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待雪草は誰がために咲く  作者: Ncoboz
第一章 転生~幼年期
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第20話 騎士団長

ユニリアの王都は水路が多いイメージです。

ネルソーは海と河川を利用した港湾都市なのに対して、

王都は山からの河川を利用した造りになっています。

 港湾都市ネルソーでの果国貴族殺害未遂事件から数ヶ月後。

 ユニリア王国王都ユニリア、商業ギルド本部は事実上解体された。


 門倉はその力とコネのすべてを使ってギルドを内側から瓦解させた。

 恐ろしいのは王都内にいるはずなのに、その原因が門倉にあると全く疑わせずにやり遂げたことだ。

 

 銀髪美女秘書のベリアも付いてきていたが、ただ身の回りの世話しかしていないように見えた。

 だが実際は蜘蛛の糸の様にさまざまな策をめぐらせていたのだ。

 恐るべき人心掌握術と情報の秘匿の巧みさである。


 やがて商業ギルド本部は平ギルド員の内部告発という形で解体に至る。

 

 ユニリア王の命により幹部は軒並み逮捕。

 ギルドマスターは地位剥奪の上謹慎となった。

 

 新しいギルドマスターには。


 門倉伊助(かどくら いすけ)が就任した。


「何故手前が!? 問題になるとは思われないので!?」


 門倉の問いにユニリア王は意地の悪い笑みを浮かべていた。


 突然王から呼び出された門倉は、謁見の間で王の前にいた。

 王の脇には騎士団長以下数名と高位文官が控えている。

 他に貴族はおらず、まだうちうちの話であることが窺える。


「門倉よ、貴様は我がユニリアに害をなす気があると?」

「滅相もない! 王には恩義こそあれ、そのような恐ろしい事など!」

「ならば良いではないか、そなたの腕は先代から良く聞いておる。余も、そなた以上の適任はいないと思っておるし、大臣の太鼓判付きだ。何か問題があると申すか?」

「問題も何も果国人が王都のギルドマスターでは示しがつきません!」

「そこはそれ、ユニリアにも新しい風を吹かせる必要がある。実際ユニリア人だけで構成されておった商業ギルドは腐っておったのだからな?」

「ですが、手前が重用されるというのは・・・・・・」


 門倉にしてみれば恩返しである。いくらギルドマスターになったらユニリアは果国の属国になるぞと嘯いていても、そんなつもりはさらさらない。


 ないが、だからと言ってギルドマスターになるならないは話が別だ。

 

 ユニリア王はわざとらしく悲しそうな顔を作り、さも残念そうにかぶりを振る。


「そうか、では仕方ない」

「解っていただけましたか」

「ああ、ではそなたがこの一連の騒動の発端だったと公表するしかあるまい」

「……は?」

「ユニリア王国騎士団副騎士団長を殺害。商業ギルド幹部アサムに責任をなすりつけ、商業ギルドを裏から掌握。ユニリア王国を果国に売り渡すため商業ギルドのギルドマスターに無理矢理就任するつもりだったと、そんな噂が流れてしまうだろうな」

「お、王よ、お戯れを・・・・・・」

「いやな、何が起こったのかを明確にせねば貴族連中に示しがつかん。そなたがギルドマスターになってくれれば果国人でも国交開始時からの貴族ということもあるし、余と大臣の推薦ということで比較的穏便に済むのだが、他の者ではなぁ。この騒動に何か理由を付けなければならんのだ、いや困った」


 そんな噂が流れれば瞬く間に果国まで届くだろう。

 帝の耳に入れば心を痛められるだろうし、多大な迷惑を掛けることになる。


「なに、今のは余の稚気よ、流せ。余は本当にそなたに力になって欲しい。果国との貿易はこの国の人間だけでは無理だ。事実、今のユニリアは果国を軽視する傾向にある。時の流れとは恐ろしいものよな」


 百年程前の戦争など、今の時代のものからすれば遠い昔の出来事。いくら歴史書が真実を伝えていようとも、今を生きる人間には実感が伴わず、たかが島国とないがしろにしてしまうのだ。今でも果国人の強靱さは些かも衰えてはいないというのに。


「門倉。力になっては、くれまいか? この通りだ」


 王は、頭を下げた。


「おやめください! 隣国の、たかがいち貴族に王族が頭を下げるものではございません!」


 周りのものが止めるより早く、門倉は叫んだ。

 慌てつつも門倉は内心舌を巻く。


 王はわざと頭を下げたのだ。

 果国との戦争で教訓を得た騎士団はともかく、文官連中には果国を良く思わないものがいる。

 それらに対して牽制をしたのだ。

 果国と言う国は扱いを間違えればとんでもないことになるぞ、と。

 これが他国の騎士団ならば何を弱気なとなじっていただろうが、そんな騎士はこの場にはいない。

 果国がいかに恐ろしい国か、直接戦った歴史を持つ騎士団にはよくわかっていた。

 

 騎士団が何も言わない以上、このことに対して文官達が言えることは何もない。

 つまりこの国の文官達は優秀だと言うことだ。

 感情とは別に事実を受け入れることが出来ている。


「もし今戦争をしたら果国も苦戦するでしょうな」

「して、返答は」


 重鎮に何も言う暇を与えず、ユニリア王は門倉の挑発ともとれる発言を無視した。


「謹んで、拝受いたします」


 門倉は恭しく頭を下げた。


 こうして門倉は正式にユニリア王都商業ギルド本部ギルドマスターに就任したのである。


 その後、別室でいくつかの確認事項や予定などが話し合われ、門倉が王城を後にしようとしたところに廊下で声を掛けられた。


 ユニリア騎士団団長。オルド・ジョハス・エルリックだ。

 燃えさかるような紅い髪。同色の瞳。岩のような厳つい顔に強い笑みを浮かべている。筋骨隆々の身体は巨大なプレートメイルに包まれ、その様は山のような威圧感を与えてくる。腕には喪章が付けられていた。

 昔から互いに顔見知りであるし、付き合いも長いがさほど親しくしていたわけでもない。

 騎士団と商人では当然と言えば当然なのだが。

 侯爵相当の貴族でもあるが、イランドと同じく領土は持っていない叙勲騎士である。


「これはエルリック卿。手前に何か?」

「門倉卿、卿はイランド(ラフ)を殺った者を知っているそうだな?」


 挨拶もなく単刀直入である。

 この騎士団長は格式張った挨拶を嫌うが、それにしても物騒な物言いである。


「これは異な事を。十三郎めならエルリック卿もご存じでしょう?」


 卿人の父親、十三郎はエルリックとは顔見知りだ。

 表向き、副団長イランドを止めたのは卿人の父親である十三郎という事になっている。

 もちろん卿人がしたことは正当防衛であり、イランドの部下も卿人が上司の名誉を守った事は分かっている・・・・・・。

 だが、平民が副騎士団長を殺害したという事実は、問答無用で極刑に値する。


 そこで十三郎は息子では無く、自分がやったことにした。

 自らの危険に対する対処したのであり、そしてそれが不可抗力であるという証明が出来ており、さらに今回は騎士団の口添えもある。そのため罪には問われる事はまず無いだろうという判断からだ。

 元ランクA冒険者というのは自分の危機に限定してだが、貴族相当の権利を有する。

 王国に対する卿人の隠れ蓑としては最適と言えた。


 なので門倉はとぼけたのだが・・・・・・。どうかぎつけたものか、エルリックはそうではないと見抜いたらしい。笑みを浮かべてはいるが、その笑顔がただの笑顔なのか、それとも獲物を見つけた猛獣の笑みなのか。歴戦の商人である門倉にも判断がつかなかった。


 この男の雰囲気が否でも応でも猛獣を連想させてしまうのが悪いのだが。


「ごまかすな。氷漬けで帰ってきたラフはメイスでやられていた。十三郎なら剣を使うはずだ。ラフの部下からも話は聞いたが、どうにも怪しい。俺の知る奴の姿と一致しない」


 伊達に騎士団長をやっているわけではない。

 頭も恐ろしく切れるし、人を見る目も持っている。


「慧眼ですな」

「ハッ! 私が慧眼ならラフは死なずに済んだよ」

「商業ギルドがそれだけ狡猾だったと言うことでしょう」

「慰めは良い、それより真にラフをやった奴に会わせて欲しいのだ」

「何故です?」


 門倉の目が鋭くなる。

 孫のように思っている卿人を猛獣に差し出すような真似はできない。

 場合によってはギルドマスターの話を今から蹴る覚悟も出来ている。


「そんなに警戒しないで欲しい。別に取って食う訳ではない」

「ならば尚更ですな。何故です?」

「騎士団とラフの名誉を守ってくれた礼を言いたいのもあるが、単純に興味がある。もちろん礼はしよう。だがそれ以上に、剣術では私に引けを取らなかったラフが、どんな奴に負けたのか知りたいのだ」


 門倉はエルリックの顔をじっと見る。

 嘘を言っているようには見えない。

 商人としてのカンも、偽りではないと告げている。


 だが。


 卿人の姿を見た時。

 卿人が何を思ってイランドを殺したかを知った時。

 この男が卿人に害をなすことはない。

 とは言い切れない。


 どうしたものか・・・・・・。


「なるほど。その者は卿にとって余程大事な人物と見える」


 表情には出さないがほぞをかんだ。

 もう少しはぐらかすべきだったか。

 この男の真意を見抜こうとして逆に見破られてしまった。


「心配無用。ユニリア王の名にかけて、騎士団長オルド・ジョハス・エルリックは何があろうとその者を害さぬと誓おう」

「そこまで言われて断ってしまっては、逆に失礼になりましょうな」


 ため息をひとつ。

 王の名を出した以上、卿人に直接害が及ぶことはないと判断する。


「では?」

「名前は九江卿人と申します」

「ケイト。女か?」

「いいえ、男ですな」


 果国人の発音は大陸の人間には難しい。

 慣れなければ家名と名前もよく間違える。


「九江家の者か。十三郎の親戚かな?」

「十三郎の息子です。いま10(とお)ですな」

「10歳の子供!? ラフは子供にやられたのか! ますます興味がわいてきた!」


 そうであろうよ。

 門倉はそう思いつつ、後を続ける。


「手前にとって孫のような存在でしてな、とても可愛がっております」

「ほうほう、で、今どこにいるのかな?」

「王都に、社会勉強として出てきております」



 やっぱ王都の武防具店は品揃えが凄いなぁ・・・・・・。


 九江卿人おれは王都の武防具店でぼけっと装備品を眺めている。

 門倉さんが連れてきてくれたんだけど、受付になにやら話しかけたら椅子が出てきた。

 ちょっと待っておれ、と門倉さんは王城に向かっていった。


 店のチョイスが的確すぎる!


 店内がよく見える端っこの方に椅子が2脚ならべて置かれ、そこに雪華と座っている。


 ワンガス武防具店の倍以上の広さで、そこに所狭しと武器やら防具やらが並べられている。

 質はまちまちで、粗悪品は無いが普通の品から最高品質の物までそろっている。

 ネルソーのワンガス工房製の物も置いてあり、何となくだがホッとした。


 昼間だが客はいない、おそらく上流階級が買い付けに来るような店なのだろう。


 俺たちが何で王都にいるかと言えば、門倉さんの付き添いである。

 ウチをさんざん引っかき回してくれたアサムの所属する商業ギルドが解体されるらしくて、その事後処理を行う護衛兼社会科見学兼旅行、ということらしい。

 実際の護衛は冒険者の方達なんだけど。

 

 実は王都に来るのは始めてで、あまりの広さにお登り外人みたいになってしまった。

 前世のような高層ビル群があるわけでは無いけれど、歴史で習った中世そのものの町並みには圧倒されるものがあった。

 教会とか入ってみたいなぁ。あとで雪華に一緒に行かないか聞いてみよう。


 ちなみにその雪華はいつも通り俺に寄りかかって寝ている。

 椅子に座っている分いつもよりか幾分楽だ。


 王都のお店だけあって? 武防具店で戦争用の物も売っている。

 パビスとか初めて見たぞ・・・・・・。


 ・・・・・・すばらしい。


 とても、とても良い。


 地面に打ち付けられ、自らが朽ち果てるまでその場を死守するという気概がうかがえる。

 この盾に守られた弓兵は相当の安心感が得られるに違いない。

 作りも良い。鍛造された鉄はおそらく最上級。

 角度さえ正しければ銃弾すら跳ね返すだろう。

 一個の芸術品とさえ見える。


 必死に顔の筋肉が緩むのを抑える。

 ここはワンガス武防具店では無い。

 にやけたりしたらいくら門倉さんの紹介といえど追い出される。


 だが。

 雪華の体温と呼吸を感じながら盾を眺める。

 至福の時。

 これ以上の贅沢があろうかいや無い!


 俺は今すっごい難しい顔をしているのだろう、店員さんが怪訝な顔でこちらをチラ見している。

 

 俺が顔面の筋肉を総動員して必死に制御していると、不意に雪華がぱちりと目を覚ました。


「卿人、何かすごいのが来る」

「え? 凄いの?」

「うん、お父さんと同じくらいの気を感じる・・・・・・」

「そりゃ穏やかじゃないね。魔王でも出たかな?」

「ごめん、軽口につきあえない」


 雪華は素早く立ち上がり、入り口の方に向けて構えをとる。

 厳しい顔つきで、冷や汗まで流している。


 おいおい魔物と遭遇した時でさえこんな反応はしないぞ?

 暁華さんと同等って・・・・・・。

 何が来るっていうんだ?


 俺も入り口の方を警戒する。

 扉を開けて入って来たのは、岩山だった。


 いや人なのだけど。

 圧が凄い。

 ユニリア王国騎士団のシンボルが入った鎧を身につけているので騎士なのは間違いないのだが。


 燃えるような紅い髪はさながら山火事のようになびいている。

 背中に板と見間違えんばかりの巨大な大剣を担いでいて、どうやって振り回すのか甚だ疑問だ。

 

 岩山は俺たちをロックオンすると、どすどすとこちらに歩いてきた。

 敵意は無いみたいだけど・・・・・・。


 雪華が身を固くする。


「雪華、大丈夫だよ」

「・・・・・・うん」


 騎士と解って構えは解いたが警戒はしているのだろう、眉根を寄せている。


「これはこれは騎士団長閣下! 本日はどのような御用向きでしょう?」


 後ろから店員さんが声を掛ける。


 騎士団長!?


 慌てて跪く。

 いやまてや、なんで俺たちの方に?

 ユニリア王国騎士団長、オルド・ジョハス・エルリックといえば侯爵相当の地位を持つ重鎮。王国では大臣以上の発言力をもっているという。

 俺のような平民が顔を見て良い存在じゃない。


「待て待て(かしづ)くな。おい店主、折角好印象を持って貰おうとしていたのに台無しにするな」

「も、申し訳ございません!」


 すでに失敗しております騎士団長閣下!


 見た目を裏切らない野太い声だが、不思議と不快では無い。

 ただし圧が強すぎる。


「おう、そこの、お前が九江卿人だな」


 名前まで知られている。

 ええと・・・・・・イランドさんの件かな?

 だとすると、困ったな。

 俺はあの件に対する言葉を持ち合わせていない。

 何を言ってもいい訳にしかならないし。

 

「はい、九江卿人です、こっちは朧雪華」


 正直、最上級貴族に対する礼儀なんてしらないし、どう対応して良いか解らない。

 しょうがないから普通に敬語で話すしかない。


 俺の紹介にぺこりと頭を下げる雪華。

 緊張しているみたいだけど、とりあえず警戒は引っ込めてくれたみたいだ。


「ほう、朧・・・・・・私はオルド・ジョハス・エルリック。君たちを我が邸に招待したいのだが、どうだ? むろん、門倉殿も一緒にだ」


 騎士団長の低姿勢な物言いにびっくりしたけど、門倉さんの身内という扱いなのね。


「喜んでお受けいたします。ほら、雪華も」

「お受けします。ありがとうございます、閣下」


 わっはっはと豪快にエルリックさんは笑った。


「微妙に殺気が漏れておるな、娘よ」

「え!?」


 マジか!?

 全然解らなかった!

 

 雪華をみればこっちを見て舌を出していた。

 ばれちゃった? って?

 やめてくれよ。とアイコンタクトしておく。

 さっきまで超警戒してたじゃないか・・・・・・。

 格闘家の性が顔を出したな、強い奴と戦いたい系の。


「良い、私もラフと同じだ。子供相手に不敬だとは思わん。表に馬車を止めてある、ついてきてくれ。店主! 騒がせたな、また来るぞ」

「はい、またのご来店をお待ちしております」


 店主は深々と頭を下げた。


 エルリックさんに連れられて店を出る。

 馬車の外では門倉さんが出迎えてくれた。


「本当はワシが行く予定だったんだが、エルリック卿に押し切られてな」

「いやなに、私を見てどんな反応をするかを見たかったのだ、許せ」


 またもや豪快に笑うと馬車に乗り込む。


 なんだか、とっても自由な方だな。


 こうして俺たちはエルリックさんの邸に招待されたのだった。 

 

次回:虎口

虎の目の前に差し出された卿人君の運命はいかに!?

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