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1話:魔法戦争ゲーム(サバト)1万5千字(省略なし版)

 小3の時、()(みず)朝日(あさひ)はごく下らない理由でいじめられていた。幼馴染の桃井(ももい)月夜(つくよ)が貸してくれた女の子向け魔法少女アニメの面白さをクラスメイトの男友達に熱弁したことが理由だ。

 日曜朝にヒーロー作品を見ず、女児向け作品を見る男子小学生は村八分もといクラス八分にあうのだ。

 その日、朝日は「戦隊VS魔法少女」と称して公園でいじめっ子達に転ばされ、膝を擦りむいていた。

 いじめっ子達が帰った後、1人公園で泣きじゃくる所に月夜が現れ、おぶって家まで連れて帰ってくれている所だ。

 夕焼けの路上。左右には家々が。

「朝日泣かないで! お家までもうすぐだから」

「ひっぐすっ……ぐすっ……ひっ……」

「朝日しっかりして。いじめっ子なんかに負けちゃだめだよ!」

(って言っても私のせいなんだよなぁ……。あのアニメ朝日に見せたりしたから)

「だって……あいつら月夜ちゃんが見せてくれたアニメバカにするから……」

「ふふっ、そんなことで怒ってたの~」

 背中から聞こえる朝日の言葉に呆れる月夜。

(でも……嬉しいなあ。私の好きな物で怒ってくれて)

「ダメだよ、男の子は魔法少女なんかじゃなくてヒーロー物みないと。仲間外れにされちゃうよ?」

「良いよ、仲間外れで。だって月夜ちゃんのアニメ、凄い面白かったもん!」

 それは強がりだった。

 本当は他の男友達の仲間に入れて欲しかったが、彼らと一緒になってあのアニメを馬鹿にすれば月夜に嫌われてしまう。

「そっか……。ありがとう! でも男の子はヒーローにはなれても魔法少女にはなれないから……」

「そーなの?」

「そうだよ」

 朝日は困った顔をしばらくしてから、閃いた顔で肩しか見えない月夜に宣言する。

「じゃあ僕、魔法少年になる!」

「へ? 何それ?」

「魔法少年なら男でもなれるでしょ? 僕が魔法少年。それで月夜ちゃんが魔法少女! これなら月夜ちゃんとお揃いだし、クラスの皆とも仲良くできるでしょ?」

 魔法使いの男の子なら皆も許してくれるだろう、といじめっ子達の顔を想像する。

 クラスメイトととも月夜とも仲良くできる方法だと思った。

「……あはははは! 変な朝日!」

 朝日の無邪気な発想に月夜は思わず噴き出してしまう。

 夕日眩しいオレンジ色に染まる路上で、おぶりおぶられの二人は自分達の後ろにいる生き物の存在に気づいていなかった。

「ふーん。彼は魔法少年になりたいんだ」


 小学3年生、8歳の朝日が本当に「魔法少年」になるのは7年後の話。

 この会話から3年後、朝日の母親が月夜を庇って殺され、月夜の左眼は切り裂かれ、閉ざされた。



 ☆

 深夜0時、埼玉県男女町(だんじょちょう)

 紫水朝日は15年間この町に住む、入学して2か月の男子高校生だ。

 現在、バイト終わりから高校の制服姿で帰宅途中。

 幼い頃から通い慣れている大公園の路上を気分上々で歩み通る。

 この大公園は体育館、プール、スポーツグラウンドが設備されている上、路上の左右は木々が生い茂り、川を繋ぐ橋も存在するため、自然を満喫するには最適な公園だ。

 美しい夜の満月を誰もいない大公園の木々豊かな路上から見上げてみる。まるで月を独り占めしているような気分になれた。

 とはいえ、浮かれていないで早く帰宅しなければならない。

 朝日には医者になるという目標があるのだから。

 大学の医学部を目指す以上、勉強時間の確保は必須だ。

 夜の路上を再び歩み始める。

 が、三歩進むより先にポケットの携帯がバイブした。

(誰かからの電話だ。バイト先からだと面倒だな。あの店長うるさいから)

 今日のバイトのことをふと思い出す。

 ファミレスでの接客は大勢の人に関わる業務なので仕方ないことだがお客の知らないおばさんに「君小学生?」等と聞かれてしまった。

 中学生と間違えられるのは頻繁だが小学生に間違えられるのは2か月ぶりだ。

 そう、悲しいことに2か月ぶり。

 身長157センチ、肌白童顔の朝日にとって、高校生になってから中学時代以上に自分の幼く見える見た目がコンプレックスになってきている。

 恐る恐るポケットから携帯を取り出して、登録名を見て安堵した。

 幼馴染の桃井月夜からの電話だ。

「月夜、久しぶり!」

 月夜とは中学卒業からこの2か月弱、全く会わなかった。

 小学校から毎日学校で顔を合わせていただけあって、数年くらい会っていないような感覚がした。

 いや、よく考えたら小学校どころではない。

 死んだ朝日と月夜の母も小学校からの幼馴染だったので、親ぐるみの仲から、赤ん坊の時から朝日と月夜は当たり前のように一緒にいたのだ。

 そんな赤ん坊の頃から常に隣にいた存在だからこそ、この2か月は数年という表現をしてもおかしくないくらいには長く感じられた。

『うん、久しぶり!』

 月夜の返答は相変わらず大人しかった。

 子供の頃からのことなので今更だったが、月夜は年下のくせに面倒見の良い姉のように振舞う。

 中学までと同じおっとりとした声色から察するに、高校入学後も変わらずな性格のようだ。

『高校は楽しい?』

「ぼちぼちだよ」

『……』

「……」

 月夜の質問も淡泊ながら、朝日も淡泊な返事しかできなかった。

 10数秒の無言の時間が流れる。

 お互い気まずいのも仕方がない。

 お互いの高校が別々になってしまった理由が理由なだけに。

『あのね、ちょっと朝日に相談したいことがあるんだけど』

 月夜は朝日との雑談の機会を諦め、本題を持ち出した。

「相談?」

『うん』

 月夜は昔から人に相談するタイプだし、人の相談にも乗るタイプだ。

 だが口調から今回の相談は結構重いことのようだ。

「今帰り道だから後で電話するよ」

『わかった』

 電話を切り、帰宅を急いで足早にした。

 しかしふと真っ暗闇の公園では不自然に目立つ「ある物」の存在に気づく。

 それは紫色の宝石のはめ込まれたペンダントだった。

 宝石の輝きが暗闇のアスファルトを照らしている。

 しかも猫が首にかけている。

 こんな高価そうな物を何故猫が?

 その猫の相貌も風変りだ。

 右半分が白で左半分が黒の毛色。

 瞳は紅く、どこかこの世の生物とは思えない。

 じっと猫を見つめていると猫がゆっくり前両脚を地から上げ、後ろ両脚だけで立ち上がった。そして――、

「おめでとう、紫水朝日君! 君は念願の魔法少年に選ばれました!」

 二足歩行の白黒猫は朝日に日本語で語りかけてきた。

「……へ?」

 呆然とする朝日の心中等お構いなしに猫は首のペンダントを前両脚……いや両腕で外した。

 そして野球の投手のようなフォームでそれを朝日に投げつけた。

「詳しくはあっちの世界で聞いてね」

 猫に投げつけられたペンダントがぶつかった瞬間、朝日の体は軽くなり、視界がぐにゃぐにゃになる。その体の軽さはまるで高速で空を移動しているような感覚だった。

 そう、まるで瞬間移動でもしている最中かのような。


 ☆

「え……どこだここ……?」

 朝日はペンダントから手を離し、腰を上げて周囲を見回した。

(さっきまで公園にいたのにどういうことだ?)

 そこは教会の中だった。

 祭壇に立つ朝日の真後ろには磔のキリストが縁取られたステンドグラスがある。

 扉から祭壇までは赤いマットが敷かれ、左右には無数の椅子が配置されている。

 朝日がぽかんとしているのも束の間、教会の入り口がバンッ! と強い音で開いた。

 入り口には三人の男がいた。

 右と左の男は30代くらいで黒いコートに身を包み、黒い三角帽子をかぶっていた。

 真ん中の男は50、60歳くらいに見える。背丈は190センチはあると思われる。赤いプレートアーマー(西洋風の甲冑)を着た筋骨隆々の初老の男だ。顔の造形が素で強面で、服装と肉体も合わさり戦士を連想させる。

「おお、来たか! 貴様を待っていたぞ!」

 真ん中の男が大きな声で朝日に向かって声をかけた。

「あの、ここは……」

「そんな呆けた顔になるのも無理はない。だが事の経緯を口で話すと長くなる。貴様にはこれを見て瞬時に理解してもらうぞ。何せ、ゲーム開始までもう時間がないからな!」

 朝日の困惑を無視して大男は腰にぶら下げていた杖を取り出して朝日に向けた。

 杖から眩い紅の光線が放たれ、朝日の体を貫いた。

 光線に貫かれた朝日はふらっと意識を失った。


 ☆

 朝日が眼を開いた時、朝日は自分の視界がおかしくなっていることに気づいた。

 場所は先程と同じ教会だったが朝日の眼に映る景色に色がなく、全てがモノクロに映っていた。まるで昔の白黒テレビの画面でも見ているかのように。

 扉から祭壇の真ん中で棒立ちしている朝日が祭壇に目を向けると二人の男女が向かい合い、お互いを睨みつけていた。

 男の方は先程の赤のプレートアーマー(西洋風の甲冑)を着込んだ初老の男。

 女は40歳くらいで、ゴシック様式の黒いドレスローブと三角帽を身に纏っている。

「あの、僕に何をしたんですか?」

 朝日は初老の男に問いかけるが返事がない。

 無視しているというよりは存在その物に気づいていないようだ。

『王、何故魔女の軍への入隊を許可しないのですか? 今日下界でも強い女は戦地へ向かいます』

 女は決して大きくはないが重々しさを感じさせる口調で王に抗議する。

『貴方の魔女蔑視は貴方の部下にまで伝播しています。さらには国民全体にまで魔女は弱く、守られるだけの存在という認識が広まっています』

『魔法使いは世界と戦い、魔女はその魔法使いを支える。それがこの魔法界『ソーサリー』の(いにしえ)からの習わしだ、女王。何より、事実だろう……』

『何ですか?』

 王を睨みつけながら問う女王。

『魔女が魔法使いより弱いのは』

 王は冷ややかな声色でその言葉を紡ぐ。

 その一言を聞き、数秒唖然とした女王。

 だがすぐに我に返った。

 表情が怒りをも飲み込んだ後の、決意や覚悟を感じさせる表情に変わり、王に言い放つ。

『わかりました、魔法王。魔力の多寡の根源が性別にあるという、その考え方を改めて頂けないのであれば、私が貴方に代わりソーサリーの統治者になります』

『ほう、つまりどうすると?』

『これから魔女だけの魔女王国を設立します。そこは魔女だけが暮らす国。せいぜい魔女のいないこの魔法王国で男だけで生活してみてください。そうすれば魔女が存在するありがたみもお分かりになられるでしょう』

『この魔法王国の土地は全て儂の土地だ。誰が所有物を渡すと思う?』

『勘違いなさっているようですがこれは革命です。魔女達の貴方方魔法使いに対する革命。土地の所有権等知ったことではありません』

『ほう、良いだろう。ならば戦争だ。戦争でどちらか勝利した方が土地の領土範囲を決めることにしようではないか』

『良いでしょう。それで魔女の存在価値を認めて下さるなら。ですが戦争で魔女と魔法使いを戦わせてはたった1万人の人口のソーサリーにとって損失になりかねません。ここは下界の人間を使いませんこと?』

『下界の人間を使うだと?』

『ええ。下界の人間を魔法使い、魔女の見習いである()童子(どうじ)にする能力を持つこの変身(へんしん)(せき)を使い、魔法使い達の代理で戦ってもらうのです。』

 女王は先程朝日が公園で猫に投げつけられたペンダントの宝石と同じ形をした赤い宝石をドレスのポケットから取り出した。

『魔童子としての素質を持つ男女を500人ずつ選抜し、男女別で戦いあって貰うのです。私が魔法少女軍、貴方が魔法少年軍。そして先に敵側500人のプレイヤーの石全てを破壊したチームの勝利とするのです』

『なるほど。勝利条件を石の破壊とすることで命の奪い合いにはならないという計らいか』

 魔法王が左の人差し指を顎に当て、考え込む。

『それに人材の集め方も悪くない。魔法の素質は人間界の10代から20代が最も高い。加えて、70億人という人間界の総人口数からの選抜なら1万人のソーサリーから集めるより良質な人材が確保できるな。良かろう。その魔法戦争ゲーム、いわばサバトに乗ってやろう』




 ☆

 朝日は意識を取り戻した。

 周りを見回すと先程の白い聖堂にいた。

「事の経緯は理解したかな?」

 魔法王と呼ばれていた男が倒れている朝日に話しかけた。

「さっきの夢は……」

「記憶伝達魔法。貴様の脳にわしの記憶を直接送ったのだ」

(記憶伝達……魔法? 魔法って言ったのか今? 確かにこの男の護衛らしき二人は出で立ちが魔法使いみたいだけど。三角帽被っているし)

「貴様は下界で変身石を視認できた。その石は下界の人間には一定の潜在魔力を秘めた者でしか視認できない石なのだ。そして石に触れた者を一瞬でここ、魔法王国「ソーサリー」に飛ばすようできている。貴様はその石に選ばれたのだ」

「魔法とか何とか、ファンタジーすぎて頭がついていかないんですが……」

 朝日はこの目の前の光景すら夢なのではないかと疑い始めた。

「つまり目の前の現実を受け入れられないと? よかろう。ならば貴様が変身石に選ばれた少年、魔法少年であるという証拠を見せてやろう」

 魔法王は再び腰の杖を抜き、杖先から光を放った。光がいつの間にか朝日の首に掛かっていた紫の宝石が埋め込まれた金縁のペンダント――変身石を貫いた。

 今度は朝日の体が紫の光に包まれた。

 光は朝日の着る高校の制服の形を作り変えた。

 光がゆるやかに消えると、朝日は紫を基調としたローブ、紫のブーツ、紫の三角帽子を纏っていた。手には10cm程度の、棒切れのように弱々しい木製の茶色い杖を握っていた。

「これで自分が魔法使い、もとい魔法少年になったことを自覚して頂けたかな?」

 魔法王は腕組みをしながら朝日の紫の姿、魔法少年のコスチュームを上から下まで見回した。

「……そうですね。何だかわかりませんが現実みたいですね。とりあえず僕のことを帰して頂けませんか? 明日学校なんです」

(夢にしたってもう少し疲れない夢がみたい。朝が辛くなるに決まっている)

「ならんな」

 魔法王はきっぱりと言った。

「何でです?」

「これからすぐにサバト第85試合が始まる。貴様を帰すのはそれが終わってからだ」

 朝日はそれを聞いて露骨に嫌そうな顔をした。まだこの夢続くのか。こういう頑固そうなおじさん苦手なんだよなあ――等と思いながら。

 その朝日の表情を読み取ってか、魔法王が(なだ)めるように補足説明する。

「何、心配するな。下界での1分はこちらでの1時間だ。試合が終わって帰る頃でも下界の時間は数分しか経っていないだろう」

(そろそろこの夢醒めないかな? 明日も学校なんだよ。多分公園で眠っているんだろうな僕。確かに、僕は月夜が子供の頃貸してくれた魔法少女サンムーンが大好きだ。僕のあの作品への愛が祟ってこんな夢見ているのだろうか?)

 朝日がさらに顔をしかめた。

「まあ説明するより体感した方が速いだろう。それ、フィールドに行け」

 魔法王は朝日に向かって杖を向け、再び光線を浴びせた。

 朝日は自身の身体が軽くなり、公園でペンダントを拾った時と同じ感覚を覚えた。見えない力でどこかに飛ばされているのがわかった。


「貴様に基礎魔力の才は無い。であれば残された可能性は願いの重さだ。貴様の願いが7年で熟れたか、青いままかで魔法少年としての可能性が決まる。見定めさせて貰うぞ」

 朝日の消えた聖堂で王が呟く。


 ☆

 朝日の視界には夜の荒野が広がっていた。空には大きな満月が。月の光が地上の砂と小岩だらけの地上を微かに照らしている。

 朝日は平野のど真ん中に突っ立っていた。

『小僧、ワシの声がきこえるな?』

 夜空から魔法王の声がした。

 おそらく、頭の中に直接声が聞こえているのだろう。これは所謂テレパシーのようなものだろうか。

『フィールド内におけるサバト基本原則を直接脳内に叩きこんでやる。嫌でも覚えられるだろう』

 次の瞬間、8つの過剰書きの文字列が脳内に浮かび上がった。




 ――フィールド内におけるサバト基本原則その一『範囲』

 :フィールドは半径20〜30kmの円形で範囲外にはバリアが張られている。


 ――フィールド内におけるサバト基本原則その二『時差』

 :ソーサリーの時間は下界(人間世界)の60分の1で流れるため、下界に戻っても1分の出来事で終わる。


 ――フィールド内におけるサバト基本原則その三『試合時間とノルマ』

 :1試合1時間で行われる。ノルマは10試合で最低1人の首にかけている変身石を破壊すること。これを達成できなかった場合、魔童子の資格を剝奪し、ソーサリーや魔法に関する記憶を消去する。


 ――フィールド内におけるサバト基本原則その四『救済措置』

 :死の危険がある場合、変身石の自動機能で所有者は強制離脱させられる。この機能のため必ず死人が出ない。しかし傷により強制離脱した場合も資格を剝奪する。


 ――フィールド内におけるサバト基本原則その五『傷』

 :サバト最中で重大な怪我を負っても下界に戻る時には完全に癒えている。


 ――フィールド内におけるサバト基本原則その六『違反行為』

 :同性の味方を故意に攻撃した場合、ペナルティが課される。


 ――フィールド内におけるサバト基本原則その七『杖の支給』

 :全ての魔童子はユグドラシルの世界樹の幹を加工した12cmの杖を1本ずつ与えられている。長さ、色共に例外はない。


 ――フィールド内におけるサバト基本原則その八『勝利報酬』

 :魔法少女、もしくは魔法少年の変身石が全て砕かれた時点でゲーム終了。勝ち残った性別チーム全員の願い事を1つ、変身石に叶えて貰える。ただし、願い事は実現不可能性が高ければ高いほど、チームに大きな貢献をしなければ叶えられない。より多く、より強い敵を倒すことが、叶えにくい願い事を叶えることに繋がる。




 朝日の脳内に垂れ流されている文字列をアナウンサーと思われる女性が機械的な口調で読み上げた。録音ボイスだろう、魔法の。

 女性のボイスが終わるとすぐに魔法王がルールを再説明し始めた。

『脳内に直接送られているだろうが改めて重要なことを口頭で伝えておく。制限時間は1時間。ノルマは10試合で最低魔法少女1人の変身石を破壊すること。このノルマが達成できない者からは変身石を没収し、魔法少年としての資格を剝奪する。無論、魔法少女サイドも同じルールだ。「人を傷つけられない」等とぬかされては変身石の無駄遣いだからな。没収した変身石で代わりの魔法少年をスカウトする』

 ここで「ハァーッ」と王が嘆息した。

『1人も倒さないまま10試合目で脱落する腑抜け新人魔童子の多い為に石の総数が減らず、ゲームが進行しないという時期もあった。ゲーム初期の180年前……人間界単位での3年前から何度入れ替わってきたことか……』

 魔法王の呆れ声が脳内に響く。

「そのゲーム、僕に何かメリットあるんですか?」

 夜空に浮かぶ月に向かって問いかける。

 朝日は選択権を与えられずに強制的に参加させられていることに腹を立てていたので、イラつきが王に伝わる口調で質問した。

 この質問で初めて魔法王の笑い声を聞いた。

『ふふっ、基本原則その八をよく聞いていなかったのか?このサバト終了後、勝ち残った魔法少年、もしくは魔法少女には褒美としてどんな願い事でも一つ叶えてやることになっている』

(え、なんだその王道少年マンガみたいな設定は)

 自分の見ている夢の設定に驚きを隠せない朝日。

「でも3年前からスタートしている人達がいて、貢献度で叶えてくれる願い事の大きさが変わるという事は、今から参加しても大した願い事叶えてくれないんじゃないんですか?」

 夢に対して真剣な質問をするのも馬鹿らしいが、夢を楽しむ意味でも聞いておこう。

「貴様が敵500人の中で上位の強さの魔法少女を討ち取れば大きな貢献となる。または大勢倒すかだ。このどちらかを目指せば既存の魔法少年共より高い願いを叶えられる」

「その強い魔法少女を素人の僕じゃ倒せないのでは?」と言いたかったが辞めた。いわばプロスポーツ界みたいな物なのだろう。ぽっと出のルーキーが10年以上のベテランより優秀な事もある。

「願い事……。例えば不老不死でも金銀財宝でも願い事を100個にしろでも叶えられるんですか?」

 次はあえて図々しい願い事を聞いてみた。こういうので実は死んだ人は1人しか生き返らないだの、人を殺すなら願い事を叶えてくれる者より能力が劣る人のみだの、実は制約がありました等と後から言われても困る。

『願い事100個以外ならどんな願いでも叶えてやる。貢献度に応じてな』

 王は真面目に答えた。空から声が聞こえるだけなので声色で王の感情を判断せざるを得ない。今の声色はただ淡々としていた。

「例えば、『不老不死と金銀財宝、両方くれ』と言って2つの願いを1つにまとめるのはありですか?」

『……ああ、貢献度次第では叶うだろう』

(2つの願いを1つにできるのか。それなら……)

 朝日の脳裏に二人の人物の背中がよぎる。

(例えこの状況自体が夢でも、まあまあやる気が出てきた)

 荒野のど真ん中で一人でほくそ笑む朝日。

 そこに突如、大きな爆発音が響き、朝日の視線を向けさせた。

 銀色の煙がモクモクと上がる。

 視線を煙下に向けると二つの三角帽子……片方は銀、もう片方はオレンジ……が見えた。

 銀色の三角帽子は20歳前半くらいの銀髪の男。オレンジは同年代くらいのオレンジ髪の女の子。

 男が杖を相手に向けて光線を発射しては女の子が避け、すかさず女の子も杖を向け光線を発射している。

 そんな攻撃と回避の応酬を繰り返している。

「ねえ魔法王、あの光線って当たったら血が出るの?」

 朝日は灰色の空を見上げて、空に話しかけた。

『敬語を使え。無論だ。このゲームは殺さない戦争であっても血を流さない戦争ではない。生物は死んだら終わりだが傷は成長に繋がるものだからな』

 誇るように言う魔法王。スポーツ強豪校の鬼コーチみたいな発想だ。

「でも結果として死ぬこともあるんじゃ?」

『案ずるな。死の危険がある場合はお前達に渡している変身石が自動防衛システムを起動してお前達をその場から強制離脱させ、宮殿に送ってくれる。しかし先程の基本原則その四に記載があるようにダメージにより強制離脱した場合も魔法少年、少女としての資格を剝奪する』

「以外と厳しいルールなんだな」

『当然だ。願い事を一つ叶えてやるのだ、それに見合ったリスクくらい抱えてもらうぞ』

 言われてみれば、どんな願い事も叶えてもらえるのに相応、もしくは安いくらいのリスクかもしれない。

『さて、そろそろテレパス魔法を切るぞ。ワシはフィールド全体を宮殿から監視している。何かしらの不正があった場合も監督せねばならないからな』

 切れた音がした訳じゃないが感覚で通信が切れたことがわかった。

(とりあえず夢なんだから気軽にやろう。あの二人の戦いに混ざるとしようか。

 ……まてよ?僕魔法の使い方教わってないぞ?そんな僕があの少年漫画のような華麗な戦闘を繰り広げている二人の前に介入したら巻き添えで瞬殺される。

 ……でも夢なんだから痛みないか。魔法王とかいう僕の夢の産物はああ言ってたけど逆にあの光線の痛みで目が覚めるかも)

 そんなことを考えていたら不思議と恐怖が無くなり、戦闘する二人の方向に足取り軽く向かっていった。

 近づいて見ると二人の全身姿がはっきり見えた。

 オレンジは制服を着崩して露出度を高くした、長いオレンジ色ストレートヘアの女子高生だ。いかにもヤンキー高の不良女子。

 銀色はスーツ姿の青年だ。スーツ姿と言っても本人が長身イケメンな上、ワックスでガチガチに形を整えられたストレートパーマのミディアム銀髪なものだからサラリーマンというよりホストに近い出で立ちだ。

 オレンジと銀色。紫を基軸とした朝日のコスチュームと同じく、配色が実にシンプルだ。

 朝日も含めた三人の共通点は三角帽を被っている点と杖を持っている点だ。この二つの点だけが目の前の二人が魔法使いであることを感じさせる。

「なんだ? 援軍か?」

 ホスト風な青年が近づく朝日の存在に気づく。

「アンタ、男二人がかりで女の子襲おうっての?最低だねえ」

 オレンジ帽の女子高生が銀色帽の青年に向かって余裕の表情で吐き捨てるように言う。

「腕力とかならまだしも魔力は男も女も関係ないでしょ? それ言われちゃこのゲーム成立しないよ」

 銀色帽が微笑した顔で言い返す。どちらも杖から光線を放っては避けを繰り返しながら喋っている所に戦闘のベテランさを感じる。

 朝日は一直線に女子に向かって走りながら、光線を出せるように少女に杖先を向け、技を叫んだ。

「出でよ魔光砲!」


 ……叫んでから10秒過ぎたが何もでてこない。

 少女と少年も攻撃を停止して杖を向ける朝日を見てポカンとした顔をしている。

「……アンタ、素人だろ?」

 特段の呆れ顔を込めて少女が言い放つ。

「そんな詠唱このゲームに存在しねえし、感じる魔力が低すぎんだよ。まだゲームをこなしてねえ証拠だ。それにトーシローじゃ感じ取れないと思うけど、アタイの魔力100とするならアンタ1だから。そこのホストの魔力を95として二人合わせて96。100のアタイには勝てない。分かったらすっこんでな!!」

 睨みを聞かせて咆哮する不良女子高生の罵声に朝日は圧倒されて数歩退いた。

「君、95って所が絶妙だね。誉め言葉として受け取っておくよ」

 やはりホスト青年もこのゲームのベテランなのだろう。女子高生の咆哮に少しも気圧されていない。

「そして少年。彼女が言うように下がっていた方が良い。初心者が無駄に潰されたらこちらサイドの敗北に近づいてしまうからね」

 微笑みながら朝日に言うホスト青年は優しい人柄を感じさせた。

「ていうかアタイら二人以外で単独行動している魔童子なんてフィールドで見た事ねーんだよ。魔力が1人1人低いもんだから、群れないと簡単に変身石破壊されちまう連中ばっかだからな。単独行動してんのはアタイみたいな余程の実力者か入りたてのトーシローかのどちらかなんだよ」

(そういえば魔法王が見せた映像の中で魔法女王とかいう人が500人ずつと言っていた。このサバトというゲームでは500人ずつの魔法少女、魔法少年が戦い合っているということ。確かにそれだけの人数なら集団での協力プレイは必須だ)

「いや、僕は一人でいるの気楽だからって理由だけだからね?君みたいな自己中と一緒にしないでよ」

「何が自己中だ! テメェが他の魔法少女口説きまくってんのは知ってんだよ! アタイが孤立したのもアタイのダチ、テメェが口説きまくって内部分裂させたからじゃねえか! アタイにもあんな臭いセリフ吐いておいてこの女の敵が」

 どうやらこの対決は浮気相手への復讐現場ってことらしい。魔法使いというファンタジー要素の欠片もない。

「せっかくの男女分けバトルなんだから敵とも楽しく戦いたいでしょ?」

「テメェの手口は知ってんだよ。落とした女に『このゲームに勝ったら、願い事で君を幸せにする』とかほざいて女に自ら変身石を破壊させてリタイアさせる。汚ねえ男だ」

「僕は願い事で魔法少女皆を幸せにしてあげるつもりだよ」

 ギャルの剥き出しの怒りに笑顔で返すホスト。

 この二人のせいで朝日の魔法使いに抱いていたメルヘンなイメージがどんどん崩れていく。

「さあ、ビギナーなんて無視して続けるよ!」

「ええ、いつでもどこからでも」

 二人は再び戦闘を開始した。

 互いの杖からの光線を避けては発射する攻防戦が再開する。

 その二人の戦闘を朝日は棒立ちで見ているしかなかった。

(……何これ? せっかく魔法使いになれたのに魔法も使えない。魔法を使いこなす二人の戦いを指を加えてみているしかない?

 しかも、たかが夢の中で?)

 朝日の内側から劣等感と失意が込み上げてきた。

 小学生の頃、将来の夢に「魔法少年」と書いたこともあった。

 勿論、物心ついた時からそんなことを口にはおろか、思いすらしなくなっていた。

 特に小6の冬の「あの日」からは。

 もしこの夢が悪夢のような出来事が起こってしまった「あの日」という現実を忘れたいために見ている夢だとしても。自分の弱さ、無力さを全身で味わった「あの日」の痛みを紛らわすための夢だとしても……。

「夢の中くらい、強くいさせろ!」

 朝日は咆哮し、激高した。決してホストとギャルに向けてではなく、この弱さを思い知らされるだけの「自分が見ている夢」に対してだったが……。

 この咆哮はオレンジギャルに敵対行動ととられてしまった。

「ビギナーが……。初期勢なめんじゃねーよ」

 オレンジギャルは咆哮した朝日の方に杖を向け、拳銃から弾丸を飛ばすかのような所作で光線を発射させた。

 光線は朝日の左頬すれすれを通り抜け、頬を焦がした。

「あっつ!」

 朝日の左頬に痛みが広がり、両手で押さえる。

 しかし、光線を食らった感触からあの光線が電気を帯びていることに気づいた。

 彼女はどうやら電撃を使う魔法少女らしい。

「彼女の二つ名は”電磁魔砲(マギア・エレクト)”。さっき名乗っていた通り、このゲームが始まった3年前からの初期プレイヤーだ。君とはキャリアが違う。さっき下がっていろと言ったばかりなのに……」

 ホスト青年は「呆れた」と言いたげな台詞を、なおも微笑しながら言う。

 彼は侮蔑の台詞を他人に向ける時も常に爽やかさを崩さないで言うタイプなのだろう。

「人の通り名勝手に教えてんじゃねーよ。……まあ、どうせ記憶消されて覚えてらんないからいいか」

 先程の光線を味わった恐怖で地に膝をつけて足を動かせない朝日にオレンジギャルがゆっくり近づく。

 止めを刺しに来るつもりだ。

 朝日の頬の痛みは「これが夢ではなく現実」であることを自覚させるのに充分だった。

「あばよ」

 2メートルもない電撃の射程圏内まで来て、杖先を朝日の首にかけるペンダント、変身石に照準を合わせる。

 そして――電気の塊が杖から発射された。

 塊が朝日の視界を光で覆う。





 ☆

 小6のクリスマス、サンタは朝日に悪夢のような現実を2つプレゼントした。

 母が通り魔に殺されたことと、月夜が左眼を切り裂かれたことだ。

 朝日がその知らせを聞いたのは25日の早朝。

 父と急いで病院に向かったが病室には左眼を中心に包帯が巻かれた月夜1人しかいなかった。

 母は既に霊安室だった。

 その時、朝日自身は月夜の病室でどんな表情をしていたのかわからない。

 涙より先に現実を受け入れられなかったからだ。

 現実を受け入れて涙を流すことができたのは3日後の葬式の日。病院では「見せられるような死体ではない」ということだったので、母の死体に対面したのが葬式だったためか。

 棺桶の中の死体は葬式会場のスタッフの計らいか、切り傷だらけの体を白い百合で上手く隠していた。

 ただし、顔だけは隠しようがなかったのでその痛ましさは見る人に充分伝わった。

 朝日は泣くのではなく泣き叫んだ。朝日の横で顔の左半分が包帯巻きの月夜は(うつむ)いた顔を両手のひらで覆い隠し、指と指の間を涙で濡らしながら枯れた声で同じ言葉を懺悔するように繰り返す。

『ごめんね、ごめんね』と。

 朝日は何も言い返さなかった。月夜が悪い訳じゃないこともわかっていたし、悪いのは犯人に決まっているからだ。

 しかも犯人はまだ見つかっていない。

 だが犯人への怒りより悲しみの方が勝っていたので今は復讐とかいう気持ちにはなれなかった。

 自分に復讐のために犯人を捜しだす力なんてことができないことも分かっていた。

 だからただ、泣くことしかできなかった。

 葬式が終わった夜、家でふと母がクリスマウイヴの朝、塾講師の仕事に出かける前に言い残した言葉を思い出した。

(私は朝日のことと同じくらい月夜ちゃんのことが大好きだから、今は月夜ちゃんに守られてても、いつか守り返してあげてね)

 母の幼馴染である月夜の母は1年前に癌で亡くなった。

 だからこそこの1年、母は朝日と同じくらい月夜のことを実の娘のように大切にしていた。

 月夜の父だけでは女の子ならではの苦労に対処できないからと頻繁に月夜の家に顔を出していた。

 その日も、自分の塾の生徒である月夜のためにお弁当を作って出かけていた。

 そんな母だったからこそ、月夜を守って死んでしまった事に不自然さはなかった。母だからこそできたことだろう。

 朝日はどうだろう?

 母と父に甘やかされ、月夜にもお姉さんのように守ってもらうだけの12年間だった。

 だから母と月夜を守れず、犯人を探し出すこともできない。

 いや――これからはそうだったかもしれないけど、今日からはもう違う。

 変わらなくては。

(母さんの代わりに僕が月夜を助けてあげなきゃ……)

 その日から朝日は月夜のために弁当を作り、月夜に勉強を教えられるように最低でも月夜より勉強ができるようにし、左眼の見えない月夜のために常に月夜の左側を歩いた。母が月夜にしてあげていた全てを自分が代わりにしてあげられるようにしたのだ。

 結果的に、料理の実力も学力も学年3位以内を中学3年間でキープする程になり、月夜の左目を自分で治してやるため医者になるという夢もできた。「現在の医療では治せない」と匙を投げられてしまった程の傷だが。



 中学生活は入りたての頃から大変だった。

 小学校と同じ地域だったため、朝日と月夜の話は既に学校中が知っていたからだ。

 動物園の希少生物でも見るかのような視線を朝日と、特に月夜の左眼の眼帯に向ける連中に腹が立って仕方がなかった。

 わざわざ朝日と月夜のクラスに見物しに来るような連中も数人いた。

 朝日はそんな連中を教師より先に追い払った。

 教室を歩けば廊下を通り過ぎる生徒達が小声で何か言っているのも聞こえていた。

 朝日はそんな生徒を見かける度、相手が男女だろうが、先輩後輩だろうが、更には教師だった時も『何ですか?』と絡んでいって問いかけていた。

 結果、朝日は学年中から腫物扱いされる生活を送ることになった。

 朝日自身は何も気にならなかったが、これが月夜を守る正しい方法なのかはわからなかった。

(自分が憂き目に合うのは構わないが、月夜がそういう扱いをされるのだけは我慢がならない。

 だけど、僕のこの態度が月夜まで学年から腫物扱いされてしまう原因になってしまうのではないか……?)

 そんな葛藤も存在したが朝日にはこれ以外の月夜の守り方が分からなかった。

 そんな2年間の生活を乗り越えた、中3の10月に事件は起こった。

 月夜が他の女子グループから集団いじめを受けているという噂を聞いた。

 月夜は客観的に見て、普通の女子より見た目が可愛い。性格はお世辞にも強気ではなく、むしろか弱い。か弱さという欠点を補って余る程の他人への優しさという長所も持っている訳だが。

「可愛さ」と「か弱さ」に左眼の失明という要素が加わったことで、悲劇のヒロインとして学校中の男子に扱われるには充分だった。

「悲劇のヒロインぶって男に媚びている」ように捉えていた女子グループもあった。

 加えて学校で一番人気の男子が月夜に気があったことも、怒りを買うことになった理由の一つだ。

 特にグループのリーダー的ポジションだった、マスカラの強く、制服さえ着てなければ大学生にすら見える見た目の、170後半くらいの背丈でモデル体型の女子は、他のメンバー以上の怒りを月夜に対してたぎらせていた。

 一番人気の男子に告白してフラれた翌日に、一番人気の男子が月夜に告白をして、さらに月夜が彼を振ってしまったことを知ったからだ。

 体育の授業中にそれは起こった。

 男女共同体育の時間のドッジボールの試合でいじめっ子グループのリーダー女子がわざわざ月夜の左側に立って月夜の左眼に向かってボールを投げつけたのだ。うずくまる月夜の姿を他の仲間と一緒にケラケラ笑っていた。

 そのせせら笑いを見た瞬間、朝日はコートの中だとか授業中だとか他の生徒や教師の視界の中だとか……投げつけたのが女子だとかの、理性が飛んでしまった。

 我に返った時には投げつけた女子に馬乗りになって拳を振るっていた。

 女子は顔面痣だらけで病院通いになった。

 言うまでもなく、それが原因で学校側から問題児扱いされ、生徒全員からも今まで以上の憂き目に合った。

 事の後、父に『女の子の顔に傷をつけた行為は月夜ちゃんを襲った奴と同じ行為だ』と言われたことは今でも心に響き続けている。

 更には月夜とは別の高校に進学するよう進言された。

 それが月夜にとっても朝日にとっても良いことだと。


 ――僕はどうすれば良いのだろう?良かったのだろう?どうすれば月夜を救えるのだろう?救えたのだろう?母さんを救えたのだろう?

 どうすれば、月夜の傍にいても良いと、認めてもらえるのだろう?――


『どんな願いでも叶えてやる』

 赤い鎧を纏った老人のたった数文字の言葉が心の中で鳴り響く。




 ☆

(今のは……走馬灯……?)

 朝日は一瞬過去を高速で思い出していたが現実に引き戻された。

 引き戻されて初めに「どんな願いでも叶えてやる」という魔法王の言葉を思い出した。

(どんな……願いでも?人を生き返らせることでも、人の傷を治してやることでも? 今の痛みで分かった。これが現実な事は理解した)

 稲妻の塊が自身に迫る。もう2秒もしないうちに直撃する。

(だったら尚更……4年間諦めていたことが叶う可能性があるなら尚更……)

 朝日は過去の記憶をフラッシュバックしたことで、自分の願い事が明確に固まった。

 すると朝日の決意に呼応してか、変身石が勝手に紫の光と突風を放ち始めた。

 迫る光の塊は突然の強い突風により霧散した。

 朝日を中心に渦巻く突風、いや竜巻は朝日から2メートルの距離にいた制服魔法少女を吹き飛ばした。

 数十秒、まるで力を蓄えているかのような光はゆっくりと大きく強くなり、限界まで達すると収束して小さく弱くなっていった。

 同時に竜巻も収束していく。

 最小まで弱まった光は朝日の体に纏わりついた。

 紫の光を纏う朝日は右手1本で握る杖の先端を敵に向けながら、ただ一言、平静な声色で言い放った。

「杖解――”謀反物(リフレクター)”」

 何故そんな言葉が出てきたのか朝日自身分からなかったが、それが脳内で浮かんだ文字列だった。

 言霊に反応したかのように、棒切れと呼べる程弱々しい見た目の杖が紫の光を発し始める。

 みるみる勝手に形を変え、10cm弱の柄が伸びていく。

 形を変え終わると、紫の光はゆっくり収束していく。

 見ると先端にトランプのダイヤのような形をした巨大な刃と、1メートル以上の長さの柄を持つ長槍になっていた。

 ダイヤ型の刃の周囲にはルーン文字の浮かぶ蒼い光の輪がかかっている。

 加えて、朝日の黒髪が一瞬で紫に染まり変わった。

「へエ……彼、後追い才能型だったんだ」

 ホストは朝日の杖の変貌にポツリと呟く。

「杖解――全ての魔法少年に1本だけ与えられる杖の、潜在能力を解放した姿。その言霊は杖の形を時に大剣に、時に弓に、時に生きた蛇や鳥等の生物にすら変える。

 杖から魔法を放つ「放出型」の魔法少女の雷門ちゃんに対して、杖自体に魔法をかけて形を変化させる「武装型」の魔法少年だった訳か彼は」

 制服ギャルと朝日の戦闘を、被害を受けない距離から眺めるホストはこの展開を楽しんでいるようだ。

「……魔力90って所か? 覚醒っての噂では聞いてたが本当にした奴を直に見たのは初めてだ……」

 少しの狼狽を見せるオレンジギャル、雷門(らいもん)

「雷門ちゃん。大丈夫かい? 初めから才能人だった君は後追い才能型の魔法少年とやるのは今回が初めてだろ?」

 吹き飛ばされて尻餅をついているオレンジギャルに声をかけるシルバーホスト。

「はっ! 才能型なんて言葉で片付けんなよ。こちとら3年間杖の早抜き練習欠かした日はねえんだ。急に天才に目覚めただけの奴が努力する天才に敵うわけねえだろ?」

 雷門はゆっくり腰を上げ、再び杖を朝日に向ける。

 再度電磁砲が杖から放たれた。

 朝日は迫る光弾に対して長槍を片手で持ち、刃先を真っ直ぐに向ける構えをとった。

 光弾は槍の、光の輪を纏う刃先に直撃した。

 にまりと笑う雷門の思惑とは裏腹に、光弾は槍を破壊できず、そのまま避雷針で曲げられたかのように元来た方向に帰って行った。

「うっそだろ!!」

 光弾は叫んだ雷門の右横をすり抜け、反動で放った本人を吹き飛ばした。

 雷門が5メートル程吹っ飛び、仰向けに倒れる。

 杖も手元から離れ、吹っ飛んだ。

 朝日は倒れた敵の次の出方を伺って数秒待ったが倒れたまま動かない。恐る恐る、倒れる雷門に近づいた。

 どうやらショックで気絶しているようだ。

(へえ、魔法を跳ね返す魔法少年か……)

 ホストは岩陰から物珍しそうな物を見る目で朝日にしばらく視線を向けた後、隠れるようにその場から立ち去った。

 誰もいなくなった荒野で朝日は独り言をつぶやく。

「僕は……母さんを生き返らせ、月夜の左眼を取り戻す」

 朝日は心の中の決意を言語化した。

 ヤンキー女子高生、雷門が気絶し、ホストがいなくなった今誰も聞いてはいないが。

 この魔法戦争ゲーム――サバトでの自身の目的を固めた朝日は、傷つけた罪悪感を飲み込んで、気絶した雷門が首から下げるオレンジの変身石を槍で貫き、破壊した。

 すると雷門の体は足元からどんどん透明になって全身に周り、消えていった。

 人間界に帰ったのだろう。


 ☆

 一部始終を宮殿の王座から水晶を通して見ていた魔法王は朝日の覚醒を見て思わずほくそ笑んでしまった。

「ゲームスタート時の魔力の多寡は2つの事柄で決まる。1つは「才能」と片付けるしかない潜在魔力。もう1つは「願いの重さと覚悟の強さ」。

 後者の「願いの重さと覚悟の強さ」に関して、新人の魔童子を3種類に分類できる。1つ目は「願い事を持たずにゲームに参加する」魔童子。2つ目は「願い事を初めから持つ」魔童子。最後に「願い事を戦いの中で見出だした」魔童子。

 3つ目の、「願い事を戦いの中で見出した」魔童子に変身石は覚醒の力を与えることが稀にある。

 しかし覚醒の力を与えられるのは相応の願いの重さと、絶対に叶えるという意志のある魔童子だけだ。

 世界には「人の想いや願いは比べる物ではない」等とぬかす者もいるが、そんな台詞は自分の願いの軽さを見透かされたくない者の戯言だ。変身石は願いの軽重を容易に可視化する。

 奴の「母を生き返らせ、友の左眼を取り戻したい」という願いの重さと、「それを叶えるのを邪魔する者には容赦しない」という戦いへの覚悟は変身石に認められたという訳だ。

「才能」は並みかそれ以下だが「願いの重さと覚悟の強さ」は全1000人の魔童子の中でも5本指に入るかもしれん。

 ふふっ! ワシは良い収穫をしたのかもしれんな」

「独り言は年寄りの悪い癖だね」

 王室の入り口から右半分が白で左半分が黒の猫がトコトコ柔らかい歩法で王座に向かって歩み寄る。

「プレア、今回お前が見つけてきた人材は当たりだったぞ!」

「それは良かった。何せ彼は七年かけた人材だったからね」

 今回の人材発掘の結果に満足気な王に対して白黒猫、プレアは無表情に微笑した。表情に変化がなく、声色だけが微笑を感じさせる。



 ☆

 朝日は誰もいない荒野の中、他の魔法少女がいる所に移動することにした。

 1人でも多く敵の変身石を破壊した方が、自身の2つの願い事を叶えてもらえる可能性が上がると考えたからだ。

(まだ1人目。こんな貢献度で魔法少年サイドが勝っても、僕の2つの願い、どちらの願いも叶えてもらえないかもしれない。

 初めのルール説明の原則その八……願い事に関する説明通りなら、そういう評価基準で叶えられる願い事が決まることになる)


 幸いフィールドはほぼ平野のため、全体を見渡す事ができる。

 とはいえ、逆に言えば敵も簡単に自分を見つけることができる。

 荒野を進む途中、突如桜の花びらが視界に入った。

「……桜? こんな荒野で?」

 桜の木なんかがこんな荒野にある訳がない。

 朝日は瞬時に敵に攻撃を仕掛けられていることを理解した。

 無数の桜の花びらがカッターのように朝日を襲う。

 花びらの雪崩れをぎりぎりで回避した朝日。

 回避跡には小さなクレーターができている。

 後ろに人気を感じ、振り向く。

 そこには桃色のミディアムヘアを花飾りで止めて下向きツインテールにした新手の魔法少女が杖をこちらに向けていた。

 桃色の三角帽、ミニスカートの着物に、桜の模様の入った眼帯を左眼につけている。

 朝日は新手の魔法少女の顔を見つめながら呆然とした表情で小さく呟く。

「月夜……」




「ねえ魔法王、あの光線って当たったら血が出るの?」

朝日は灰色の空を見上げて、空に話しかけた。

『敬語を使え。無論だ。このゲームは殺さない戦争であっても血を流さない戦争ではない。生物は死んだら終わりだが傷は成長に繋がるものだからな』

誇るように言う魔法王。スポーツ強豪校の鬼コーチみたいな発想だ。

『更に人間界に戻ればサバト内で受けた傷は無かった事のように癒えている。一回のゲームで腕が飛ばされようと、次のサバト時には生えているため参加する上での支障も出ない』

その王の発言に今までのルール説明の中で一番強い安堵を覚えた。が、直ぐに新たな疑問がよぎった。

「でも変身石狙ったつもりが当たり所悪くて死ぬこともあるんじゃ?」

『案ずるな。死の危険がある場合はお前達に渡している変身石が自動防衛システムを起動してお前達をその場から強制離脱させ、宮殿に送ってくれる。しかしダメージにより強制離脱した場合、変身石は自壊するようプログラムされている。無論、その魔童子は敗北と扱われる。』

思ったよりちゃんとゲームと呼べるよう作られている事が意外だった。少なくとも死人怪我人の大量に出るリアルな戦争ではないようだ。


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