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聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
おまけ短編
80/83

2:聖なる夜に、永遠の約束 2

 うじうじと悩むのは性に合わない。わかっているのに、教会でグリゴリに祝典の話を聞いてから、うまく気持ちが切り替えられない。ミアは後ろ向きな自分に嫌気がさしていた。王家の祝典の準備に追われているとはいえ、シルファは夕刻には必ず住処である王宮の離れに戻って来る。


 ミアも教会で子供たちの夕食の用意が終わると、同じように離れに帰宅した。


 ここ数日、シルファはミアに「話しておきたいことがある」と繰り返している。ミアは後ろ向きになっている気持ちのせいか、痛烈に嫌な予感を覚えた。


 シルファが話を持ち出そうとするたびに、あからさまに話を逸らしている。さすがにシルファもミアの拒絶に気づいたのか、しつこくは言ってこない。


 夕食をとると再び出掛けて行くことも多く、彼の多忙さがミアには都合が良かった。

 彼の気遣いに甘えていると思ったが、どうしても話を聞く気にはなれない。


 何も変わらず、シルファのそばにいられる日々。

 幸せなはずなのに、後ろ向きな気分に拍車がかかって、ずっと悶々としている。


 気持ちが立て直せないまま、明日はついに前夜祭だった。

 食事は王宮の離れに仕える影の一族(シャドウ)が用意してくれるので、今夜もいつも通り、ミアはシルファと一緒に夕食をとっていた。


「王家の聖なる夜の祝典って何をするの?」


 ミアはさりげなく聞いてみる。食欲もなくなっているが、パンをちぎって無理やり口に放り込む。


 シルファは水の入ったグラスを手にしたまま、ミアを見た。いつもならワインを嗜んでいるが、最近は遅くまで王宮に出入りすることが多いため、飲酒を控えているようだった。


 彼の癖のない銀髪が、天井から吊り下げられた華美なシャンデリアの光を鈍く反射している。温かみのある光に照らされて、白金髪のような色味が宿っていた。


 宝石のようなシルファの紫眼がグラスの水に向けられる。


「まぁ、形式的なことばかりだな。王の挨拶、聖座の訓示、双書の確認、白の書(パール)の朗読、諸侯の抱負、誰がはじめたのか、延々と挨拶や演説が続く催しだ」


「へぇ。……舞踏会みたいな華やかなパーティーかと思ってた」


「祝典は朝からはじまるから、午後にはそういうものになるな」


「ご馳走も山盛り出たり?」


 シルファが笑いながら頷く。


「そうだな。ミアなら楽しめるかもしれないな」


「ご馳走を食べるだけなら自信があるけど……」


 どんな人が参加するのかと聞こうとして、ミアは言葉が詰まる。


(やっぱり、もやもやする)


 原因は明らかだった。どんなにごまかそうとしても、彼が王家の祝典に誰を伴っていくのか気になって仕方ない。

 かといって直接聞くのは憚られる。意識しすぎて他愛なく振る舞えないのだ。教会でグリゴリに話を聞いてから、シルファと自然に会話できているのかも怪しい。


 自然に振舞おうとするほど、笑顔がひきつる。


「ご馳走様でした!」


 シルファに不審を抱かせる前に、食事を終えてこの場を離れようと手を合わせた。


「――今日も、あまり食べておられませんね」


 席を立とうとすると、いつのまに現れたのか、すぐ傍らに影の一族(シャドウ)の筆頭であるベルゼがひっそりと立っていた。


「わ! びっくりした」


 マスティアでは珍しい黒ずくめの衣装も見慣れたが、ミアは未だにベルぜの足音を聞いたことがない。


「お口にあいませんか?」


「ち、違うよ。ちょっと、その、教会でお菓子をいただきすぎて、お腹がすいていないだけ」


 思わずあたふたしてしまう。シルファは何も言わないが、明らかな視線を感じた。


「そうですか」


 以前と比べるとベルゼの口数も増えたが、彼がしつこく追求してくることはない。

 ほっと肩を落とすと「ミア」とシルファに声をかけられる。


 目の前の席で食事を続けていたシルファが、アメジストのように煌めく紫眼を、まっすぐこちらに向けていた。


「おまえに話しておきたいことがあるが……」


 ミアはギクリと体を固くする。

 聞きたくないという気持ちは変わらないが、今夜は避けて通れそうにない。


「それは、今じゃないとダメな話?」


「そうだな」


「……わかった」


 ミアは覚悟を決めたが、じっとこちらを見ていたシルファが息を呑んだように見えた。


「シルファ?」


「いや、……やっぱり、また今度で良い」


 なぜシルファがためらったのかはわからないが、ミアは全身で安堵した。シルファが自分を傷つけるようなことを言うはずがない。聞いてしまえば、きっと他愛ないことなのだ。わかっているのに、恐れてしまう。


 気になるから話してよと、どうしても言えない。

 祝典には誰かと一緒に行くの?と、簡単なことが聞けない。


 もう一度「ご馳走様でした」と告げて、ミアは適当な理由をつけて自室へと引き上げた。

 天蓋のある寝台に体を投げ出すように横になって、やりきれない気持ちでぼすぼすと拳で寝台を打った。


 自分がこんなに切り替えの悪い人間だとは思わなかった。

 シルファの話を聞くついでに、自分も聞いてみれば良かったのだ。


 明日、王家の祝典に誰を伴うのか。

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