第17話 断罪
この世界のやどは防音設備がないので自前で用意します
「ヒッ! ヒヒッ! やった、やってえ、やった!」
宿の一室で引きつったような笑みを浮かべる男がひとり。
アサムだ。
通信は切れてしまったが、あの状況はイランドを仕留めたと確信していた。
予定外と予想外がいくつもあった。
ギルドマスターが果国の貴族だったこと、九江十三郎が強情だったこと、ギルドマスターが大臣と繋がりを持ち、通信魔道具を持っていたこと、自分が解任されたこと・・・・・・。
だがそのすべてを無かったことにしてやった。
アサムがネルソーまでやってきた本当の目的を達成したのだ。
副騎士団長を処理することだ。
買付金のネコババなどついでに過ぎない。
何かしらトラブルを起こして副騎士団長イランドに責任をかぶせ、騎士団の力を削ぐことこそ、ギルドからアサムに与えられた使命だった。
予定外が続いたが、幸運なことに邪魔になりそうな連中が全てまとまってくれ、このために与えられた通信魔道具をライツに渡し、イランドに張り付かせていたおかげで一度に全てを片付ける事ができた。
ライツの言葉から時間稼ぎだったのはあきらかだし、毒が回ればイランドは周囲の人間を皆殺しにするだろう。
王都騎士団副騎士団長である。元冒険者と少し強いとはいえ子供ふたり程度なら苦も無く殺害するだろう。イランドは腕で副団長まで上り詰めた人間だ。間違っても遅れはとるまい。
あとはイランドが獲物を求め店を離れたのを見計らい、手の者を使って証拠を隠滅してしまえばよい、イランドが力尽きて死ねば何も残らない。
今夜起きたことをすべて奴めに押しつけ、堂々と帰ればいい。
なに、多少拘束されようが証拠は無い、ギルドマスターも死んでいる。真実を知るものはひとりもいないのだ。
そして九江魔法道具店があの状況では魔道具を持って帰れずとも責任は問われない。
手形の換金は出来ないだろうが、帰れば出世が待っている。
アサムは顔が緩むのを止めることは出来なかった。
実際は卿人がイランドを止めてしまったが。
十全な状態ならイランドが卿人に遅れを取ることは無かっただろう。
そもそもイランドは変幻自在の太刀筋と緩急で相手を追い詰める技巧派だったのだ。
だが狂戦士化した状態では常に全力で剣を振るってしまい、イランド自身の持ち味は完全に失われる。
直線的な全力の太刀筋を2回も卿人に見られてしまったのだ。
卿人にしてみれば後は合わせるだけという状況。
さらに彼の太刀筋は狂戦士化してもなお、正確だった。つまり、至極合わせやすいということ。
防御とカウンターに優れた卿人には、訓練された狂戦士という相手は格好の獲物である。
結果、イランドは斃れた。
そうでなくても毒が回るのがもう少し早ければ十三郎が、遅ければ暁華が倒していただろう。
どのタイミングだろうとアサムの企みがすべて達成されることは無かったが、ある意味、アサムは卿人に致命的とも言えるダメージを与えたのである。
そしてもうひとつ。アサムは思い違いをしていた。
アサムは捨て駒にされる。
今回の件がどうなろうと、アサムは責任を取らされギルドを追放される。
そもそもすでに大臣にまで話が通ってしまっているのだ。
イランドが乱心した結果になるとは言え、王命と手形を利用した事実をギルドはアサムにすべて押しつけて切り捨てる腹づもりだ。
アサムの無能っぷりはギルドでも持て余していたのだから。
しかもイランドの排除には成功したものの、他はすべて失敗している。この後アサムを切ったとしてもギルドへの追求は免れない。騎士団の名誉は守られ、騎士団内でギルドの息のかかった者は排除されるだろう。
致命的なのは果国人の貴族殺害未遂の容疑までかかってしまっている。
アサムが生かされる理由は無くなっているのだ。
「ククク、手駒を失ったのは痛いがまぁいいだろう。私にはさらなる繁栄が約束される」
そんなことも知らない、いや計算の出来ないアサムは皮算用に余念が無かった。
とんだ皮肉である。
宿は白鯨亭ではなく、商業区の端の安いぼろ宿だったが身を潜めるには丁度いい。
贅沢なアサムにはきついが、我慢して朝まで騎士団に見つからなければ勝ったも同然である。アサムの頭の中では決して達成されることの無い計画が組み上げられていた。
そうして日付も変わろうかという時刻、扉がノックされた。
「アサム様。戻りました」
配下の者だ。
大方イランドの部下を排除したとかそんな報告か、証拠の隠滅が完了したとかそんなところだろうと思ったアサムは尊大に入室を許可した。
「うむ、入れ」
扉が開かれると、配下は入り口で立ったまま入ってこない。
「どうした?」
怪訝な顔のアサムに対し、配下は青い顔でぶるぶる震えていた。
やがて意を決したのか、アサムに叫ぶ。
「アサム様! お逃げください!」
同時、配下の後ろからふたつの影が飛び出し、あっけにとられているアサムを両脇から拘束した。
「な! なんだ貴様らは!?」
「おとなしく付いてきてもらおう」
アサムを拘束した者は、灯りの中でも影のように見える黒装束を着ていた。
抑揚の無い口調にアサムは硬直する。
逆らえば殺される。
そう直感した。
なすすべも無く引きずられていくアサム。配下の後ろにも同様に影がひとり付いていた。口をふさがれている。
ロビーで店主に助けを求めようとするも、店主はこちらを見ようともせず、手元の大きな革袋の中身をにやにやしながら凝視している。
アサムはその表情に見覚えがあった。それこそ、自分は何度もあの顔を見てきたのだから。
あれは、買収された者の顔だ。
宿の外まで引きずり出されたアサムは、これまた影のように真っ黒な馬の曳く、真っ黒な馬車に配下と一緒に押し込まれる。
そこには自分の配下がすべて両手を拘束され、捕まっていた。
「な、何が起こっている?」
「私たちにも何がなにやら・・・・・・黒ずくめの者達に問答無用で押し込められて・・・・・・」
馬車に窓は無く、外の様子を確認することも出来ない。
そんな状況でがたがたと結構な時間揺られる。
ぐるぐる回っているのは、現在地を悟られないようにするためだろう。
戦々恐々としながら黙って到着するのを待つ一行。
たまに御者台の開閉式の窓から黒装束から鋭い視線を送られ、押し込められた者達は生きた心地がしなかった。
馬車が止まり、乱暴に引きずり出されると、そこは広い敷地の和風の屋敷だった。
アサム達は知るよしも無いが、ここは門倉伊助の個人邸宅である。
倉のような建物に連行されると、そこには門倉、十三郎、暁華が待ち受けていた。
「なんだと!?」
目を剥いて驚くアサム。暁華とは初対面だが他のふたりはイランドの手にかかっていたと確信していたのだ。
門倉はアサムを無視して黒装束の者達にねぎらいの声を掛ける。
「ご苦労、主に宜しく伝えておいてくれ」
「承知」
それだけ答えると影のように消え去った。
彼らは朧秋華の忍である。朧家は果国から流れてきたとはいえ、今でも果国で重要な位置にある家柄だ。
今でも忍の者が朧家に使えており、秋華はその主に当たる。
自由に動かせるのは秋華だけだが、いずれ暁華に引き継がれる忍達だ。
忍達が去ると、門倉はアサム達を一瞥し、口を開く。その口調は、天気の話でもするかのように気安い。
「さて、アサム殿。申し開きはあるかな?」
「何のことかさっぱり解りませんな」
アサムはしらを切った。相手がどこまで掴んでいるかわからない。ライツが話した内容も誰に指示されたかなどは喋っていない。無関係を装えばいいだけだと考える。
「だいたいなんですかな、宿で休んでいたのに急に連れ去られて、あなた方の前に連れてこられれば驚きもします。説明していただきたいですな、場合によってはギルドとユニリア王に報告しなければなりません」
「良く喋る男だな」
暁華が前に出て、肉食獣にも似た笑みを浮かべアサムの前にしゃがみ込む。
「いっそ舌でも抜いてしまおうか?」
アサムはその言葉と威圧感に身震いしたが、田舎者に馬鹿にされたという怒りが勝り、唾を飛ばして叫ぶ。
「なんだ貴様は! 無礼にも程があるぞ!」
「証拠は挙がってんだよ」
十三郎が通信魔道具を見せつけながらアサムに近づき、懐から魔道具を取り上げる。
「あっ! 何を!?」
「何をじゃねえよ。やっぱり捨ててなかったか。そうだよな、こんな高価なもの捨てられないよな?」
魔道具を起動するともう一方が共鳴して輝き、着信を告げる音が鳴る。
「こいつはあのライツとか言う騎士が持ってたモンだ。共鳴したってことはあんたは会話のすべてを聞いてたはずだよな? なら自分がすでに解任されたことも把握しているはずだ。違うか?」
「知らん! そんなもの今気付いたわ! 貴様が今取り出したんだろう!」
「ほう・・・・・・」
往生際が悪すぎる。この通信魔道具には管理番号が振られている。全ての通信魔道具は王都が管理しているため、調べれば持ち主はすぐに分かってしまうのに。もちろん、持ち出したのは商業ギルドの重役だが、名義はアサムになっている。
そんなアサムの様子に門倉は目を細めた。
「何にせよアサム殿、終わりだ。大臣は貴殿の解任を決定し、ギルドはそれを了承した。毒の出所も判明し、副騎士団長殺害の容疑もかかっておる。心配するな、買い付け任務の方は騎士団がやってくれる」
「知らん! でたらめだ! 私は何も知らない! 知らんのだ!」
「アサム様・・・・・・」
配下の者達は悟った。
アサムは本当に終わりだと。
この増長した商人は、責任を取る術すら忘れてしまったのだと。
王都に護送され、裁きの場に出されようと「知らん」と言い続けるだろう。
もはやアサムに付いていこうという者はいなかった。
「アサム殿を奥座敷にお連れしろ」
奥座敷といえば聞こえはいいが、この場合は牢屋の隠語である。
解任されたとはいえ、立場上はまだ王命を帯びた使いなのだ。
屈強な使用人両脇を抱えられ、アサムは未だ「知らん!」と叫びながらつれられていった。
後に残されたのはアサムの部下達。皆一様に絶望の表情を浮かべている。
「さて、この中であのアサムに付いていく者は?」
当然反応するものは無く、無言。
「ならばこの門倉伊助の下に付け、貴様らの罪は不問にしてやる。その代わり」
門倉は睥睨する。
「近く王都に向かう。貴様らは新しい商業ギルドの立ち上げに全力を尽くして貰うぞ?」
全員、がくがくと首を振る。諸々の疑問は差し置いても、この老人に逆らうのは得策では無いと判断したのだ。後ろにいるヤバそうなふたりもその反応を後押ししていた。
この連中は裏の仕事に慣れている。
もちろん門倉にもその手の人間はいるが、王都で十全に動けるかといえば不安がある、即戦力としては申し分なかった。
「もちろん働きの応じて報酬はある、今のギルドよりも厚遇を約束しよう。解っていると思うが、裏切りは死だ。いや、地獄行きだ」
ヤバそうなふたりから殺気が放たれる。
元最速ランクA冒険者と大陸最強の殺気である。
皆縮み上がってしまった。
全員を退室させ、3人だけになったところでようやく門倉は息をついた。
「まったく、とんでもないことをしでかしてくれたものだ」
日付も変わり、それも数刻過ぎた夜中である。
門倉の顔には疲労の色が濃い。
十三郎と暁華は平気な顔をしていた。
「おい、盗聴されたりしておらんだろうな? むしろ貴様らが裏切っておらんだろうな?」
「いくらじいさんでもそりゃねえよ」
「問題ない、他に人の気配は無いと保証しよう」
暁華の索敵能力は確かである、それこそ裏切り者でもいない限り平気だろう。
久方ぶりにめまぐるしく動いた門倉は非常に疲弊していた。
だがそれ以上に怒っていた。
「さんざん好き勝手しおってからに! 最早勘弁ならん。王都の商業ギルドは、潰す。危うく果国とユニリアの戦争になるところだった」
実際果国の代表とも言える門倉が暗殺されたとなれば、しかも王都の騎士団が関わっているとなれば本当にそうなっていただろう。
もはやアサムの無能だけで済まされる問題では無くなっているのだ。
アサムのような者を送り込んできたこと自体が問題なのである。
「さっきの冗談が本当になるかもな」
「ワシが王都のギルドマスターになる話か? まさか、やらんよ。先もいったがそんなことをすればユニリア王国は果国の属国になってしまう。そんな面倒な事は御免被る」
「果国で大陸統一出来るかもしれないぞ?」
「時間の無駄だ。したところで意味は無い。帝が考えるのは果国の民の安寧よ。現状で過不足は無い、領土を増やす煩わしさの方が大きかろう」
「そんなもんかねえ。平民には帝のお考えはわかりませんよって」
「貴様・・・・・・まぁいい。とにかくワシはやらん。ギルドに誰かいればそやつにやらせる」
といいつつ本心はユニリア王への恩返しだ。門倉はユニリア王への敬意は帝へのそれと同じものである。
「ところで・・・・・・卿人の様子はどうなのだ?」
心配そうな門倉の言葉に、十三郎は渋い顔だ。
「何とも言えないな。人を殺したのは初めてだ。覚悟以前にあいつは少し優しすぎる。最初はゴブリンですら倒すのをためらっていたほどだ」
「そうか・・・・・・乗り越えられれば良いが」
「今は三春が付いているが、どうかな」
「雪華はどうなのだ?」
「そのことなのだが」
暁華はためらう。
自分の気のせいであればいいのだが。と口ごもる。
「何だよ?」
「雪華はすぐに起き出してな。てっきり卿人につきっきりだと思ったんだが・・・・・・」
「煮え切らんな、はっきり言え」
「雪華は黙って寝ている卿人を見て首をかしげていたんだが、触れもせず自分の部屋に帰ってしまってな」
「雪華は、卿人を見限るかもしれん」
結婚してもいないのに離婚の危機です