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3:ベルゼの日常

 王宮の離れにある予備の厨房で、ミアが忙しなく動き回っている。

 完全にベルゼの気配には気づいていない。独りでも表情豊かなミアを眺めていると、最近の主の印象につながる。

 よく笑うようになったというのが、ベルゼの感想だった。


 主であるシルファが召喚を果たした聖女ーーミア。聖女はこの世界には存在しない。そのため、見つけ出すのは至難の業であり、また崇高な一族(サクリード)にとっては崇拝に足る存在だった。


 ベルゼは王宮の離れで、せかせかと何事かに夢中になっているミアをひっそりと眺めながら、全てが何かの間違いだったのではないかと考えてしまう。


 聖なる光(アウル)


 ベルゼに言わせると、あり得ない伝承に等しい。聖女を見つけることが夢物語に等しいのだ。ミアがシルファと心を通わせて(もたら)したものは奇跡でしかない。


 違う世界から呼び寄せた聖女は、ベルゼから見て滑稽な存在だった。毎日くるくるとせわしくなく動き回っている。

 別に使命があるわけでもないのに、なぜそんなに忙しそうにできるのかが理解できない。


 主に召喚された当初は情緒不安定に泣き叫んでふさぎ込んでいたりしたが、半年も経った頃には、諦めがついたのか、開き直ったのか、マスティアでの生活に馴染んでいるように見えた。


 主であるシルファの気遣いの賜物でもあったのだろう。

 当初、聖女という肩書で目が曇っていたのは自分の方かもしれない。シルファの献身を考えれば、ミアが主に好意を抱くのは自然な成り行きである。


 シルファが聖女の召喚に成功すれば、聖なる光(アウル)への希望は奇跡ではなく現実味を帯びてくる。そのことに目を向けずに、聖女の心臓を求めろと主を責めていた。今となっては、ベルゼには黒歴史に等しい失言である。


 召喚された聖女は、泣くか喚くか落ち込むかの三択だったが、マスティアに馴染み始めると、少しずつ笑顔も見せるようになった。


 聖なる光(アウル)を放ってからは、聖女でありながら崇高な一族(サクリード)となったミアの笑顔も増えたが、ベルゼが感慨深く見守るのは主であるシルファの笑顔だった。


 時折声をあげて大笑いしていたりするが、ミアが現れるまでの永い時、傍に仕えていても、主のそんな破顔は見たことがなかった。


(私が朴訥としているのは、やはり私の個性なのだろうか)


 ベルゼやセラフィなど影の一族は、古にシルファの血が作り出した存在である。初めは自我も乏しく、シルファが必要とした影も七つである。


 ベルゼとセラフィを含めた七人だけが、シルファが直接生み出した影である。永い時をかけて個性が現れ、はじめの七影は必要に応じて新たな影を作り出し、使役できる力を与えられている。


 やがて七影が必要に応じてさらなる影を従え、王の親衛として影の一族(シャドウ)となった。


 ベルゼはシルファの血から生まれた自分の個性についてを、シルファの内にある性質の一端が現れたものではないかと考えていた。


 心の底から笑わない王。

 その性質を引き継いだのが、自分なのだと。


(ーーそうではないのかもしれない)


 永い時をかけて自分が出来上がった。シルファの性質の一端が形作られたのではなく、自分は自分。

 気配を殺してミアを眺めていると、ふっと広い厨房に馴染んだ気配が現れる。


「今度は厨房でお菓子作り? おまえは驚くほど着飾ることに興味がないな」


 王宮の離れにある予備の小さな厨房で、休日の昼下がりにミアが何かを作っているのだ。シルファが現れると、ミアは「あっ!」と声をあげた。


「シルファが来ないようにって、セラフィにお願いしていたのに!」


 いつもは主を見つけると嬉しそうに顔を綻ばせるミアが、今日に限っては邪魔者扱いをしている。

 厨房には甘い香りが漂っていた。


「ーーたしかに、セラフィにはそう言われた」


「ちょっと待って。そう言われたのに、なんで来ちゃうわけ?」


「興味がわいたから」


 ミアははあっと大きく息をついてから、気持ちを切り替えたのかいつもの笑顔になった。


「まぁ、いいや。もうほとんど出来上がっているし。せっかくだから、シルファも手伝って」


「私が?」


「セラフィの言いつけを守らなかったのが悪い」


 ミアが焼きあがったものを鉄板ごと運んでくる。


「もう冷めているけど、重いから気をつけてね。これをこっちの籠に移してください」


「焼き菓子?」


「チョコチップクッキーです。教会の子ども達に振舞おうと思って」


「ああ、喜ぶだろうな」


「でしょ?」


 ミアが嬉しそうに笑うと、シルファも笑顔になる。


「おまえは着飾って出歩いても嬉しそうにしないからな。食べたり作ったりの方が楽しそうだ」


「そんなことはないよ。わたしだって普通にオシャレには興味がある。でも、ゴテゴテしたドレスは、たまに着られるくらいの方が有り難みがあるかな」


「有り難み……」


「だって、動きにくいのは苦手だし。それにこの格好は気に入っているよ」


 ミアが自分の服装を見て、シルファに示す。

 白いブラウスと、深い紫の膝丈のワンピース。ワンピースは胸元が大きく開いていて、ブラウスに施されたフリルやレースが映える。


 ワンピースはシンプルで清楚だが、ブラウスの華やかさが目を惹いて女性らしさを強調していた。

 セラフィがミアの希望と主の好みを考慮して用意した服装である。ベルゼもセラフィの服飾の感性は認めている。


 シルファが鉄板からざらざらと焼き菓子をカゴに移しながら、あっさりと感想を暴露した。


「そうだな。その服は良く考えられてある」


「ん? どういうこと?」


 ミアが新たな鉄板を運びながらシルファを仰ぐ。主は受け取りながら悪戯っぽく笑った。


「私の好みを網羅してある」


「え? シルファの好み? これが? わりとシンプルだけど」


 不思議そうに自分の服装を眺めるミアに、シルファが笑う。ベルゼはそれ以上余計なことは言わない方がよいと思ったが、主はあっけなく打ち明けた。


「良い感じに胸が強調されているし、脱がせやすい形になっているな」


 ミアの顔が瞬く間に赤く染まる。


「し、シルファのその(よこしま)な考え方、何とかならないの?」


(よこしま)? 普通の感性だと思うが」


「発想がいちいちやらしいよ!」


「私はそういう生き物だから」


「はぁ!? ひ、開き直った!?」


 ベルゼはいつ主が地雷を踏むかのかとカウントダウンをはじめたくなる。


「私は毎日ミアのことをそういう目で見てる」


「さ! 最低!」


「可愛いから触りたくなる」


「絶対に触るな!」


「抱きたい」


 がしゃーんとミアが空になった鉄板を取り落とす。慌てて拾いながら、彼女がぎろりとシルファを睨んだ。主の顔を見て、すぐにぎくりと怖気づく。


「目、目の色ーー」


「今ならずっと赤いままでいられるけど?」


「こーー」


 ベルゼがついに地雷を踏んだと思った瞬間、ミアの怒声が響いた。


「この変態! 白昼堂々信じられない! 最低! 最低!」


 ミアは素早く焼き菓子の詰まった籠を手にした。


「せっかくのバレンタインが台無し!」


「バレンタイン?」


「変態と一緒にいるのは嫌なので、先に教会に行ってくる!」


 言うなり脱兎のごとく厨房からいなくなった。シルファが可笑しそうに笑っている。


「ベルゼ」

「はい」


「相変わらずミアはおまえに気づいていないな」

「はい」


 ベルゼはそれで良いと思っている。彼女の性格からして、敏感に気配を感じれば色々と気遣ってきそうである。関わって面倒が増えるのは避けたい。


 シルファはベルゼの心中を察しているのか、それ以上は何も言わず話題を変える。


「バレンタインって何だろうな」


「さぁ。またミアの国の風習か何かでは?」


 時折ミアは元の世界の風習をなぞって自分達をもてなしてくれることがあった。


「ミアの様子、少し進歩したと思わないか」


 聖女に向かってあからさまに欲望を打ち明ける浅はかさ知りながら、主は態度を改める気配もない。戸惑うミアを見て面白がっている節があった。


「ーー進歩ですか」


 あの調子では主であるシルファの期待する境地にはほど遠いだろう。ベルゼには全く進歩など感じられないが、主には思うことがあるのかもしれない。


 シルファはまだ小さく笑っている。ベルゼがミアの進歩について考えていると、ふと宝石のような主の紫眼がこちらに向けられていることに気付く。彼はふわりとベルゼに微笑んだ。


「最近は、おまえも少し笑うようになったな」


「ーー」


 まさかと思ったが、たしかに主の言うとおりだった。

 微笑ましいという言葉が、今ならベルゼにも理解できる。


「そういう変化は、悪くない」


「はい」


 甘い香りに包まれながら、ベルゼは自分の表情が緩んでいることに、はじめて気づいた。



 ベルゼの日常 おしまい

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― 新着の感想 ―
[良い点] 謎に包まれていたベルゼの一端がうかがえる、とても興味深い補完話でした。ミアの存在は関わる全ての人たちに変化をもたらしていたのですね。 それにしても、ミアの生活を間近で観察しているなんてうら…
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