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聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
第十二章 破られた盟約
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3:囚われた聖女

 シルファはミアを休ませると、自室で部下の持ち寄った報告書に目を通していた。些細な事件も、もしかすると大魔女への手がかりになる可能性がある。


 だが、いつもよりは気持ちが入らない。

 ミアを襲撃した女。


 目的が未遂に終わった者との面会ははじめてだったが、何かに心を囚われた様子が脳裏に刻まれている。シルファは一連の事件について、信仰を隠れ蓑にした洗脳を考えていたが、そういう者は一見正気に見える。あからさまな狂気を表に出さない。むしろ理路整然と論破を試みたり、寡黙だったりする。


(あれが、薬剤の仕業でないなら――)


 ひとつだけ可能性がある。


(もし、ヴァハラが古の盟約を破っていたら)


 シルファは自分の考えに苦笑が浮かぶ。あまりにも都合の良い憶測だった。

 アラディアにも繋がっていく道筋。自分の焦りが見せる幻想かもしれない。


 決定的に裏付ける証拠があるわけでもなく、できれば外れていてほしいが、どうしても心が可能性を示唆する。あり得ないと思っても、選択肢から外すことが出来ない。


「ベルゼ」


「――はい」


「あの旧聖堂の当初の設計図が見たい」


「設計図ですか?」


「マスティアの大聖堂ほどの規模ではないだろうが、さすがに失われている部分があるだろう。ドラクル司祭の前に務めていた者に話を聞くのも良い」


「何か気になることが?」


「――地下室があるかもしれない」


 今日の調査でもシルファは重点的にその可能性を探していた。だが、地下に続くような入り口や隠し扉は見当たらなかった。


「かしこまりました」


 ベルゼは何も聞かず、するりと気配を消した。シルファは吐息をついて、いったん考えを緩める。大きな長椅子に身体を投げ出すようにして横になった。胸に手をあてて、一時的に取り戻した鼓動に意識を向けた。渇望に苛まれない身体。引きずるような気怠さもない。以前は当たり前だったことが、新鮮に感じられる。


(聖女の血――)


 血だけでこの威力である。心臓を喰らえばたしかに自分は完全な復活を果たすだろう。けれど、ミアを手にかけることなど出来るはずがない。脳裏に面影を描くだけで、駆け抜ける気持ちがある。


「シルファ……」


 突然ミアの声がして、シルファはぎくりとする。思いが昂じて幻聴を聞いたのかと思ったが、振り返ると大きな扉を開けて、ミアが顔を覗かせていた。


 街はずれの小さな家でも、彼女が夜更けにシルファの部屋に顔を出すことはない。ミアには毅然とした守るべき境界があるようだった。

 その境界線を越えて訪れてくる意味。シルファはふと夕食時のゾンビの話を思い出した。


(これは、少し怖がらせすぎたかもしれないな)


 反省したのは束の間だった。

 目が合うと、彼女は足音もなく部屋へ入って来た。シルファはさっきまでの考えが一瞬にして覆る。危機感にも似た違和感がよぎった。


「ミア?」


 何かを羽織ることもせず、薄い夜着だけを纏った姿。

 あまりにも無防備だった。いつもの彼女からは考えられない。


「どうしたんだ?」


 咄嗟に長椅子から身を起こすと、ミアは何のためらいもなくシルファに近づき、手を伸ばす。


「とても大切なことを忘れていたから」


「大切なこと?」


「うん」


 頷きながら、ミアはシルファに腕を回して身を寄せてくる。恥じらいも戸惑いもなく、そうすることが当たり前のように身体が触れる。


「わたしは聖女だから」


 迷いのない仕草で、ただでさえ心もとない夜着の襟元を開く。結っていない長い髪をかきあげて首筋を晒した。


「シルファの糧だから、血を捧げなくちゃいけない」


 白く細い首筋を差し出すように、ミアが迫ってくる。シルファは寄り添ってくる身体を遠ざけるように力を込めた。


「駄目だ、ミア。――今は必要ない」


「どうして?」


 まるで別人のような振る舞い。ミアが、ミアではなくなっている。シルファは警戒しながら、注意深く彼女の様子を窺う。


「どうして? じゃあ、まず聖女の恩恵から?」


 再び細い腕が伸びてくる。か弱いはずのミアが、信じられないほどの力で絡みついてくる。油断していたシルファに、彼女が唇を重ねた。


 渇望が遠ざかっていても、心が奪われるほどに甘い。聖女の唾液に身体が反応する。シルファはまずいと思ったが、瞳が真紅に染まった自覚があった。獲物を捕らえようとする本能が働いてしまう。


「やめろ、ミア。どうしたんだ?」


 彼女は不思議そうにシルファを見つめる。どうして受け入れてくれないのかと、眼差しが語っていた。


「私は聖女だから」

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