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聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
おまけ短編
81/83

3:聖なる夜に、永遠の約束 3

 聞いてしまえば、いらない想像をすることもなくなるのに。

 ミアの心が生み出す、幻の令嬢。不安な気持ちに寄り添うように、胸の内に住み着いている。


 シルファの隣に立っても、見劣りのしない美しい女性。優雅な立ち居振る舞い。優美な所作。家柄も立場も申し分がない相手。ミアが持っていない全てを、その幻は持っている。


(気持ちがスッキリしない!)


 投げやりな気持ちになりながら、ミアは物思いに終止符を打つ覚悟を決める。

 ついに最終手段に出ることにした。


(よし! もう、セラフィに聞いちゃおう)


 彼女は主人であるシルファには、絶対に隠し事をしない。そのため、ミアの相談事も筒抜けになってしまうが、祝典は明日なのだ。いずれシルファに今夜のことがばれても仕方ないと諦めた。


 早速セラフィを呼びつけて、話を聞いてみる。


「シルファ様が祝典に同伴する相手ですか? シルファ様から聞いていないんですか?」


「え?――うん」


 セラフィはきょとんとしていたが、すぐにミアの憂慮に気づいた。ふふっと含みのある笑みを浮かべる。


「あれ? もしかして妬きもちですか? 気になります?」


「気になるから聞いてるの!」


 開き直って訴えると、セラフィは満足そうにニンマリと笑う。


「大丈夫ですよ。ミアは聖なる光(アウル)なんですから。シルファ様が心変わりすることなんてありませんよ! だから、ミアに面倒が降りかからないように、今回の祝典で正妻を持つと発表する事にしたみたいですし」


「え? 正妻?」


「まぁ、毎回のことですよ。なんせ永い時を生きておられるので、程よいところで折り合いをつけておかないと、派閥とか権力争いを含んだ縁談に巻き込まれたりしちゃいます。面倒ごとを避けて、身を守るための建前みたいなものですね。その辺りも毎回ぬかりなく整えてあるので」


「建前って。……でも、そんな都合の良い相手がいるの?」


「もちろんですよ。えーと、今回はたしかブリール伯の長女だったかな。セレネです。大丈夫ですよ、ミアとシルファ様の邪魔にはなりません」


「ちょっと待って! 相手がいるの? いつから? それって婚約者? 建前で結婚って、何それ!? 建前って言っても、正妻ならシルファと一緒に住むんでしょ?」


「そうですね」


 セラフィは飄々としたものだった。ミアはあまりの衝撃に眩暈がする。

 気持ちを立て直すまもなく、セラフィが追い打ちをかける。


「これでミアは公に愛人として認められます」


「はぁ!?」


「良いとこどりってやつですよ」


「はぁ!? 嘘でしょ?」


「本当です」


 ミアはじっとセラフィの澄んだ湖底のような碧眼を見つめる。

 冗談かと思ったが、どうやらそうではなさそうだった。


 ぐらりと足元が揺れた気がした。シルファが自分に説明しようとしていたのも、この事だったのだ。


 正妻と愛人。


 ミアには到底受け入れられそうもない。マスティアにはマスティアの風習や慣例がある。シルファにも彼なりの考えがあるのだろう。おそらく永い時を生き抜いてきた処世術も働いている。


 でも、ミアにはいきなり理解することなどできない。

 建前とは言え、正妻には意味がある。通すべき筋もできる。


 自分が未熟なのは認めるが、心が追いつかない。

 彼の一番は自分ではないと、公然と発表される気がした。


 見つめていたセラフィの顔が、にじんでぼやける。


「ミ、ミア!?」


「う……」


 奥歯を噛みしめてこらえても、ぼろぼろと涙が溢れた。悔しくて、悲しい。自分はこの先マスティアでうまく生きていけるのだろうか。


 シルファへの気持ちが変わることはない。

 彼の気持ちを疑うことも知らない。


「ミア、いったいどうしたんです?」


「……なんでもない」


「何でもないって、あるでしょ!?」


 セラフィの戸惑った声が、自分の嗚咽に呑まれる。

 勢いで選んだ道が、限りなく不安定で覚束ないものだと思い知った瞬間だった。


 不安でたまらない。

 涙が止まらない。


 でも。


 シルファと共に生きるとは、そういう事なのだ。


 自分の覚悟が足りていなかった。元世界とは異なる価値観。

 誰も責められない。誰も悪くない。自分の考えが甘かっただけなのだ。

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