第24話 ネルソー危機一髪
第二章開幕です。
宜しくお願いいたします!
昼でも森というのは薄暗い。
冬場で動物も活発では無く、虫の音も聞こえなければ尚更昏く感じてしまうだろう。
ネルソー付近の森は常緑樹が多く、雪でも降らない限り冬でもその様相にあまり変化が無い。
そんな森の中、静寂をかき乱すように5人の男達が走っていた。
先頭を走るのはひげ面の男。
油断のない様子で周囲を見渡している。
どうやら何かから逃げているようだった。
その男はろくに風呂にも入っていないらしく、髪も髭もぼさぼさだ。
服もほこりと泥にまみれ清潔とは言いがたいが、それよりも返り血なのか、血痕のようなシミが目立つ。周りの連中も似たり寄ったりだ。
男達は盗賊だ。
冒険者の職業では無い。
山賊とか夜盗とかその類いだ。
男とその仲間は、ネルソーを襲撃するという計画のもと、多数の盗賊団が集まっているとの噂を聞きつけた盗賊団のひとつだ。
普通、その手の噂は街や都市の罠で無視するのがセオリーなのだが今回ばかりは話が違った。ユニリア国内の盗賊はのっぴきならない状況に追い込まれていたのである。
その理由は魔法道具にあった。
生活系の魔法道具は盗賊稼業にあっても需要が高い。
生活のほとんどを山林で過ごす彼らはすべてを自給自足しなければならない。
奪って食らうのが当然の盗賊だが、そうそう獲物にありつけるわけでも無い。
そもそもほとんどがドロップアウトした連中である。
生活の不便さに耐えきれず、わざと捕まりに行くような者もいる始末。
それだけならばまだ良いが、仲間を売って金銭を得る輩までいる。
そういう「ドロップアウトのドロップアウト」を出さないためにも、普段の生活向上は彼らにとって重要事項だった。
王都にも卸されている高品質の魔法道具が生産されているネルソーだ。
キャラバンを襲えば大量の魔法道具が手に入る可能性が高い。
使って良し、売って良し、バラして良しの優良品である。
もちろん高ランクの冒険者がついていることもあるが、人命優先である事が多いので荷物を捨てていくキャラバンも多く、多人数で囲めば被害も出ずらかった。
だがそれに手をこまねいている商業ギルドでは無い。
王都の商業ギルドがネルソーのギルドと連携し、キャラバンを護衛する専門の部隊を作り上げたのだ。
傭兵や長期間拘束可能な冒険者を集い、専門の部署を設立。
出来高払いや1回限りの依頼料では無く、ギルド職員として雇うという形で給料制にし、人数を確保。
その人数は100人ほどになり、ちょっとした軍隊とも言える。
行商人で細かく輸送するのをやめ、大量に運ぶことを重点を置いたのだ。
1度のコストはかかるが、ほぼすべての魔法道具を輸送できるようになり、さらに個人の行商人も同行を許可させたことで個別に襲われるリスクまで減らした。
このキャラバンはユニリア国内の主要都市を北と南に2隊で巡りながら王都を目指すため、時間はかかるが安全に商売が出来ると好評。
個人でもギルドに申請すれば売り上げの何割かで信頼の置ける腕利きの冒険者を付けて貰えるため、都市から地方への行商も安全性が飛躍的に向上した。
傭兵、冒険者、行商人、街、ギルドのすべてが潤うという画期的なシステムができあがったのである。
このためおいそれと手を出せなくなった盗賊達は一計を案じる。
ネルソーを直接襲って魔道具を片っ端から奪ってしまえば良い。
と。
かなり頭の悪い計画である。
かなり、頭の、悪い計画である。
ネルソーは地方都市だが果国と戦争をしていた時代の最前線だっただけあって、強固な守りをしている。船乗りは皆屈強で、警備隊には頑強なオーク種が多数所属している。
観光都市であるから治安には相当気を使っているし、海産物目当ての冒険者も多い。
傭兵こそ少ないが、キャラバンの護衛隊を除いても相当な戦力を有しており、正面からも裏からも攻めるにはとても難しい都市なのだ。
だがその頭の悪い計画は実行に移される事になる。
それだけ切羽詰まっていたというのもあるが、何よりユニリア最大の盗賊団「魔の風」が参加しているのが大きい。
この「魔の風」。ユニリアの有力な貴族がバックについているらしく、かなり好き放題やっていた。ユニリア内で最大の規模を誇り、騎士団すらも退けたという噂のある盗賊団だ。
「魔の風」がネルソーに向かったという情報もあり、ネルソー付近の盗賊団は大体が集まっていた。
そんな噂につられてやってきた男・・・・・・ベルド盗賊団頭目ベルドは逃げていた。
ネルソーと王都を結ぶ街道の森は深く、こういった手合いが多い。もちろん魔物や魔獣も出没するのでそれなりの戦闘力が無ければやっていけない。
ネルソーに近い森林に陣取ったベルド盗賊団は何組かの盗賊団と合流、他の合流予定の盗賊団を待っていたのだが・・・・・・奇襲を受けた。
相手はネルソーで雇われた冒険者達だろう、森林での戦いになれている様子で、あっという間に何人かが拘束されてしまった。
その隙を突いて仲間を連れ、逃げ出したまでは良いのだが・・・・・・。
ベルド達は南部を中心に動く盗賊団。土地勘が無いために現在位置を見失ってしまった。
今はとにかく襲撃されたところから離れなければならない。
「頭ぁ、どこまで行くんです?」
部下のひとりが声を掛けてくる。不安そうでは無い。
ベルド盗賊団は少人数だがいくつもの商隊を襲って稼いでいるやっかいな盗賊団だ。全員が好きで盗賊家業をやっているために士気が高い。
こんな事は何度も経験してきた。今更慌てる奴はいない。
「とりあえず道を探すぞ、ここがどこかは解らねえが道の方角はわかる」
「あいさ」
「たぶんそろそろだ、気配消していけ」
全員が一斉に走るのをやめ、足音を消す。
それでもほとんどスピードが落ちない。
高速の忍び足で森を進むと、程なく街道が見えてきた。
ベルドは自分の方向感覚に満足の笑みを浮かべ、ハンドサインで「止まれ」と仲間に指示を出す。
その意を汲んだ仲間達は、周囲の木に身を隠して待期。
街道には2台の馬車が止まっていた。
その馬車は荷台に檻が備え付けられた護送用のもので、家畜等を運ぶ際にも利用される。
檻の中には捕まったのであろう盗賊が入れられていた。全員が手足を巣張られて芋虫のように転がっている。
辺りには小柄な人影がふたつ。
レザーアーマーに身を包み、奇妙なメイスと盾を持った黒髪の子供と、ジャケットに短パンと身軽な格好で、茶色の髪をサイドテールにまとめた子供だ。
ふたりは馬車の方を向いて背中を向けており、ベルド達には気付いていないようで何か話している。
もっとも、この盗賊達の気配遮断はなかなかのもので大人でも気付け無いだろう。
「頭、どうします?」
ベルドの近くにいた仲間が小声で聞いてくる。
どうやら俺たちは嵌められたようだ。
最初から護送用馬車を用意してこっちを襲撃したくらいだ、間違いない。
このまま見捨てても良いが、いるのはガキだけの様だし、連中を助けて恩を売ってもいい。
上手くやればこの先の囮にも使えるだろう。
4頭いる馬も奪えば一石二鳥、自分たちだけでも逃げられる。
ガキは売り飛ばしてもいい、特にメスガキの方はその筋に高く売れる・・・・・・。
よく見たらあのメイス、年期は入っちゃあいるがミスリルじゃねえか。
あのガキどもはおそらく傭兵見習いか何かだろう、ガキだけに見張りをさせるとか不用心にも程がある。
「あのガキ共を黙らせるぞ、殺すな、売りさばく。同業は解放するぞ」
「あいさ、のびてる奴らは?」
「ほっとけ」
即断即決。ぐずぐずしてると連中が戻ってくる。
贅沢を言えば弓を使いたかったが手元にはない。
ところで、ベルドは他の盗賊団と合流した時に彼らが変な噂をしていたのを思い出した。
山賊潰し。
そう呼ばれる成人前の子供ふたり組がいて、ネルソー周辺の盗賊を狩り尽くしているという。
今回の連中は凶悪なこの山賊潰しを倒すために集められたという、そんな噂。
それをベルドは鼻で笑った。
丁度目の前にはガキがふたり。噂通りだが・・・・・・。
馬鹿を言え、そんなわけがあるか。
あったとしても俺が殺してやるよ!
愛用の黒く塗った剣を抜く。
街道ぎりぎりまで音も無く近づき、タイミングを計る。
後は指示を出すだけというところで。
子供達の姿が消えた。
いや、正確には見えていたが、そう表現しても差し支えの無い速度で移動、瞬く間に投げナイフの準備をしていた部下が2名、無力化された。
ひとりは盾で胸を殴られ樹木と盾に挟まれて気絶。ひとりはみぞおちに拳を振り下ろされて悶絶、戦闘不能に陥った。
子供達は元にいた位置に素早く戻り、ベルド達がいるであろう方向に構えを取った。
荷台の盗賊達を逃がされないための措置だが、突然の出来事にベルト達は動けなかった。
「『マイトブースト』」
少年は恐ろしく早い速度で補助魔法式を展開、発動させた。
パワーブーストの上位、マイトブーストだ。通常、こんな場面で掛けられるほど短い魔法式では無いが、実際に魔法は発動。
ふたりが赤いオーラを纏う。
直後、何故か少女が少しぐらついた。何かに耐えるように顔をしかめる。
「やっちまえ!」
何故ふらついたのかは不明だが、それをチャンスとみたベルドは突撃を指示。
本来ここは撤退を選ぶべきだ。
だが奇襲を見破られ、瞬時にふたり倒され、高位の魔法を片手間で操るような相手に逃げ切れる保証は無い。
間違いなくこのガキ共は手練れだ。
それもとびきりの。
とてもじゃないが、正面からやりあって勝てる気がしない。
山賊潰しの噂は本当だったのだ。
だがやらなければこちらがやられる。
なにより、子供相手に背中を向けるなどプライドが許さなかった。
ひとりが少女に斬りかかる。手にした獲物はベルドの物と同じ黒塗りのショートソード。視認性が悪く受けるのが難しい。
だが少女は難しい顔をしながらも、振り下ろされた刃の内側に手を入れて体をずらし、男の腹部に掌底をたたき込む!
さして力を入れたようには見えなかったが、男はビクン! と身体を震わせると、糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。
倒れた男は白目を剥いて泡を吹いている。
掌底と同時に気を流し込まれ、体内の気をかき乱されて意識を失ったのだ。
少年の方にはふたり。ベルドとその部下だ。
左右に展開し、同時攻撃で横薙ぎにしようと迫る。
少年は迷わず部下の方にシールドチャージ。
高速で盾ごと突っ込んできた少年に対応出来ず、思い切り衝突し後方に転倒。
本来ならば体重差でよろめくくらいだろうが、魔法の補助により非常に強力な衝撃となって男を襲ったのだ。
少年はそのまま押しつぶすように男の上で前転。
ぐえっという悲鳴を聞きつつ反動でベルドの方を向きつつ立ち上がる。
丁度、少女が男を沈めた様子が、少年の視界の端に映る。
ベルドは間髪入れず仲間を飛び越えて斬りかかる。
普通ならこの時点でつばぜり合いに持ち込むところだが、少年の獲物はメイスだ。
つばぜり合いは難しいうえ、体勢的に盾が間に合わない。
殺った!
このまま押し込んでしまえばメイスは柄の部分で両断される。ベルドは勝利を確信した。
だが少年はメイスに備え付けられた大きなナックルガードで迎撃、ぎゃりぎゃりと金属音を立てて剣の軌道が逸らされ、ミスリルの軌跡がカウンターで襲いかかる!
ベルドはメイスヘッドで頭をたたき割られる自分を想像し思わず目を閉じるが、やってきたのは腹部への鈍い衝撃。
「ごふう!?」
衝撃で肺の空気がすべて押し出され、意識を保つのは無理だと悟る。薄れ行く意識の中自分の腹に目をやると、メイスの柄部分、石突きが腹にめり込んでいた。
少年はメイスを振らずに石突きでの打撃に切り替えたのだ。
腹を押さえて崩れ落ちるベルドを尻目に、先ほどシールドチャージで伸した相手を拘束、無力化した。
「他に気配なし、しゅーりょー」
少女・・・・・・雪華の緊張感のない声が響く。
少年はもちろん卿人だ。
「雪華」
「なぁに?」
「いつも思うんだけど気功使うならバフ掛けた意味ないよね?」
「あるよー」
「どんな?」
「わたしが気持ちが良い! すごく!」
「うん。結局理由がわからないんだよね、それ」
「多分卿人には、わたしを気持ち良くさせる特殊能力があるんだよ!」
「夢のある能力だねえ。でも戦闘に支障が出ない?」
「出てもいい」
「いいのかよ・・・・・・」
変わらない子供達だった。
盗賊殺し(ロバーツ・キラー)
って思いついて。
あ、スレイ○ーズだって思い出しました。
危ない所だった。




