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2−2:崇高な一族(サクリード)の嗜好品 2

 何?と聞こうとしたが、ミアは声を塞がれる。覆いかぶさるように口づけられて、シルファに強く身体を抱き締められた。


 味覚を取り戻しても、シルファに感じる甘さは変わらない。むしろ取り戻した味覚にも、この甘さに勝るものはないと思える。聖女の恩恵とは異なる、恋人同士のキス。ミアが身を委ねていると、ふと肌に触れる外気の感覚が変化する。気になったが、シルファに強く抱かれていて身動きが取れない。


 やがて口づけから解放されると、自分を見つめるシルファの目が真紅に染まっていた。


(わたしの眼も、きっと赤くなってる……)


 シルファへの欲望を暴かれている気がして恥ずかしくてたまらないが、ミアはふと自分の身を包む白い夜着に違和感を覚えた。


「え?」


 シルファに抱きすくめられていて、よくは見えない。

 けれど、ちらりと視界に映るものだけで充分にわかってしまう。


 自分の身を襲った仕掛け。

「破廉恥」「卑猥」「いやらしい」という単語が怒涛の勢いで、脳裏を埋めた。


 清純さの欠片もなくなった自身の格好を理解して、ミアはシルファの肩越しに「ぎゃー」と可愛くない悲鳴をあげた。


「な! 何? 何なの、これ!」


 そのままシルファから引き剥がれようとするが、ミアの暴挙を防ぐように、自分を抱くシルファの力が緩まない。ミアはじたばたともがく。


「ミア、今夜は暴れるのはなしで」


「無理! 無理です! これは、むり、無理! 初心者には無理!! 絶対無理!」


「こうして抱きしめていれば見えない」


「そういう問題じゃない! 着替える! 着替えます!」


「残念ながら、自分で無理やり脱ごうとするとさらに悲惨なことになる」


「はぁ!? とにかく着替えるので! 見られたくないので! 灯りを消して下さい!」


「――どうせ脱がせるから同じだろ」


「変態! ド変態!」


「親切で言ってるつもりだが?」


「どこが? とりあえず灯りを消して! 消してください! シーツかぶるから離して!」


 ミアがぎゃーぎゃー騒いていると、ふっと室内の灯りが消えた。自分を抱いていたシルファの腕が緩む。


 次の瞬間。

 パンパカパーンと、空耳かと思うくらいの小さなファンファーレが響き、極端に生地が少なくなった夜着がいかがわしく発光した。


「ぎゃー!」


 ミアは悲鳴をあげながら、咄嗟にシーツを引き寄せてバサリとかぶる。怪しい光が遮断されて、ようやくひっそりとした暗闇になった。ミアはどっと疲労感に襲われる。


「何? いったい何なの? この服……」


「簡単に説明すると、崇高な一族(サクリード)の嗜好品だな」


 思っていたより近くでシルファの声がした。ミアはぼんやりと目が暗闇に慣れてくる。シルファの影を感じると、彼がくくくっと声を殺すようにして笑っているのがわかる。


 耳を澄ますと、パンパカパーン、パンパカパーンと小さなファンファーレが鳴っていた。シーツは防音の効果も果たしたているのか、ミアがそっとシーツの中を覗くと、途端に小さなファンファーレが主張してくる。心もとない紐のような夜着は、変わらず赤や紫、緑に青といかがわしく光っていた。


「嗜好品? どんな用途で? パーティーグッズ? しかも、ずっと光っているし、ずっとファンファーレが聞こえてくるんだけど」


「――とにかく」


 ミアはシーツをかぶったまま、再びシルファの腕に捕まってしまう。


「それは自分では脱げない」


「え?」


「まぁ、せっかくだから楽しませてもらおうか」


 シルファの腕に、ぐっと上体を押し倒されるような圧力が加わる。


「わ!」


 寝台に倒れた込んだミアが視線を投げると、暗闇でも自分を見下ろすシルファの影がわかる。自分の髪を梳くように手が触れた。ゆっくりと影が近づいてくる。肌に触れる熱を感じて、ミアはぎゅっと目を閉じた。


 パンパカパーン。


 瞬間、次の仕掛けが発動した。


「ぎゃー!」


 灯りのない室内にミアの悲鳴が響き渡る。続いてシルファの爆笑する声。良い雰囲気になるごとに新たな仕掛けが発動し、王宮の離れには夜が更けてもミアの「ぎゃー」と言う悲鳴とシルファの大笑いする声が響いていた。


 離れで努める影の一族(シャドウ)は、夜通し聞こえる奇怪な悲鳴と笑い声に、崇高な一族(サクリード)の夜の営みについて、ざわついたという。






 ミアに筆舌に尽くしがたい恥ずかしい夜をもたらした崇高な一族(サクリード)の嗜好品――「仕掛け夜着」。


崇高な一族(サクリード)は魔力を高めるために人への吸血を行うが、色香で捉えた相手の欲望には必ず応える。人から見ればいわゆる絶倫である。


 強い自制心を併せ持つことにより性的な欲望に呑まれることはないが、解放した場合は貪欲である。

 「仕掛け夜着」は貪欲な崇高な一族(サクリード)が、夜の営みを密にする道具として作り出した嗜好品だった。


 欲望で瞳を真紅に染める時、崇高な一族(サクリード)の体内をめぐる魔力が変化する。その微弱な変化が「仕掛け夜着」の発動条件となっている。


 初期型は仕掛けが三段階だったが、貪欲に改良が施され、五段階、七段階、最終的には十段階の仕掛けを可能にした。


 今回、セラフィが探し当てた「仕掛け夜着」は十段階型だったーーらしい。



崇高な一族(サクリード)の嗜好品 おしまい

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