6:嘘か本当かわからない
「呪術対策局が王直轄で大きな権限を与えられているのは、そのためだ。呪術の専門家が違うと示すだけで、人々の思い込みはある程度緩む。特に間接的に事件に関わっている者には効果的なんだ」
「あ、それはわかる。たしかにその道に詳しい偉い人が否定したら、呪術以外の観点から事件を捉え直したり、見方が変わるよね」
「そう。捜査が現実的になる」
今まで朧げだった呪術対策局――シルファの仕事内容や立ち位置が、ようやくミアにも良くわかってきた。マスティア王国と元いた世界の価値観にも、それほど違いがなさそうに思う。
けれど。
「でも、シルファはわたしのことを召喚したでしょ? それは魔力じゃないの?」
「――魔力だな」
「え?」
今までの大前提が崩れ去る事実を、シルファはなんでもないことのようにあっさりと認めた。
「でも、この国に魔力や魔術はないって」
「ああ、ない。なぜなら、その方が仕事がやりやすい」
ミアが良くわからないという顔をしていると、シルファがさらりとミアの頭に手を置いた。ゆるく癖のある黒髪をくるくると弄ぶ。
「魔力などあっても碌なことがない。おまえには、わからなくても良いよ」
癖毛を弄ぶシルファの手を払いのけて、彼の品のある端正な顔を仰ぐ。ミアの顔がムッと曇るのを、シルファは面白そうに眺めていた。
「シルファは魔法使いなの?」
「違うよ」
「じゃあ、いったい何のために私を召喚したの?」
これまでにも何度か尋ねたことがあるが、シルファがまともに答えてくれたことはない。どうせ今回もはぐらかされるのだろうと拗ねた心持ちでシルファを見つめていると、彼は眼を閉じて、ふうっと吐息をつく。やがて無言のまま食卓から離れて、ミアの傍らに歩み寄ってきた。無駄のない仕草で、ミアの顔に触れた。
「な、何?」
顎に添えられた長い指に、クイ ッと力がこもる。シルファを仰ぎ見るように込められた力。さらりと前髪が触れる近さに、彼の顔があった。
「――おまえを召喚したのは、とって喰らうため」
「え?」
微笑みを浮かべて、シルファが今まで見たこともない熱のこもった眼をしている。夕闇のような澄んだ色合いが、じわりと色を移していく。
血のような、鮮やかな真紅。ミアはびくりと身体を固くした。
「私にとって、おまえは特別な女だ。この眼の色、わかるだろう? あまり無防備にしていると襲ってしまうかもしれない」
「でも、明日世界が滅んでも、それはないって――」
今までシルファに女として見られることを望んできたのに、いざ宣言されると抵抗があった。ミアは彼から滲み出した色香に呑まれて、ただ怖気付くことしかできない。
「ミア。私はいつまでも物分りの良い保護者じゃない。もっと私を警戒しろ」
そこまで言うと、シルファはニヤリと含みのある笑みを浮かべた。満ちていた色気が、からかうような気色に変わる。途端に真紅に変化していた瞳が、すうっと紫に凪いで行く。ミアは騙されたと気づいて、自分に触れていたシルファの手を弾いた。
「からかわないで! 欲情しなくても眼が赤くなるんじゃない! 最低!」
力の限り怒鳴ると、シルファは呆れた眼差しを向けてくる。
「怖気付いていたくせに。本気で欲情した方が嬉しいのか? おまえに私の相手は無理だろ」
「物事には順序がある!」
「おまえの乙女心に付き合うほど暇じゃないんでね」
「死ね! この腐れ外道が!」
苛立ちに任せて、ミアは思い切り食卓をひっくり返した。