第26話 かえりはこわい
開戦の角笛が吹き鳴らされる
ベルドの台詞に、九江卿人は違和感を覚えた。
俺も雪華も、そんな大型魔獣の気配はとらえていない。
特に雪華なら大型の反応があればすぐに気付くはずだ。
雪華は今、熊くらいの大きさなら全方位で感知できる状態だ、それに引っかからないとか・・・・・・。
にやにやと薄ら笑いを浮かべてはいるがベルドの目は真剣そのものだ。
もっとも、盗賊の言うことなんて信用できない。
「嘘じゃねえよ、俺だって命が惜しい。巻き込まれるのはごめんだ」
雪華を見ると小さく頷いた。どうやら嘘はついていないらしい。
彼女は目をつむって集中し始める、改めて気配を探るようだ。
雪華の索敵はどんどん進化していて、今はかなりの広範囲を感知できるようになっていた。
「根拠は?」
ベルドに一応聞いてみる。
カンだけでこんな事言うのもおかしい。
ベルドは得意げにフンと鼻を鳴らした。
「魔獣使いって知ってるか? 特別な香を使って魔獣に簡単な命令を出す奴らだ」
知っている。眠らせたり、暴れさせたりしか出来ないけど一定の指向性は持たせることが出来るって話だ。
確か作戦説明の時にそんな話を聞いて・・・・・・。
「逃がしたんでしたね、魔獣使い」
「・・・・・・うん」
俺の言葉にメイリさんが苦々しい顔で頷く。
大規模盗賊団「魔の風」は壊滅させたのだが、幾人か取り逃がしていることが明かされた。その中に魔獣使いがいたことが問題になっていたけど・・・・・・。
「そいつがこの辺にいるって?」
「半分カンだけどな、俺たちは鼻が利く。嫌な臭いがするんだよ」
ベルドの目は本気だ。
嘘だと一蹴してしまうのは簡単だが、それ以上の危険を感じさせる。
「なあ、なまくらのナイフと檻の鍵だけくれりゃ良いんだ、逃げた方が身のためだぜ?」
「だまれ、お前達がこのまま喰われても僕達はこまらない」
「だったらもっとポーカーでも練習しな。罪悪感が顔に出てるぜ、ボクちゃんよ」
言われて俺は押し黙る。
くっそ・・・・・・。
この辺の人生経験の差はどうにもならない。
前世も子供だったわけで、未だ大人を経験していない俺には難しい。子供を2回経験しても大人にはなれないのだと、最近気がついた。
まあでも勉強の仕方が分かるのは大きなアドバンテージといえる。
おかげで大型魔獣とは何かも知識としてはあるのだ。
大型魔獣というのは文字通り大きな魔獣の事だ。
害獣指定された大きな魔獣の事で、たいてい気性が荒く、生物をみつけると襲いかかる。
田畑を荒らし、モノによっては城壁すら打ち破るトンデモ魔獣もいる。
比較的おとなしいモノもいるが、魔獣使いが使役するくらいだから害獣の方なのは間違いないのだろう。
幸いユニリア国内には多く生息しない。南部の人の手が入っていない所にいる、らしい。残念ながら近年の魔獣に関する情報は冒険者ギルドに所属していないと閲覧出来ないんだって。
さておき。
基本、大型魔獣に遭遇したら逃げる事を推奨されている。
盗賊どもを囮にして逃げれば問題ないのだろうけど、それは流石に良心が痛む。
いや、言ったとおり問題はないのだけどそこはそれ。
他の冒険者達も嫌な顔をしている。
それをやったらこいつらと同じ所に落ちてしまう気がするし、だからといってこいつらを野放しにするのはいただけない。
凶悪犯罪者なのには違いないのだから。
うん。しょうがないか。腹をくくろう。
「雪華、どう?」
「・・・・・・みつけた。すぐ近くだね、寝かされててわかんなかったみたい・・・・・・あ、起きた」
―ぐおおおおおおおお―
森そのものが震えたかのような咆吼。
その咆吼は生物としての恐怖を喚起させるほどの殺意を含んでいた。
恐慌状態となった盗賊達がにわかに騒ぎ始める。
「ほらいわんこっちゃねえ! 早く鍵寄越せ! 俺たちが逃げるより先にお前ら逃げられるだろうが! 早くしろ!」
「生きたまま獣に喰われるとか冗談じゃねえぞ!」
その間にもばきばきと木々をなぎ倒す音がこちらに近づいてくる。
迷い無くこちらに向かってくるのは魔獣使いの誘導のせいだろう。
冒険者達も判断がつかずにおろおろしている。
ベテランと言われるランクCなのに情けないと思うかも知れないが、大型魔獣の討伐は高位冒険者と言われるランクBの仕事とされているし、この辺りの冒険者は大型魔獣との遭遇経験自体が乏しい。ここでそれを責めるのは酷だろう。
雪華が俺に顔を向けた。
「卿人」
「うん?」
「いける?」
「やってみないと何とも言えないかな」
「ちょっと! 大型魔獣と戦う気!?」
俺たちの会話を聞きつけて、メイリさんが顔を青くして驚愕の声を上げる。
「無茶言わないで! ボクたちだってそんな経験無いんだよ!? 逃げよう!」
「メイリさんたちはそうしてください、僕らはここで迎え撃ちます」
「ちょ!?」
「大丈夫です、僕らは元Aランク冒険者の息子と天地流道場主の娘ですよ?」
にかっと笑ってみせる。
雪華はガッツポーズをとってみせた。
うん、その細腕でやられると逆に不安になるね。
「だけど!」
「大丈夫です。それに僕らが逃げたら、この盗賊達のなかの何割かがにげちゃうかもだし、下手すれば大型魔獣をネルソーまで連れ帰る事になる。そんな事したら僕は親父に説教されます」
「わたしも、船のマストに三日間くらいつるされるかも。逆さで。」
いや、それは大袈裟だと思う。まあ、えらい勢いでどやされるだろう。それは面白くない。
メイリさんは鼻白んだ様子だったけど、はぁ、とため息をつくと急に大声を出した。
「みんな! 子供達残してったら冒険者の名がすたるよね!」
「おうよ! どうせランクBの昇格条件は大型魔獣との戦闘実績だ! やってやるよ!」
「おのろけ夫婦だけに良い格好させてたまるか!」
わ、意外と士気が高い。
「死ぬかもしれませんよ?」
「君たちがのんびりしすぎてるんだよ! そんな姿見せられたらこっちがばかみたい!」
「あっはは」
すっごい緊張してるけどね。
でもそんな姿見せたら俺たちを引きずってでも逃げるだろうから、頑張って気楽に構えている。
雪華の前だしね。
その雪華はとても楽しそうに、ばきばきと指を鳴らして、いまかいまかと待ち構えていた。
・・・・・・なんだか戦闘狂になってきた気がするけど。
「卿人にいいとこみせるぞー!」
違った。
雪華にとっては大型魔獣も俺に対するアピールの材料でしかないらしい。
「そんな張り切らなくても僕は雪華にぞっこんだよ」
「んんぅん! 卿人大好き!」
「『マイトブースト』」
周りから文句を言われる前に冒険者含め俺以外を指定してバフを掛ける。
例によって雪華がやや顔を上気させ、ふしぎなおどりを始める。
「やぁん卿人、わたしをどうする気ぃ?」
「くねくねしない」
「はーい」
体内で気を整えたのか踊りをやめてぴっと背筋を伸ばした。
だけど表情はしょんぼりしている。
「これやると気持ちいいの消えるんだよね」
「それは残念だね」
「君たち真面目に出来ないのかな・・・・・・?」
流石にメイリさんから苦言が飛んでくる。
いやいや、緊張をほぐしているのです。決して遊んでいるわけでは、あるけれど。
皆も気持ちよくなるのかなと見回しても、全員普通にしている。
やっぱり気持ちよくなる症状が出るのは雪華だけみたいだ。
「やっぱ卿人のバフはすげえなあ」
「ああ、そこらのバフとは訳が違う。発動も早いし」
「成人したらウチのパーティに来てくれねえかな」
「やめとけ、雪華とセットで来てあの胸焼け漫才延々と見る羽目になるぞ?」
「それは嫌だな・・・・・・」
うるせえよ。
何のかんの言って余裕があるのは良いことだけど・・・・・・。
等とやっているうちに大地を割るような足音はすぐそこまで迫っていた。
俺たちの右前方から、道ばたに小さな袋が投げ込まれる。
たぶん、誘導していた香だろう。中身は香草だの虫だの、よくわからないものがぶちまけられた。
次の瞬間、轟音を上げ土煙と共に森から現れたのは、巨大なトカゲだった。
象くらいの大きさはあろうか、シルエットとしてはコモドドラゴンに似ている。
ただし体色は苔色で所々に黒い筋が入り、鱗はてらてらと光を反射していかにも硬そうだ。
口元からはだらだらとよだれを垂らし、がちんがちんと歯をかみ合わせてこちらを威嚇している。いや、捕食者が威嚇をする必要はない。あれは、食料を前にした舌なめずりのようなものだろう。
「ランドドラゴンっ!? しかも希少種かよ!」
冒険者のひとりが悲鳴にも似た叫びを上げた
それもそのはず、ランドドラゴンは大型魔獣のなかでは小柄な部類だが、最も気性が荒いとされている。つまりは最悪のモノと遭遇してしまったのだ。
翼は無く、肉食性で常に腹を減らしてかけずり回っているとか。
ドラゴンと名はついているが亜龍種。本物の龍種にはもちろん及ばない。
それでも人間種にとっては脅威だし、希少種ともなればその危険性は増大する。
確か・・・・・・希少種はランクB+パーティ必須だったっけ。全員ランクBで固めないと全滅の恐れがあるという指標。
一瞬で青ざめたメイリさんが退却の指示を出そうとした瞬間!
ぎゃおおおおおおおおおおおおお!
冒険者の叫びに反応して、ひときわ大きな咆吼を上げるランドドラゴン。
その咆吼は盗賊含め俺たち全員の鼓膜と恐怖心を貫いた!
「あ・・・・・・う・・・・・・?」
「ひいいいいいいいいい!?」
「無理無理無理無理」
「俺、無事に生きてかえったら結婚するんだ。相手いないけどな」
最後の人は随分余裕そうだけど・・・・・・だめだ、剣を落としてる。冒険者の8割がそれだけで戦闘不能に陥った。
無事なのは俺と、雪華と、メイリさん含めた何人か。その何人かも立っているのがやっとの状態だ。
俺と雪華は肝を冷やしていたものの、丹田に力を入れて何とか耐える。
このくらいなら暁華さんに殺気を当てられた時の方が怖い!
大半の獲物が動けなくなったのを確認してか、地面を蹴飛ばすような勢いで突進してくるランドドラゴン。
それに呼応して俺は前に出つつ魔法式を走らせる。
このために俺は自分にバフを掛けなかった。
通常の防御バフは「ガードブースト」もしくは上位の「ストロングディフェンス」になるが、俺が今から行使するのは、いちから組み上げた新魔法だ。
連結魔法式はいくつかの魔法式を連結したものだけど、俺はさらにその連結した魔法式自体に意味を持たせた。
結果、想像以上の効果と発動時間の短さを持たせることに成功したのだけど、まだ実験段階なので自分以外には掛けられない。
ただし効果は「ストロングディフェンス」の軽く倍以上。
「『金剛』」
ダイヤモンドの名を冠した魔法は、名前相応の堅さを俺に与えてくれる。
最近ある理由で寝れてなかったのだけど、その時に研究しまくってたのが功を奏した。
「突っ込んでくるぞ! 俺たちまで巻き添えにする気か!」
他の盗賊が軒並み泡を吹いて気絶している中、ベルドが悲鳴を上げて騒いでいるが無視。
今そのタフさは要らないから黙っててくれ。
でもまぁ、確かにあの突進の勢いなら俺含めて後ろは全てなぎ倒されてしまうだろう。
「雪華、そこにいる?」
「もちろん」
すぐ後ろから声がした。
心なしか、その声は弾んでいた。
「うん、解ってたけど、確認」
「任せたよ? まだ結婚もしてないのにぺちゃんこは嫌だからね」
「任されたよ。そんときは僕も一緒だから安心して」
「んっふ」
まんざらでもなさそうな鼻息を聞いて、改めて気合いが入る。
ぜってえ雪華までは届かせてやんない。
ランドドラゴンはこちらの少し手前で跳躍、飛びかかりざま俺と雪華をまとめてなぎ払おうと突き出すように爪を振るう。
1本1本が人の腕ほどもあろうかという爪をまっすぐに見据え、奥歯をかみしめて恐怖を押し殺す。
大丈夫! いける!
前傾姿勢で正面に盾を構え、直撃の直前に踏み込んで、身体ごと叩き付けるようにランドドラゴンの攻撃を受け止める。
がぎゅん!
盾と爪がぶつかり、ランドドラゴンが体重をかけて押しつぶそうとしてくる。
本来なら為す術無く吹っ飛ばされるだろうけど「金剛」の効果で今の俺は盾と合わせて城壁並みの頑丈さになっている。それでもかかる重圧を、両足を踏みしめて気合いで押しとどめる。ずぶりと地面に足が沈み込む感覚。魔法で強化していなかったらどうなっていたことか、想像もしたくない。
ランドドラゴンの腕からべきんと何かが折れる音が聞こえ、掛かっていた重圧が消えた。
攻撃を受けきってやったのだ。
その状態でたっぷり1秒停止した後、空中にあったランドドラゴンの身体はそのまま真下に着地。
ランドドラゴンの右前足は自分の攻撃による衝撃をすべて返され、変な方向に曲がっている。
分厚い壁を全力で殴ったようなモノだ。タダでは済まない。
俺がぶっつけ本番で受け止め切れたのには訳がある。以前この魔法を暁華さんにテストして貰って、この強度なら大型害獣の攻撃を受け止められると太鼓判を貰ったから。
だったらスマートなのだけど。
何度か攻撃してもらって、最終的には俺は吹き飛ばされてしまった。暁華さんが城壁に同じ事したら絶対穴が開くはずだ。
まぁ、つまりはその時の衝撃が鮮明に残っていて、さっきの衝撃程度なら何とかなると分かってしまったのだ。
よって暁華さんは大型魔獣よりもヤバい質量の衝撃力持っていることになる。
うん、深く考えるのはよそう。
とにかく俺はその場から動かず攻撃を受け止めきった。
当のランドドラゴンは・・・・・・は虫類の目は何考えてるか解らないけど、びっくりしているみたいだ。
みるみるうちに目が血走っていき、怒りの咆吼をあげようとした瞬間、横合いからぶっ飛ばされる。
雪華に思い切り横っ面を殴り飛ばされたランドドラゴンは3本の脚で地面に爪を立て、がりがりと音をたてて踏ん張るも完全に体が流されていた。
ここで援護とかあると最高なんだけど・・・・・・。
期待して見るも案の定、咆吼に耐えた冒険者達は口をあんぐりと開けて呆然としていた。
「今卿人なにやった?」
「受け止めた・・・・・・んじゃないか?」
「あのでかいのを?」
「俺死んだと思ったんだけど・・・・・・」
うん、駄目だ。
現実について行けてない。
そういう俺も冷や汗だらだらだけどね。
魔法の効果が完全でなければ今頃潰れていたんだから。
ランドドラゴンに目を戻すと丁度体勢を戻したところだった。
雪華は追撃は危険と判断したらしく、俺の隣まで戻り、怪訝そうな顔でランドドラゴンを見ている。
「思ったより硬い? 卿人のバフまでかかってるのに・・・・・・」
「多分気を纏ってるんじゃないかな? はがさないと気を通すのは難しいだろうね」
大型に限らず、魔獣は本能で気を扱うというのを親父から聞いている。
小型の魔獣はそうでも無いが、大型となると明らかに硬くなる程の気を纏うのだそう。
纏った気は外部からの衝撃や気の進入を阻害する。
纏わせた気をはがすには弱らせる必要がある。つまりは剥がれるまで殴れということだ。
そのわりに前足が折れたのは単純に自爆だからだろうけど・・・・・・詳しくは分からない。
ランドドラゴンは口を大きく開けると、そこに魔法式が展開される。
長い咆吼と共に魔法式を走らせはじめた。
これがランドドラゴンが魔獣でもドラゴンと呼ばれる所以だ。
気の扱いと魔法の行使を両立できるのは龍種の特権だが、ランドドラゴンはこの法則を覆して魔獣の身でありながらその特権を持っている。
だけど相手が悪い。
ランドドラゴンの魔法が発動するより速く、俺の魔法が飛ぶ。
「『ディケイドフォーミュラ』」
いわゆるアンチスペルだ。
この魔法は適性の関係なく使える無系統魔法で、名前の通り魔法式そのものを崩壊させる。
本来は後出しで成立するほど便利な魔法じゃ無い。先読みと戦況を読んで初めて効果のある魔法だ。
だけど新型魔法式を使える俺にとって、連結式どころか通常の魔法式での魔法は妨害してくれといっているようなもの。
ぱきん、と澄んだ音を立てて魔法式が霧散する。
ガァ!
妨害の影響でマナが行き場を失い破裂、ランドドラゴンがひるんだ。
その隙を逃さず俺は即「金剛」を解除、新たに魔法式を走らせ、「マイトブースト」を自分にかけ直し、メイスに「ライトニング」のエンチャント賦与しつつランドドラゴンに接近する。
雪華は俺の妨害魔法が飛んだ時点で飛び込み追撃の体勢に入っている。
鋭く息を吸い込み、息吹と共に技を繰り出す。
「彗星蘭ッ!」
頭を上げてひるんだところへ、首筋に肘から掌底の二連撃。
そこから逆の掌底をたたき込み、反動で後退する。
たまらず下がってきた頭に、雪華と入れ替わりに俺が紫電を纏ったメイスを振り下ろす!
がいん、と鉄塊を殴ったかのような手応えが返ってきた。
かってえ!
なんつう防御力だよ。
バチバチと放電するメイスを、めげずにもう一撃! 不意に沈み込むような感覚が伝わる。
気の防御を抜いた!
思い切って振り抜くと、ランドドラゴンは叫び声を上げながら身をよじり、尻尾を叩き付けてくる。
嫌な予感がしていたから何とか盾で防いだが、防御バフの効いていない状態で受け止めきるのは限界がある。
衝撃に合わせて身体をひねって受け流し、ダメージを逃がす。盾からめきりと嫌な音がしたが、何とか逃がしきれた。それでも全身に衝撃が襲い、硬直しそうになるのを無理矢理活を入れて動かす。
「っの!」
振り向きざま目の前の下あごめがけてメイスを振り上げる。
がつんと良い手応えで決まった。
布を引き裂くような音を立てて感電し、大きくのけぞるランドドラゴン。
そこへすかさず雪華が腹の下まで潜り込み、低く構えて震脚。びしりと地面にひびが入る。
伸び上がりざまに身体をまっすぐに伸ばして真上への掌底!
「昇藤!」
ずぐん! とランドドラゴンの身体が突き上げられる。
腹にめり込んだ掌底から大量の気を送り込まれ、体内の気をかき乱される。
神経系と内臓を軒並み破壊され、口から勢いよく血を吐いたランドドラゴンはしばらく痙攣した後、眼球を反転させて絶命した。
だらりと力の抜けた巨体を雪華は片手で支え、よいせー。とか言いながら無造作に放り投げると、ずしんと重い音を背にして満面の笑みで駆け寄ってきた。
「やったね!」
「うん」
ぱちんとハイタッチ。
上手いことタンクとアタッカーの役割分担が出来た。
基本的に相対する敵が一撃なんで、あまりこの手の訓練が出来ていないのが不安だったのだけど。
対魔獣戦は訓練だと身につかないからね・・・・・・。
「卿人がドラゴン受け止めた時めっちゃ格好良かったよ! あれはわたしじゃできないもんね!」
雪華がにっこにっこしながら俺を褒めちぎってくれる。
やめろよう、顔がくずれるだろう?
ふたりで両手を繋いでぶんぶんと振り始める。
「いやいや、雪華の攻撃力は流石だよ。僕だけだったらいつまで殴ってたか解らない」
「んふーん! でも卿人だって良い攻撃してたじゃん!」
「雪華が上手いことダメージ与えてくれたからだよ」
「それは卿人がきちんと攻撃を受け止めてくれたからだよ」
「ううん、雪華のおかげだよ」
「卿人のおかげだよ~」
ふたりでニヨニヨわらいつつ両手をにぎにぎしながら褒め合っているのは、傍から見るととても気持ち悪いだろうな。とか思いつつもやめない。
だって、雪華がとても嬉しそうだから。
「お! お前ら!」
呼ばれてそちらを見やると、冒険者の皆がこっちを見て口をぱくぱくさせている。
我を失っていた人達も復帰したらしい、後遺症とかなさそうで良いのだけど・・・・・・。
せっかく倒したんだからもっと喜んだら良いのに。
「みなさん酸欠ですか?」
「違うよー、お腹すいたんだよ」
「まさか、雪華じゃあるまいし」
「わたし食いしん坊キャラじゃないんだけど?」
なんてやっていると、メイリさん含めた冒険者達がわっと集まってきてもみくちゃにされる。
なになになに!?
「すっげえなお前ら!」
「ランドドラゴンの希少種とか絶望しかなかったのに!」
「成人したら絶対ウチ来いよ! 夫婦漫才は我慢してやるから!」
「バーカ! 俺たちがこんなのについてけるわきゃねえだろ!」
「それもそうだな!」
「何にせよ今日は打ち上げだぜ! ランドドラゴンを肴に呑むぞ!」
「アンタ呑みたいだけだでしょ!?」
あっけにとられてる間になんか胴上げされる。
いや結構怖いなコレ!
雪華はおもしろそうにケラケラ笑っているけど俺は気が気じゃ無い。
耳元で風を切る音と一瞬の浮遊感。即落下して受け止められてまた浮遊。
ちょうこえええ!
特に下が見えないのが怖え!
しかも5人くらいでやってるから不安定!
視界の端に、檻の中で恐怖に白くなっている盗賊達が目に入った。
おれもああなるのか。
がくり。
彗星蘭
:赤、ピンク、白、黄色などの花を付ける蘭の一種。
複雑な模様がはいっていたり、大きく花弁をひろげたりで派手。
朧流では腕を使った3連撃にこの花の名前がついています。
だから往復ラリアット1回半でも彗星蘭です。やりませんが。
昇藤
:ルピナス、という名前の方が通りが良いかも。
チョウチョ型の花を上に向けて咲かせる様が藤の花に似ているので昇藤と呼ばれます。
庭先のプランターとかで比較的よく見かけます。
朧流では真上への掌底に付けられた名前です。
本来はカウンターや落っこちてきた相手に使います。
どっかで見たことがある? 奇遇ですね、僕もです。




