第11話 夫婦漫才
ロイヤルナイトって響きが格好いいですよね。
深紅の鎧とかだったら尚良し。
商業ギルド幹部のアサムに同行した騎士団は、一部を除いて思い思いにネルソーの街に繰り出していた。
まだ昼前で太陽の位置も高いが、ネルソーは観光業も盛んなため、昼からでも開いている酒場は多い。
王都騎士団、副団長ラフ・ヴェリナス・イランドは暗澹たる気分で商業区を歩いていた。
イランドは金髪に琥珀色の瞳の、少し神経質そうな印象を受ける顔をしている。
実際は騎士団長が豪放磊落にすぎるので神経質になってしまったというのが正しい。
団員からの評判も悪くないが、これも団長が人気がある過ぎるせいで、団長をいさめる発言をすると団員達から不満が出ることがあるのだ。
本来はおおらかで人受けのする、苦労人の副団長である。
その表情が晴れない理由は、今回の商業ギルド幹部の同行任務にではない。
そのギルド幹部の行動が余りにも目に余るからだ。
同行した騎士は王家のお抱え騎士団であり、副団長を筆頭として編成された精鋭達だ。
そんなことのために近衛兵が居るとはいえ王城の防御を担う王家直轄騎士団を、それも副団長まで荷物持ちに使うのかと呆れたが、最近きな臭いギルドの監視も兼ねているとあって納得がいった。
商業ギルド本部は腐っている。そうささやかれ始めたのは最近の事では無い。
だが決定打が無いうえ、文官も何人か抱き込まれている。しかも財政を司る文官を狙ってだ。大臣が必死であら探しをしているが、幹部連中に怪しいところが無い。せいぜい収入以上に贅沢している「ように思われる」程度だ。
尻尾を掴んでは切られる、そんな状況が続いていた。
今回の任務はあまり表に出てこない商業ギルド幹部が出てきたため、何か証拠を押さえられればという考えだろう。
あのアサムとかいう商人はイランドが見てきた物の中でも特に酷いタイプの人間だった。
アサムはイランドに金を握らせてエラそうにしていたが、賄賂だと思って渡したのならお粗末な額であるし、ユニリア領内の貴族が持つ騎士団ならともかく、王家直轄の騎士を買収しようなど下手すれば王への不敬罪にすらなり得る。
イランドは自腹を切って団員達に金を配り、事前に手配していた宿の前でアサムと別れてから自由にしてこいと解散させた。目に見えて士気が下がっていたからだ。任務とは言えやることは帰りの荷物持ちだ、実際運ぶのは馬車だが、気分的に仕方が無い。そもそもこれが監視任務だと知っているのはイランド自身と、信頼の置ける数名のみなのだ。
アサムは商業ギルドに先に向かうようなので、監視として何人か同行させる。アサムは付いてくるなという意味で賄賂を渡したのだろうが、こちらはその本人の監視で来ているのだ。護衛という名目で無理矢理同行させる。
そもそもアサムに騎士団をどうこうできる権限は無い。
だがギルドには入れないだろう、ギルドマスターの門倉がどんな人物かによるが、商人同士の会話に騎士を招き入れるとは思えない。
どうせアサムが行くところはわかっている。九江魔法道具店だ。近くで張っていれば良い。
むしろ客として堂々と店の中で待ち構えるのもありだろう。
それこそ護衛兼荷物持ちなのだから。その場にいない方がおかしい。
この判断はアサムの浅薄さを読み切れていない行動だったが、アサムはギルドを追い出されたので間違いで無かったとも言える。
実際、アサムは九江魔法道具店に向かおうと準備をしていた。
そのためイランドは現在、3人の部下を伴って九江魔法道具店近くまでやってきていた。
物々しい鎧を着た騎士は商業区ではとても浮く。
ユニリア王家の紋章が入ったマントを身につけているので、警戒されていると言うよりは珍獣を見るような目で見られていた。
居心地が悪いのか部下のひとりが籠手をとんとんと叩いている。
「まったく、これだから田舎は」
「止めろライツ、ここは田舎じゃない。王国の平和を半分支えているといっても過言じゃないんだ」
「そうなのですか?」
「お前もユニリア国民なら知っておけ。ここネルソーのおかげで我々は果国と戦争をせずに済んでいるといっても過言ではないぞ」
「馬鹿な・・・・・・」
「そう思うのは自由だ、だが覚悟しておけ、果国のサムライという戦士は恐ろしいぞ」
流石にイランドはネルソーの重要性を理解している。
辺境と言って差し支えない地方都市だが、都市自体が自治を任されている以上、この都市の心証を悪くするのは悪手だ。
だというのにここまで来る道中、アサムはネルソーに対する愚痴をさんざん口にしていた。
資料でネルソーの現状を初めて知ったのか、思ったより質の高い生活をしているのが気にくわなかったらしく、税を上げるか。などとつぶやいていた。
そんな権限はないのだが、おそらく抱き込んでいる文官を使う気だろう。
他にもギルドの幹部にあるまじき発言が多々あったので報告することを決めている。
そうこうするうちに九江魔法道具店に到着するが、それよりも隣の店が気になった。
ワンガス武防具店。
ワンガス工房製品といえば王国でも質の高い武防具である。かくいうイランドの剣もワンガス工房製で、その頑丈さから長年愛用している。
工房では無く武防具店、ということは既存品販売専門の店だろう。
少し寄っていくかと、アサムが来た時のため、ひとりを外に残して店に入ることにした。
からん
扉に備え付けられたチャイムが軽快な音を立てて出迎える。
半円状の作りをしており、入り口正面の最奥にカウンター。右側には武器が種類毎に陳列され、長物は専用のラックに立てられて、剣や斧は壁に掛かっている。
カウンターを隔てて左側は防具類、鎧を着せられたマネキンが何体か並んでおり、一部兜は壁につられている。
左奥は盾がずらりと壁に掛けられていた。
カウンターは無人だったが、店内には先客がいた。
盾の陳列棚少し手前に、入り口に背中を向けて、10歳くらいか、ひとりの少年が座り込んでいた。
自前の盾なのか脇にラウンドシールドを置き、その脇には奇妙なメイスも置いてある。
さらに奇妙なのは、少年の背中に同世代と思われる、栗色の髪をサイドアップにした少女が寄りかかって寝息を立てている事だ。
少年はチャイムの音に反応し、首を巡らせてこちらを見ると、しまった! という顔をして、少女が倒れないよう支えながら振り向き、優しく揺すり始めた。
「雪華、雪華、お客さん来たよ、帰ろう」
「ああ、済まないね少年。そのままでいい、寝かせてあげてくれ」
少年はこちらを向くと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、有り難うございます」
少女は今の揺れではで目覚めなかったようで、少年は少女を自分の肩に寄りかからせた。
イランドはそれを見て、興味を持ったのか少年に話しかける。
「私も君くらいの頃は武器屋に入り浸っていたんだ。君も武具が好きなんだろう?」
「はい、僕は特に盾が好きです、あの曲線美が・・・・・・いえ、すみません」
ちょっと恍惚としたような表情に見えたのは気のせいだろう。
少年は誤魔化す様に咳払いをひとつ。カウンターの方を眺めながら。
「ええと、いまちょっと店主のランガスさんは不在で・・・・・・何かご用でしょうか?」
「いや、私はワンガス工房製品のファンでね、ちょっと覗かせて貰おうと思ったんだ。ところで君は貴族の子かな? 綺麗な言葉遣いをしているが」
「申し訳ありません、失礼致しました。僕は九江卿人。隣の九江魔法道具店のひとり息子です。言葉遣いは、母が教えてくれました。この子は朧雪華。幼なじみです」
「そうか。私はラフ・ヴェリナス・イランド。ユニリア王都の騎士団副長をしているが、今はただの客だ、かしこまらないでくれ。後ろにいるのがライツ、ガット、後外にいるのがフィランザだ」
イランドは今回の目的である九江魔法道具店の息子であったことに驚きつつも、挨拶を返す。部下どもがやきもきしているのは解ったが無視した。
どうせ王都騎士が平民に気安いとか言いたいのだろうがそれは王都での話だ。イランドは子供が好きだし、自分たちは彼らの生活圏に踏み込んでいるのだから、遠慮するのはこちらの方だと思っている。
このようにイランドは貴族にしては非常に珍しい性格をしている。
自身が平民上がりの貴族だからと言うのもあるが、本人の気質が大きい。
「副団長閣下でしたか、平民故貴族様の礼法は詳しくありません。どうかお許しください」
「いいんだ、実は君の家に用があってね、後で紹介して貰えるだろうか?」
「喜んで」
そのタイミングで、ランガスが店の奥から出てきた。
イランド達を見て慌てている。
「申し訳ございません! お客様。随分とお待たせしてしまったようで・・・・・・」
「いや、この少年と話していたんだ。ああ、彼を責めないでやってくれないか、私が良いと言ったんだ」
「お客様がそうおっしゃるなら・・・・・・」
「では僕はお迎えの準備に帰ります。お話、有り難うございました」
座ったままぺこりと頭を下げると、雪華を揺する。
「ほら雪華、狸寝入りはいいから、帰るよ」
ぱちっと目を覚ます雪華。
「ばれた?」
「わからいでか」
少女はにっぱーと笑うと、立ち上がり、恥ずかしそうにイランドへと頭を下げた。
「ごめんなさい。緊張して寝たふりをしてました」
「ランガス兄さん、有り難うございました。では、イランド閣下、後ほど」
そう言って、少年達は揃って店をあとにした。
ランガスは申し訳なさそうにイランドを見る。
「済みません、近所の子供たちで」
「いい子達じゃないか、私は好きだよ」
「そう言っていただけると、私も誇らしいです。赤子の頃から知っておりますので」
ランガスは柔らかい笑みを浮かべた。
「さてお客様、多々失礼がございましたが・・・・・・本日は何をお求めでしょうか?」
素の笑みを引っ込め、営業スマイルに切り替えるランガスであった。
◇
ワンガス武防具店を出たふたりは。
「へっへっへ、坊ちゃん嬢ちゃん金だしな」
いきなり絡まれていた。
「最速記録?」
「雪華が引き寄せてるんじゃないの?」
「卿人だよ」
「違うし」
「違わなーい。卿人の身なりがいいからだよ」
「普通の服なんですがそれは」
「わたしなんて何か持ってるように見えないでしょ!」
「僕だって持ってないよ!」
「盾の後ろとか」
「僕がお盾様に何か隠すわけないでしょ!」
「わたしの手作りクッキー隠してる」
「それは食べた、おいしかった」
「えっへへ~♪」
言い合いながら九江魔法道具店に入ろうとするふたり。
「待てやゴルァ!」
「だめだったか」
「だめだったね」
ふたりはやけに大人びた様子でやれやれと首を振り、次の瞬間散開する。
絡んできた男は1人、それを挟み込むように移動する。
突然のことに男は反応できずに棒立ち。
雪華がそのまま後ろに回り込み、膝かっくんをかける。
「うおう!?」
膝を抜かれた男はそのまま前のめりにずっこけ、両膝と両手をついてしまう。
慌てて体勢を立て直そうと顔を上げたところに、メイスヘッドが迫っていた。
「ひっ!?」
思わず目をつむり、片手で顔をかばう男。
だがいつまでたっても衝撃がやってこない事に違和感を覚え、おそるおそる目を開けば、
直撃する寸前でぴたりとメイスは止められていた。
「まだやる?」
にっこりと微笑んだ卿人の目は、表情と違って笑っていない。
男はだらだらと脂汗を流して、脱兎のごとく逃げ出した。
その背中に声を掛ける雪華。
「おとといきやがれー!」
「挑発しないの」
「最近のごろつきはこんじょーがないよね」
「根性のあるごろつきはきっとごろついてないよ・・・・・・」
いつもの調子である。
ふたりは10歳になり、少し背が伸び、卿人は筋肉が付いてきたし、雪華は線が丸みを帯びてきた。胸に変化はまだ無い。
一番変化があるのは雪華の髪型だ。
髪を伸ばして高い位置のサイドテールにまとめている。
ちょっと前世の朧さんに似てきたな。と思う卿人。
今日も九江魔法道具店は通常営業。中に入ればカウンターには三春が座り、従業員が購入を検討する客に対応をしている。外での出来事はふたりの手際が良すぎたせいで騒ぎにもなっていない。
「母さん、ちょっといいかな?」
「うん、ふたりの結婚式の話なら受け付けるわ」
「なんでや」
「お義母さん! それならわたし海岸区の教会がいい!」
「ああ! あそこ素敵よね! 海神様の像がとっても綺麗で!」
「頼むから話を聞いてください・・・・・・」
最近三春の中で雪華と組んで卿人をからかうのが流行っている。いや、雪華は本気だろう。三春も半ば本気である。
「あそこなら佳月ちゃんが安く借りてくれそうね!」
「うん、お母さんなら無理といわれても押し通せるよ!」
「迷惑でしょうに!」
「あなたたちの結婚式以上に大事な行事なんて存在しないわ!」
「そうだよ! 卿人! わたしと結婚して!」
「おっぱ・・・・・・いや今は駄目だって」
「ぶー!」
「そうよ! 雪華ちゃんに殴らせなさいよ!」
「・・・・・・王都騎士団の人が来るらしいんだけど?」
「それを早く言いなさい。父さんに知らせてくるわ」
一瞬で真面目な顔に戻った三春は足早に2階にあがっていく。
雪華はまだ不満そうだ。
「式場・・・・・・」
「まだ言うの?」
「だって式場だよ、結婚式だよ、女の子のあこがれだよ?」
「気が早い。すくなくとも5年待て」
「げんち取った-!」
聞いていた従業員は胸焼けが酷くなったのか、つらそうに胸を押さえている。
最近卿人があまり否定しなくなってきたので完全にいちゃついてるようにしか見えなくなってきた。ほほえましいのだが、妙に生々しく、毎日聞いていると流石に胸焼けがしてくる。
やがて十三郎が三春と共に降りてきた。
かつかつと早足で、額に青筋たてている。
「おう、夫婦漫才は店の外でやれや、客の迷惑になんだろが」
「ごめんなさい」
「いごきをつけます」
「そうしろ。それで? 王都の騎士団が来たって?」
卿人はさっき会ったイランドについて話をした。
もうすぐここにやってくる旨を伝え、用件自体は解らないと伝える。
「大方買い付けの相談だろうよ、こないだデメスの奴が王都に持ってくと張り切ってたからな」
「クレームかもしれないわよ?」
「だったらめんどくせえな・・・・・・」
どうやっても不良品は発生する。もし持ち込んだ魔法道具に不備があれば、面倒な事になるのは間違いない。
杞憂だが。
「母さん、個室確保だ。あ! サラーラ! 茶ァ用意してくれ!」
「かしこまりましたー」
ここにはVIP用の客室が存在する。
大手取引はここを利用することがほとんどだ。
「卿人、雪華、お前らは午後の予定変更だ、頼みたいことがある」
「頼みって?」
「俺の代行だ」
九江魔法道具店の店員さん達は既に卿人君と雪華ちゃんを夫婦として認識してます。
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