1話-1 :魔法戦争ゲーム(サバト)【白黒猫に襲われた(選ばれた)】
深夜0時、埼玉県男女町。
紫水朝日は15年間この町に住む、入学して2か月の男子高校生だ。
現在、バイト終わりから高校の制服姿で帰宅途中。
幼い頃から通い慣れている大公園の路上を気分上々で歩み通る。
この大公園は体育館、プール、スポーツグラウンドが設備されている上、路上の左右は木々が生い茂り、川を繋ぐ橋も存在するため、自然を満喫するには最適な公園だ。
美しい夜の満月を誰もいない大公園の木々豊かな路上から見上げてみる。まるで月を独り占めしているような気分になれた。
とはいえ、浮かれていないで早く帰宅しなければならない。
朝日には医者になるという目標があるのだから。
大学の医学部を目指す以上、勉強時間の確保は必須だ。
夜の路上を再び歩み始める。
が、三歩進むより先にポケットの携帯がバイブした。
(誰かからの電話だ。バイト先からだと面倒だな。あの店長うるさいから)
今日のバイトのことをふと思い出す。
ファミレスでの接客は大勢の人に関わる業務なので仕方ないことだがお客の知らないおばさんに「君小学生?」等と聞かれてしまった。
中学生と間違えられるのは頻繁だが小学生に間違えられるのは2か月ぶりだ。
そう、悲しいことに2か月ぶり。
身長157センチ、肌白童顔の朝日にとって、高校生になってから中学時代以上に自分の幼く見える見た目がコンプレックスになってきている。
恐る恐るポケットから携帯を取り出して、登録名を見て安堵した。
幼馴染の桃井月夜からの電話だ。
「月夜、久しぶり!」
月夜とは中学卒業からこの2か月弱、全く会わなかった。
小学校から毎日学校で顔を合わせていただけあって、数年くらい会っていないような感覚がした。
いや、よく考えたら小学校どころではない。
死んだ朝日と月夜の母も小学校からの幼馴染だったので、親ぐるみの仲から、赤ん坊の時から朝日と月夜は当たり前のように一緒にいたのだ。
そんな赤ん坊の頃から常に隣にいた存在だからこそ、この2か月は数年という表現をしてもおかしくないくらいには長く感じられた。
『うん、久しぶり!』
月夜の返答は相変わらず大人しかった。
子供の頃からのことなので今更だったが、月夜は年下のくせに面倒見の良い姉のように振舞う。
中学までと同じおっとりとした声色から察するに、高校入学後も変わらずな性格のようだ。
『高校は楽しい?』
「ぼちぼちだよ」
『……』
「……」
月夜の質問も淡泊ながら、朝日も淡泊な返事しかできなかった。
10数秒の無言の時間が流れる。
お互い気まずいのも仕方がない。
お互いの高校が別々になってしまった理由が理由なだけに。
『あのね、ちょっと朝日に相談したいことがあるんだけど』
月夜は朝日との雑談の機会を諦め、本題を持ち出した。
「相談?」
『うん』
月夜は昔から人に相談するタイプだし、人の相談にも乗るタイプだ。
だが口調から今回の相談は結構重いことのようだ。
「今帰り道だから後で電話するよ」
『わかった』
電話を切り、帰宅を急いで足早にした。
しかしふと真っ暗闇の公園では不自然に目立つ「ある物」の存在に気づく。
それは紫色の宝石のはめ込まれたペンダントだった。
宝石の輝きが暗闇のアスファルトを照らしている。
しかも猫が首にかけている。
こんな高価そうな物を何故猫が?
その猫の相貌も風変りだ。
右半分が白で左半分が黒の毛色。
瞳は紅く、どこかこの世の生物とは思えない。
じっと猫を見つめていると猫がゆっくり前両脚を地から上げ、後ろ両脚だけで立ち上がった。そして――、
「おめでとう、紫水朝日君! 君は念願の魔法少年に選ばれました!」
二足歩行の白黒猫は朝日に日本語で語りかけてきた。
「……へ?」
呆然とする朝日の心中等お構いなしに猫は首のペンダントを前両脚……いや両腕で外した。
そして野球の投手のようなフォームでそれを朝日に投げつけた。
「詳しくはあっちの世界で聞いてね」
猫に投げつけられたペンダントがぶつかった瞬間、朝日の体は軽くなり、視界がぐにゃぐにゃになる。その体の軽さはまるで高速で空を移動しているような感覚だった。
そう、まるで瞬間移動でもしている最中かのような。