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聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
第十四章 アラディアと聖なる光(アウル)
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2:司祭の真実

 白い司祭服。ミア達の訪問に気付かない様子で、身動きもせず椅子に掛けている。シルファが歩み寄った。(ランプ)の灯りで顔を照らしても、その人影は動かない。


「ドラクル司祭?」


 呼びかけにも反応がない。人形のような様相に、ミアは鳥肌が立った。


「心配ないよ、ミア。暗示にかかっているだけだ。ベルゼ」


「はい」


 ベルゼが司祭に歩み寄る。シルファは寝台に(ランプ)を置いたが、何かを感じたのかまたすぐに持ち上げた。整えられた寝台には誰かが横になっているような気配はない。


「シルファ、どうしたの?」


「ミアは、見ない方が良いかもしれない」


「え?」


「向こうをむいていろ」


 有無を言わせない声で、ミアは只事ではないことだけを感じた。慌ててくるりと背を向ける。セラフィが傍らで寝台の様子を見守っている。ばさりと寝台のシーツをめくる音がした。


「わぁ……。これは、司祭の娘、マグダリアの白骨でしょうか?」


 セラフィが口元に手を当てて、綺麗な横顔を歪めている。ミアはぞっと鳥肌がたった。シルファは再びシーツをかけたのか、ばさりと空気が動く。


「ミア、もう見えないから大丈夫。この寝台に白骨遺体がある」


 ミアはおそるおそるシルファを見た。


「でも、どうして?」


「司祭は大魔女に縋って、利用されたのかもしれない」


「それって、娘を生き返らせるってこと? 魔力があれば、そんなこともできるの?」


「できない。誰にも死者の反魂はできない」


「――そんな」


 ミアが言葉を失っていると、傍らから聞きなれた声がした。


(ダアト)サクリード? それに、ミアも?」


「ドラクル司祭」


 ベルゼが与えた翠光子(アルカフェルム)を含んだ聖糖で、どうやら暗示が解けたようだった。彼はすぐに状況を察したのか、自嘲的に微笑んだ。


「……全て、知られてしまったようですね。やはり(ダアト)サクリードに隠し事はできない」


「司祭、ご息女は決して蘇らない。あなたは利用されただけです」


「――知っていました」


「え?」


 ミアが声を上げると、司祭はこちらを振り返って哀しそうに笑う。


「はじめは信じて縋りましたが、薄々気づいていました」


「では、なぜ?」


 シルファがドラクルに寄り添うように近づいた。


「なぜあの聖糖の配布を続けたんです? あなたにはどんな結果をもたらすかわかっていた筈です」


「どんな結果をもたらすか。そうですね。人は人を狩る。なぜなのでしょうか」


 ドラクルがシルファを見た。


「暗示は決められていました。教会への訪問。そして


 聖女よ、その血を捧げよ

 魔女よ、聖女を求めよ

 人よ、聖女を捕らえ、魔女を狩れ

 聖女か、魔女か、人か、答えは己の中にある

 汝、為すべき使命を全うせよ


 これだけです」


 その暗示は、ミアにも聞き覚えがあった。ドラクルは噛み締めるように続けた。


「なのに、なぜ人が人を狩るのでしょう。どこにもそんな暗示はありません。人は人の内に魔女を見る。自身の不安や恐れを映して、魔女という虚像を作り上げて排除しようとする。私は暗示のかかった者に何度も説きました。ですが、結果は同じです。人は人を狩る」


「――それで?」


 シルファの声は冷たく響いた。ドラクルが答える。


「人は白の書のように美しく穏やかに生きられないのかと。私はこの目で確かめたくなりました。本当に正しく人として在る者は存在するのかと」


 くっとシルファが嘲るように小さく笑う。


「なるほど。どうやらあなたは暗示にかかっていないが、洗脳されている。人は白の書のように美しくは生きられない。彼女が言いそうなことだ」


 吐き捨てるように告げて、シルファが改めてドラクルに伝える。


「ドラクル司祭。マスティアに魔女はいないのですよ。聖女もいない。人しかいない世界で、その暗示は果たして有効ですか? 暗示には、決定的に欠けているものがある。人は人に何を望み施すのです? はじめから不完全に作られた暗示。それはあなたの思想を歪めるほどに、信じるに値する結果をもたらすものでしょうか」


「……はじめから、不完全な暗示」


「あなたは自分の意志で(おこな)っていたつもりでしょうが、違います。騙され利用された。それが全てです」


 シルファが厳しく言い放った。ドラクルはそれ以上何かを言い募ることはしない。ミアは司祭にどんな言葉をかけるべきかわからない。何も言えなかった。


 街の人たちや子どもたちが慕う優しい彼も、たしかに在るのだ。彼は人を愛している。それだけは信じていたい。裏切られたという気持ちはなかった。ただ哀しかった。


 シルファは司祭から離れると、(ランプ)の灯り手に部屋の奥に進む。灯りに照らされて扉が浮かび上がる。ミアはシルファの後を追いかけながら、芳香が強くなるのを感じた。


「――私の鼓動を感じる」


 シルファが小さく呟いた。彼は背後のベルゼとセラフィを振り返って、手にしていた(ランプ)をベルゼに渡す。


「この後のことは、予定通りに頼む」


「かしこまりました」


「はい」


 二人の返答を聞いて、シルファが微笑んだように見えた。


「ミア」


 シルファに手招きされて、ミアは彼の隣に立った。


「私が元の世界への道を開いたら、振り返らずに進め。ミアが渡り切るまで決して道が閉じることはない。だから、安心して行けよ」


「うん」


「――今までありがとう、私の女神」


 シルファがミアの額に唇を寄せた。ミアの視界が滲む。泣き出しそうになるのを堪えることに精一杯で、何も言えない。


「いよいよだな」


 彼はためらわずに目の前の扉を開いた。

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