2:翠光子(アルカフェルム)
「ベルゼ」
「おはようございます」
いつもの黒づくめの装束で、ベルゼが一礼した。
「おはよう。――手に入ったか?」
「はい、こちらに。シルファ様の予想通り、地下があるようです」
彼が卓の上に一枚の図面を広げた。シルファは目を通して、自身の憶測について裏付けを取る。
地下室というには広い空間。想像通りだった。
「だが、この図面では地下への出入りは現在も残っている小部屋にあるな」
「はい」
シルファは旧聖堂の調査を思い浮かべるが、そんな扉はなかった。
「ここは埋められているのか」
「ドラクル司祭が赴任する前までは、確かにそこから出入りが可能だったと。ただその頃から旧聖堂として閉鎖されていたので、利用はしていなかったようですが」
当時を知る者にも確認済みのようである。影の一族の仕事の早さには驚かされる。ベルゼは無表情なままシルファを見つめた。
「ヴァハラの遺物ですか」
聖糖を装って流布された物について、ベルゼも了解しているようだった。
「そうだ。どこかで翠光子を栽培している者がある」
「大魔女ですね」
「種子の活性に多少の魔力を必要とはするが、活性させた種子であれば人にも栽培が可能だ」
「翠光子の栽培には特殊な条件が必要です。アラディアが知識を授けなければ難しいのでは?」
「そうだな。そして、この地下なら栽培が可能だ」
ヴァハラの権威の象徴と言われた翠光子。
陽光を浴びると枯れ、暗黒でのみ育つ植物である。
かつてヴァハラが築いた光の届かぬ地下空間で大量に栽培されていた。魔力に等しい効果をもたらす翠光子は、ヴァハラの財を築いた。
一筋の光も届かぬ暗黒の中で、翠に発光する群生。
シルファも視察に訪れたことがある。この世のものとは思えない美しい光景だった。
人を意のままに動かす翠光子。ヴァハラの運用は適切に守られていた。けれど、やがて三代家の対立を深める発端となった。
人を庇護する一族の倫理に反するというのが、他の大公の言い分である。
シルファは回想するたびに、もっと他の手段で三大家を取り持つことができたのではないかと後悔が募る。
翠光子の絶滅を条件に、アラディアとの婚約を受け入れた。
崇高な一族の破滅の始まりだった。
「とにかく旧聖堂の地下を探るしかない」
「教会を訪れますか?」
「ーー夜にしよう。翠光子は闇に光る。ミアも正気を取り戻しているだろうから、彼女も連れて行きたい」
もしアラディアとの再会が果たされたなら、ミアを元の世界に帰すことができる。
その機会を逃すことはできない、絶対に。
「もう覚悟を決めておられるのですか」
唐突にベルゼが核心をつく。シルファは動じることもなく微笑んだ。
「アラディアは待ちくたびれているんだろう。だから、こんなにわかりやすい仕掛けを放ってきた。私はそれに応えるだけだよ」
ベルゼが何か言いたげにしているのを感じていたが、シルファはあえて気付かないふりをした。
「ミアの様子も気になる。ベルゼ、私達も戻ろう」
「――はい」