因はこの海水の雨。
こちらにはただの雨だが、サハギン達にとっては海中にいるのと同じだけの意味を持つらしい。動きが全然違う。
流石に水中の様な上下移動は出来ないみたいだけど、体捌きと反応速度が明らかに良くなっている。
なるほど、船の爆発はこの状況を作り出すための、まさに呼び水だったわけだ。この海水による降雨を循環させるため、一度海水を舞い上げる必要があったと・・・・・・。サハギンが陸上で有利に動くための結界のようなモノか。犠牲を払ってでも成功させようとしただけはある。
だがこちらも新たに加わった佳月さんと雪華。それと続投してメイリさんの3人が前線を支えている。
佳月さんは一刀のもとに斬り捨て、雪華は二の打ちいらず、メイリさんは杭打ちで。それでもサハギン達の猛攻を押しとどめるには至らない。
今のところこちらに死者は出ていないようだけど・・・・・・。
パワーアップしたサハギン達に押され始めてるところもあった。
大きな被害が出るのも時間の問題かもしれない。
「焦るな坊主。お前が焦ると人が死ぬ」
護衛に回ってくれていた魔法使いのお兄さんが声を掛けてくる。
俺の魔法式を見て、処理速度が落ちているのが解ったのだろう。
「理解ってると思うが魔法式は冷静さと等価だ。お前の魔法式は複雑すぎて俺には解らないが、基本は同じはずだ」
それは魔法の基本。お袋に耳にたこができるほど言われたことだ。
魔法使いたるもの、どんなときも冷静であれ。だ。
成る程、今まで自分もバフ掛けながら戦ってたから解らなかったけど、これが後衛の戦い方か。攻撃であれ補助であれ、前線で戦う味方に援護を届けなければならない。
これは・・・・・・辛いな。
「有り難うございます。基礎をすっかり忘れてました」
「なに、どんな魔法か理解できなくてもその魔法式が凄いのは解る。たのむぜ」
お兄さんはそう言って杖を振り、「スタッガー」のデバフを飛ばす。
一瞬動きを鈍くするだけの地味なデバフだが、これが熟練魔法使いの手に掛かると凶悪な魔法と化す。タイミングを合わせれば致命的な隙を作り出せるから。
現にタンクと切り結んでいるところに掛けられたサハギンは反応が遅れ、蹴り倒されて後方の数匹を巻き込む。
すかさず佳月さんがそこに突っ込み、鋭くカットラスを振るって屠ってゆく。
後で聞いた話だとこの時俺を護ってくれていた冒険者はランクBのパーティーだったらしい。ベテランで、そんな人達が俺を護ってくれていたと思って恐縮した。
そうしてやっと魔法が完成、後は発動するだけだ。
サハギン・ロードが動いて居ないのを確認。
ならば遠慮無く。
「バフ行きます!」
魔法を発動させる。
「『ブレッシング』!」
祝福という名前を付けたこの魔法は、対象者の「全能力」を上昇させる。
さんざん言っているようにバフは重ね掛けができないし、異種のバフは弾くか上書きしてしまう。
ならばひとつの魔法に全部組み込んでしまえばどうだろう?
ヒントは「イグニッション」にあった。あの魔法もわずかだが全能力を上昇させる魔法だ。あれをベースにいろいろとくっつけていったら、とんでもない長さの魔法式ができあがってしまった。何も手を入れない状態だと発動までに1時間かかる。ここまでは思い付いた魔法使いはごまんといるだろう。
俺はそれを新型魔法式を駆使して3分程度に短縮したのだ。
もちろん周りに護ってくれる人間がいなければ使えないし、俺のタンクコンセプトとも合わない。
だが今なら。
この状況なら最適な魔法だろう。
範囲は味方全員。約50人ほどにバフがかかる。
その代償に精神力がごっそり持っていかれる。
全身から汗が噴き出し、呼吸もままならない。たまらず俺はメイスを杖代わりにがっくりと膝をつく。
いかん、張り切りすぎた。ひとりで大人数に掛けて良い魔法じゃないや、これ。
ゼイゼイと肩で息をしながら、倒れそうになるのをこらえて何とか戦場に目を向ける。
うげ。
死にかけた甲斐あって、先ほどとは打って変わって全員がばったばったとサハギンをなぎ倒していく。
サハギン達の攻撃は通らず、鎧の隙間とか狙っているのにもかかわらずはじき返され、逆に腕を痛めたり武器を破壊されたり取り落としたりしている。
防御しようにも受けた武器や盾ごと砕かれ、巧く避けてもすぐに追い詰められる。
一方的な蹂躙になっていた。
それはいい。
問答無用で襲ってきた魔物なのだからこちらも情けは無用。
だがバフの影響下にある一部味方の様子がいただけない。
「うわはははははは! おれはむてきだああああああああああ!」
「この魚野郎共! 今晩のおかずにしてやるそこになおれえ!」
「捕まえてトリガー。捕まえてトリガー。捕まえてトリガー。捕まえて・・・・・・」
「ひゃはははははははははははははははは!」
「たまには旦那とイチャイチャさせろお!」
「卿人だいすきいいいいいい!」
うわあ・・・・・・。
なんかしらんがみんなハイになっている。
精神が高揚するような効果は組み込んでないはずなんだけど。
あとそいつら食えないからな。
嫌な予感がして俺を護ってくれている冒険者さん達の方に目を向ける。
「おれのでばふはたいりくいちだぞ!」
「おいぃ!? お前が混乱してどうする!?」
「はっ!? あぶないあぶない」
魔法使いのお兄さんが危ない様子だったが仲間が引き戻してくれたらしい。
副作用に謎の個人差があるみたいだな・・・・・・。
その時。
初めてサハギン・ロードが動いた。
魚の目が、俺をとらえたのが分かる。
半魚人の王に、脅威として認識されたようだ。
ぞくり。
背筋に冷たいものが走る。
魔法の消耗による汗とかじゃ無い。
危機感や、恐怖からくるもの。
ランドドラゴンの咆吼と同質の恐怖を、その冷たい視線だけで呼び起こされた。
ロードの大きく裂けた口ががぱりと開かれ、口腔内に海水の玉が形成されて・・・・・・。
「まっずい!」
俺は慌ててメイスを放り投げ、やたらと重く感じるヒーターシールドの先を石畳の溝に引っかけて固定、片膝突きの姿勢で踏ん張る対ショック姿勢。
刹那。
頭ほどもある高圧の水球が俺めがけて射出される。
高い位置からはき出されたそれは、一呼吸で俺に到達、固定した盾に直撃!
護衛の冒険者さん達は反応も出来ていない。
すさまじい衝撃が襲いかかり吹き飛ばされそうになる。
飛びそうになる意識をなんとかつなぎ止めて、全身に力をこめる。
バフがなければすでに五体バラバラになっていただろう。
「ぐううううううううっ!」
盾がめきめきと音を立て始めた。
頼む! 持ちこたえてくれ・・・・・・!
一瞬だったはずだが、引き延ばされてやけに長く感じる時間を耐え抜くと、徐々に圧力が弱まりなんとか受け止めきることができた。
ランドドラゴンの一撃もかくや、という威力の攻撃だった。
防御特化の「金剛」を掛けて万全ならば問題なかったかもしれないけれど、バフが掛かってるとは言え体力を消耗した状態でこれはちょっとどころじゃないくらいしんどい。
はじけた水球が飛び散って、ただでさえ雨で濡れていたのにずぶ濡れになってしまった。
衝撃の余韻にかすむ目を無理矢理こじ開けて、サハギン・ロードの方をみると、何かで視界を遮られてしまっていた。
いつのまにか目の前に立つサハギン・ロード自身に。
「っ!?」
あわてて飛び退こうとするも、足がもつれてたたらを踏み、尻餅をついてしまった。
「野郎いつの間に!?」
護衛の冒険者さんのひとりが手にした剣で斬りかかる。
ロードはこっちをむいたまま、片手で受け止め、刃ごと掴んでしまう。
「こい・・・・・・っつ!」
凄い力で掴まれているらしく、剣はびくともしない。
そちらには目もくれず、サハギン・ロードは俺を眺める。
にたり、と口をゆがめ、掴んだ剣を握りつぶしてしまった。ついでとばかりに鳩尾をかるく叩くと、がくんとくずおれてしまった。
「馬鹿な・・・・・・」
「うおおおおお!」
今度は屈強な重装兵さんが盾を構えてロードに突っ込む。
駄目だ!
「危ない! 下がって!」
叫ぶが、時すでに遅し。
無造作に振るわれた珊瑚の剣が、盾ごと肩口を斬り裂く。
がぎん! と鎧を抜けたところで剣は止まったが、それでも衝撃でタンクさんは倒れ伏してしまう。
「うそだろ・・・・・・?」
俺のバフが掛かってさえ、このダメージ。もし素の状態で食らっていれば腕は切断されていただろう。
ロードはその結果に納得がいかないのか、首をかしげて手元の剣を見る。
「『窒息』!」
魔法使いのお兄さんがここぞとばかりに魔法を放つ。
呼吸器に干渉して対象を窒息させるデバフに分類される即死魔法だが、ロードは何事もなかったようにレジスト、そちらに目を向けると、掌から水の球を射出。魔法使いのお兄さんは水球に打ち据えられて吹っ飛び、石畳に叩き付けられて悶絶。そのまま動かなくなってしまった。死んではなさそうだけど、戦闘中の復帰は無理だろう。
圧倒的だ。
サハギンという種族、その個体一匹一匹は強いわけじゃない。
このロードが異常なんだ。
伊達にランクA推奨の化け物を連れている訳じゃない。
ちらっと違和感がよぎるが、そんなことはどうでも良い。
俺が魔法を準備するだけの時間を稼いでくれた。
彼らにそんなつもりはなかったろうけど、だからってその時間を無駄になんかしない!
「『金剛』っ」
気力を振り絞って立ち上がり、俺の最大の防御バフ魔法を発動。
同時にロードが斬りかかって来るのを、盾で受け止める。
間合いの調整ができないため威力の乗った斬撃を正面から受け止める羽目になった。
金属が悲鳴を上げ、盾の上部半ばまで刃が食い込む。
ええええええ!?
「金剛」での強化に限界があるとはいえ、ここまで簡単に・・・・・・。
ならこれは、切れ味だ。
珊瑚の剣の切れ味が良すぎるんだ。
重さで言うならさっきの水球のほうが圧倒的に重い。
剣の振り方からして技術で斬っている訳じゃない。
ならば、これは純粋に剣の切れ味とみて間違いない。
ギリギリとそのまま剣を押し込んでくるロード。
膂力はそこまでじゃないが、切れ味に任せて盾を切り裂こうとしてくる。
「グゲゲゲゲ」
笑いにも似た鳴き声を発するロード。
いや、実際に笑いなんだろう。大きく真横に裂けた口元は、嗜虐心に満ちていた。
たぶんだけど、手加減してじわじわと押し込んできている。
ああくそ。こんなへろへろの状態じゃなければぶっ飛ばしてやるのに!
その時、ロードの後ろから雪華が走ってくるのが見えた。
混戦状態から抜け出して戻ってきてくれたのか!
無表情で駆けてくる雪華は、俺にはとても怒っている様に見えた。
次から次へ打開策が出てくる。
ああ、こんなに俺は雪華に頼ってたのか。
自分を情けなく思いつつも、来てくれたことに喜びが隠せない。
よし、やろうか、サハギン・ロード。
あんまりこんなスマートなやり方じゃないのは嫌いなんだけど、贅沢を言ってられる状況でもない。
「雪華! 跳んで!」
俺の叫びに反応して雪華が高く跳び上がる。
叫んだせいで剣をさらに押し込まれた。
ますますロードの笑みが深くなる。
確かにこのままだと俺は切り裂かれてしまうだろう。
だけどな。
俺もお前を捕まえた状態なんだよ!
「『ライトニングエンチャント』!」
ロードの持つ珊瑚の剣に雷のエンチャントを掛ける。
降り注ぐ海水の雨でお互いにずぶ濡れ。盾の金属で俺とロードは繋がった状態。
そんな状態で電気を流したらどうなるか。
決まってる。
感電するのだ。
目の前が紫電に包まれた。
自爆技とか大好きです。
でもRPGのは好きじゃなくて…
格ゲーとかのが好きです、吉○とか。
…何が違うんだろう?




