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待雪草は誰がために咲く  作者: Ncoboz
第一章 転生~幼年期
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第1話 舞台からの転落

初投稿です

初期は主人公が死ぬまで



 ○舞台からの転落


「ちょっとこっち手伝って!」

「オッケー! これ終わったら行くよ!」

「おいアレどこやった!? すすまねえんだけど?」

「さっきそこあったぞ? よく探せ!」


 教室に喧噪が響く。都内の私立学園は学園祭準備の真っ最中だ。

 秋の空はいつもより高く感じるほどに澄んでおり、校門から伸びる並木道は秋色に色づいていた。例年より残暑が厳しい中、学生たちは精力的に活動している。


 ここ3年2組の教室では明日の本番に備えて最終調整が行われている。この学園祭で優秀な成績を収めたクラスはTVで取り上げられるとあって気合いの入り方が尋常ではない。受験で忙しい時期のはずだが、いい息抜きとして作用しているようだ。


 九江卿人ここのえ けいとはそんな中で人一倍走り回っていた。三面六臂の大活躍でクラスのあちこちを手伝って回っている。器用なもので2つ3つ仕事を兼任して回しているのだ。当初はあまり乗り気ではなかったが、面倒見の良い性格も手伝っていまでは一番の働き者だ。


「卿人ー」


そんな卿人を呼ぶ声がある。クラスメイトの田端健一郎たばた けんいちろうだ。中肉中背、至って普通の高校生だが、少し眠たげな表情が特徴といえば特徴か。のんびり屋でお人好し。おとなしいといえば聞こえは良いが、ぶっちゃけ目立たない。卿人とはタイプは違うがウマが合い、いわば親友だ。彼はこの学園祭においてクラスの責任者という立場をとっている。押しつけられた訳ではなく、自分から手を上げたのだ。卿人がやる気を出したのも、このお人好しの頑張りに当てられたからと言うのもある。


「おう、どした?」

「ここの作業なんだけど人を回すからあっちを手伝ってくれるかな? 卿人じゃないと厳しそうなんだ」

「わかった、きりの良いとこまでやったらそっちにいく」


答えながら作業を続ける卿人。健一郎はその様子を目を細めて見ている。


「卿人、有り難うね。君がいなければ間に合わなかったかもしれない」

「よせやい、お前の判断が良いからだよ。俺じゃここまで効率よくできてないさ」


 ちょっと照れながらも作業の手は止めない。


 実際、健一郎の人を見る目はたいしたもので、これは合わないだろうと思われた作業もやらせてみると意外とハマる。作業効率が異様に高いのだ。これで間に合わなかったら男が廃る。なんて考えながらきりの良いところまで作業ができた。


 振り返ると、健一郎は女子と話をしていた。高く括ったサイドポニーは碧く見えるほどにつややかで、つんと綺麗に尖ったおとがいに、若干垂れた目を持つ美少女。身長は低めだが、制服を押し上げる胸元はとても豊かに実っている。


 (おぼろ) 雪華せっか。明るく活発で、クラスの、いやさ学園のアイドル的存在である。その割に謎が多く、ミステリアスな雰囲気も持っている。そのせいか口さがない女子たちに妙な噂をながされたりするが本人は気にする様子もなく、みんなとフレンドリーに接している。学園祭において彼女は健一郎のサポート的な立場だ。


「あ、九江君お疲れ様」


卿人に気がついた朧は、にぱっと笑いかける。花が咲いたように笑う女子だ。


「ああ、朧さんもお疲れ。じゃあ健一郎、俺はあっちに行くが、無理するなよ?」

「頼んだ、でもここで無理しないでいつするんだい?」

「確かにそうだ。朧さん、こいつが無茶しないように見張っててくれよ?」

「任せておいて!」


 ぱちりと卿人にウインクを送ると、健一郎との打ち合わせに戻る朧。


 実は健一郎と朧。つきあってはいないが好き同士である。朧が健一郎の事を気に掛けているのが卿人はすぐに気付いたのだが、健一郎は驚異的な鈍さを発揮して全く気がついていなかった。だが学園のアイドルである朧のことを健一郎が嫌っている筈もなく、卿人はたびたびお節介を焼いては2人の時間を作ったりしていた。


 その甲斐あってか、今では友達以上恋人未満の関係になっている。早くくっつけよと思わないでもない卿人だが、どうやら学園祭を機に上手くいくんじゃないかという確信に近い予感をもっていた。


楽しそうに打ち合わせを続ける2人を尻目に、卿人は次の作業に向かうのだった。



「最優秀賞! 3年2組!」


 拡声器から放たれたノイズ混じりの発表に、3年2組の面々は わあっ! と声を上げて喜んだ。最終日の後夜祭。夕日で橙に染まったグラウンドで行われた優秀クラス発表である。


 卿人はそんなみんなの様子に満足げな表情を浮かべていた。


「頑張った甲斐があったなあ」


 等と独りごちていると、クラス代表と言うことで健一郎が壇上に押し上げられた。最優秀賞をとったスピーチをさせられるのであろう。慣れていないのとTVクルーがカメラを回しているのも手伝って、がちがちに緊張しているのがここからでもうかがえる。


「え、ええと、今回3年2組が最優秀賞に選ばれたのはクラスの皆様のおかげでアリマス!」


 妙な言い回しにどっと笑いが起こる。自分の物言いに気付いてバツが悪そうにケンケンと咳払いをすると、大きく深呼吸をした。


「今回、僕が特にお礼を言いたいのは。一番頑張ってくれた九江君! 彼がいなかったら間に合わなかったかもしれない。有り難う!」

「いてっ! やめっ! ヤメロお前ら!」

「恥ずかしがるなって! お前にはみんな感謝してんだよ!」

「そうだよ! さすが九江君!」


 クラスメイトにべしべしと叩かれ手荒い祝福を受ける卿人。嫌がりながらもその表情は明るく。とても嬉しそうだ。


 健一郎はその様子を満足そうに見ていたが、表情を改めると、意を決して口を開く。


「そして、もうひとり。準備の間ずっと僕のそばにいてくれた朧さん。彼女がいなかったら僕はパンクしていたかもしれない。ありがとう。それと・・・・・・」


 みんなが一斉に朧に注目する。主に男子は合法的に朧を見られるとあってすごい勢いで視線を向けた。その大半が胸に向かっているのは年頃の男子の悲しい性だろう。だからといって何人かだらしない顔をしているのはいかがなものか。


 注目された朧は気恥ずかしそうに少しうつむいている。だが、何かを感じ取っているのか、目線は健一郎にしっかり向いていた。


「朧さん、僕は、僕は、これからも君にそばにいて欲しいんだ! 好きです! 付き合ってください!」


 ばっ! と頭をさげる健一郎の姿に、卿人は感動していた。地味キャラでどちらかと言えば引っ込み思案だった健一郎が、これだけの観衆の中、しかもテレビカメラまで回っている中で告白をしてのけたのだ!


 だいたい女子はこういった場で告白されるのを嫌う。恥ずかしいから。でも朧さんは違うと卿人には解っていた。彼女はこの場で告白した健一郎の勇気をこそ評価するはずだから。


 案の定、朧は顔を夕日よりも赤く染めながらも、涙目ではっきりと答えてくれた。


「はい! わたしも! そばにいたいです!」


 こういうときに敬語になる女子って良いよね。とかくだらないことを考えていた卿人だが、周りの反応が酷かった。特に男子。


「てめえ田端! 勝手に告白してしかもOKもらってんじゃねえよ! もげろ!」

「なんで朧さんがあんな地味なやつに・・・・・・ちくしょう祝ってやる!」

「お、朧ちゃんが幸せならそ、それでいいん、だな、だな!」


 祝福とねたみが混ざったような反応は、かえって卿人を安心させた。健一郎の方を見れば、やはり顔を赤くして嬉しそうな、泣きそうな顔をしていた。ふと、目が合う。親指をぐいっと立ててやると。健一郎はこくりと頷いた。


「さあお前ら! 王子様とお姫様の邪魔するんじゃねえよ!」


 卿人は声を張り上げて、2人のために道をつくる。壇上から飛び降りた健一郎は、まっすぐに朧の元に走って行き、彼女を抱きしめた。


 冷やかす声と怨嗟の声を聞きながら、卿人は親友に祝福の拍手を送るのだった。


 うん、やっぱり頑張った甲斐があったな。



 それから時は過ぎ、すでに推薦入試で合格をもらっていた卿人は大学に進学する。健一郎、朧の2人も同じ大学だ。これから楽しい楽しいキャンパスライフが始まる。はずだった。


「地方キャンパスに入学?」


 俺は思わず声を上げた。大学から入学直前に送られてきた手紙をもう一度読み返す。


 九江 卿人 様

 ご入学おめでとうございます。この度、貴方の進学理由や専攻について議論を重ねましたところ、当大学の地方キャンパスにて授業を受けられた方が適当であるという結論に至りました。よって、地方キャンパスへの入学手続きを行っていただきますよう、お願いいたします。急な通知になりました事、深くお詫び申し上げます。つきましては・・・・・・。


 この先は手続き方法と特別入学支度金についての案内だ。進学理由や専攻って、特に変わった事を希望した覚えはないんだけど。

 何の冗談だと思いつつ、取り合えず地方キャンパスの住所を確認。うん、ホントに地方だ。都内から新幹線で4時間かかる。


「いや、絶対大学側のミスだろ」


 もう一度、手紙を読み返すと俺が入学を希望した学部とは異なる学部が記載されていた。やっぱりミスじゃないかと、お問い合わせ先と記載されている番号に電話を掛ける。

 数コールで繋がり、大学の相談窓口であることを確認。間違った学部の記載があり、地方キャンパスに入学するよう通知が来た旨を話し、自分は推薦入学であり面接の時点でもこの学部を希望した事はないと細かく説明した。これで大丈夫だろうと思ったのだけど、信じられない答えが返ってきた。


「いいえ、九江様の受けた学部はそちらで間違いありませんし、書類上の不備もございません」

「そんな馬鹿な! ちゃんと確認してくれよ! そうだ! いま受験票が手元にあるから番号を確認してくれ!」


 敬語もなにもほっぽり出して訴える。そんなことがあるはずがない!


「・・・・・・確認しました。ええ、間違いありません。そちらの受験票に記載されている学部の方がこちらのミスのようです、申し訳ありません」

「いやそんな!」

「失礼ですが、入学許可証明書は確認なされましたか?」


 慌てて証書を引っ張り出す。合格したと油断していて詳しく読んでいなかった。祈るような気持ちで確認するも、果たしてそこには、希望していない学部の名前が書かれていた。


「間違いないようですね。では入学手続きに関しての説明をさせていただきます」


 相談窓口のお姉さんがなにやらいろいろ説明してくれていたが、俺の頭にはほとんど入っていなかった。ただ、なんでこんな事が起こったのかと答えの出ない疑問がぐるぐると頭を巡っていた。


 気付けば俺は、都内から離れた大学寮の部屋で佇んでいた。


「!?」


 ここまでの記憶がない。いや、正確にはあるのだ。親に相談するも、そうなってしまったのは仕方がないと手続きをし、数日をかけ特別支度金を使って寮生活に必要なものを買いそろえ、新幹線と電車を乗り継いでここまでやってきたのだ。

 正気に戻った、というのが正しいかもしれない。思い出した記憶も夢のようにぼんやりとしたもので現実味がない。もっと、何かしらやりようがあったと思うのだが、ここまで来てしまってはどうにもならない。


「嘘だろ・・・・・・?」


 ぴりりりりりり


 端末の呼び出し音にびっくりする。画面に目をやると、叔父の名前が表示されていた。叔父は俺が入学するはずだった学部の助教授で、俺が推薦入試を受けるにあたって骨を折ってくれた人でもある。そうだ! 叔父さんに相談すれば良かったのに!


「もしもし叔父さん? いったいどうなってるんだよ?」


 挨拶もそこそこに問いただす。良くないとは思いながらも、どうしても詰問口調になってしまう。


「すまない、卿人。どうやら君は生け贄に選ばれたらしい」

「生け贄!?」


 現代社会で実際に使われるような言葉じゃないよね!?


「学長が代議士の息子を無理矢理ねじ込んだらしい。それでちょうど空きのあったそっちのキャンパスに卿人を移動させたと、そういうことみたいなんだ」

「みたいなんだ、ってそんな横暴な」

「たまたま目に付いた君にたいした後ろ盾がなかった、というのが理由だ。僕も抗議したんだが助教授程度じゃ手出し出来なかったよ」

「もしかして・・・・・・」

「ああ、脅された。クビにした上どこの大学でも雇ってもらえなくなるとさ」


 よくある話、いや、話としてはよく聞くパターンだけど、自分が当事者となるととても信じられたものじゃない。叔父さんも淡々と話しているが、相当悔しかったんだろう。むしろそこまで事情を知ることが出来ただけでもすごいのかもしれない。


 叔父さんは何度も謝罪してくれたが、叔父さんが悪いわけじゃない。ちゃんと入学許可書を確認しなかった自分も悪いのだ。もっとも、その時点ですでに手遅れだったような気もするけど。


「ありがとう、叔父さん。なんとかこっちで頑張ってみるよ」

「・・・・・・すまない」


 叔父さんが電話の向こうで頭を下げているのが見えるようだ。通話をきる。


 ぱんぱんと、頬を張って気合いを入れる。

 納得は行かないが理由は分かったのだ。だらだらと引きずらずにこちらで頑張ったら良い。何とか順応して、勉強して、帰る。頑張ればちゃんと報われるはずだ。


 そう自分に言い聞かせて、俺は大学生活のスタートをきった。



「はぁ・・・・・・」


 一念発起して頑張ってみたものの、芳しくない。芳しくないどころではない。最悪だった。

 まず友人が出来ない。なぜかは解らないがまず第一印象が悪いらしく、まともに話が出来ない。返上しようと頑張るも、から回れば良い方、たいてい悪い方に事が運ぶ。おかげで学内での信用はがた落ち。ただの迷惑な存在と化してしまった。


 バイトもした。結論から言うとこの辺り一帯のバイト全部クビになった。料理関係なら食材を駄目にする。ホールなら時間毎に皿を割る。事務関係なら書類を無くす。パソコン関係ならデータを飛ばす。土方なら何かしらの理由で自分が倒れる。服飾関係なら服を駄目にする。コンビニなんかレジを壊す。あれってあんな壊れかたするんだね。知らなかったよ。いやあ自分のポンコツっぷりに笑いが出るぜハハハ。


・・・・・・。

    

「んなわけあるか!」


 叫んだところが交番の目の前である。ガタッと音を立てておまわりさんが立ち上がったのでダッシュで逃げた。


 以前の自分ならしない失敗を連発している。おかしい、確実におかしい。季節外れだがおみくじを引いてみた。


 末吉。


 おのれ! 凶は逆にレアだってかちくしょう!


 酷く悲しくなったので親に連絡を取ろうとポケットを探る。


「え? あ? マジか!?」


 無い! 端末が! 無い! さっきおまわりさんから逃げた時落としたのか? あまり気は進まないけどさっきの交番に。


 ザッ、ザザッ。


 いや、先に親に連絡をとろう。それがいい。財布は、あれ? どこにやったっけ? あれ? もしかして財布も? やっぱり交番に。


 ザザザッ、ザッ、ザッ。


 警察は、だめだ? いや流石にこれは行かない方が駄目だろ。


 ザザッ、ザッ。


 なんだ? さっきから視界にノイズが・・・・・・。


 ザッ、ザッ、ザザーッ。


 うん、疲れてるんだ、帰って、休もう。


 ザザザザザザッ! 


 気がつくと、見慣れない真っ暗な森の中にいた。


 え? 何これ? 俺なんでこんなところにいるんだ? そうだ、帰って寝ようと・・・・・・待て、俺はどこに帰って寝ようとしていた? もしかして実家に直線距離で帰ろうとしたんじゃないだろうな!? おいおい歩いたら何日かかると思ってるんだ。流石に引き返して助けを求めよう。疲労が酷い、いったい何時間歩いたんだろう。自殺志願者じゃあないんだ、勘弁してくれ。幸い近くに街灯のある道路が見えるし、車くらい通るだろ。


 ザザッ。


 いや、それよりも疲れた。ここでいいや。もう、寝よう。


 ザザザザザザザッ。ザッ。ザッ・・・・・・。


きっと、あしたになれば、なんとか、なるよね


 ザッ、ザッ、ザッ、ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア・・・・・・


 その後、卿人の捜索願が両親によって出されたのは年末。お盆はともかく年末の予定を聞こうとした両親が連絡したのがきっかけである。手もかからずしっかりとした息子だったので、用事があれば連絡してくるだろうと思っていたのが災いした。

 

 友人もおらず、講義に顔を出していないのも気付かれず、バイトはすべてクビ、大学寮の寮長は意味も無く卿人を嫌っており無関心。何の手がかりもなく捜索は難航。驚いたことにゼミの担当教授ですら彼の不在を認識していなかった。かろうじて大学から随分離れた場所にある森に入った不審者の情報があったが、これを卿人と結びつけるのは無理があった。やがて捜索は打ち切られる。


 こうして九江卿人は、誰にも看取られることなく、発見されることもなく、暗い山中の雑木林で、


 死亡した。

 



次回は転生のためのブリーフィング

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