2−1:崇高な一族(サクリード)の嗜好品 1
ミアはセラフィの異様なほどの意気込みに辟易しながらも、大人しく従っていた。自分が聖なる光を放って気を失ってから、彼女がどれだけ心配してくれていたのかが伝わってくるだけに、無碍にもできない。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼女の嬉しそうな笑顔に、ミアは時折胸が詰まりそうになる。
シルファと一緒にいたい。
ただそれだけの気持ちでこの世界に留まることを選んでしまったが、それを喜んでくれる人がいることが嬉しかった。
「ミア、やっぱりちょっと痩せました?」
「え? ほんと?」
「なんとなく、この辺りが」
セラフィがミアの腕と腰を示す。
「しばらく寝ていて食べていなかったからかな」
「そうですね。でも食欲はあるようですし、すぐ元に戻りますよ」
「いや、戻らなくても良いけど」
一人で良いと言い張ったが、結局浴場でセラフィに身体を磨き上げられる羽目になった。爪を整えて香油のようなものまで塗り込まれて、まるでエステでフルコースを施されているような錯覚がする。
セラフィの意気込みに付き合っている間にすっかり日が暮れてしまった。セラフィがアレでもないコレでもないと、ミアの夜着を選んでいるのを眺めながら、ミアはいつシルファが戻って来るのかと気持ちがそわそわし始める。
目覚めてから食事を済ませると、すっかり体力は回復した。ミアは自分の胸元に手を当ててみる。何事もなかったように鼓動が打っている。
(これが、シルファの心臓なんて――)
違和感は何もない。崇高な一族になったという実感もない。
それでも、今自分が生きているということが、シルファの想いを示している。
聖なる光。
それが果たされる条件を、ミアは改めて噛み締めた。
自分がシルファを想うように、彼も自分を想ってくれていたのだ。
お互いに通じていなければ、この奇跡は起こせなかった。
(……嘘みたい)
こんなに満たされていていいのかと、逆に不安になる。
「あった! これです。 さすが私!」
セラフィが自画自賛しながら、ミアに一着の夜着を差し出してきた。
ゆったりとした白のシンプルなワンピース。
ミアは以前すすめられた卑猥な夜着を覚悟していたので、ほっと胸を撫でおろした。
「ありがとう、セラフィ。良かった、またおかしなモノすすめられたらどうしようかと思った」
素直に受け取ると、セラフィは全てお見通しと言いたげにニヤリと笑う。
「ミアにそういうのを薦めても着てくれないでしょ? 私もちゃんと考えています」
ふふふとセラフィが含みのある笑みを浮かべる。
ミアは白い夜着に袖を通して着替えた。普段着ているものと、それほど変わらない形をしている。襟元も開いておらず、生地に透け感もなく、丈も足首まであり、長袖で肌の露出が少ない。清潔なイメージだった。
「なんか聖女っぽいね」
「はい、たしかに清純ですね」
「ゆったりしていて着心地も良いし、よく眠れそう」
結局セラフィは安眠できるように配慮してくれたのだろう。ミアは今夜は何も考えずに眠れそうだと肩の力を抜いた。
「ありがとう、セラフィ。シルファもそろそろ戻って来る頃じゃない? わたしは元の部屋に戻って休むようにするよ」
魔鏡のある部屋はシルファの私室のはずである。ずっとその場所を借りて眠っていたようだが、目覚めたのに我が物顔で居座っているのも心苦しい。
「は? 何を言っているんですか? 今夜は眠っている場合じゃありませんよ! 私が何のためにここまでお膳立てしたと思っているんですか?」
「えーっと、そういうのって、自然にそういう時が来るというか、そういう雰囲気になるというか……」
「だから、そういう雰囲気になるように演出しているじゃないですか」
「いや、でも、今夜は違うような――」
ミアはお膳立てされた成り行きをなんとか回避しようと、ぐだぐだと言い繕うが、セラフィは仁王立ちしたままじっとりとミアを睨んでいる。
「それに、元の部屋に戻っても同じですよ。シルファ様は絶対にミアの顔を見に来ますから」
「同じなら元の部屋で良くない?」
セラフィはしばらくミアの顔を見つめていたが、「まぁいいでしょう」と頷いた。
ミアは何とかセラフィの作戦を回避できたと、心の底からほっと安堵した。
王宮の離れにミアのために用意された部屋は、シルファの部屋とは違う階にあった。久しぶりに入った筈の室内は、綺麗に整えられている。けれど天蓋のある寝台は、ミアが独りで休むには大きすぎる仕様のままだった。少し引っ掛かりを感じたが、ミアはすぐに寝台に入って絵本を開いた。
シルファが訪れてくる覚悟はしていたが、文字を追っているうちにいつのまにか眠りに誘われてしまったようだ。
頬に触れる温もりを感じて、ミアはぼんやりと目を覚ます。
「あ、悪い。――起こしてしまったな」
聞きなれた声にどこか安堵した気配があった。ミアは慌てて上体を起こす。
「おかえりなさい、シルファ。ごめん、起きていようって思ったのに」
シルファがこちらを見る眼差しにも、安堵の色が宿っている。自分が目覚めなかった時の危機感が蘇ったのだろうか。ミアはシルファに心配をかけていたのだと改めて気づく。目覚めた直後、彼を責めるだけだった自分を振り返って、申し訳のない気持ちになった。
「わたしもシルファに心配をかけていたんだね。ごめんなさい。色々勝手なことをして」
「ミアが謝ることなんて、何もない」
シルファの手がもう一度ミアの頬に触れた。ゆっくりと気配が近付く。キスされると思って身構えると、シルファがふとミアの夜着に目を止めた。
「その服――」
「え?」
「もしかして、セラフィが用意したのか?」
ミアは何かおかしな所があったのかと、着ている物を確かめるが、これといって気になることはない。
「うん。着心地が良くて寛げるけど?」
「ーー何も聞いてない?」
「何が?」
ミアにはさっぱりわからない。シルファは「はぁ」と深く息をつく。
「よくこんなものが見つかったな。しかも、どう考えても暴れ倒す選択肢しかないだろ。あいつ、どういう発想でこれが最適解になると思ったんだ」
「何の話?」
「――いや、何でもない。どういう経緯でそれを着ることになったんだ?」
「経緯って……」
はじめはミアに足りない色気を足すという目的だったような気がするが、そんなことをシルファに打ち明けられるわけもない。適当に答えておこうとすると、シルファにずばりと言い当てられる。
「ミアを最高に色っぽく仕上げるとか、そういう作戦?」
「――っ」
あまりにも的を射ている。ミアはうまくごまかすことが出来ずに、ぼっと顔に熱が巡った。シルファが困ったように笑う。
「なるほど。元を正せば私が悪いな。別に仕掛けなどいらないが……」
「仕掛けって――」