第10話 商業ギルド
本編です。
九江魔法道具店について。
九江魔法道具店は10年ほど前に商業区に開店した比較的新しい店舗だ。
年若いランクA冒険者、九江十三郎が戦闘にて負傷、引退。同じパーティーメンバーのランクA冒険者、廿浦三春と結婚。ここ港湾都市ネルソーに移り住み、生業として始めたのがこの店だ。
この魔法道具店は商品の製造、販売をしており、店舗も小さいが販売する魔法道具の質が良く、すぐに繁盛し始めた。
曰く。
魔鉱石に刻まれた魔法式がすばらしい。
魔法道具自体が頑丈で壊れにくい。
スイッチ関連がわかりやすく設計されており、使い方がすぐにわかる。
添付された説明書きが親切。
不良品はきちんと交換してくれる。
従来品と値段が変わらない。一部は従来品より安い。
店主が超イケメンで奥さんがめちゃくちゃ美人。
等々、至極評判が良かった。
売り物は単価も高くそうそう買い換えるものでは無いので、客が殺到するという状況はなかったが、品質の良さから客足が途絶えることはなかった。
おもしろくないのは他の老舗魔法道具店である。
最初は新しく出来た魔法道具店などすぐに潰れると思っていた。
野蛮な冒険者が見よう見まねで作った魔法道具など売れるわけがないと。
さらに地域密着型の店舗は固定客を囲っているため新規開拓には向かないと理解していたからだ。
だがその固定客ですら取られてしまった。
質もそうだが、壊れにくいというのは高価な魔法道具においては絶対的なアドバンテージとなる。
悪質な魔法道具店は儲けを維持するためにわざと脆く作っているところもあるくらいだった。
老舗はこれはいけないと商業ギルドに独占販売は良くないと泣きつくが、評判の良い魔法道具店にそんな注意をするのは商業ギルドにとってもデメリットしかない。
だが独占状況は税収を下げる恐れがあるので商業ギルドは仕方なく九江魔法道具店に対して製造法の開示を要求した。
断られても仕方ないと思っていた商業ギルドだが、九江魔法道具店はあっさりとその製造法を開示。
まるで作れる物なら作ってみろと言わんばかりだった。
製造法を手に入れた老舗魔法道具店は愕然とした。
製造のレベルが高すぎるのである。
特に高価な素材は使っていないし、魔鉱石自体も至って普通の物だ。
だがこのクオリティを出すためには高い技術がいる。
製造方法自体が嘘だと言う者もいたが、一緒に提出された小型の魔法コンロは製造法と同じ材質、作りをしており、魔鉱石に刻まれた魔法式は息を呑むほどに美しく、そして精密だった。
これは作れないと思った老舗魔法道具店は商売人として最低の手に出る。
九江魔法道具店に嫌がらせを始めたのだ。
悪い噂を流したり恐喝したりクレーマーを送り込んだり。
だが品質という絶対的な評価対象の前にはどれも無意味だった。
クレーマーへの対応も素早く、悪質な者には容赦が無かった。これも地域の信用を勝ち取っていたがためである。
商機に聡いものはこの時点で九江魔法道具店と委託販売の契約を取り付けていた。収入は減るが生活が出来なくなるよりはり良い。
だが愚かな者達はやはり愚かなままで、盗賊やごろつきどもを従えて物理的に九江魔法道具店を襲撃したのだ。
怪我をした元冒険者とその嫁など数の暴力でどうとでもなる、と。
近所の裏の天地流道場など見せかけ格闘技でしかないと思っていた。
だが結果、襲撃者達はたった1人の男に全滅させられた。
這々の体で逃げた首謀者の1人は、10年たった現在でも天地流の影に怯えている。
九江魔法道具店はお隣のワンガス武防具店と提携。ワンガス工房の職人達が魔鉱石以外の部分を作成し、九江十三郎が魔鉱石に魔法式を刻むという形態をとった。
元々九江十三郎の鍛冶技術は悪くなかったがそこは本職、さらに壊れにくくなり10年は保つとまで言われるようになった。
元々魔法道具の外装部は見習いや腕の良くない職人が練習がてら作成するもので、マージンのほとんどを販売側が取っていた。
これをきちんとした職人に任せるようにし、適正な報酬を用意することにより値段はそのままで質の良い外装の確保が可能になった。
この一連の流れを作り出すことが出来たのは、ワンガスの息子ランガスの手腕による。
ワンガスは武具以外を鍛えるつもりはなかったが、九江夫妻から貰った魔法道具のできに感動、ランガスの説得により職人の一部を魔法道具外装作成に回すことになった。
もちろん魔鉱石へ魔法式を刻む作業の手も足りないので、今では十三郎の弟子とでも言うべき職人が多数、ワンガス工房の隣に詰めて作業を行っている。
こうして九江魔法道具店はネルソー中に支店を持つ一大企業へと瞬く間に成長したのである。
九江夫妻は莫大な資産を手に入れたが、現在も本店で仲むつまじく働く様子が見られる。十三郎はふとしたきっかけで新商品を開発し、三春も同じく魔法式の改善に余念が無い。
◇
「私はこんな報告書もどきが読みたいのではない!」
高級紙で出来た報告書をびりびりに破って放り投げる初老の男。
港湾都市ネルソー海岸部にある役所郡。そこの商業ギルドの貴賓室だ。
役所などの施設が海岸部にあるのは果国との貿易や手続き関連のためである。
初老の男、アサムは唾を飛ばしながらわめき散らす。
癖の強いもじゃもじゃの薄い金髪に同じ色の濃い口ひげ。青灰色の瞳は怒りで血走っていた。やせぎすで筋肉がなくほっそりしているが、顔の骨格ががっしりしていて迫力がある。
「しかも何だこの物語みたいな文体は! 舐めてるのか!」
「いいえ、これは報告書ではなく抜粋です。「ネルソー商業区の歴史」というワンガス武防具店のランガス氏が執筆なされた最新版の冊子に載っています」
「自分で手腕とか言ってるのか!」
「実際それくらいの力はございますね」
唾をよけながら受け答えしているのは、ここのギルドマスターの秘書だ。
ギルドマスターが不在のため秘書が応対している。黒いパンツスーツを着用し、白銀色の髪と瞳の長身スレンダー美女だ。黒眼鏡がチャームポイント。その美しい顔はアサムの態度によって不愉快さに彩られている。
「だいたい何なのだこの襲撃のくだりは! 天地流のような遊び流派で、しかもこんな田舎にそんな者がいるわけがない! くだらん! 創作も大概にしろ!」
「はぁ、ですが九江魔法道具店については正確に書かれております。ユニリア王国商業ギルド本部流通部門部長殿」
「馬鹿にしておるのか?」
「滅相もない、ちなみに詳細な報告書は部長殿が今一緒に破り捨てられました」
「なんだと!? ・・・・・・もう一部用意せよ」
「かしこまりました」
その場で小脇のファイルから取り出す秘書。破り捨てられるのを予測していたらしい。
ユニリア王国商業ギルドの部長といえば支部のギルドマスターより力を持つ。
「九江とやらについても怪しいモノだ。もとランクA冒険者がこんな田舎で隠居などしているものか。年若いとあるがその九江十三郎とはいくつなのだ?」
「30歳と聞いております」
「それ見ろ! 当時20でランクAだと? 馬鹿も休み休み言え。ランクAといえば最速でも20代半ばからだ! なぜわざわざネルソーくんだりまで来てやったというのにホラ話を聞かされねばならん! だいたい果国人というのが気に喰わん」
では冒険者ギルドに行って確認して来たらいかがです? とは言わなかった。
秘書は逆らうのを止めることにしたのだ。だいたい王都からくる人間にはろくなのがいない。
そもそもユニリア王国が栄えているのは、その立地から他国との交易の要であることと、果国との貿易をネルソーが一手に引き受け、その利益を享受しているからである。
田舎などと、ましてや果国人を馬鹿にされる謂われは本来ない。
今回アサムがネルソーにやってきたのは九江魔法道具店製の商品を検品・・・・・・という名の強奪が目的である。
根性のある行商人が大型の魔法道具を王都に持ち込んだのがきっかけだ。ここから王都までは2月ほどかかるので、その間の輸送費は護衛費含め莫大なになるが、良い物を王都にと、すばらしい商人魂でやり遂げた。
王家に献上された魔法道具は絶賛され、ユニリア王直々に商業ギルドへ買い付けるよう依頼したのだ。道中の輸送費、宿泊費に加えなんと護衛に騎士団まで派遣すると言い出した。
これに対し商業ギルドは流通部門長のアサムの派遣を決定。
必要経費はすべて王家が持つうえ、護衛は騎士団。
そこに目を付けた商業ギルドは、王命による検品と称して大量にタダで持って帰ろうとしているのだ。
アサムはその何割かと昇進を約束されている。
もちろん今回限りの裏技だ。定期輸送が必要ならば安く行商人を使えば良い。
そう、今回命がけで運んできたような商売馬鹿を。
直接王家に献上されたため商業ギルドは現物を見ていない、なので商品に期待していない。
王家が欲しがったのはデザインの斬新さか何かで実用性は王都のものに比べれば低品質だろうと高をくくっていた。
騎士団はお目付の意味もあるだろうが、すでに買収済みである。
街で好きにしてこいと金を握らせれば一発であった。
それでも護衛として何名かつけられたが、ギルド内部まで入ってこれない。
「ふん、この報告書も似たようなものではないか」
「はぁ」
もはや会話すらしたくないと気のない返事を返す秘書。
「まあよい、早速この九江とやらを呼び出せ」
その言葉に目を丸くする秘書。
「検品ならば出向くのが普通では?」
「やかましい! 王命を受けた王都の商業ギルドだぞ! たかが田舎ギルドの分際でつけあがるでないわ!」
めちゃくちゃである。
検品なのだから持ってこさせたら何の意味も無いわけで。
もはや何を言っているのか解らない。
これは一度確認した方がいいかもしれないと秘書が思い始めたところで、貴賓室のドアノックされ、開かれた。
「いやいや済みません、思いの外時間が取られましてな」
そう言って入って来たのは、白髪をなでつけた60代半ばの痩身の男。ねずみ色のちりめんの着物に濃紺色の羽織をしており、いかにも果国の商人という格好をしている。ちりめんは最高級の物を使っており、見る物が見ればその価値が解るだろう。
もちろん果国嫌いのアサムに着物の生地などわかろうはずもない。
地味な着物は一律貧乏そうに見えるのだ。
入って来た果国の老人に怒りの声を上げる。
「じじい! ここは下賤の者が入ってくるようなところではない! 出て行け!」
「失礼ながら」
秘書が怒気のこもった声を発する。
「ギルドマスターに不備があったでしょうか?」
「何?」
ぴくりとアサムの眉が跳ね上がる。
「果国人がギルドマスターだとっ!?」
「はい、手前は門倉伊助と申します。遠路はるばる、ようこそネルソーへおいでくださいました」
「カドっ!?」
アサムが固まる。いくら果国嫌いのアサムでも門倉の名前は知っている。
門倉家は果国の貴族だ。ユニリア王国では侯爵相当になる。
アサムは田舎と侮ってギルドマスターが誰か確かめもせずにやってきたのである。
情報は商人という職業にとって、いや殆どの職業で基礎の基礎だ。
そこで何が売れ、何が売れないのか、何がはやっているのか、そこで商品を売るには誰に許可を取れば良いのか、それを知らずにやってきたのである。
元々検品の品を持って帰るだけで商売をする気が無かったとは言え、あまりにもお粗末だ。はっきり言って馬鹿である。
「もっ、もう、申し訳ございません。き、貴族様が商売をやっておられるので?」
いきなり卑屈になるアサム。
流石に相手が貴族では王命といえど下手なことは言えない。
しかも他国の貴族だ。戦争になる可能性だってあるし、これが果国内なら平民など即座に首を刎ねられてもおかしくはないのだ。
「手前は幸運にも、帝より大陸との貿易を任された者の末裔に過ぎません、確かに貴族ではありますが。あまりお堅くならずに」
「は、はぁ・・・・・・」
無理である。
ギルドマスターの顔が解らなかったのは仕方ないとしても、誰かも知らずに来たというのは処置なしだ。しかもアポ無し。退出を命じられても文句は言えない。
「それで、九江魔法道具店の品を所望という事ですが、どの程度ですかな?」
だが門倉は何も咎めず、用件を切り出した。
「王命の検品でございます。すべての商品を10品ずつ持ち帰れとの命を受けております」
そうだ、王命なのだ。貴族とは言えユニリア国内の商業ギルドに属している以上、王命を突っぱねることは出来ない。ここで下手に出る必要は無いのだ
「検品? おかしいですな。魔道具の検品に同じ品物がそんなにもいりますかな? しかもそれをお持ち帰りになられると?」
魔道具の抜き打ち検品ならば大量にある中からランダムに選んで検査をする。しかもその場でだ。これは公平を期すためだけでなく、不備があればその場で指摘することができ、事故を減らせるからだ。
それなのに10個。しかも持ち帰るというのはまるで意味が無い。
「ええ、王都で万全の体制を整えてから検品するようにとのお達しです。私もおかしいと思ったのですが王命故仕方なくなのです。こちらも立場があることご理解いただけますな?」
今度は饒舌になるアサム。権力を振りかざすことにかけては頭が良く回る。
「ふうむ、わかりました、では九江魔法道具店の場所を・・・・・・」
「いえ、こちらに呼び出していただきたい。ギルドの恩恵を受けているのですから向こうからギルドに出向くのが筋でしょう」
この言葉に門倉は眉根を寄せた。
「報告書はお読みになったのですよね?」
「ええ、熟読させていただきましたぞ」
「でしたら九江魔法道具店がギルドの恩恵などほとんど受けていないことはご理解いただけているはずですが?」
ギルドの恩恵とは行商人や問屋の斡旋、土地、店舗の貸し出し等である。その代わりギルドは売上金に応じた額を税として徴収する。
だが九江魔法道具店はワンガス武防具店と提携したため、そのほとんどを自社で賄っている。つまりギルドの恩恵としてはネルソーにおける販売許可だけだ。逆にかなりの税金を納めている。
「いやいや、その販売許可こそが最大の恩恵ではないですか。販売許可無ければ商売そのものが出来ないのですから」
「・・・・・・成る程。王都のギルドとは些か認識に乖離があるようですな」
門倉の雰囲気が変わる。どこがといわれてもよくわからないが、変わった。
「お引き取りください。手前どもがそちらに協力できる事はございません」
その言葉にアサムは憤慨した。
「王命ですぞ! それを断ると!?」
「左様にございます。もし本当にそれが王命なのでしたら、ですが」
「私が嘘をついていると?」
「それは手前にはなんとも。ですがその要求は飲めませんな」
「ユニリア王と上には報告させていただきます」
「どうぞご自由に」
「・・・・・・失礼させていただきます」
肩を怒らせながら出て行くアサム。外で控えていた従者になにやら怒鳴り散らしていたが、どうでも良い。
「良かったのですか?」
「何がだ?」
秘書の問いかけに、葉巻に火を付けながら答える門倉。
「あの様子では勝手に九江の所に行って勝手に持ち出し始めますよ?」
「好きにさせておけ、あの十三郎だぞ、どうせ何も出来ん」
「そうですね・・・・・・」
猛禽の目をした青年を思い浮かべ、秘書は納得した。
門倉は紫煙をくゆらせ、思案する。
不自然な王命。数の多すぎる、持ち帰っての検品。
十三郎の気の短さ。
「ベリア」
「はい」
「至急ユニリア王都の大臣に連絡をとれ、間違いなく虚偽だ。緊急用の通信魔道具を使え」
「かしこまりました」
商業ギルド本部にとっての誤算は、アサムの無能さと、門倉がユニリア王都大臣とのパイプを持っていたことだろう。
アサムの方が黄金のお菓子とか持ってきそうですね。