第3話 転生
幼年期スタート
ちょっと長めです
オーロードと呼ばれる大陸がある。その東側に位置する王国。ユニリア王国。
そのまた東端、海岸沿いにあるのが地方都市ネルソーだ。
ネルソーは港湾都市であり、外海に張り出した大きな中州に橋が架けられ、中世の町並みに水路が入り組んでいる。漁業が盛んで様々な種族で賑わっており、大陸の中では果国との貿易を一手に引き受ける。
海岸からはその隣国の果国が水平線近くに見え、そこからの移住者が多く、人間種の比率が多いが、他に海リザードマンや猪面のオークなどの亜人種も住んでいる。
そんなネルソーの大陸側の水路沿い。商業地区にあるワンガス武防具店。
夏の近づく抜けるような青空の昼下がり、店内に客はいない。いや、子供がふたり。九江卿人8歳は床に座り込み、背中に女の子をもたれさせながら、ずらりと並べられた盾を熱のこもった視線で眺めていた。女の子の方はすやすやと寝息を立てている。
「あぁ、良いな・・・・・・」
妙に子供らしくないため息をつきながら卿人が商品を見つめている。キラキラと目を輝かせるのではなく、美術品を愛でる金持ちのような目つきだ。
バックラー、ラウンドシールド、カイトシールド、タワーシールド、etc・・・・・・
魔獣や魔物が多く盗賊も出て危険の多い地帯ではこのような装備が必要だ。もちろん戦争に備えてのものもある。それらを熱っぽい視線で子供が眺めているのだ。
ちょっと怖い。だが微動だにしないあたり、寄りかかっている女の子を気遣っているのが見て取れる。
そんな卿人の様子に顔色を変えることなく、店番のランガスは声を掛ける。ひげを整えた20代の半ば男で、店主ワンガスの息子である。
「卿人よお、オマエ盾ばっかり見て楽しいか?」
何度もしてきた問いかけ。そして卿人の答えは決まっている。
「楽しいです」
盾の群れから目を離さぬままに答える卿人。これもいつものことだ。普通男の子といえば剣や槍にあこがれて、目を離せば勝手に振り回したりするのをどやしつけたりするものだ。
ところが、この少年はただ盾を眺めているだけで触ったりはしない。それどころか客が来るといつの間にかいなくなっている。
商売の邪魔になるわけでもないので、2人がお隣さんという付き合いを差し引いても邪険に扱う理由がない。
「はふぅ・・・・・・。やっぱりセクシーだなぁ」
「盾にセクシーさとかあんのか。木材と鉄だぞ?」
危ない発言だがやはりいつものことなので突っ込みを入れるだけにとどめる。一度女の子の方に、卿人がこんなので良いのかと聞いてみたことがある。普通に「なんで?」と小首をかしげて聞き返されて以来、女の子にそれ以上は聞かないようにしている。
突っ込まれた卿人はランガスの方こそ見ないが、驚愕した表情だった。
「ええ!? 鍛冶屋さんて言ったら自分の作品を褒められたら嬉しいんじゃないですか? 『おっ? わかるかボウズ? このラウンドシールドは傑作でな! 曲線を出すのに苦労したんだ!』とか言ってくれないんですか!?」
「ウチの親父ならいいそうだけどな・・・・・・俺はわかんねえよ」
ランガスは鍛冶の才能が無かったので経営を学んでいる。そのためこの店は雑多な商業区にあってひときわ小綺麗な店構えで、商品も見やすいように陳列されている。ランガスもぶっきらぼうなしゃべり方をしているが、客の前ではやり手の商人のように馬鹿丁寧な物腰になる。髭をたくわえているのも、少しでも老けて見えるようにだ。
だが隣のガキンチョ達にまで気を使う必要は無い。
「ランガス兄さんは経営畑だもんね、だからこんなに美しく盾を並べられる」
「お、おう。おわかってんじゃねえか」
経営畑なんて言葉をどこで覚えたのかと疑問はあるが、陳列の技術を褒められれば悪い気はしない。ちょっとサービスでもしてやろうか。という気にもなる。
「ちょっと持ってみるか?」
「良いんですか!?」
ばっ、と首だけを器用に動かして再びランガスをを見る卿人。その瞳はキラキラと輝いていた。いや、ぎらぎらと、だ。早まったかと思うが、一度口にしてしまったのだから仕方が無い。
カウンターを出て持たせてもいい盾を探していると、卿人の方から声が掛けられた。
「いえ、やっぱりいいです。僕のような未熟者が落として傷物にでもしてしまっては大変ですから。それに、起こしちゃいますし」
「そ、そうか」
ランガスは持ち上げた軽めの盾を元に戻す。まっとうな事をいっているのだが、どうにもおかしな方向に聞こえてしまうのは気のせいではないだろう。背中の女の子が変わらず寝息を立てているところを見ると、首以外は動かしていないらしい。たいしたものだと思いながら時計を見る。結構な時間がたっていた。
「おう、卿人。良い時間だけど稽古は良いのか?」
「へ? あ! ホントだ! ランガス兄さん、盾を見せてもらって有り難うございました! 雪華! 起きて! 訓練の時間だよ?」
「うにゅ・・・・・・」
くああ、とあくびをひとつして、女の子、雪華は寝ぼけ眼で立ち上がり、それでもランガスに向けて花が咲いたように、にぱっと笑う。
「おじさん、ありがとーね」
ぺこりと頭を下げると、駆け足で店を出て行く2人。きちんと扉を閉めるのも忘れない。
こんなところも邪険に扱えない理由のひとつだったりする。
「礼儀正しいのは良いんだけどなぁ」
いかんせん売り上げに貢献しない客なのである。
ふたりは店を後にすると、すぐ隣の九江魔法道具店に正面から入る。隣のワンガス武具店ほどではないが綺麗な店構えをしていて、店内は現代でいう電気屋のような雰囲気だ。コンロやら洗濯機やら照明やら冷蔵庫やらが置いてあり、中世のような世界観にはいささか似合わない。ただしここに置いてあるのはすべて魔法道具であり、電気ではなくマナと呼ばれる不思議エネルギーで動いている。
入り口正面奥にはカウンターがあり、そこには楚々とした印象の長い黒髪の美人が座っていた。卿人の母親、九江三春。20代後半で、細いが出るところはしっかりと出た母性を感じさせる体つきをしており、近所のオヤジたちに大人気だ。
彼女はふたりを見るとにっこりと微笑む。
「ただいまっ」
「おかえり、卿人、雪華ちゃん。お父さん待ってるわよ」
「わかったっ!」
「はーい」
カウンターを抜けて店の裏に出る。建物で四方を囲まれた、地面がむき出しの空き地になっており、柵や砂袋が設置され、訓練施設になっている。向かい側には天地流道場の裏手。ちょうどそこから、卿人と同じくらいの背格好の子供がわらわらと10人くらいと、その子供達に続いて小柄だが筋肉質の男が出てくる。
訓練場中央には道場から出てきたのとは別の長身の男が立っていた。三春と同年代で、はねた黒髪と鋭い目元は猛禽類を連想させる。精悍な顔つきでがっちりとした体格は戦闘職に就いていたことを容易に連想させた。
九江十三郎。卿人の父であり、九江魔法道具店店主である。卿人がやってきたのに気がついたようで顔を向ける。口の端をきゅっとつり上げて笑う姿がとても様になる男だ。
「卿人、雪華、また盾を眺めてたのか?」
「うん。ちゃんとランガスおじさんにはお礼を言ったよ?」
「わたしはお昼寝してましたー」
「ならいい。おおい! お前ら! 始めるぞ!」
道場のから出てきた子供たちに声を掛ける十三郎。思い思いに準備運動をしていた彼らはわらわらと集まってくる。本来は無手格闘技「天地流」道場の門下生なのだが、十三郎は道場から依頼を受けて、武器を持った戦闘を教えている。
「センセイこんにちわー」
「おーう、じゃあ今日は盾の扱いについてやるぞお! みんな木剣と盾をとれ!」
武具が積んであるところに群がっていく子供たち。子供用の盾は存在しないので、バックラーをラウンドシールドに改造して使っている。卿人は自前の小さなラウンドシールドをワンガスに作ってもらっていた。
「今日は卿人の得意な訓練だね?」
「そうだね、一緒に頑張ろう!」
卿人と一緒にいた女の子。天地流道場の娘、朧雪華だ。栗色の髪のショートボブ、おでこの横で括ってぴょこんと出た髪がワンポイント。くりっとした下がり目の左に涙ぼくろ。先ほどまでの眠たそうな雰囲気は消えて、幼い丸顔は溌剌とした気力に満ちている。卿人とは幼なじみで、いつもふたり一緒に遊んでいる。
訓練が始まった。盾の構えかたから始まり、2人ひと組になって攻撃を受け流す訓練、盾で殴りつけるシールドバッシュの訓練など実践的な内容で行われた。特に攻撃を盾で受け流す訓練は念入りに行われる。
卿人は盾の扱いについて頭一つ、いや、圧倒的にぬきんでていた。大人の攻撃も受け流し、同世代の子供たちの攻撃なら受け流すついでに転ばせる。
剣の心得がある大人でも、まともに決まればバランスを崩してしまう程の技術だ。
卿人に限りシールドバッシュの訓練を禁じられている。以前臨時で雇われた冒険者が相手していた際、思い切り殴りつけて気絶させてしまった。油断があったとはいえ筋力と体重で勝るはずの大人をぶっ飛ばすという事件を起こし、以降バッシュの対人訓練を禁止された。
なので木につり下げた砂袋、いわゆるサンドバックを叩いているのだが、ズバン! ズバン! と良い音をさせてサンドバックを揺らしていた。腰のひねりを加えた打撃が出来ている証拠で、素人がやると普通は腕を痛める。
卿人はきちんと理屈を理解してやっているらしく、異様に上達が早い。十三郎は息子が盾に興味をもって、 最前衛がやりたいと言い出してから手ほどきを始めたのだが、その上達ぶりには舌を巻いていた。身体が追いついていないだけで、実戦に出しても十分通用する程の技術を有している。
十三郎は元冒険者だ。自分が現役の時に卿人が最前衛をやっていたなら、自分は怪我が元で冒険者を引退することもなかったかもしれない。引退してから生まれた息子なので意味の無い事だとは承知しているが、そう思ってしまう事がたびたびあった。
そんなことを思う彼に、先ほどの小柄な男が近づいてくる。道場主の朧暁華である。雪華の父で、十三郎より年上。黒い角刈りに優しげな垂れ目をしており、おおらかな印象があるが、鍛え抜かれ刀傷の多い肉体は鋼のようで、その印象を見事に裏切っている。
「相変わらず卿人はすごいな、全盛期のお前でもあれほど見事にはできなかったろう」
「ハッ! あんくらい出来なきゃタンクなんて務まらねえよ」
「悔やむような目をしていたと思ったが、気のせいか」
チッ、と口の中だけで舌打ちをする十三郎。
これだから格闘家は嫌いだ。観察眼が鋭すぎる。
「それに比べて雪華は酷ぇな。まるでなってない」
揶揄するような響きがあるのは仕返しのつもりだろう。
いつも卿人にくっついている雪華だが、お世辞にも出来ているとはいいがたい。攻撃を受け止めた時点で盾を取り落とすし、バッシュは出来ているのだが、打点がまるで違うので有効打にはなり得ない。
「そう言ってくれるな。雪華に武器は扱えないということを納得してもらわねばならん。でないとすぐに卿人の真似をしようとするからな。あいつは無手でこそ強い」
「・・・・・・逆になんで俺の息子は剣が使えないんだろうな」
そう、卿人は剣術がからきしで、木剣なら問題ないのだが、真剣を持たせると固まってぷるぷる震え始めてしまう。刃物を持つのが怖いらしい。雪華は雪華で、真剣を持っても問題ないが剣に振り回される。あれでは自分も味方も危ない。何かを持って戦う事が向いていないのだ。
「そろそろ2人は別メニューだろう」
「だな。よし! 盾はもういい、剣術に移るぞ!」
問題児ふたりがものすごい勢いで振り向き、全力で嫌な顔をしている。
わかってる、お前らにはやらせねえよ。
「卿人と雪華以外は両手素振り100本! おい、そこのふたり、こっち来い」
暁華はふたりを手招きして、がりがりと地面に線を書いていく。
土俵のような円が描かれた。
「んじゃ暁華、俺はあっちの指導をするからな。後頼む」
「承知した」
十三郎は素振りの指導に向かい、入れ違いで卿人と雪華がやってくる。
「よし、ではふたりには組み手をしてもらう」
雪華の目が鋭く光り、対照的に卿人の目が沈む。
「卿人、そんな顔をするな。打撃戦じゃない、寝技だ」
「おとうさん、わたし女の子なんだけど?」
「急に色気づくな、いつもお前の方からべったりじゃないか」
「にへへ」
やれやれと暁華は首を振り、ルールの説明をしていく。卿人が仰向けになった状態で雪華が馬乗りになり、卿人がそれを返す。返せたら今度は逆。雪華が返す。先ほど暁華が書いた線を越えても交代。殴っても可。
「なんで雪華が先!?」
悲鳴のような抗議をする卿人。
「そうしないと練習にならん」
問答無用と暁華は卿人の足を払って転ばせ、ここぞとばかりに雪華が馬乗りになる。
「それじゃ、いくよ、卿人」
雪華の目が据わり、卿人の顔が恐怖に引きつる。
雪華は左腕を振り上げ、右の拳で殴りかかる。
ぎゅん、と空を裂いて飛んでくる右拳にぎりぎりの所で首をひねる卿人。
ごっ、と音がして顔面のすぐ横に拳が突き刺さる。
「あっぶ!?」
「さっすが♪」
間髪入れず楽しそうに拳を繰り出す雪華。もちろん卿人が嫌いなのでもいじめているのでもなく、訓練としてやっている。容赦が無いのは訓練だから手を抜いてはいけない、と教え込まれているから。
どんどん雪華の回転数が上がっていくが、そのすべてを卿人は躱し、いなして見せた。ただし顔は恐怖に染まったままだが。
うん、やはり卿人はすごい。暁華は感嘆の息を漏らす。
卿人は暁華から天地流の鍛錬も受けているので無手での心得もある。とはいえ最初のフェイントを見切ったこともそうだが、あれだけの猛攻、何発か貰ってもおかしくないのを捌き続けているのは見事だ。
卿人ばかり褒めているようだが、もし雪華の拳を一発でももらえばそのまま連打を食らいボコボコにされてしまうだろう。そのくらいの勢いがある。
「ふっ、はっ!」
「んッ、ぐっ、こんのっ!」
流石にスタミナ切れか、雪華の勢いが弱まってくる。
卿人は雪華の腕を捕まえると、そのまま引き寄せ、身体をひねってぐるっと体を入れ替える。卿人がマウントを返したのだ。
「っだあ! 返したぞ!」
「よし、じゃあそのまま始めろ」
「いやあん」
全く緊張感の無い雪華に対し卿人は。
動かない。
「あれ?」
「いや、そんな返す気満々で待ち構えられても」
「ばれた?」
ひゅっ、と下から拳を振るう雪華、卿人は上体を反らさずに腕でいなす。
卿人の取った戦法は「何もしない」だ。雪華に対して攻撃をしないのは手加減とか女の子が殴れないからとかではなく、下手に攻撃するとカウンターが飛んでくるからだ。何度か痛い目に遭ったことがある。
「ねえ、卿人はなんで何もしてくれないの?」
「ヤメテ、その技はとても効く」
「女の子は何もされない方が不安になるんだよ?」
「うるせえ黙れ8歳児」
「卿人だっておなじ年じゃないかー! この老け精神年齢!」
確かに俺は精神年齢26歳だけども。
物理攻撃と精神攻撃を同時に仕掛けてくる雪華に対し、必死で受け流す卿人。
「よし、時間だ。止め」
暁華が終了を合図し、2人を立ち上がらせる。
「卿人、お前の判断は時間を稼ぐという意味では正しいがトドメをさせなければ意味が無い、せめて戦闘不能にしろ。雪華、「気」の扱いがまだまだ甘い、だから卿人に捌かれる」
やや厳しいのはふたりのレベルが高いから。褒め伸ばすと逆に危険。加減が効く卿人はともかく、雪華の方はムラがある。大人が相手をするには加減が効かず、子供では相手にならない。唯一卿人が怪我もせず、させずでちょうど良い。
しかしこの父親は甘かった。
「だがふたりとも動きが良くなっている、その調子で励むんだぞ」
ぱっ、と表情を輝かせるふたり。
「良し! 今日の鍛錬は終わりだ、ちゃんと片付けるんだぞ!」
「ハーイ!」
他の子供達の訓練も丁度終わったところで、九江魔法道具店から盆を持った三春が出てくる。
「はいみんな~! 特製ドリンクとおやつよ~」
我先にと駆け寄る子供達。卿人と雪華も受け取り、並んで柵に腰掛けて食べ始める。
「あ、このクッキーおばあちゃんが焼いたやつだ」
「雪華のばあちゃんクッキー作るのうまいもんな」
「わたしも習ってるんだ、今度卿人にたべさせたげるね!」
「わあ、楽しみだ!」
などと会話をしていると周りの子供が騒ぎ始めた。
「おいおいケートとセッカがまたいちゃいちゃしてるぞ!」
「ひゅうひゅう~」
「2人だけ別メニューで何やってんだ~?」
仲の良い男女をからかうのは、世界が変わっても子供達のトレンドである。大抵は女の子がまんざらでもないように恥ずかしがり、男子が心にもないことをいって女の子達から顰蹙を買うのがパターンだが、この2人は果たして?
雪華は卿人の腕にしがみついてふふんと鼻を鳴らす。
「わたしは卿人と結婚するからね!」
頬を赤く染めながらも堂々と宣言した。いっそ男らしい。いわれた卿人といえば、まず雪華の顔を見て、そのまま視線をすぅっと下ろして胸の辺りでとまる。
はぁ、とため息をひとつ。
「おっぱいがおっきくなったらな」
周囲の女の子から顰蹙の声が上がるより早く、雪華の右拳が卿人の顔面にめり込んだ。
「ぐべえ!?」と汚い悲鳴を上げて卿人は後頭部から柵の後ろに落っこちる。
「卿人サイテー! 大好き! あ、違った! 大嫌い!」
柵を飛び降りてだーっと道場に入っていき、扉を閉めたかと思うと、またすぐに扉から顔を出した。
「やっぱり大好きー!」
顔を真っ赤に染めながら叫び、再びばしんと勢いよく扉が閉められる。
地面に落ちた卿人は「ふっへ」とよく分からない声を漏らしてそのまま動かないでいた。数人の女の子が駆け寄り卿人を助け起こす。男の子達は気まずさと嫉妬とが混ざったような複雑な表情をしていた。
「ケート君大丈夫?」
「有り難う、大丈夫だよ、本気で殴られたわけじゃないから」
「照れ隠しでも今のはデリカシーがないと思うよ?」
「そうだね、あとで謝っておくよ・・・・・・」
大人達はその様子を微笑みながら見守っていた。
◇
その日の夕飯時、九江家は3人で食卓を囲んでいた。九江魔法道具店の2階が母屋になっている。魔法道具による照明が煌々と輝き、現代と変わらない明るさを室内にもたらしていた。
今晩の献立はバゲットにトマトベースの魚介のスープ、メインはグリルした白身魚だ。港湾都市なだけあって魚介が豊富。さらに果国との貿易で魚醤、味噌、醤油なども入ってくるので和食も出来る。
作ったのは十三郎と卿人。三春は家事が出来ない。いや、そんな言葉では生ぬるい、壊滅的である。代わりに金銭感覚が鋭く、経理を得意としており魔法道具店を経営するに当たって無くてはならない存在だ。
食事中の会話は主に日中の訓練について。
「卿人、おまえさん盾の扱いは抜群なんだが・・・・・・」
「なんだが、なに?」
卿人に促されるが、十三郎は言いにくそうにしている。
卿人には父が剣術について言いたいが、息子のプライドが傷つくのを避けたいのだろうと何となく理解していた。
「いや、お前を傷つけないかちょっと心配で」
「先にそれを言ってくれたから覚悟が出来たよ、言って」
バゲットをスープに浸したまま考える。どう言ったら傷つかないように言えるか考えているらしい。卿人はそんなに心配しなくても良いのにと思いつつ、気遣ってくれる父に感謝して言葉を待った。
「包丁は持てるよな?」
「うん、さっき魚捌いたし」
「だよな」
「あなた何が言いたいのよ、あんまりじらすのもひどいわ」
三春が口を挟む。その言葉にむぅ、と唸ると意を決して口を開いた。
「剣が怖いのか? いや、怖いなら怖いで良いんだ、ただ何が怖いのかと思って」
「なんて言ったら良いかなぁ・・・・・・剣って、いかにも人を殺しますって形してるから」
「人を殺すだけが剣の仕事じゃないぞ?」
「うん、解ってる。多分トラウ・・・・・・納得がいかないのかな?」
「うん?」
ううん、と考え込む卿人。
人を傷つけるのが怖い。でも、やらなきゃやられるのも理解している。この世界は弱者に優しくない。そこまで解ってはいるが、吹っ切れない。
「ごめんなさい、剣だけは、振れないみたいなんだ」
「そうか・・・・・・でも何かしら武器が振れないとなあ、盾構えてるだけの最前衛とか役にたたねえし」
悩む十三郎、そこに三春が提案する。
「卿人、メイスはどお? 私メイスなら自信あるわよ?」
「メイス・・・・・・・打撃武器だっけ?」
「いや、メイスは駄目だ」
ここで十三郎が難色を示す。野蛮だの格好良く無いだの野営の準備に使え無いだの素人が持つ物で美しくないだのあれは神官が持つ物だだの、何が気に入らないのかほとんど言いがかりみたいな難癖を付け始めた。
するといきなり部屋の温度が下がり始める。
「あなた」
「な、なんだよ母さん」
「それは私がメイス使いだって知ってて言ってるのよね?」
「あっ」
しまった! という顔をするがもう遅い。三春が鋭く十三郎を睨む。
「ええ、ええ。あなたが私をどう思っていたかよく分かったわ。ねえ卿人」
「い、いや、その、だな」
少し十三郎の擁護をすると、冒険者時代の十三郎はメイスに痛い目に遭わされてきた。彼は前衛だったが、重装歩兵と呼ばれるタイプで最前衛を兼任していたのである。そのためアーマーブレイカーとまで呼ばれるメイスは天敵で、しかも盗賊はなぜかメイスを持っている者も多く、討伐の際は細心の注意を払わねばならなかった。
おまけにアイアンテイルという尻尾の先が瘤状になったトカゲの魔物もいて、その尻尾による打撃も彼を大いに苦しめた。つまりはトラウマなのだ。
三春は魔術師なのであまり前に出ることはなかったが、十三郎の取りこぼした敵を鮮やかなメイス捌きで屠っていった。彼女にとってメイスは身を守る相棒だったのだ。相棒を悪く言われればそれはおもしろくない。
「あなたがメイスに忌避感があるのも解るけど、ちょっとデリカシーが足りないわ。卿人も!」
急に矛先を向けられて焦る卿人。身に覚えが無い。いやあった。昼間のことだ。
「雪華ちゃんになんてこと言うの!? 未来のお嫁さんなのよ!」
「だってそれは」
「なに? 雪華ちゃんじゃ不満なの? あそこまで言わせておいて!」
「僕らまだ8歳だよ!?」
「15歳なんてすぐよ? いいわ、私が予言してあげる。雪華ちゃんは成人したらぷりんぷりんのボインちゃんになるわ!」
「この母親なんてこと言いやがる!?」
余談だが三春が言ったとおりこの世界での成人は15歳だ。
「その時になっても『おっぱいがおっきくなったらな』なんて言えるか見物ね!」
「ふええ・・・・・・ぱぱー、ままがいじめるよぉ」
「きもいやめろ、そして諦めろ、母さんに口で勝てるわけがないだろ」
「あなた」
「ヒイイ!?」
こうして九江家の楽しい夕食は続いたのである。ついでに卿人は三春からメイスを習うことになった。
次回投降は少し間が空きます
次回から卿人視点。この小説の基本スタイルになるかと