閑話1 出会い
閑話その1です。
閑話だけ投稿しようと思ったのですが、次の本編で主役の2人が出てこないため、
一気に投稿することにしました。
九江卿人死亡前
於都内某高等学校
17:30
新校舎2階、2-3教室。
田端健一郎。九江卿人。朧雪華。
◇
茜色の教室の中には僕、田端健一郎だけが存在している。
なんてかっこつけてもぼっちが放課後の教室で佇んでいるだけなんだけどさ。
何してるかと問われれば答えて見せましょう、部活のサボリだよ。
僕は運動なんて出来やしない。運動音痴だ。両親が運動部に入れとうるさいのでテニス部の補欠という扱いで所属している。所謂幽霊部員というやつだ。
こんな無茶が通るほど、僕の運動神経は壊滅的なのだ。テニス部からは人数合わせとしてでもありがたいと言われているけど、怪我をされてしまってはかなわないというのが本音だろう。もちろん僕の意識が低いからといわれればそのとおり。名前を入れてもらってるだけでも感謝だ。
そういうわけで絶賛読書中。中身は異世界転生モノ。
何かしらあって死んで、異世界に転生して、チート能力を駆使して世界を救い、ハーレムを築くというのか大体の流れだ。順番に前後はあれど、この流れから外れる事はあまりない。
この水戸黄門じみた安心感が好きで目についた側から媒体問わず読んでる。
本来は部活中の時間を利用してラノベを読めるのはとても都合が良い。
どうせ来年は受験勉強で手一杯になるんだ。今は好きなことさせてもらおう・・・・・・。
そんなこんなで放課後のこの時間を満喫している訳だが、なにやら廊下を人が歩く気配。部活が終わるには少し早いし、この教室の前を通るような移動は無いはずだ。
見回りの先生かなあ。テニス部の顧問から許可をもらってるけど、説明するのも面倒なんだよ。頭固い人だと納得してくれないし・・・・・・。
どう説明しようかと頭を悩ませていたら、半開きになった教室のドアからひょっこり顔を覗かせた。
天使が。
いやもちろん天使なんて居ないから人間の女の子なんだけど。
高い位置で括ったサイドポニーの黒髪は、夕日を反射して青く見える。
くりっとした垂れ目の左には泣きぼくろがあって、幼い顔立ちに妙な色気を添えている。
派手さは無いけど、明るく朗らかな性格に、とびきり可愛い顔と小さなボディ。それに反比例するかのように凶悪な胸部装甲が備え付けられていた。
学園のアイドルのひとりに数えられている、同じクラスの朧雪華さんだ。
彼女は僕を確認すると。
「よっ。田端君」
スパッと手を上げ、気さくに挨拶をしてきた。
・・・・・・。
え?
「あれ? 田端健一郎君だよね?」
「ぅえ・・・・・・あ、田端です。あってるし。うん」
自慢じゃ無いが僕は筋金入りの陰キャだ。学園のアイドルなどと言う住む世界が全く違う人間から話しかけられるだなんて思っても見なかったし、その学園のアイドルが僕みたいな存在感を消している男の名前を覚えていたのも信じられなくて、脳がフリーズしてしまい、返事が遅れた次第だ。
しかも何だこの変な返しは。動揺しすぎだし。
だけど予想に反して朧さんは、にぱっと笑う。
「ああ! よかった! クラスメイトの名前間違えたら恥ずかしいもんね!?」
「あ、いや・・・・・・」
それこそ恥ずかしながら、僕は半分も覚えてない。
それにしても、学園のアイドルが僕に何のようだろう?
放課後の皆が部活で居ない時間。夕日の差し込んだ教室。クラスの美少女と陰キャの組み合わせ。
え、もしかしてこれは期待してしまっていいのでは?
ついにラノベみたいな展開が僕にも起こるのか!?
愛の! 告白! 来ちゃうのか!?
期待に胸を膨らませている僕を余所に、朧さんは廊下に向けて誰かに話しかけた。
「九江くーん! やっぱり教室に居たよ!」
うげ! 今九江って言ったか!?
「おっけい! 今行く!」
僕にとってあまり聞きたくない声が、足音と一緒に廊下から響いてきた。
九江って言ったら九江卿人の事だろう。これまた僕と正反対の人間だ。基本何でもやるし、何でも出来る。所謂ウェーイ系ではないけど、クラスの人気者。日の当たる縁の下の力持ちとでも言おうか、とにかく万能っていう言葉が似合う。
果たして、現れたのは九江卿人だった。
黒髪をウルフカットにセットして、細い目は少し軽薄そう。意外にも制服は着崩したりせず、かっちりと着こなしている。
奴はこちらを見て、にかっと笑うと朧さんと似たような仕草で。
「よう、田端! ちょっといいかな?」
「・・・・・・」
朧さんといい九江といい、どうして僕の顔を覚えて居るんだろう?
「ええっと、田端、だよな?」
「九江君、それわたしもやった」
「マジか」
ちょっと面白い。でも、本当に何のようだろう?
「ごめん、クラスの人気者ふたりに声を掛けられる覚えが無くてね」
僕の言葉に九江は少し鼻白んだ様子だったけど、気を取り直したらしく、教室の入り口から窓際の僕の席まで近寄って来た。朧さんも一緒にだ。
思わず腰を浮かせて逃げる体勢をとってしまう。いや、別に危害を加えられるとか思って無いけど、反射的に・・・・・・。
僕の行動に九江は笑うかと思ったけど、なんか凄く悲しそうな表情をされた。
「いやまあ、俺が快く思われてないのは分かってたけど、そんなに邪険にしなくても・・・・・・」
「う・・・・・・いや、反射的になんだ、すまない。話があるなら聞くし」
罪悪感にかられて思わず謝ってしまった。そんな顔をするような奴だとは思わなかったたし・・・・・・。
「うん。実はさ、協力して欲しいんだ」
「お金ならないデス」
「違うよ!? その辺の不良と一緒にされるのは傷つくんだけど? つうかウチのクラスにヤンキーなんて居なかったはずだよね!?」
「陰キャジョークだし」
「嫌なジョークだな!? つうか意外とノリいいね、君!?」
「いや、いっぱいいっぱいです」
「そんな気を使わなくていいからね!?」
まったく! と腕組みをする九江。
きちんと突っ込みを入れてくれるのは気持ちが良い。こっちが勝手に敬遠してただけとは言え、ちゃんと相手してくれるんだな。
「で、どこまで話したっけ?」
「まだ何も話せてないよ?」
「マジか」
「マジだよ」
朧さんと九江はそんな会話をしている。そういえばこのふたり、直接話してるの見たことなかったけど・・・・・・。
今それはいいか。
「それで? 何の協力を?」
「ああうん。ええと。今度の連休に文化会があるのは知ってるよね?」
「うん、もちろん」
文化会というのはウチの学校の行事のひとつだ。体育会があるのに文化会が無いのはおかしい! という一部教師と保護者の熱意により生まれたモノだそう。
文化祭じゃないのかという疑問は全くもって正しいのだが、この文化会は対戦形式の文化部をメインに据えたモノ。囲碁将棋オセロetc。
つまりはボードゲーム大会だ。クラスから各ゲーム男女ひとりずつが代表として選出される。まだ代表選出の段階だったはず・・・・・・。
って、まてよ。
「僕はやらないからね」
「なんでさ? 全国中学生将棋大会優勝者さん」
チッ。と。思わず舌打ち。
去年はなんとかばれずにすんだけど、今年はとうとう知られてしまった。
「嫌なんだよ。目立つのが。それが話ならもう帰るし」
少しは話しても良いと思っていたけど、それが用事ならもう話すことは無い。
結局、僕を利用しようとしてるだけじゃないか。
鞄をひっつかんで立ち上がると、九江は慌てて僕の腕を掴む。
振り払っても良いんだけど、九江の表情は真剣そのものだ。
「待って、待ってくれ! 出てくれって話じゃ無いんだ」
「じゃあなんだ。肩書きだけでもって? 嫌なこった。僕はもう将棋とは関わらないし」
袖を払って帰ろうとしたら、今度は朧さんが立ちふさがった。
真面目な顔で見上げられて、少しどぎまぎしてしまう。いや、でも騙されないぞ。
朧さんは僕の手を両手でぎゅっと握り、逃がすまいと力を込めた。
「田端君。せめて最後まで話を聞いて。わたし達も真剣なんだよ?」
「・・・・・・僕は嫌だと言ってるんだけどね」
すとんと、手近な席に腰を下ろしてしまう。
狡いぞ! 女の子に免疫が無い僕には抵抗のしようが無い! しかも天使みたいな子に手なんか握られたら・・・・・・。
「わかったよ・・・・・・改めて聞くけど、僕は何をしたらいいんだ?」
九江はホッとした様子で、こちらの目をしっかりと見て。
「俺に、俺たちに将棋を教えてほしい」
「は?」
何の冗談だろうと思ったけど、朧さんも、九江もいたって真面目だ。
「文化会って言っても、クラス対抗の将棋大会なんだし、適当で良いでしょ? わざわざ僕に教わる理由は?」
「え。だって勝ちたいじゃないか。体育祭だろうとなんだろうと、勝負なんだからさ。折角なら楽しんで、勝ちたいだろ?」
むしろなんで? という感じの九江の様子に、僕は絶句した。
そうか、そうだよな。
僕だって最初は、そんなシンプルな理由だったはずだし。
「わたしと九江君で相談したんだけど、田端君は何か事情があるみたいだから、そこは聞かずに勝つためのコツとかないか聞いてみようって」
「・・・・・・なんでこんな陰キャに声をかけたの?」
「なんでって、俺は田端と話してみたいと思ってたし。君には迷惑かもだけど」
「わたしもだよ。田端君とはお話したかったんだ」
「そんな、クラスの人気者に・・・・・・」
「やめてくれよ。朧さんはともかく、俺はそんな大層なもんじゃない。やれることをやってたらこのポジションにいるだけだよ」
その、やれることをやっただけっていうのが凄いのだが。
「なにがわたしはともかく、よ! わたしだって学園のアイドルなんて肩書きいつ付けられたのか分からないんだから!」
朧さんの言葉に、思わず九江と目配せしてしまった。
「何? 何か意見でも?」
「いいや、自覚が無いってのも才能のひとつなのかね・・・・・・。とにかく、俺も朧さんも、田端と話す機会を伺ってたんだよ」
苦笑する僕と九江。
「わかった。九江、朧さん。その話、引き受けるし。本当に僕は出なくていいんだね?」
「ああ、その代わり勝てるようにしてくれよ?」
「それは君たち次第かな? あ、それと条件がひとつ」
「お、いいね。なんだい?」
何故か嬉しそうにしてる九江。
いや、普通嫌そうな顔するんじゃないのかそこは。
「ふたりとも友達になってくれ」
ぎょっとした顔でこちらを見るふたり。
ふむ。
「いや、正直、田端からそんな言葉が出るとは夢にもおもわず」
「ちょっと九江君!」
「なんだよ朧さん」
「みんなで友達になればいいんじゃないかな!?」
「成る程!」
あ?
「え、待って。君たち友達なんじゃないの?」
僕の言葉に朧さんと九江は示し合わせたように同時に僕を見た。
『ほぼ初対面です』
「うそだあ!?」
まあ、聞いた話によると1対1で会話したことが無いという事らしいのだけど。
僕達3人の出会いはこんな感じで始まった。
つまりは3人ともほぼ初対面ですね。