4:崇高な一族(サクリード)の終焉
再びアラディアがシルファを見つめた。
「聖女への崇拝は認めましょう。ですが、聖女もあなたと永遠に歩むことは出来ません。彼女を失った時、あなたには哀しみを癒す者が必要でしょう」
「それが自分だと言いたいのか」
「真実を申し上げているだけです」
「――おまえは、最後まで愚かだな」
労わるようにシルファが呟いた。
「もう、終わりにしよう」
彼がすうっと両手を掲げる。新たな光が描かれはじめた。複雑な模様を編み上げるように、光が伸びていく。ミアは眩しさに思わず手をかざした。翠光子の光を呑みこむように、シルファの手から描かれた複雑な模様が発光する。
「何をなさるのです!?――まさか!」
アラディアの悲鳴が聞こえた。
光に吞まれて彼女の姿が見えないが、心臓の放つ赤い光だけは明瞭だった。シルファの放った魔法陣が、その赤い光を捕らえる。シルファがミアを振り返る。
「ミア、ここは危険だ。もっと落ち着いた状態で見送りたかったが、仕方がないな。道を開くから、行くといい」
「でも! シルファは大丈夫なの?」
「――もちろん」
ミアの目の前で、虹色に輝く光が新たな道を開く。彼方へと通じる道。
「シルファ、でも――」
心残りがありすぎる。心配でたまらなかった。無事にアラディアを捕らえることが出来るのかどうか、それだけでも見届けたい。いつの間にか長く伸びた彼の銀髪が、魔力にあおられるように閃く。
「この機会を逃すとおまえを帰せなくなる。だから、早く――」
「ミア!」
駆け寄ってきたセラフィがミアの背中を押した。
「ミア、早く行ってください」
セラフィが泣いていた。彼女は涙を拭うこともせず、さらに強くミアの背中を押す。咄嗟にベルゼを振り返ると、彼はひっそりと佇んだまま、目頭を押さえて俯いている。
「でも……」
「帰れなくなりますよ!」
魔力が吹き荒れて、辺りに赤い光が弾けている。とても綺麗なのに、どこか破滅的な危機感があった。自分がいると迷惑をかけるのかもしれない。ミアは見届けることを諦めた。虹色の光へ向かい、ゆっくりと輝く道へと踏み出す。
「振り返らずに、行ってくださいね!」
セラフィの声が響く。
「さようなら、ミア」
「うん……、う、く」
こらえきれずに涙が溢れた。ミアは嗚咽を漏らしながら、振り返らずに虹色の道を歩きはじめた。
元世界へ続く道に姿を消したミアを見届けて、シルファは安堵する。
約束は果たせた。彼女は無事に家へと帰れるだろう。
ミアと過ごしたひとときを、シルファは噛み締める。永い時の中で、心が動いた眩しい記憶。
こんな想いを抱えて逝けるのなら、悪くない。
「シルファ様」
セラフィが傍らでしゃくりあげるようにして泣いている。ベルゼを見ると手で顔を覆ったまま立ち尽くしていた。
自分の最期に立ち会わせることを申し訳なく思うが、仕方がない。
シルファは決意を違えることなく、アラディアの手の中の心臓から、そのまま魔力を放出する。
命が尽きるまで。
翠光子の園を焼き付くし、マスティアには一連の事件について、喪失の雨を降らせる。全ての辻褄を合わせることは難しいが、あとは影の一族がうまく処理してくれるだろう。
それで終わりだった。
アラディアはシルファの心臓を抱きしめたまま、顔色を失っていた。がくがくと体を震わせているのが伝わってくる。
「なぜ? なぜ破滅を選ぶのです?」
「一族の招いた事に、責任を取るのが私の務めだ」
彼女には永遠にわからないだろう。自分の抱えるこの世界への――、人への思い入れは。
だから、伝えられることなど何もない。
「終わりだよ、アラディア」
シルファの長く伸びた銀髪が舞い上がる。消耗と引き換えに、圧倒的な力が放たれた。
びしりと、彼女の手にあった心臓に亀裂が走る。鼓動の輝きが失われた。
美しい破砕音と共に、赤い光が砕け散る。同時に、胸の空洞から生まれた衝撃がシルファの身体を貫いた。裂けた胸から血がほとばしる。
綺羅綺羅と、赤く美しい光が舞った。