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待雪草は誰がために咲く  作者: Ncoboz
第一章 転生~幼年期
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第21話 騎士の矜恃

建物って文章で書くの難しいですね・・・・・・

 王城からはやや離れた位置にあるエルリック邸は、でかかった。

 

 つうか、宮殿?

 

 夕日に照らされてオレンジに見えるが、白を基調としたコの字型のゴシック建築で両脇が高く、凹んだ部分が低い。

 屋根は平坦で三角形の装飾になっている。

 玄関口はアーチ状の柱がいくつも立ててあり、来訪者を圧倒する。


 思わず九江卿人おれも雪華も、ぽかーんと口を開けて見上げてしまった。


「金ってあるところにはあるんだなぁ」

「お金だけなら九江魔法道具店も負けてないと思うよ?」

「装飾に気を回すまでは無いと思う」


 いやどうだろう、あるかもしれない。

 両親がそうゆうの嫌いなだけで。


「侯爵で騎士団長だからな。これくらい見栄を張らないとなのだよ。なに、使ってる部屋は半分も無い。見てくれだけだ」


 会話を聞きつけた騎士団長がこともなげに説明してくれた。


 半分使ってあるんですか騎士団長閣下!?


「はんぶん・・・・・・」

「物置かな?」

「うちだったらそんなに物ないよ?」

「朧家は、特に雪華は物欲がなさ過ぎる」

「わたしは卿人が欲しい」

「男前な発言だねぇ」

「だってぇ、服は限られるし、アクセサリーは付けづらいし・・・・・・」


 気を扱う者は基本的に薄着だ。

 金属が気の流れを阻害してしまうためだ。

 マナとの親和性が高い銀。

 時の止まった金属と呼ばれるオリハルコン。

 砂鉄から精製される玉鋼。

 

 これ以外の金属ではマナが巧く流れず、雪華のように気を送り込んだり、纏ったりするのには向かないとされる。

 

 尤も、身体強化には影響しないのでメイリさんの様に重い鎧を着たり、自分の膂力を高めて攻撃に使う分には問題無い。

 

 何にせよ、雪華の服はいつもシンプルだ。

 今だって厚手の半袖ハーフジャケットにショートパンツ、革製の手甲に膝丈のブーツだ。

 ジャケットの前は開けてあり、胸元に白い花の刺繍をあしらった、黒いTシャツが覗いている。

 これが雪華のフル装備だ。

 

 実にかさばらない。

 普段着はここから手甲を外しただけだ。

 しゃれっ気が無いと言えばそれまでだが、基本的に動きやすい服を好む。


 アクセサリーの類いは動きの邪魔になるので付けない。

 髪をくくっている紐くらいだ。それも色がついている位で装飾性は皆無に等しい。


 うーん・・・・・・そうだ!


「耳飾りとかならいけるんじゃない?」

「おー・・・・・・、うん! そうだね! ぷらぷらしないやつならなんとかなるかも?」

「今度買いに行こっか」

「うん! 卿人選んで!」

「上手く選べるかな」


 気付けばエルリックさんが変な顔でこっちを見ている。

 門倉さんは慣れたもので微笑んでいるが。


「急にいちゃつき始めたな」

「現実逃避でしょうな」

「・・・・・・そうか」


 エルリックさんは出迎えた使用人・・・・・・執事さんかな? ロマンスグレーな執事さんに何か言いつけると、俺たちを邸に誘う。もちろん入る際に武装は預けた。


 中もまた宮殿じみた作りをしているが、華美では無い。シンプルな感じだ。


 通された応接室も、派手ではないがそれなりに金のかかった内装と調度品で、落ち着いた雰囲気でまとまっている。


「私は準備をしてくる、くつろいでくれ」


 そう言って、エルリック卿は出て行ってしまった。


 入れ違いにメイドさんが幾人か入ってきて、紅茶をサーブしてくれる。


 そういやメイドさんとか初めて見たかも。

 へー、やっぱり本物のメイドさんって雰囲気が全然違うなぁ。

 家政婦さんという表現がぴったりくる。

 

 ・・・・・・家政婦だった!


 ああ、紅茶おいしいなぁ、おいしいなんて今まで思わなかったけど。

 茶葉が違うとここまで香りが良くなるのか。


 不意に、雪華が耳打ちをしてくる。


「緊張しすぎ、落ち着いて?」

「うん・・・・・・」


 雪華にはバレバレだった。

 完全に呑まれて思考がどうでも良い方向に走っている。


 ここに来るまでの馬車の中で、門倉さんから詳細は聞いていた。イランドさんを殺したのは表向き親父がやった事になってたのだけど、どうやら騎士団長閣下にはばれてしまったらしい。


 親父は元ランクA冒険者だ。自分の危機に対する行動の自由がある。ランクA冒険者というのはそれ程の物だ。

 だけど僕はそうはいかない。立場としてはただの平民の子供で何の特権も無い。

 つまり僕は甘んじて罰を受け入れるしかないわけで。


 雪華も俺も一瞬身構えたが、どうやら罰を受けるとか処刑されるとかじゃないみたいだ。なんでもイランドさんを止めた俺に興味があるとか。ないとか。

 それっきりその話題には触れなかったので詳細がわからない。


 なのでド緊張しているのです。


 あと。

 

「やっぱり少し怖いや」

「大丈夫? おっぱい揉む?」

「ないものをどうやって揉めと?」

「いいから揉めー!」

「まさかの強要!?」

「卿人が大きくするんだよ!」


 俺の手を掴んで無理矢理揉ませようとしてくる。

 ええい! 俺を鬼畜道に落とそうとするんじゃない!

 こっちでも揉めば大きくなるみたいな説があるのにびっくりだよ!

 プロレス宜しく両手を掴んで力比べをしていると、流石に見かねた門倉さんが声を上げる。


「双方少し落ち着け、慣れないものは不審に思うぞ」

「「ごめんなさい」」


 たしなめられてしまった。

 メイドさん達が引いている。門倉さんの身内とあってあからさまに嫌悪されるわけではないけれど。

 門倉さんに恥をかかせてしまった。


「門倉さまごめんなさい・・・・・・気になっちゃって」

「よいよい、雪華は悪くないぞ。卿人、おまえがしっかりしないからだ」

「はい・・・・・・」


 うん、引き締めよう。雪華のおかげで元気も出た。

 よし、いつでもかかってこい!


 丁度、エルリックさんが戻ってきたようだ。

 ガチャリとドアを開けて入って来たその姿に・・・・・・。


「「「ぶふぅっ」」」


 3人して吹き出してしまった!


「ん? なんだ? 何か可笑しかったか?」


 騎士団長閣下! ご乱心!


 いやだって、貴族服、サイズが、合ってない!


 2サイズは小さいだろう、腕も脚も丈が足りていない。

 無理矢理押し込んだ巨躯のラインがはっきりと解ってしまう。

 

 胸元なんてギチギチでボタンがはじけ飛びそうだ。

 覗いた紅い胸毛がすごい。

 よく裂けないな・・・・・・。


「ふむ、問題ないな」


 むきっとポージング。

 ミチミチと音を立てる服。いつ裂けるのかどっきどきである。

 うん、駄目だ。


 大爆笑。

 メイドさん達もこらえられずに笑ってしまっている。

 無理だって。こんなの笑わないでいられるか!


 そんな俺たちの様子を見たエルリックさんは、目を細めると満足そうに頷く。


「良い感じにほぐれたな、では着替えてくる」


 くっそ! あんなの卑怯じゃないか!

 強制的に緊張が解かれてしまった。


 ああもう、騎士団長のくせに気を使うのが上手すぎる。


「いやいや、あんな御仁だったとはな・・・・・・」


 目に涙を浮かべながら、門倉さんはそんなつぶやきを漏らした。

 

「あぁあ! おもしろいおじさまだね卿人!」

「そうだねぇ。怖がってたのが馬鹿みたいだ」


 そんな空気のまましばらく待つと、今度こそ、サイズの合った装いのエルリックさんが戻ってくる。

 天丼とかやられたら間違いなく腹筋が死んでたな。


「待たせたな。まぁ、堅い話はすぐ終わる。構えなくていい」


 言いつつ座り、紅茶を一口。

 洗練された動きだ。


 なんて言うんだろう、つかめない。

 暁華ぎょうかさんに匹敵するくらい強く、貴族で、ユーモアがあって、気品がある。


 かんぺきじゃないか。


「私はそんなたいした人間ではないよ。っと、こう言っては逆に失礼かな」


 ぱちりと、ウィンクをしてみせる。

 

 ・・・・・・今声に出してなかったよな?


「早速だが」


 エルリックさんは居住まいを正し、正面から俺を見据えた。


「九江卿人殿。今回は騎士団の名誉、ひいては王家を守っていただいたこと。王都騎士団長として感謝する」

 

 そう言って。何と俺に向かって頭を下げてしまった!

 平民に頭を下げる貴族とか!? もうこの様子を見られただけで俺なんかは殺されかねない。


「やめてください! 僕は自分の身を守っただけです! それに僕は副団長閣下を・・・・・・」

「いいや、この礼は受け取って貰わねばならぬ」

「どうしてそこまで・・・・・・」

「もう聞いていると思うが、君がラフ・・・・・・副団長をやらねば、ラフは乱心し民衆を無差別に殺傷せしめた上自刃。という不名誉をかぶっていた。そしてそれは騎士団全体の責任となる。そんなことになれば王都騎士団は解体、とまでは行かなくても大幅に弱体、縮小化。私もタダでは済まなかった。そうなれば王家を守る力がなくなっていただろう」

「あ・・・・・・」

「故に騎士団は君に頭が上がらない。それも王家から褒美が出てもおかしくないのだ。だが、君は平民で、ラフを、副騎士団長をその手に掛けてしまった。ほぼ毒殺だったとはいえ、君がトドメを差したということになる」

「・・・・・・はい」

「公にしてしまえば君は副団長殺しの罪で投獄される。故に王都で事実を知るのは私とラフの部下だけだ。すまない、私にしてやれるのは君の存在を隠すことだけだ」

「いえ、でも・・・・・・エルリック閣下はイランド閣下を殺した僕が憎くないのですか?」


 思い切って聞いてみる。

 ずっと、ひっかかっていたから。


「そう思うのは当然だな、だが我々は君を称えこそすれ憎んだりはしない。何度でも言うぞ、君はそのラフの名誉を守ったんだ。奸計に利用され、騎士としての魂まで穢される所を君が救ったのだ。確かに、君はラフを殺めた。その業は背負うべきものだが、それは決して間違いではない。それが結果的に、ユニリアとネルソーを守ったのだ。君は顔を上げて生きて良い」

「そう、ですか」


 言われて、胸のつかえが取れた。

 あれが正しかったとは思えないが、最善手であったことは間違いがないのだと。

 そう、騎士団長閣下は言ってくれたのだから。


 少なくとも、この世界にいては。


 もらった言葉をかみしめつつ、俺も何か言わねばと口を開く。


「有り難うございます。僕は未熟ですし、騎士でもありませんが、イランド閣下の様に誇り高く、何かを守れる人間になります」


 雪華を見る。

 彼女は、にっぱーといつもの笑顔を向けてくれた。

 俺もおんなじ笑顔を返す。


「ラフもさぞ君のことは気に入っただろうな・・・・・・。その志、忘れるなよ。そうそう、遺族に挨拶に行こうとか思うな、無礼討ちにされるぞ。彼らにはその権利がある」


 ああ、普通に切り捨て御免が存在するのね・・・・・・。

 まあそうか、俺がこんな所にいられるのは偶然と、門倉様をはじめとした大人達が色々と手を尽くしてくれた結果なのだ。

 平民が貴族の、それも騎士団長の館で紅茶を頂いているというこの状況自体が異常なわけで。


「さて」


 ぱんぱん! と手を打って、エルリックさんは執事さんを呼び、何事か伝えると執事さんはかしこまりましたと退室する。


「食事の用意をさせた、喰っていくだろう? そして泊まっていけ」

「許可が後ですか」

「貴族だからな」

「卿人、騙されるでないぞ。そんな貴族はいない」


 解ってます。

 エルリックさんは苦笑し、背もたれに身を預ける。


「堅苦しい話は終わりだ。楽にしてくれ」


 それを聞きつけた雪華はずりずりと椅子を俺の横にくっつけると、ぺたりとくっついてきた。

 満足そうに鼻をすぴすぴやっている。

 寄りかかってこないのはせめてもの気遣いかな。


 俺たちの様子を、エルリックさんは目を細めて見ていたが、ふと思いついたように口を開いた。


「朧雪華・・・・・・といったな? 朧流の朧家で間違いないかな?」

「はい。そうです」


 エルリックさんの問いに、雪華はぴっと背筋を伸ばして答える。

 朧家の名を出されたので、しっかりと対応するらしい。

 背筋を伸ばした勢いで押された形になるのでなんとか踏ん張る。


 エルリックさんは朧流を正しく知っているみたいだ。


「お父上になるのかな? 朧暁華おぼろ ぎょうか殿は息災か?」

「おとうさ・・・・・・父とお知り合いですか?」

「若い頃にな。気の扱いを教えていただいた」


 ああ、だからか。

 大陸最強に教われば強いのもうなずける。

 あれ? 暁華さんっていつから大陸最強なんだろう?

 エルリックさんよりは若い気もするんだけど。


「まだユニリア国内が内乱で荒れていた頃のことだ。戦場を無人の野のごとく駆け抜ける彼の姿に感動してな、すぐに声を掛けた」

「あれ? 父は傭兵をしてたんですか? 聞いたことないですけど」

「いや、そこの門倉卿の護衛だ。丁度王都が襲撃を受けてな、手助けをしていただいたのだよ」

「あの頃の暁華は凄かったぞ。いや、今の方が強いであろうが、当時は攻撃魔法のような火の玉小僧だったよ」


 貴重な話だ。暁華さんの武勇伝はいろいろ聞くが、そこまで若い頃の話は聞かない。


「それから少し手ほどきをしていただいてな、今では私もこんなマッチョマンになってしまった。気の総量を筋肉で上げる方法をとったのだが、どうやら正解だったようだ」


 え。


「そんな方法があるんですか!?」


 思わずそう、口を挟んでしまう。


「なんだ、朧家の恋人がいるのにそんなことも知らんのか?」

「え? あ、僕は魔法を使うので・・・・・・」

「そうか、気の感知ができないのか。興味がないというのが正確かな」

「ええ、まぁ」


 いや、興味はあるんだけどね。

 てっきり気と筋肉に直接の繋がりは無いと思っていたのだけど。

 へぇ、じゃあマッチョの瞬牙流は気を付けた方が良いのか・・・・・・。


「卿人卿人」

「うん?」

「それ迷信」

「マジで?」

「マジで」


 こそこそと耳元でささやいてくる雪華。


「多分お父さんとこの人だけだよ、おばあちゃんが言ってた」

「思い込みとは恐ろしい・・・・・・」


 だが思い込みでも実現してしまったなら真実なのだろう。

 俺と雪華がこそこそやってるのも気にせず、騎士団長閣下が話を続ける。

 

「ラフとも、ふたりで戦ったのか?」

「いいえ、僕だけです。その時丁度イランド閣下と一緒にいたので・・・・・・」

「ああ済まない。興味が先立ってしまった」

「いえ・・・・・・興味ですか?」

「うむ、君がラフを倒したと知った時は驚いたんだ。毒で狂わされていたとはいっても、あのラフを倒すのは並大抵の者では不可能だ。君が単独で倒したとなると・・・・・・ふむ」

 

 なにやら考え込んでしまった。


「十三郎は息災かな?」

「おかげさまで。父とはお知り合いだと聞いております」

「ああ、カウンターのブロウといえば10年前は知らぬ者はいなかったぞ」

「だっさ!」


 思わず叫んでしまった。

 カウンターのブロウて!

 カウンターブローとジュウザブロウ掛けてあるけど、まんま過ぎない!?


「そう言ってやるでない、お前の父親も凄かったぞ。どんな相手でも反撃で一刀のもとに切り捨てていく様は恐ろしいものがあった」


 とは門倉さんの言。


「十三郎の息子であれば成る程。君もカウンター使いか」

「正確には盾使いです」

「あの奇妙なメイスも盾か。弐重盾ツヴァイシルテの卿人だな」

「やめてくださ」

「かっこいい!」

「そうします」

「おぬし・・・・・・」


 門倉さんが呆れた表情でこっちを見てくるが知らん。

 なんとでも言え。

 雪華にかっこいいと言われて舞い上がってるんだよ!

 

 ううん、俺もチョロいなぁ・・・・・・。

 

騎士団長はムキムキですが酒を飲みます。

ザルです。

コワイです。


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