表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
第十二章 破られた盟約
59/83

6:終焉の予感

 ドミニオとの謁見はすぐに果たされた。夜更けの訪問に気を悪くした様子もなく、ドミニオは私室でワインを用意してシルファを迎える。


「シルファの訪問なら、いつだって大歓迎だよ」


 寛いだ雰囲気だった。あまりにもいつも通りの王子を見て、シルファはふっと気を緩めた。思えば自分に懐く人間というのも珍しい。D(ダアト)の称号のせいか、人々はシルファに見えない壁を築く。自分を慕う貴婦人達も同じである。シルファ自身が深く関わらないように壁を築いているので、むしろそれは好ましい結果だった。


「女性との逢瀬を邪魔したのではないかと心配していましたが」


「シルファは僕のことを誤解しているよ」


 笑いながら、ドミニオがシルファにワインを勧める。


「今夜は遠慮しておきます。すこし、王子にお聞きしたいことがあって参りました」


 シルファは注意深く王子の様子を見る。暗示がかかっているとは思えないが、ミアも夕食時には不審さを感じなかった。


「僕に?」


 ドミニオは不思議そうにシルファを見つめる。何か思い当たることがあるのか、すぐにパッと顔を輝かせる。


「わかった。シルファの女神のこと? 今日――いやもう昨日かな、離れの書庫で会ったよ。少し貧血で顔色が悪かったけど、相変わらず可愛かった。ミアの調子はどう? 何かお見舞いでも贈ろうか?」


「いえ、それは結構ですが。なぜ、ミアのことだと?」


「やっぱり! シルファが関心を抱いているなんて、彼女しかいないだろう?」


 なぜドミニオがそう感じたのかは分からない。シルファは暗示を疑うべきかとドミニオを眺めるが、嬉しそうにはしゃぐ王子の様子は見慣れている。

 自分の知っている王子と、何の違和感もない。


「王子がミアに贈った聖糖ですが、あれは王家に納められたものですか?」


「聖糖? ああ、違うよ。教会で配布しているのをもらってきたんだ。離れの書庫にこもる時は、たまにそうしてるんだけど」


 王家専用に納められた聖糖ではない。ドミニオならばあり得るだろうと思っていたが、予想通りだった。これまでの猟奇事件を振り返っても、犯人に共通項はない。おそらく教会で聖糖に似せて無作為に配られている。


 ヴァハラの権威の象徴。

 魔力にも似た暗示を可能にする。人を意のままに動かす手段。魔力を高める血の搾取も容易にした。

 序列が低いにも関らず、三大家の中で権威を高めていった大公ヴァハラ。


 暗示のかかった聖糖が王子からミアに届いたのは、ただの偶然だったのだろうか。

 偶然か必然か。シルファはどちらでも同じだということに気付く。


 ミアに届かなくても、暗示をかけられた者が彼女を狙う可能性は高い。シルファが後見する異邦人。それだけで人々の深層に、異質な存在として根付く。異端児の烙印を押すだろう。

 暗示に魔女狩りが示唆されているのなら、標的になる確率が高い。


「何か事件の手掛かりでも見つかった?」


 ドミニオが興味深げに身を乗り出してくる。


「そうですね。少し影が見えたかもしれません」


 素直に認めると、ドミニオが「やっぱりね」と頷いた。


「うん。そんな顔をしているよ。じゃあ、もう心配はいらないかな。さすがだね、D(ダアト)サクリード」


 無邪気に笑うドミニオに、シルファは苦笑する。まだ称賛には程遠い所にいるのが現状だった。


「でも、少し失敗しました」


「え? D(ダアト)サクリードが?」


 心底驚いたと言いたげに、ドミニオが目を丸くした。


「油断していたのかもしれません」


 自嘲するように伝えると、ドミニオがことりとワイングラスを置いた。


「いいんじゃないかな」


 意味が分からず王子の眼を見ると、ドミニオは笑う。


「僕はそんなシルファの方が親近感がわくよ。僕も含めて、みんなD(ダアト)サクリードに期待しすぎだからね」


 ドミニオらしい意見だった。人懐こく憎めない性分をしている。シルファは彼への猜疑心を解いた。


「王子、ありがとうございます」


 シルファが退出しようとすると、ドミニオの声が追いかけてきた。


「ねぇ、シルファ。事件が解決したらミアを連れておいでよ。美味しい食事を用意させるから」


 シルファは王子を見返って笑う。


「――そうですね。ぜひ」


 それはきっと楽しい一時になるだろう。けれど叶えることは出来ない。事件の解決と共に、全てが終焉する。そんな予感がしていた。


「シルファ!」


 まるで檄を飛ばすかのように、王子の声が響いた。


「――約束だよ」


 シルファの覚悟を貫くように、ドミニオは真摯な眼差しをしていた。自分の望む安息が、彼には伝わってしまったのかもしれない。

 世間の評価より、いつもドミニオは聡明だった。第七王子という肩書に、わざと自分を合わせているのだろう。


「私はこれで失礼します、王子」


 シルファは約束に答えることが出来ないまま、王子の私室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ