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聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
第十三章 愚かな嫉妬
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1:回収された聖糖

 シルファは呪術対策局として、犯罪対策庁に事件の可能性を示唆した。

 呪術を込めた聖糖の無差別な配布。狂気の暗示が施されている可能性。


 報告と共に、ドラクル司祭の教会をはじめとした近隣数か所の教会の聖糖回収と、回収理由の緘口令を依頼した。


 苦肉の策であるが、仕方がない。犯罪対策庁は報告を受けて、迅速に動いてくれたようだ。

 翌朝には、呪術対策局に回収された聖糖が運びこまれた。


 幸い教会には製造元からの補充が定期的に行われているため、それほど大量な保管は成されていないようだった。


 製造元の保管庫については、シルファは危惧していない。ただ、犯罪対策庁への建前として、部下を派遣して調査を行う形は整えていた。


「すごい量ですね」


 本部の一室に集められた聖糖を見て、セラフィが感嘆している。


「これを一つずつ調べるんですか?」


「まさか。そんなことをしなくても、すぐにわかる」


 シルファは予め暗室にできる場所を選んで運ばせていた。

 すっと室内の灯りを落とす。

 辺りが闇に満ちれば、崇高な一族(サクリード)の眼には、さらに見分けるのが容易い。それは闇の中で煌々と発光して映るのだ。


 緑の光を見つけて、シルファはほっと安堵する。

 これでミアの暗示を解くことができる。

 光っている個体だけを手に取って、シルファは再び灯りをともす。


「今のでわかったんですか?」


 人と同じで、影の一族(シャドウ)にも緑の光は見えないようだ。セラフィはシルファの手にある数個の聖糖と、大量にある聖糖を見比べている。


「私には視えるからな。問題の聖糖はこれだけだ。念のため近隣の教会からも集めたが、やはりドラクル司祭の教会以外からは出ないようだな。良かった」


「それにしても、まさか大公が約束を反故にしていたなんて驚きですね。それが今になってわかるなんて」


 セラフィはあっさりと口にするが、シルファにとっては見過ごせないことだった。

 崇高な一族(サクリード)の遺物がもたらした悲劇。

 アラディアの行ったことは、間接的な殺人である。無差別な暗示。はじめから解く事を考慮していない卑劣なやり方。彼女は今も人を犠牲にすることを厭わないのだろう。聖女を巻き込む可能性すらも些細なことなのだろうか。


 どうしても、アラディアをこの世界に残していく事はできない。

 シルファは憎しみに心が奪われそうになる。いけないと自分を戒めてセラフィを見た。


「セラフィ、これをミアに届けてくれ。暗示が解けるはずだ」


「はい。良かったです」


 目的を叶えて衝動を止めることが出来ても、それだけである。狂気に取り憑かれることはないが、今朝になって目覚めたミアはぼんやりとして活動が鈍い。笑うことも怒ることもなく感情が希薄だった。人形のように寡黙になったミアを見ているのは、セラフィにも堪えるだろう。


「シルファ様は、ミアのところに戻らないんですか?」


「まだ確かめることがある。ミアのことは任せた――」


 シルファはふとまずいかもしれないと思い至る。彼女の貞操は守ったつもりだが、ミアの性格からして、色々と耐えられないかもしれない。


「 ――もしかすると、正気に返ると怒り狂って暴れるかもしれないな」


「え? どうしてですか?」


「まぁ、色々あって」


 暗示の衝動を抑えるために崇高な一族(サクリード)の色香で抑えたが、きっと全て覚えているだろう。

 色香で絡めとるより、暗示を解くまで気を失わせていた方が良かった。


「でも、私が嫌われるのなら、それはそれで良いかもしれない」


「そんなの嫌ですよ。何度も言いますけど、ミアにはシルファ様を好きでいてほしいです」


「どうだろうな。……私は卑怯だから」


「え?」


 不思議そうな顔をするセラフィにミアのことを託して、シルファは本部の自室へ向かう。

 暗示の解けた彼女が何を思うのか。シルファは自分の浅はかさに笑いたくなる。 


 本当は自分が彼女に触れていたかっただけではなかったのか。

 色香を放って捕らえた。最悪でありながら、至福の一夜。


 乞うように「シルファ」と動く唇がただ愛しい。触れるたびに漏れた、欲情を煽る声。なめらかな肌の熱。柔らかな身体。心を絡めとるように、指先に絡んだ長い髪。


 自分に深く刻まれたように、本当はミアの記憶にも残れば良いと願っている。

 せめて、この掌の熱さだけでも。消えない痣のように。


(最低だな、私は……)


 まるで未練を振り切るかのように、シルファはたどり着いた自室の扉を勢いよく開く。室内にベルゼの姿を見て、頭を切り替えた。

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