表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者の恋  作者: 泉野ジュール
第四章 汝、燃え尽きるまで
22/26

熱風 4



 デラールフがくれた三種類の茶葉はどれも見たことさえない珍しいものばかりで、ローサシアは興奮しながらひとつを選んで、ふたりのためにお茶を淹れた。

 湯気の立つカップをお互いの前に置いて、ふたりは食卓で向き合って座った。


 そばの暖炉で踊っている炎はもちろん、デラールフが一瞬にしておこしたものだ。元になる薪のようなものさえ必要ない。部屋はすぐに半袖でも過ごせるくらいに温かくなった。


「それで……話してくれる?」

「なにを?」

「全部よ。どうして国王軍に行こうと思ったのか……とか、首都はどんな様子だったかとか、その選抜試験はどんなものだったのか、とか」


 それに……そのあいだ、どのくらいわたしのことを思い出してくれた? とか。

 ──と、言いかけたのを、ローサシアはなんとか呑み込んだ。

 それでなくても質問攻めなのに、これ以上鬱陶しい女になるわけにはいかない。最後には聞くかもしれないけれど、今はまだ我慢しなくちゃ、と思って。

 デラールフは短くうなずいた。


「最近、国王軍が大々的に兵を募っているのは秘密でもなんでもない。それは知っているだろう? 街へ出ればすぐわかることだ。徴兵のお触れがあちこちに貼ってある」

「そうかも……しれないけど」


 サリアン家には女であるローサシアしか子供がいないし、父イーアンは徴兵されるには高齢すぎる。だからあまり話題にならなかった。

 あえて言えば年齢的に可能性があるのはデラールフだが、彼は……。


「今まで、王家も国王軍もあまり《能力》を持ったものを近づけたがらなかった。たとえその力がどんな種類のものでも」

「そう……聞いているわ」

「人間相手の戦いならそれでよかった。しかし今、国王軍が兵を欲しがっているのは、悪魔族の悪行が目立ってきたせいだ。奴らはよく群れになって首都で悪さをしては、しばらくすると帰っていく。ひとを襲うこともある。……殺すことさえ」


 ローサシアはカップを持つ手をこわばらせた。

 自分達が住んでいる地方の小さな町では、まだまだ他人事のような出来事だ。サリアン家はその小さな町からさえ離れている。


 でもデラールフの口調にはそれを実際に目にした者の真剣さがあって、いたたまれなくなった。

 ローサシアはなにも知らない。


「悪魔達が天上から降り立ってくる頻度はゆっくり増えている。数も、悪行の度合いも」

「…………」

「今までの国王軍では治安維持もままならない……。このままいけばいつか本格的な戦いになるだろうと言われている。ただ、普通の人間では歯が立たないのが現実だ。いくら少しばかり剣の腕が立っても、相手は異形の悪魔だ。ひととは比べものにならない怪力を持ち、空を飛ぶのもいれば──」


 デラールフは椅子の背もたれに寄りかかって、暖炉に目を向けた。

 バチっと火の粉が散り、火の柱が立つ。

 それはすぐにおさまって元の焚き火に戻ったが、デラールフの瞳はわずかに赤色を含んで光った。


「……火を吹く悪魔もいる」

「デラ」

「目には目を。歯には歯を。悪魔には……」

「デラは悪魔なんかじゃないわ」

 デラールフは小さな笑い声を漏らし、自嘲した。「そうだろうか」


 気がつくとローサシアは椅子から立ち上がって、食卓に身を乗り出してデラールフの顔を両手でがっしりと包んでいた。


「しっかりしなさい、デラ!」


 驚いた表情のデラールフが、パチパチと目をまたたいている。

 なんだか可愛かった。瞳の赤い発光はもうない。ローサシアはさらに身を乗り出して、ほとんど食卓に乗っている体勢になりながら、デラールフの額に自分の額を押しつける。


「悪魔は妹にお茶を買ってきてくれたりしないわ」

 デラールフは、声には出さずに小さく笑った。


「笑わないで! 本当なんだから。それも三種類も」

「そうだな」

 デラールフはもう笑いを隠さなかった。「その上、がめつい商人は俺の足元を見て法外な値段をふっかけてきたのに、俺は大人しく払った。悪魔失格だろうな」

「そうだったの?」

「ああ」

「じゃあ、次はわたしも連れて行ってね。ちゃんと交渉してあげるわ」

「……そうしよう」


 ああ──どうしてふたりの身体は分かれているんだろう?


 デラとローサはひとつの魂を共有しているのに、こうして別々の肉体に宿っているのが、もどかしくてたまらない。そう思えるくらい、ローサシアはデラールフの苦悩を自分のもののように感じた。


 デラールフの手が伸びてきて、ローサシアの手首をギュッと掴む。痛くはないけれど動けないしっかりとした力で、ローサシアは息を呑んだ。


「デラ……」

「俺はどこにも行かないよ。少なくともお前が、まだ俺を必要としている限りは」

「『まだ』なんて変よ。わたしがデラを必要としなくなるなんて、未来永劫あり得ないもの」

「そうかな」

「そうよ。だってわたしはデラがいないと、これができなくなっちゃうんだから」

 ローサシアは真剣だったのに、デラールフはふっと柔らかく笑った。


「なにが、できないんだ?」

 落ち着いた声。彼の吐息がローサシアの唇にかかる。

「……息をすること」

 ローサシアは答えた。


「そんなこと言うものじゃない」デラールフは穏やかに咎める。

「でも事実よ」

「…………ローサシア」


 もしかしたら、また口づけをしてもらえるんじゃないかと、一瞬の淡い期待をした。ふたりの距離はそのくらい近かった。

 でもデラールフは動きを止め、ローサシアの唇をじっと見つめたあと、ゆっくりと離れながら姿勢を正した。


「お前は、少し兄離れする必要があるよ」


 デラールフはボソリとした小声でつぶやいて、ローサシアの唇から視線を外した。

 まるで本心ではないように。

 ……と、思いたかったのは、ローサシアの希望的観測だろうか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ