第28話 クラフターズ音楽団
ふと気付いたけど、まだエルフの女性って出てないんですね。
クラフターズの演奏は圧巻だった。
夕暮れ時で依頼を終えた冒険者達が多いとはいえ、その演奏は、普段は音楽なんか聴かない連中をも惹きつけていた。
賑やかで、華やかで、思わず踊り出したくなるような楽曲。
実際酒場にいる半分くらいの冒険者達は立ち上がっていたし、そうでなくても身体でリズムを取っていた。
酒場では定番と言われる曲だけど、演奏者が違うとこうも違って聞こえるものだろうか。
前世で音楽もやっていたけど、かじっただけであまりやっていなかった。
どうせプロにはなれない。
とかそんな面白くない理由だったと思う。
だけど。
この演奏を聴いてしまったら、またやってみたくなってしまった。
雪華は俺の腕に絡みついて、目をきらきらさせながら曲に合わせて鼻歌を歌っている。
綺麗にメロディーをトレースしていて、ちょっとアレンジまで加えている。
実は雪華は歌が巧い。朧家はあまり芸術の分野は強くないのだけれど、もしかしたら母親の佳月さんの影響かもしれない。
佳月さんは貿易船の船長を務める海の女で、機嫌が良ければ海精もかくやという歌声を披露してくれる。
いや、実際に海精の歌なんて聴いたことないけどさ。
この演奏に佳月さんの歌とか入ったら最高だろうなぁ、もちろん今時点で既に最高なんだけども。
演奏が終わり、たくさんの拍手が送られるが、それをかき消すように次のイントロが流れ始めていた。
ゆったりとした曲調で始まったその曲は、途中でひとりの人物を迎え入れた。
雪華の目がまあるく見開かれる。
「あれ? お母さん?」
「ホントだ・・・・・・」
囲いの中に入っていったのは、癖のある長い黒髪を無造作に後ろで束ね、黒い瞳を愉快そうに輝かせた切れ長の美人。胸元に大胆なカットが入った深紅のドレスを身に纏い、日焼けした肌は筋肉質で黒曜石のように輝いている。
ボディビルダーのような魅せるための筋肉ではなく、細身だが船乗りとして鍛えられた筋肉は華やかなドレスとの対比で圧倒的な存在感を放っていた。
朧 佳月。
雪華の母親にして船乗り。果国との貿易船のひとつを所有する船長さんだ。
佳月さんは観客にウインクひとつ。
「今日はクラフターズが来てるってんで特別だ! あたしが陸で歌うなんて滅多にないから耳かっぽじって良く聞いていけよ!」
良く通るハスキーボイスで海賊みたいなしゃべり方をする。
雪華みたいな娘がなんで生まれてきたのか解らないと良くからかわれてるけど、ホントその通りだと思う。
「おおおおおおおおお! 姐さああああああん!」
うわびっくりした!
最前列からものすんごいだみ声が上がった。
なんか冒険者じゃないのがいると思ったけど佳月さんの船の乗組員か・・・・・・。
タキシードに着られてる感じがしておかしいなとは思っていたんだけど、まさか商業区まで出てきてるとは思わなかったよ。
佳月さんは船乗り達にしっしっと手を振り。
「おまえら商業区まで来るんじゃないよ! そんなクラゲみたいな格好して! 今日の主役はクラフターズさあ。あたしは添え物。わかったらおとなしくしてな!」
添え物にしては派手すぎると思う。
俺の心の突っ込みが聞こえたとは思えないけど、佳月さんはこちらに気付いたみたいで、言動とは裏腹に屈託の無い笑顔を浮かべウィンクをしてみせた。
ぐりん! と勢いよく雪華が俺の方を見て、声を掛けるまもなく何やら満足そうに頷くと首を元にもどした。
なんだいまの?
俺の疑問を余所に本格的に演奏が始まり、そこへ佳月さんの歌声が乗せられる。
自分で思っておいて何だけど、実際に聞くとヤバかった。
リハーサルなんか殆ど出来なかったはずだけど、見事に調和していた。
船上でも良く歌ってるみたいだし、佳月さん歌声はとっても綺麗で、同じ口から普段は荒々しい言葉が吐かれているとはとても思えない。
主役がクラフターズなのに違いないが、佳月さんも主役のひとりになっているのは間違いなかった。
即興音楽の魅力がたっぷりと詰まった、魂を振るわせるような演奏。
すごい。
俺も何か奏でてみたいと、思わされてしまった。
やがて演奏が終わり、佳月さんが大きく一礼。
一瞬の静寂のあと、大きな拍手と、踏みならした足音に冒険者ギルドが揺れた。
俺と雪華も立ち上がり、精一杯の拍手を送った。まわりが大人だらけだからとどいてはいないだろうけどそれでも。俺たちは拍手を止めなかった。
「卿人、卿人」
雪華がこそっと話しかけてきた。
目には何かを期待した、そんな色が浮かんでいる。
まぁ、同じ事考えてるんだろうな。
「なにかな?」
「楽器をやってみる気はない?」
「やってみたいねえ」
「やろうよ!」
「んん、時間がないかなぁ」
「わたしが寝る時間を削れば・・・・・・」
「それはだめ、雪華が寝てないと僕が落ち着かない」
「むぅ・・・・・・」
つまらなそうに雪華が口をつぐむ。
でもすぐに、その目は笑みの形に細められた。
俺が笑っているのに気がついたんだろう。
「そうだね、ヒマを見つけてやろうか。楽器は何が良いかな?」
「弦楽器とか?」
「うん、僕もそうしようと思った。かっこいいよね」
「そしてわたしが歌う」
ああ、それはとても素敵だ。
ややあって、興奮冷めやらぬなか雑多な喧噪が辺りを包み始める。
親父はすでに顔見知りのところに行って呑んでいた。
演奏を終えたクラフターズはおだやかなBGMを奏で始めている。
佳月さんは群がる船乗り達を一喝してからこちらにやってきた。
あー、めっちゃ肩落として帰ってくけど・・・・・・。
「佳月さんこんばんは。乗組員の相手しないで良かったの?」
そう言うと佳月さんは煩わしそうに目を細めるといいのいいのと手を振る。
「今晩の当直まで来てたんだよ。半舷上陸だって忘れてるのかね」
佳月さんは休暇中なので船は代理船長が動かしている。その代理船長を置いてほぼ全員来ていたらしい。
そうか、そりゃどやされるよ。
そんなことより。
「佳月さん歌! すっごく良かった! 楽器に負けない歌声だったよ!」
「うん! さすがお母さん凄い!」
「ありゃ、あたしは引き立てるつもりで歌ってたんだけど、張り切りすぎたかねえ? でも有り難うよ!」
ウェイトレスにキツめの酒を頼んだ佳月さんは俺の隣に座る。
丁度雪華と挟まれるような位置だ。
後ろでまとめていた髪をほどくと、頭を振って広げる。
海風にさらされているとは思えないほど艶のある黒髪。
お袋がカラスの濡れ羽色ならこの人のは藍墨で染めたようだ。
それを見た雪華がサイドテールを解こうとしたので慌てて止める。
「何してるの!?」
「卿人が今みたいの好きそうだったから・・・・・・」
「好きだけど! 解いたら自分で括れないでしょ?」
「むう」
鋭角に口をとがらせながらも渋々とやめてくれた。
栗色の後ろ髪は凄く長くて、おろすと腰の下くらいまである。
自分では上手く結べないから、未だに毎朝ウチのお袋に結わいて貰ってるのだけど。
毛量も多いからこんなところで解いてしまったら邪魔になるのは間違い無い。
まったく。
「何でそんなに伸ばしてるのさ?」
「秘密」
ひとことでおわった。
気になるので食い下がってみる。
「えぇ、教えてよ」
「じゃあわたしにもおしえて? 卿人たまに夜中にお風呂行くよね? なんで? おしえて? そしたらおしえてあげる」
「最近寝付きが悪くてね、さっぱりしようと」
「卿人、わたしは卿人が正直に答えてくれるのをいつまでも待つよ?」
「無理」
「じゃあわたしもおしえなーい」
けらけらと無邪気に笑う雪華。
・・・・・・そんなのいえるわけねえだろうがよう!
くそう、嘘だって見抜かれるのがこんなにやりにくいとは・・・・・・。
そんな俺たちの様子を見ていた佳月さんはくつくつと笑って。
「雪華、あんまり余裕ぶってると卿人を他の女に取られるよ?」
「お母さん、卿人は誘惑されたりしないよ?」
「どうかなぁ。男ってのはねえ、女がいくらいたって足りないモンなのさ。ウチの乗組員なんか何股掛けてるか分からない」
「え!?」
目を見開いて雪華が俺を見る。
口元は焦りでわなわなと震えていた。
痛いくらいに俺の腕にしがみつくと頭突きをしそうな勢いで詰め寄られる。
「あのね、髪を伸ばしてるのは」
「言わなくていいから」
「じゃあ今度卿人がお風呂行く時わたしも一緒に」
「来んでいい。つうかやめて。落ち着いて。大丈夫だから。佳月さんも変な煽り方しないでよ。二股掛けてる様な乗組員がいたらそんな人許さないでしょ?」
雪華の頭を撫でてあやしながら、佳月さんに抗議する。
気にした風もなく、運ばれてきた酒をなめて満足そうに笑っていた。
「未来の旦那様は優しいねえ。これなら安心だ」
「佳月さんの言うことは鵜呑みにしちゃうんだから加減して・・・・・・」
「けいとー、だっこー・・・・・・」
「ああ、はいはい」
幼児退行している雪華を抱えてなだめるけど、甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。
ああもう、なだめるのにも忍耐を要する・・・・・・。
雪華の嘘発見能力も佳月さんの前では無意味で、帰ってくるたびにからかわれては半泣きになっている。
実の娘に何をしてるんだとも思うが、年間のほとんどを留守にしている佳月さんなりの愛情表現なのだろう。
まぁ、さっき佳月さんが言ったこともあながち間違いではないしね。
俺? 俺は、ほら、とっくに雪華に参ってるから。
とはいえ、この状態の雪華をどうにかしよう。
「雪華、雪華」
「うう、なぁに?」
「そんなだとかわいい顔が台無しだよ? いつもの元気な雪華が良いな」
「ぅん」
不安げに、上目遣いにこちらを見上げてくる。
けど口の端が上がっていた。
とっくに機嫌は直っていて、へこんでるように見せてるだけだろう。
つまりもっとやれと。
ならばお望み通り。
横に抱いた雪華のほっぺたに触れる。
そのままさわさわと撫でていると、琥珀色の瞳がとろけてきた。
かわいい。
思わず手を後頭部に添えて引き寄せ、おでこを合わせる。
「大丈夫、何度も言うけど僕は雪華から離れたりしないよ」
雪華のとろりとした表情に引き寄せられるように、頭を抱いて髪の毛にくちづける。
意図せずに雪華の甘い匂いをおもいきり吸い込んでしまった。
あ、やばい。これは俺が溶ける。
雪華は一度きゅっと身をちぢこめて、するりと俺の腕から抜け出してしまった。
あ、間違えたかな?
腕の中から雪華の体温が逃げた事に少し焦る。
「ごめん、気持ち悪かっ・・・・・・」
言い終える前に、がばっと勢いよく抱きついてくる。
座った状態からよくもまあそんな飛びつき方を、ってそうじゃない。
「ちょ、雪華、危ないよ!」
がたんと椅子が傾いて、そのまま後ろにひっくり返りそうになるのを何とかこらえる。
俺は首にしがみつくようにして抱きつかれていた。
「んっふふ~。けいとだいすき」
こそっと耳元でささやき、上体を起こす。
雪華の顔は満面の笑みで、少し赤くなっていた。
よかった・・・・・・間違ってなかったらしい。
俺も嬉しくなって頭をなでてやると、フンスと鼻を鳴らして。
「くるしゅうない」
「恐悦至極にございます」
「うむ、はげむがよい」
ご満悦のようで鷹揚に頷くと、俺の膝の上に横向きに座り直す。
あ、乗ったままなのね。
「あんたらがいちゃついてるの見ると帰ってきたって実感があるよ」
切れ長の目を細めてニヨニヨと笑う佳月さん。
傍から見たら迷惑この上ないやりとりをしているのに、周りの客にとやかく言われないのはこの人のおかげだ。
ネルソーじゃ有名人だしね。
船上戦の達人と言われていて、気の扱いも一流。旦那である暁華さんにちなんで「海殺自在」なんていわれているくらいだ。
今回は暁華さんが不在ということで佳月さんが長期休みを取っている。
すっかり機嫌を良くした雪華が、何か思い出したらしく口を開いた。
「お母さんお母さん。卿人と一緒に歌いたいんだけど、卿人に何の楽器やらせたら良いかな?」
「楽器? 手っ取り早いのは弦楽器だろうね。なんだい、吟遊詩人でもやるのかい?」
「ううん、卿人と一緒にやってみようって思って。だめ?」
「駄目じゃない。アンタはあたしの娘だけあって上手いからね。そのうち教えようと思ってたよ」
「にへへ~」
「卿人は歌えるのかい?」
「さぁ? まともに歌ったことがないから何とも・・・・・・好きですけどね?」
「わたしが!?」
「そうだね」
「んっふふふ」
俺の頭を撫でてくる。
やめろ、これ以上俺を堕落させるんじゃない。
そう思いつつも止めさせない俺はすでに堕とされてるんだろう。
「はいはい、でも卿人は楽器もやりたいって事でいいのかい? なら」
「バンジョー1択じゃ!」
「うわびっくりした!」
突然クラフターズのバンジョー担当のおじいさん、バラロックさんが突然割り込んできた。
いつの間にかクラフターズのメンツが戻ってきたようで、丸いボディの弦楽器・・・・・・バンジョーをペケペケ鳴らしながら俺たちのテーブルにやってきた。
あの楽器の名前バンジョーでよかったのか。
出来た経緯とか名前の由来なんかも前世とは違うだろうけど、不思議な一致もあるんだな。
近づいてくるバラロックさんに対して思うところがあるのか、俺の首に回した雪華の腕に力がこもる。
・・・・・・単にバンジョー鳴らしながら近づいてくる爺さんが怖いだけかもしれないが。
「卿人よ、お前は弦楽器の経験はあるか?」
「触ったことくらいなら」
アコースティックギターならかじったけど、前世での話だからねえ。
「そうか。じゃあお嬢ちゃん、どんな歌が好きかね?」
「どんな歌でも歌えるけど、明るくて楽しい曲が好きかな!」
「うむ、ならばやはりバンジョーじゃ。バンジョーはどんなでも曲も弾けるが、テンポの良い曲を得意としておる。まぁものは試し、弾いてみろ」
ずい、とバンジョーを俺に突き出す。
雪華を隣の椅子にどかし(すげえ抵抗された)、バンジョーを受けとる。
あれ? バンジョーって6弦だっけ? 5弦じゃなかったっけ?
でもこれならギターみたいに・・・・・・。
「なんかちがう」
「ワッハッハ! まあ最初に触るとそうなるわな! その弾き方でもいいが、ちょっと返せ」
返されたバンジョーを弾き始めると、独特の回すような音をかき鳴らす。
へぇ、3本指で弾くのか。
難しそうだけど凄く面白そう・・・・・・。
「お、その目は玩具を見つけた目じゃな。よろしい、教授してしんぜよう」
バラロックさんはむしろ自分が玩具を見つけた様に目を輝かせて提案してきた。
ちょっと怖いけど願ってもないので教わることにした。
それから30分くらい教わったところで、とんでもないことに気がつく。
「クラフターズに楽器を教わるってものすごく贅沢なことなんじゃ・・・・・・?」
「今気付いたのかい? バンジョー演奏の第一人者に教わってるんだよ、アンタ」
あきれた。と付け加えた佳月さんが酒をあおる。
はい?
ぎぎっと音を立てて首をバラロックさんの方にむける。
「ええと、第一人者?」
「そうじゃ」
「大陸で1番上手い人?」
「うむ」
「ええと。授業料おいくらですかね?」
「ワッハッハ!」
ばんばんと俺の背中を叩きながら豪快に笑う第一人者。
結構強い力で叩かれ咳き込んでしまう。
「きにせんでいい! どうせつきっきりで教えてやるんだからな!」
「え?」
「む・・・・・・ゲフンゲフン。持病のシャクが・・・・・・」
「いや思いっきり怪しいですよ?」
「ばあさん飯はまだかの?」
「さっきたべたでしょ? じゃなくて!」
「わたしもまぜろー!」
暇を持て余していた雪華が漫才の気配を感じて乱入、混沌の様相を呈してきたところで、もう遅いからと佳月さんからストップがかかる。
その場はお開きとなった。
どさくさに紛れてバラロックさんは姿を消し、謎の言動を追求することは出来なかった。
なぁんか、嫌な感じだ。
バンジョー。
格好いいですよね、バンジョー。
僕も弾きたい。




