第14話 居直り強盗
港湾都市ってかっこいいですよね
夕暮れに浮かぶネルソー北門。
ネルソー内に入るための大橋の手前に、街の入出を管理する衛兵詰め所を兼ねた門がある。
北門、北西門、西門、南西門、南門の全部で5箇所。東側は海だ。
それぞれ数時間毎にランダムで門番が入れ替わり、持ち回りで警備する。
これは1箇所に固定すると顔なじみになったりして、見逃しや癒着が起こる可能性がある。それを防ぐためだ。
そのはずなんだけど。
「なんでこんなに遭遇するんだ・・・・・・?」
それは九江卿人の台詞だ。
なぜか俺が通る時はいつもオーク種のボルゴさんが門番をしている。
どこの門を通ってもだ。行きか帰りか、どちらかには必ず会う。
なんだ、運命か?
「わたしの運命の人は卿人だよ?」
「君は何を言っているんだ?」
雪華の先回りしすぎた答えに混乱するボルゴさん。
「そこはそういう話題が出るまで待たないと分からないでしょ?」
「? でも今卿人そう思ったでしょ?」
「うそでしょ?」
ちょっと怖い。でもまあ、雪華だし。
「そうやって納得してしまう卿人君もどうかと思うがね」
俺の顔を見てそんなことを言う。失敬な。
「で、そこの鎧背負ってる女性は連れかい?」
メイリさんは雪華の後ろに隠れている。
もちろん雪華より長身なので全然隠れられてないが。
「この人は・・・・・・メイリさんランクカードは?」
俺に対してふるえる手でランクカードを差し出す。
いや、それ簡単に渡したらいけないやつ。
カードをそのままボルゴさんに渡す。
眼鏡を掛けたボルゴさんは少し老けて見える、猪だけど。
カードの内容を確認。ふむ、と頷く。
「確認した。通っていいぞ」
「あ、ボルゴさん。少し前に旅商人の人通りませんでした?」
「ん? 通ったぞ。ゴブリンの死体が大量にあるから処理をたのまれたが・・・・・・そうか、やったのは君らか。そうかそうか」
「いやゴブリン討伐したのになんで嫌そうなんですか」
「正式な依頼なら手数料が出るが、そうでない場合ただ働きになるからな」
「正式な依頼ですー、メイリさんの討伐依頼ですー」
「ならいい、早く報告してきてくれ。あ、外で汚れ落として行けよ」
しっしっと手を振るボルゴさん。
そんなに嫌わなくてもいいのに・・・・・・。
まあギルドにゴブリンイーターの報告をすれば街から正式に辞令が下りるだろうから、衛兵さん達の苦労は報われるだろう。
鎧に付着した粘液やら血糊やら何やらを落として橋を渡り、無事ネルソーに帰ってきた。
夕方のネルソーは朝方に次いで活気がある時間帯だ。港湾部の方が賑やかだが、商業区も人の流れがとても多い。
「じゃあメイリさんはギルドだからここでお別れ・・・・・・え? 無理?」
精一杯首を横に振っている。顔は青ざめ、少し震えているようだ。
雪華のジャケットの裾を握って放さない。
鎧の防御がないと人混みも駄目か。
仕方が無いのでウチに連れて行くことにした。
ぽてぽてと歩きながら戦闘中気になったことを雪華に聞いてみる。
「ねぇ、雪華」
「んー? なあに? 卿人」
「僕が強化魔法掛けた時、むずむずするって言ってたけど、なんかおかしかった?」
魔法式がおかしいなら組み直さなきゃいけない。
雪華は首をひねる。
「むずむずするっていうか、すごく気持ちいいんだ。ふわって包まれてる感じ? いつもそうだよ、卿人の魔法はとくべつなのかな?」
「ふぅん、メイリさんはどうなの?」
驚いたのかビクッと反応するメイリさん。
ホント戦闘中と雰囲気が違うな。
「ううん・・・・・・普通の強化だと思うよ? 普通って言っても変な感じはしないって意味で、強化自体はとても効果が高いかな」
「有り難うございます。となると雪華の気が干渉・・・・・・あ、メイリさんも常時強化してるんだから関係ないか」
「なんだろーねぇ?」
「雪華だけに干渉しちゃうのか・・・・・・。変な効果だといけないし、組み直すまでは掛けない方がいいかなぁ」
「だめーっ!」
愕然とした表情で雪華が抗議の声を上げる。
「だめ! 戦う時卿人はわたしに必ず強化を掛けるの! いっぱいかけて!」
「いっぱいって、強化魔法は重複しないから重ねがけする意味はないんだよ?」
「だめ、掛けるの! かーけーるーのー!」
「わかった! たくさん掛けるから! ごめんて!」
もはや泣きそうである。よほどお気に入りのようだ。
「ホントに?」
「ホントに」
「約束?」
「約束!」
んっふー! といつものご満悦な鼻息。腕に絡みついてくる。
「許す!」
へいへい、有り難うございます。
さては半分わざとやってたな・・・・・・。
危険性から目をそらされた。
なんかおっさんがものすごい顔でこっちを見ている。
どうせ女の子泣かせたと思ってるんだろう、ちゃんとなだめましたよ。
「ふたりともどこまでわかってるんだろ・・・・・・?」
なんかメイリさんがつぶやいたが無視。
やがて九江魔法道具店が近づくと、いきなり罵声が響いてきた。
「やかましい! 一昨日来やがれ!」
おっ、本場の「一昨日来やがれ」は迫力が違うな。
なんて思っていたら親父だった。
なんか派手な服を着たおっさんが入り口から転がり出て来て、店内の親父に怒鳴り散らす。
「きっ! 貴様! 私にこんな事をしてタダで済むと思うな!」
「何度も言わせんな、好きにしろ、そして去れ、2度とその顔見せんな!」
おっさんは ぐぬぬ! と一言呻いた後、逃げるように駆けていった。
慌てて数人の従者が追いかけていく。さらにその後を騎士らしき人が2人、追っていった。
あれは、イランドさんの部下かな?
「父さんただいま」
「ただいまー」
「オウ、オカエリ」
うん、マジギレしてる。
憤懣やるかたない、といった感じの親父は目つきと相まって迫力がある。
ヤクザにみえないこともない。
「今逃げてったの、お客様じやないの?」
「違う、ゴミだ」
「わお、随分生きのいいゴミだね」
親父はどんなに変なお客でも、購入の意思があればここまでの対応はしない。
つまり今のおっさんは万引きとか強盗とかと一緒って事だ。
「サラーラ、塩蒔いとけ。んで、お前らとりあえず入れ。メイリもだ」
親父メイリさんの素顔知ってたのかな?
あ、鎧で解ったのか。
親父に続いて店に入り、そのまま個室まで付いていく。
個室にはユニリア王国騎士団、副騎士団長イランドさんが座り、後ろに控える部下1人が苦い顔をしている。
俺はイランドさんに礼を取る。雪華もメイリさんも真似してくれた。
イランドさんは軽く手を振って返してくれる。
うん、貴族なのにいい人だ。
「おう、追い出してきたぜ」
「すまない、本来は私たちがやるべき事だったが・・・・・・」
「ここは俺の店だ。店から強盗追い出すのに人の手は借りねえよ」
親父はそう言って腰掛けると、冷めているだろう茶を一気にあおった。
「わりいけどちょっとこいつらと話させてくれ、ちょっと落ち着きたい」
「わかった、私たちはこのままでも?」
「貴族様がお嫌で無ければ」
「急にへりくだらないでくれ」
苦笑するイランドさん。
親父が凄いのは相手が貴族だろうと態度を変えないところだ。
「で? どうだった?」
「えっと、ゴブリンの集団に襲われていた馬車を助けて・・・・・・」
「卿人の首を絞めて」
「それはオチだね」
そんな調子で報告をすると、親父の顔が少し曇った。
「ゴブリンイーターが出たのか。なんか手に入ったか?」
言われてゴブリンイーターの種を取り出す。
何かに使えるかと回収しておいた物だ。あと体液の方も少し。
「おお、でっけえな、これはレアだぞ・・・・・・」
親父は俺から種を受け取ると、ことりと机に転がす。
何事かしばらく考えていたが、1つ息を吐いた。
「わかった。メイリ、今日はウチに泊まってけ、出るのもつらいだろ?」
「はい師匠」
師匠? いやまあ、今後手ほどきするならそうなるのか。
そこで何故か、今ままで黙って聞いていたイランドさんから疑問が飛んだ。
「まて九江殿、先ほどから聞いているとそこのふたりがほとんど倒したような言い方だが」
「ああ、そうだぞ」
「いやいやいや、いくつだ君たち?」
「僕らふたりとも10歳です」
目を剥くイランドさん。そこまで異常かなあ?
「ゴブリンイーターといえばランクCパーティー推奨だぞ!」
あ、そうなの? どおりで面倒だと思った。
本にはそこまで書いてなかったし。
イランドさんの雰囲気が変わる。
掘り出し物を前にした商人みたいな感じ。
僕にとっては良くない目つきだ。
「九江殿、そのふたり、いや卿人君の方だけでも騎士団に志願すべきだと思うが?」
「ごめんだね、卿人には店継がせるんだ。勝手に決めんなや」
いや親父も俺の将来勝手に決めんなや。
「むぅぅ、今から育てれば確実に・・・・・・」
後ろの部下を見て、その先を言うのをやめた。
遅いよ、凄い微妙な顔してるぞ。
「卿人、雪華、メイリ、お疲れさん。ギルドには俺の方から話は通しておく、今日は休め」
「はい」
「はーい」
やれやれと退室しようとしたら親父に呼び止められた。
「やっぱり卿人は残れ。さっきの奴の話だ」
え・・・・・・。やなんだけど。
「そんな顔すんな。世の中どんな奴がいるのか知っておけ」
「はーい・・・・・・」
「おじさん、わたし卿人を枕にしてていい?」
「風呂入れ」
「はーい・・・・・・」
「雪華」
「なぁに」
「あとでね」
「うん!」
メイリさんを伴って雪華が退室する。
あの様子だと戻ってくるな。
「さて、騎士殿、こいつに聞かせるついでにおさらいだ。卿人も座れ」
「・・・・・・わかった。さっきの男はアサムといって、王都の商業ギルド本部の幹部だ」
思ったより偉い人だった。
イランドさんが言うには、王様の命令でウチの商品を買い付けに来たと。
王都の商業ギルドに買い付け自体は投げたみたいだけど、アサムの護衛兼監視役として王都騎士団が護衛として同行したと。
だがアサムが検品と称してウチの商品をタダで持ち帰って、買付金をネコババしようとしたらしい。
そりゃ親父もキレる。
しかしイランドさん達がそれはおかしいと王の意向を伝えたそうだ。
騎士団を買収したと思っていたアサムは裏切りだと酷くお怒りだったらしい。
「しかもあの野郎、ばれたらばれたで開き直りやがった」
なんでも「誰のおかげで商売が出来ると思ってる! こんな田舎の店など簡単に潰すことが出来るんだぞ! いいからとっとと商品を寄越せ!」とかぬかしたらしい。
他の店ならいざ知らず、親父には火に油である。
「んで、俺がつまみ出した。お前らが帰ってきたのはその時だよ」
「何しに来たんだその人・・・・・・」
いやネコババしに来たんだろうけど。ちょっと馬鹿すぎやしませんかねえ。
「でも追い返したんでしょ? 騎士様達にお売りすれば解決じゃないの?」
「アサムが手形を持ってる。ギルドで換金出来るのは奴だけだ」
「あー・・・・・・」
どうせさっきは持ってなかったのだろう、換金するつもりが無いみたいだし。
「そもそも持ってきてない可能性は?」
「それは無い。王家の手形だ、引き渡しは出発前に私と団長の前で行われた」
「ではギルド本部に連絡して、任務をアサムさんから副団長様に移譲して貰えば・・・・・・・」
「問題はそこなんだ。正直、王都の商業ギルド本部はきなくさくてね、本部自体がこの件に絡んでいた場合、面倒な事になるのは間違いない」
うわぁ・・・・・・。
「それ国家機密レベルの話ですよね? いいんですか?」
「私の独り言だ、君たちが黙っていれば問題ない。私が報告してしまえば公になることだしな。いや、話して正解だった。状況が整理できたよ」
よっぽど腹に据えかねたんだなぁ。
こんな話平民には聞かせないだろうに・・・・・・九江魔法道具店の進退にかかわる事だから、責任を感じて話してくれてるんだろう。ほんといい人だ。
「少なくともアサムは王の意向に背いている。ただどうやって暴くかだ。アサムを拘束すれば早いのだが、王命である以上、立場は私と同じだ。下手に拘束すれば商業ギルド経由で問題にされる」
そこでさっきの商業ギルド本部がきな臭いという話に繋がるのか。
下手をすれば今度は騎士団の立場が悪くなり、九江魔法道具店もピンチと。
となると・・・・・・。
「追い返したのマズかったんじゃない?」
俺の言葉に黙り込む一同。
「せめてもうちょっと喋らせておくべきだったか」
「あの様子なら自爆しただろうしな」
親父が落ち込んでる。
「録音でもしておけば良かったぜ、俺とした事が・・・・・・・」
悔しげに呻いた時、客室のドアがノックされた。
「店長、お客様ですよ」
「後にしろ」
「門倉様ですが?」
「すぐにお通ししろ」
門倉伊助。商業ギルドネルソー支部のギルドマスター。
もっと小さい頃によく遊んでもらった。俺にとって祖父みたいな存在だ。
入って来たのは白髪の渋いおじいちゃん、門倉伊助その人である。
「いやいや、みなさまご歓談中申し訳ない。ネルソー商業ギルドギルドマスター、門倉伊助でございます。危急故、お邪魔させていただきます」
「これはこれは!」
あわててイランドさんが立ち上がる。
「私はユニリア王国騎士団副団長ラフ・ヴェリナス・イランド子爵です。門倉殿、知らぬとは言え無礼を」
「いえいえ、手前はただの商人でございます、どうかお楽に」
いいつつ、親父が引いた椅子に腰掛ける。
貴族ってめんどくさいよね。
イランドさんの部下以外が席に着いたところで親父が切り出した。
「で、じいさん、何のようだ」
親父は門倉さんに多大な恩がある。ここで店を開く際、いろいろと世話をして貰ったのだとか。詳しくは知らないけど、親子のような間柄だ。
俺を見つけると親父を余所に俺に話しかけてくる。
「おお、卿人。久方ぶりだ。 いくつになった?」
「ご無沙汰しておりました、門倉様。今年で十になりました」
ニコニコとしながら俺の頭を撫でてくれる。気恥ずかしいが悪い気はしない。
今は10歳だしね!
「もうそんなになるか。卿人は礼儀が出来ていてえらいな。三春の教育が行き届いておる。そういえば雪華はどうした? 一緒では無いのか?」
「雪華はいま入浴中です。ちょっと出かけていたもので」
「そうかそうか、後で飴でもやらねばな」
門倉さんは上機嫌でたもとから飴を取り出し、1つくれた。
「有り難うございます!」
「よいよい。精進するのだぞ」
「おい、じいさん、だから何のようだ?」
しびれをきらして親父が口を挟む。
「何のようだとは随分だな十三郎。貴様が困っているだろうとこうやって来てやったというのに。卿人を見習え」
「頼んだ覚えはねえよ」
「ほーう、そうか。いいんだな? 折角ユニリア王都の大臣と話を付けてきたというのに」
「・・・・・・なんだって?」
門倉さんは自分も飴をひとつほおばり、にやりと口の端をつり上げた。
政治的な話とか裏がある話とかすごい苦手で・・・・・・。
不自然だったり無理があったりしたらごめんなさい。