第2話 魂
ブリーフィング終了まで
強烈な光を感じて意識が覚醒する。ふわふわと浮いているような、水の中に沈んでいるような。不思議な感覚。
まぶしさに手をかざそうにも、そもそも身体の感覚が無い。
って何これ? あれ? 俺はどうなった? なんだここ?
訳の分からない事態に慌てていると。光がより強まった。
「ああ、目が覚めたみたいだね。おはよう」
男とも女ともとれる声が響く。というより直接中に入ってくる感じが近いか。ますます焦る。
「焦らないで、まずは自分のカタチを意識しよう。きみは誰で、どんな姿だった?」
訳が解らないが、いまはこの声に従った方が良さそうだ。ひとつひとつ、確認していく。
俺は、九江 卿人。高校3年・・・・・・は卒業して大学生になった。身長175cm 65kg ウルフカットのややイケメン。うん、何となくイケメンの、はず。軽薄そうに見えるって言われたことがあるから不細工ではない。ないはず!
「君のこだわりは解ったから早いとこ進めてくれないかな。時間は気にしないで良いけどボクは早く君とお話がしたいんだ」
怒られた。というか考えてる事だだもれなんですか!?
「うん、いまの君はダイレクトに思考が浮き出ている状態だ。ガワが無いから」
Oh・・・・・・ちゃんとしよう。落ち着いて自分を形作ってゆく。四肢が形成され、身体が出来ていくのが解る。そして、ゆっくりと目を開いた。
「流石は■■■■■■。再構成が早い」
こんどはちゃんと耳を通して聞こえた。辺りを見回す。極彩色の星々がちりばめられた、昏い宇宙空間? のようなところに大理石のようなもので出来た10畳ほどの足場だけがある空間。
「うおお?」
ちょっとびっくりする。え? 何? 異次元?
「まあまあ、落ち着いてくれ。まぁ、そうだね、ここは死後の世界って言ったらわかりやすいかな?」
「俺は、やっぱり死んだのか」
「うん、君は山中で餓死、だ。死体は野生動物に食われてしまって残っていない。だから君の精神をここに呼び寄せたんだ。」
「うへぇ・・・・・・」
ろくでもない死に方をしたものだ。ここで初めて声の主に目を向ける。いや、目を開けた時に視界に入ってはいたのだけど、それを声の主として認識できなかったのだ。
淡い光を放つ人型。端的に言うとそうなる。輪郭ははっきりしているのだけど、目鼻口髪は無く、全体が真っ白なのだ。裸のマネキンという感じ。割に生物的な気配も漂わせている。
「ごめんね? ボクはもう自分の姿を忘れちゃって。君の輪郭をなぞってるだけなんだ」
「へぇ、ってやっぱり心の声がダダ漏れなんじゃないか!」
「いや、君が今思っている事が解るだけだよ」
「十分いやだ。やめてくれ」
「善処する」
それは肩をすくめる仕草をした。自分の姿を忘れた割には随分と人間くさい。
「ああ、呼び名がないと不便だよね。ボクのことは意思とでも呼んでくれ」
「神様ってことか?」
「いんや、そんな大層なモノじゃない」
そうは言けど・・・・・・。俺の精神を呼びつけたみたいなことを言っていたし。すごい存在には変わりないんじゃないか?
「順序だてて話そうか。君に有益なのは間違いないから」
居住まいを正す意思。確かに今どんな状態なのかを知っておく必要があるのは間違いない。「何で」はそのあとでもいいだろう。それこそ、なんで呼び出されたのかとか。
「まずはのボクの事かな。ボクは・・・・・・なんだろう?」
「嘘だろ!?」
頭上にはてなマークを浮かべる姿に思わず突っ込みを入れる。
「いやいや、混ぜっ返したい訳じゃないんだ。簡単に説明するのが難しいんだよ。そうだねぇ。いちばん手っ取り早く言うなら元人間、かな」
「えぇ」
胡乱な目つきで見やる。こんな力をもった元人間とかどんな冗談だ。
「ホントだよ? なぜこんな姿なのかは聞かないでくれ。長くなるんだ」
「わかった。理解しておきましょう」
「・・・・・・まあいいや。とにかく長い時間ボクはここにいる。そうすると楽しみがなくて。言い方は悪いけど映画を見る感じでヒトを観察してる」
いろいろ突っ込みたいことはあるが黙って聞くことにする。
「ボクはね、昔からハッピーエンドが大好きでさ、いや、違うか。多分正確にはバッドエンドが嫌いなんだ。主人公やヒロインが途中で死んだりとか精神崩壊とかされるのはどうにも好きじゃない」
「俺は好きだけどな、悲劇も、喜劇も。物語の一つだろ?」
「そうだね、そう思えるなら良いんだ。それを否定するつもりはない。でもボクにはそう思えないんだ。我慢がならない。そして」
つい、と俺の方を指さす意思。
「君の死に方は明らかなバッドエンドだ。さすがに見過ごせなくなって介入させてもらった。といっても手遅れではあるのだけどね」
「はぁ」
いまいち要領を得ない。
「で、君の話になる。ボクは君を見ていたわけじゃない。君のそばにいたお友達に健一郎って男子がいたでしょ?」
「親友だよ」
迷わず答える。あいつほど良いやつはいない。あんなやつだからこそ、学園のアイドルを射止めることが出来たんだから。
「そう、その親友を見ていたんだ。彼は特別な存在でね、ボクは仮に特異点と呼んでいるんだけど、そういう存在の周りには必ず大きなイベントがおこる。そしてそういう存在をボクは感知することが出来る。学園祭では際だった指揮をとっていただろう?」
「ああ、すごかった。世が世なら大軍を操る軍師になってたんじゃないかと思った」
「実際、彼は大学でベンチャー企業を立ち上げようとしていたよ」
「おお!」
我が親友の事ながら嬉しくなる。残念なのはその企業に俺が参加でき無かったことだ。
「感動してるところ悪いんだけど、君をあんなむごたらしい死に追いやったのは、彼だ」
「・・・・・・はあ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。んな訳あるか! 健一郎だぞ!?
「いい加減な事言うなよ! あいつがそんなことするわけ無いだろ!?」
親友を愚弄されるのは我慢ならん!
「ごめん、言い方が悪かった。正確には彼の能力だ。特異点という存在はそうとは知らずに何かしらの能力を持っている。彼の場合は他人の運を吸収して分配する能力。つまりはみんなを幸せにする能力だね。彼くらいの善人ならバッドエンドにはならないだろうと思ってね、見ていたんだ」
急にファンタジーになった! そんなこと信じられるわけがな・・・・・・今の状態が充分ファンタジーだったわ。健一郎に一通りオタク知識を入れられてたから何となく理解してしまう。みんなを幸せにする能力か、お人好しのあいつらしいと言えば、そうかもしれない。
「それで、ここからが問題でね、彼の能力は総運量を倍増して再分配するのが本質なんだけど、なぜか君から集中的に運を吸い上げてしまったみたいでね。その結果、君は」
「解った、もういい」
意思の言葉を遮って考える。まずこいつの言っていることが本当かが問題なんだけど。嘘を言うメリットもないし。つうかまだ具体的に何をするのか聞いてなかった。
「止めてすまなかった。それで? あんたは俺に何をさせたいんだ?」
まぁまぁ、と手振りで示す意思。む、確かに今のは俺も余裕のない質問だった。
「今回君を呼び出した、というか呼び出すことが出来たのは、君もちょっと変わった存在だから。普通の人間は、ほいほいここに呼び出すことなんか出来ないんだ」
「俺が?」
いやいや、それこそ俺は完全な一般人だけど。
「いやいや、君は強い魂を持っている。いろんな世界を見てきたけど、どの世界でも君に似た人物がいた。君は、そういう存在なんだ」
「輪廻転生説か?」
「近いね。だからボクの呼び出しに耐えうるだけの精神を持っていたんだ」
「へ、へえ」
かなり危ない橋を渡ったんじゃなかろうか。あ、でも死んでいたんだから関係はないのか?
「そうだね、魂と切り離された精神は拡散してしまうから。ボクが呼ばなければいまの君は消えていたよ」
そうか。だいぶ運が良かったんだな。ってさっきから俺の心読まれまくってるじゃないか。まあいいや、スムーズだし。
「割り切るの早いねぇ」
「死んでるからかな。自棄になってるのかも」
「・・・・・・君はすごいね。普通自分が死ぬとなったらもっと怯えるか泣き叫ぶかするんだけど?」
「生きてるならまだしも死んでるしね。さぁ、いい加減話してくれ。俺は何をしたら良いんだ?」
さっきからいらいらしてるのは話が全く見えないからだ。俺に何かをさせようというのはわかる。でも意図が全く見えない。
「わかった。だらだらと説明したのは謝るよ。なに、簡単なことだ」
こちらに挑むように。その声は厳かに響いた。
「君を転生させる」
「え!? できるの!?」
そこについてはすっかり諦めていただけにものすごく嬉しい。
「できるよ、ただし元の世界で生き返る訳じゃない。身体がないしね」
ああ、そうか。喰われたんだっけ・・・・・・。
「だから次に君の魂が巡る世界に、君の精神を定着させる」
「それ平気なのかよ・・・・・・」
本来その世界に生まれて何も知らずに育つはずだったんだろ? 流石に罪悪感があるんだけど。いいのかな。
「大丈夫。元々君の魂だ。問題無いよ。だから君は今までの記憶を持ったまま転生できる。本来なら同じだけど違う自分が生まれるはずが、今と全く同じ自分が生まれるだけだよ。環境は全然違うけどね」
「お、おう」
なんだか少し抵抗があるけど・・・・・・。あんな死に方をしたんだからやり直すことが出来るならこんなに嬉しいことはない。
だけど、これだけははっきりしなきゃならない事がある。
「意思は俺に何を期待してるんだ? 意思のメリットは?」
「最初に言わなかったっけ? ボクはバッドエンドが嫌いなんだ」
意思 は腕を組んで答える。
「だから君には幸せになって欲しい。あんなむごい死に方を見せられたボクの身にもなってくれ。嫌なんだよ、本人の因果と関係ないところで不幸が降りかかるのは」
鼻息荒く話す意思の姿に、俺は好感を覚えた。こいつは本当にバッドエンドが嫌いで、我が儘を言って俺を転生させようとしている。元人間だと言うのが真実なのだと、妙なところで納得してしまった。
理由は暇つぶしかもしれないが、俺の身を本気で案じてくれているのは感じられた。
「わかった。期待に添えられるかわらないけど、精一杯生きることを約束するよ」
「頼むよホントに。ああそれから、勝手に呼び出して勝手に転生させることに対してのお詫びだけど」
「いいよそんなの。転生できるだけでもめっけものなんだから」
「ならこればボクからの餞別だ。お節介だと思って受け取ってくれ」
自分のやってきたことを振り返って、そう言われては断りにくい。俺もお節介は大好きだから。
「まず、君を転生させるにあたって好きな能力を付けてあげよう、何が良い?」
「そう言われても。どんな世界に転生するかも解らないのにどうするんだよ?」
「剣と魔法の世界」
「マジか!?」
ちょっとテンション上がるなそれ! いやー夢が広がるわ。となるとなにがいいだろう。いろいろあって悩むわー。
「存分に悩んでくれ。ちなみに君が望むなら最強チートハーレムも可能だよ?」
「いらん」
「おや? たいがいの男子なら垂涎の能力だと思うけど?」
「最強チートとか制御できずに自滅する未来が見える。ハーレムとか絶対贔屓の娘が出来て平等に愛せず自滅する未来が見える」
「うん、現実的で実につまらない」
「うるせえよ。俺は慎重派なんだ」
「びびりめ」
「うるせえよ!」
実際びびりなんだよ! とりあえず自分好みの能力をいくつか提案したところ、すべて大丈夫だというのでありがたくもらっておくことにした。
今度は自分で納得できるようにするために。
自分で手に入れた力でどうにかできるように。
「しかしどれも地味だねぇ、派手さがない。直接効果が出るものがほとんど無いじゃないか」
「良いんだよ、トラウマを潰す方向に走ったんだからいいだろ?」
「そうだね、直近で起こったことだから、まあ解るかな。努力じゃどうにもならない部分を補うんだね。ああそれから」
まだまだサービスしてくれるらしい。
「君と同じ、魂の強い人間が近くにいる。女の子だね。その娘と恋仲になるもならないも君次第ってこれは余計か。でも相性はすごく良いから仲良くしておくことをお勧めするよ」
「解った、何から何まで有り難う」
「ボクのためだよ。最後に、残念ながら今から送る世界には健一郎君はいない」
「・・・・・・そうか」
「じゃあ、今から君を転生させる。もう君と直接会うことはないと思うけど、ボクは見てるからね。頑張って」
そう言って俺に手をかざす。すう、と意識が遠くなっていく。
落ちる寸前に俺が見たのは意思がこちらに手を振っている姿だった。
次回からいよいよ異世界!
幼年期からのスタートです