第15話 密談
リテイク回数の多さよ・・・・・・
門倉さんはやれやれと首を緩く振って、親父に呆れたような視線を送る。
「折角ユニリア王都の大臣と話を付けてきたというのに」
「・・・・・・なんだって?」
門倉さんは不適に口の端をつり上げて笑うと、飴をころころと転がしながら告げる。
「どうせあのアサムとか言う小者のことだろう。大臣からあやつめのギルド除名と騎士団への任務の移譲手続きを仰せつかったぞ?」
「誠ですか!?」
イランドさんが身を乗り出す。
思わぬ所からアサムを失脚させることが出来たのだ。
「直通の通信魔道具を持っております故」
そう言って手に持った通信の魔道具を示してみせる門倉さん。
通信の魔道具は2つで1つの魔道具で、形はマイクの形をした棒に近い。遠く離れていても会話を可能とする・・・・・・いわゆる電話だ。対になった物でないと通信できない。距離の制限は無く、大気中のマナさえ十分ならどんな距離でも通信できるといわれている。
この魔道具は一般流通はしていない。理由は明白。危ないからだ。スパイに密談戦時中の情報戦など用途が広すぎる。もちろんメリットも莫大だが、それよりもリスクの方が大きいと大陸は判断し、一部を除いて所持は許されていない。
所持が許されているのは王家、各種ギルドの本部、支部のみ。個人で所持している門倉家は異例中の異例だと思ってほしい。
そもそも簡単に作れるほど優しい魔法式ではなく、相当な精密さを要求される。
「早速、魔道具買い付けの任を騎士団に移譲しますが、よろしいですかな?」
「謹んでお受けいたします」
「よろしい、騎士団に任務を移譲する。ではアサムが持っている換金手形は今時点をもって無効、ネルソーのギルドがこの手形を交換することはない。同時にアサムはギルドから除名、その権利を剥奪するものとする。これはユニリア王都財務大臣、ロイド・ジェファーソンの代行としてネルソー商業ギルド、門倉伊助が執行する」
貴族の顔で門倉さんが厳かに告げ、イランドさんは恭しく頭をさげる。
「録音しました。王都に提出すれば正式な辞令として認められます」
ルービックキューブのような蓄音魔道具を手渡した。
録音再生を行う魔道具で、高級品だが貴族クラスならだいたいが持っている。
性質上録音した物を編集したり出来ないので、現代の録音機より余程信頼性がある。
「じいさん大臣とも顔が利いたのか」
「大昔の貿易開始当初からの付き合いよ。ユニリアの内情は詳しいぞ。もちろん、ギルド関連の事だけだがな」
はっはっは、と豪快に笑っている門倉さんだけど。
嘘だろうな~、いろいろ知ってるんだろうな~。
ネルソーは半分果国みたいなところがある。
その昔ユニリア王国と果国は戦争をしていたが、ユニリア王国側が降伏のような形で終わったのは有名な歴史だ。
果国がネルソーを堂々と領土としていないのは、地続きで無いため統治が難しいから。
ユニリア側もネルソーは王都から離れすぎていて、自治を任せた方がいいとの判断だから。
ユニリア王国の都市としているのは貿易に都合がいいというだけの理由に過ぎない。
両国のメリットを取った判断の中にあるのがネルソーという都市だ。
だからネルソーには領主がいない。本来辺境伯でも派遣されそうな地域ではあるのだけど、ユニリア王国と果国の共同支配という形だ。そのため各種ギルドと公的機関のトップが都市をまわしている。
万が一、再び果国と戦争になった場合、ネルソーがどうなるかは解らない。
さっきの移譲の件。本来ならもっと時間がかるし、領主がいないネルソーでなければこんな無茶は通らないだろう。
門倉家とユニリア王都が繋がっているから出来る事だ。
ひたすら感心している俺を余所に、大人達の会話が続く。
「どうせ貴様のことだ、アサムに激怒して追い出したのだろう?」
「うるせえよ、じいさんもそうだろう?」
「よくわかったな。だが私は録音していたぞ、でなければ大臣とてでここまでの権限は与えられん」
「俺も録音しようと思ったんだよ!」
「思っただけではやってないのと同じよ。貴様はいつまで冒険者でいるつもりだ」
「ぐぬぬ」
愉快な会話が飛び交っている。親父も門倉さんに比べたらまだまだって事か。
「しかし、じいさんは何言われたんだ? いつも以上に容赦がねえぞ?」
「なに、貴族だと解ったら急にへりくだりおった。ただなぁ、商業ギルドのなんたるかが違いすぎてな」
憤慨した様子で飴玉をかじる。
「商売させてやっているという態度が気にくわなかったのよ」
「ん? じいさんがギルドマスターだと知らなかったのか? あいつ」
「うむ、何故幹部なのかがさっぱり解らん」
「それなのですが・・・・・・」
苦虫をかみつぶしたような顔でイランドさんが加わる。
「上司に取り入るのが異常に上手いのですよ。今の幹部はそのような人物ばかりです。アサムももともとは宝石商で、上流の客ばかり相手にしていたようで・・・・・・」
貴族ばかり相手にしたせいで取り入る術は凄いんだな。
んで、単価の高い商品の扱いしか知らないから薄利多売を馬鹿にすると。
商人としてどうなんだろうな、それ。
「ネルソーを領主のいないド田舎だと認識している輩が多いのです。単なる搾取の対象としか見ていない。自らの思う田舎のギルドマスターが誰かなど気に掛けてもいないのです」
まあ、国内でも遠く離れた地域の有名人は知らないものだけど・・・・・・。でも公的機関のトップくらい知ってても良さそうなものだ。
「本部の統括ギルドマスターはどうなんだ?」
「二枚舌に囲まれ、舞い上がって天狗になり、下を見ないようになってしまいました」
「苦労人だったからな、おだてに弱かったか・・・・・・」
なんだかとんでもないことになってる気がする。
「ええと、大丈夫なんですか? 王都・・・・・・」
子供だからと遠慮していたけど、思わず口を挟む。
「実際良くはない。何とか現状を保っているのは、職員達が懸命に仕事をしているからだ。幸い、といっていいのか、その辺は丸投げにしているらしいからな、幹部連中は」
とんだブラック企業じゃねえか。しかも失敗したら国が破綻するとか。
「我々騎士団も何とかしようとはしていたのですが、今回は僥倖だったようです」
「ところで騎士殿、先ほど大臣と話をしましたが、これから商業ギルド本部をどうなさるおつもりで? アサムの件だけでは逃げられますぞ」
「・・・・・・そこが頭の痛いところです。毎回、トカゲの尻尾のごとく逃げられて」
「でしょうな、今回もそうなるでしょう」
イランドさんは内情をべらべら喋っているが、大丈夫なのだろうが。独り言じゃすまないレベルに来てると思うんだけど。
ああそうか。今の門倉さんは実質ユニリア王国の大臣と同じ権限をもってるのか。この件に関して騎士団と協力して当たるように言われてるのかも知れない。
「もうじいさんが統括やった方がいいんじゃねえか?」
突然、親父がとんでもないことを言い出す。
多分俺と同じ事を考えて、何故かこの突飛な考えに至ったらしい。・・・・・・俺も少し思ったけど。
でもそうは行かないだろう。
ほら、イランドさんもびっくりしてるじゃないか。
門倉さんにもその気は無いようで、むすっとして背もたれに体重を預ける。
だけど出てきた言葉に、俺は思わず耳を疑った。
「果国人が統括をやるわけにもいくまいよ。そんなことをすればユニリアは果国の属国になるに等しい」
それはユニリア王国の経済を完全掌握出来るとおっしゃるので!?
ほら、イランドさんなんか顔が完全に真っ青じゃない!
「済まないが冗談でもやめていただけるか? 聞こえないふりにも限度があります」
「はっはっは! あいや済みません。手前としたことが、調子に乗ってしまったようです」
豪快に笑い飛ばす門倉さんだけど、目は全然笑っていなかった。
「しかしですな騎士殿、ユニリアの未来を考えるなら商業ギルドの改革は必須ですぞ。今は国内だけですが、いずれ果国にも似たような態度を取り始めるでしょう、そうなれば黙っておりません。果国人は舐められるのを嫌いますからな」
ごくり、と喉を鳴らすイランドさん。
普通なら激高しそうなものだが、相手は果国貿易の最重要人物であり、ユニリアの大臣とも繋がりのある人物だ。そしてネルソー評議会のひとりでもある。
門倉さんの言葉が単なる脅しではないと理解したんだろう。
そして、その状況を決して望んではいないと言うことも。
果国にとってもユニリアとの貿易は莫大な利益を生む。
「私はただの騎士です。王を守る剣であればいいと思っていたのです。体裁のためだけに与えられた、領土も持たない爵位がこんな重しになるとは思いませんでしたよ」
「いいえ、いいえ、権力とは、責任とはそういうものです。ユニリアを瓦解させないためにも、騎士団にはしっかりしていただかなくてはなりません」
果国とユニリアの行く末を掛けた会話が行われてる。
魔法道具店(電気屋)の一角で。
貴族コワイ!
「やっぱり僕はここにいたらいけなかったんじゃ。子供に聞かせる話じゃ無いって」
「今更だ、諦めろ。いいことだぞ卿人。お前は子供扱いされてなんいんだからな」
「ああ、どんどん子供から遠ざけられてゆく・・・・・・」
「フツーは早く大人になりたいもんだろ?」
「こんな会話聞くくらいなら嫌です」
「その理解力が子供らしくねえっていってるんだよ。子供なら無邪気に大変だね~くらいに思っとけ」
ええい、こんなことなら頭空っぽにしとけば良かった!
親父は俺に伝えたいんだろう。
こんな世界があって、こんな苦労があって世の中なりたっていると。
勉強にはなるけど、かなり危険な話には違いない。
「僕ちょっとトイレ」
「逃がさん。お前は難しい話は逃げるなぁ、訓練は喜々としてやるのに」
がっし、と頭を掴まれる。
親父殿、冗談だからアイアンクローはやめて。
別に嫌じゃ無いんだ!
身体が!
勝手に!
「なに、ここはあくまで魔法道具店だ。王都の会議室では無い、戯れ言よ。だがな」
門倉さんの目が鋭くなる。
これは殺る気の目だ。
「騎士殿、いずれ王都の商業ギルドは下が支えきれなくなりましょう、その時、手前は王都まで参ります。その時は、ご助力を願います」
「それは商業ギルドへの宣戦布告と言うことですか・・・・・・?」
イランドさんの顔がこわばる。
騎士として、貴族としての責任。
それを、問われている。
「如何様に取っていただいてもかまいません。ただ、手前は王家に恩がございます。その恩を返したいだけなのです」
「・・・・・・わかりました、団長には伝えておきましょう」
「かたじけのうございます」
門倉さんは深々と頭を下げた。
そこには並々ならぬ感情が見て取れて、たぶん、本当はこんな機会を探していたのかもしれない。
「顔を上げてください、とにかく今はアサムのことです。そろそろ部下が帰ってくるころですが・・・・・・」
丁度、イランドさんの部下が帰ってきたようだ。
と同時に、雪華がお茶を持ってきてくれた。
「お茶でーす」
「おお、雪華、美人になったな! 飴ちゃんあげよう!」
「門倉さまこんばんわ! ありがとうございます!」
口に飴玉を放り込まれてニコニコしている。
お茶セットがのったお盆をテーブルにおいて、帰るのかと思いきや当然のように俺の膝の上に座る。
「雪華、はしたない」
「卿人が帰ってこないのが悪い」
「えー」
「意地でもどきませぬ」
「・・・・・・せめて隣に座って」
「はーい」
素直に椅子を持ってくる雪華。飴玉を口の中でコロコロやっている。
「あの、よろしいので?」
部下の人が困っている。
身内の人間は気にしてもいない。
いいのかなぁ・・・・・・。
「いい、報告してくれ」
「はっ、アサム殿は商業区の「白鯨亭」という宿に入りました。今のところ出てくる様子はありません」
白鯨亭はネルソーの中で観光客向けの一番良い宿だ。
その分値段も高い。
一泊で平民の1月分の給料が飛ぶという完全貴族向けの宿だ。
運営元は門倉さん。
「はっはっは! その眼力だけは褒めてやろう」
愉快そうに笑って褒める。
「だがそこは虎口だ。騎士殿、一筆したためるから持って行ってくれ」
さらさらと懐紙に何事か書き付けると、イランドさんの部下に託した。
その人は敬礼を1つすると、ちらりと懐紙に目を走らせて。
ぞわり。
俺の第六感が危険を告げる! 同時に膨れあがる殺意!
「卿人うしろ!」
「ああ!」
雪華が叫ぶと同時、俺は立ち上がりざまメイスを抜き打ちで、殺気の元・・・・・・そばにいるイランドさんの部下に足払いを掛ける。
ごぎん! と骨が砕ける手応えと共に、部下は倒れ込む。
雪華は椅子からテーブルを飛び越えて、イランドさんのそばに控えている部下を急襲。
イランドさんに何かしようとしていたところを蹴り倒す。
親父は門倉さんを引き倒して安全を確保していた。
「な! 何を!?」
状況が飲み込めていないイランドさんをいったん放置、倒れ込んだ部下を拘束。
持っていたナイフを取り上げる。
ナイフは妙なてかり具合で、毒が塗ってあるのがうかがえた。
「暗殺者です」