第16話 はじめての
室内戦とか難易度高すぎませんか
「暗殺者です」
九江卿人はイランドさんにナイフを見せながら言う。
俺が取り押さえた人物は仕込んだ薬でも飲んだか、口から血を流して既に死んでいた。
・・・・・・くそ。
「ガットが暗殺者!? 馬鹿な! 3人共入団当初からの付き合いだぞ!?」
「この人はガットさんじゃありません」
死んだことで魔法が解けたらしい、顔が変わっていた。
「これは・・・・・・アサムの従者? ではライツも?」
「うがっ! この! 離せ小娘!」
「出来るならどーぞ」
雪華が倒したライツはうつ伏せに倒され、両手を後ろに回されて上から雪華に踏まれている。力ずくでどかそうとしているが、重心と気のコントロールで押さえつけられているため、軽いはずの雪華だがびくともしない。
「ぐっ! クソが・・・・・・。 イランド! 残念だったなぁ! 俺は本物だよ!」
「なぜ・・・・・・」
「なぜ? 俺はスパイだよ! 最初っからなぁ!」
なにやらべらべらと喋り始めた。
「騎士団の情報は俺が全部商業ギルドに流してやった! 上手く捕まらなかったのもそのせいだよ! 残念だったなあ!? お前らはアサム様をはめたつもりだっただろうが! 俺たちが逆にお前をはめてやったんだよお!」
愕然とした表情でイランドさんは立ち尽くしている。
「落とせ!」
「はーい」
親父の指示で雪華が脚にぐっと力を込めると、ライツは白目を剥いて気絶した。
親父はライツに近づき、懐の魔道具を取り上げる。
通信の魔道具だ。
即座に停止させる。
「全部筒抜けだったみてえだな・・・・・・だが閉門時間は過ぎている、逃げようにも街の外には出れないはずだ」
「十三郎、秋華の手の者は使えるか?」
「そうだな。雪華、秋華ばあさんに伝言だ。何人か貸して欲しいってな。それから暁華呼んできてくれ」
「うん、わかった!」
ダッシュで出て行く雪華。
秋華ばあちゃんの手の者?
「卿人、お前は暁華とここの警備だ、すぐに店締めるぞ。俺と三春は冒険者ギルドに行く」
「はい」
「ワシは一度商業ギルドに戻る。十三郎、今夜中にカタを付けるぞ」
「おう。卿人、そのうち衛兵が来るから死体はそいつらに渡しとけ、そこで伸びてる奴は・・・・・・」
「俺が運ぼう、弟子達に見張らせればいいだろう」
タイミング良く暁華さんが来て、ライツを担ぎ上げるとまた戻っていった。
「じゃあ卿人、後頼んだぞ」
「いってらっしゃい」
流石に元ランクA冒険者の親父は判断が早い。獲物を追い詰めるプランはもうできあがっているんだろう。
とりあえず俺は防衛という名のお留守番ですね。
なんだかここまでやって仲間はずれにされた感があるけど。
なにか出来るかと聞かれても困るけど、死体と留守番というのは気が滅入る。
あ、ひとり残ってたわ。
そのひとり、イランドさんは部下に裏切られて呆然としているのか、虚空を見つめたまま動かない。
とりあえず座って貰おう。
無事な椅子を引いてどうぞと声を掛ける。
反応が無い。
わなわなと唇を震わせて、真っ青な顔で。
無理も無い、ずっと信頼していた部下に裏切られていたと告白されれば、いかに副団長といえど動揺を隠せないだろう。
もう一度声を掛ける。
「イランド様、落ち着いて。どうぞおかけください」
「あ、ああ」
覚束ない足取りでふらふらとこちらに寄ってきて。
すらり、と剣を抜く。
・・・・・・え?
「卿人君、逃げたまえ、私は、どうやら、やられてしまった」
ぐりん! と目が反転して、白目を剥くイランドさん。
見れば、チェインメイルの隙間、脇腹の辺りから血を流していて、足下には暗殺者が持っていたのと同じ毒の塗ってあるナイフ。
ライツの攻撃は間に合っていたのだ。
奴がやたらとぺらぺら喋っていたのは、毒が回るまでの時間稼ぎ?
そういえば聞いたことがある。
人を狂戦士に変えてしまう、そんな毒が存在すると。
暴力性が増し、理性を奪われ狂戦士化した人間は、力尽きるまで暴れ続けるらしい。
解除方法は、たしか。
「コッ、殺、す! うがああああああああああああああああ!」
その通り、殺すことだ。
誰を?
イランドさんを。
誰が?
俺が?
いやだ。人殺しなんかしたくない。
しかも知り合いだなんて。
じゃあどうする?
暁華さんが来るまで時間稼ぎをする?
暁華さんなら何とかしてくれるかもしれない。
でも。
雪華が先に来たら?
雪華は殺すだろう。
たぶん、ためらいなく。
雪華は覚悟が出来ている。
おそらくだけどすでに殺人を経験している。
じゃあ雪華が来たら任せる?
いやだ。
俺のために雪華に人殺しをさせるとか。
俺が人を殺したくないがために、雪華に殺させるとか。
天地がひっくり返ったってありえない。
ならやるしか。
ない?
迫る刃を認識しながら、そんなことを考えている余裕があることにびっくりする。
このまま受ければ俺は死ぬ。
死ぬ?
「ふざけんな!」
バックステップで躱す。
向かってくるのは殺意の塊だ。
純然たる殺意。
抗わねば、確実に殺される。
そんなのはごめんだ。
何のために鍛えてきたんだ? 生き残るためだろう!?
こんな死に方なんて望んでいない!
盾ではなく、メイスを構える。
最早後には引けない。
正確に身体を断ち斬りに来る次の斬撃をサイドステップでまたよける。
立ち回りが出来るほど広い部屋じゃない。
もう移動で躱せる余裕はない。
イランドさんの斬撃は鋭い、狂戦士化していても技術はそのままなのだろう、洗練された太刀筋だ。
バフ無し、エンチャント無しのシールドバッシュで狂戦士を無力化出来ると思えない。
パリングメイスで受けるしか無い。
このメイスの真骨頂は攻撃を受け流すことじゃない。
カウンターだ。
攻撃に対して受け流しつつ打撃を入れる。
ただし。
実行すればほぼ確実に相手を殺す。
「があああああああああああああああああああ!」
袈裟斬りがくる。
対して俺は踏み込んで、迫る剣と同じ軌道でメイスを振るう。
ナックルガード部分で攻撃を反らして、反復訓練そのままにメイスを振って。
メイスヘッドは、丁度イランドさんの首の部分に吸い込まれていく。
接触、ヘッドに付けられた金属プレートがぶちぶちと音を立てて首の筋繊維を引きちぎっていく。
やがて頸骨に到達、ごりっとした手応えが返ってくる。
そのままメイスを振り抜いて。
ぐしゃっという水音と共に、イランドさんは床に叩き付けられた。
徐々に広がる血液。
半ばちぎれた首。
肉と骨をたたきつぶした手応え。
イランドさんが。
さっきまで話をしていたイランドさんが。
死んだ。
違う。
殺した。
誰が。
俺が。
殺した!
ぅあ。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!」
◇
「卿人!?」
雪華は丁度、暁華と九江魔法道具店に戻ってきたところだった。
悲鳴を聞きつけて、急いで客室に向かう。
中では卿人が、メイスを取り落としたまま立ち尽くしていた。
目は焦点が合っておらず、半開きの口からはまだうめきが漏れ続けている。
すぐ近くにイランドの死体。
状況から卿人がやったのに間違いは無い。
だがイランドも剣を抜いている。
一方的に卿人がやったわけではないのが見て取れた。
「卿人ぉ!」
駆け寄ろうとする雪華を暁華が掴んで止める。
「なんで!? おとうさん! 卿人が! 卿人が!」
髪を振り乱して暴れる雪華。
見たことのない卿人の様子に錯乱しているのだ。
そして正確に卿人の状態を見抜いていた。
「わたしの卿人が! 死んじゃう!」
このままだとふたりとも壊れかねない。
「少し寝ていろ」
暁華は雪華の首筋に触れ、気を送り込み雪華を気絶させる。
普段なら抵抗されただろうが、冷静で無い雪華にはあっさり効いた。
「いかんな・・・・・・」
卿人も当て身で気絶させる。
雪華の言うとおり、勢いで自殺しかねなかったからだ。
「ここまで殺人を忌避していたとは、見抜けなんだ・・・・・・」
卿人に覚悟が足りないとは思っていたが、ここ何年かでだいぶ肝が据ってきたと思っていた。
いや、違うのか。
殺した相手は客人だったはずだ。
卿人は最初の殺人が顔見知りになってしまったのだ。
「神も残酷なことをなさる」
この世界に神は実在する。
神頼みもあれば祭事もある。
暁華は人並みに神に祈りを捧げていたが、初めて神をなじった。