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聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
第十二章 破られた盟約
55/83

2:暗示

 ミアがびくりとして、自分の体を抱くように腕を回して首を竦めた。怖がっているが、内容は気になるらしい。


「ドラクル司祭の亡くなった娘――マグダリアと言いますが、実は彼女の墓所を掘り返してみました」


「ええー!?」


 ミアが悲鳴を上げたが、シルファは少し眉を動かしただけだった。セラフィがそこまでするのなら、何か思うことがあったのだろう。


「報告に加えてくるところを見ると、なかったのか?」


「はい。柩の中は空でした」


 ミアが「ぎゃー」と騒ぐ。シルファは笑いながらセラフィを見た。


「それじゃあ、司祭の娘は生きている可能性がある?」


「否定はできませんね。今、調査中ですが」


「わかった。ありがとう、セラフィ」


 司祭のドラクルには、やはり何か裏がある。アラディアにまで繋がるかどうかはわからないが、リディア出身であることの意味は大きい。


「この世界には、ゾンビとか出るの?」


「ゾンビ?」


「墓所から死者が蘇って人を襲ったりするの?」


 ミアは自分を抱きしめるように腕を回したまま、シルファを見ている。怖いけれど聞きたいという素直な欲望に従っているようだ。シルファは彼女の好奇心に少し釘をさしておくことにした。


「なるほど、それがゾンビか。結論から言うとある」


「ええー!?」


 ミアが傍らに立っていたセラフィに飛びついた。


「でもまぁ、死者を蘇らせても碌なことがない。狂っているから、ミアの言うように人を襲ったりもするだろうな」


「じゃあ、ドラクル司祭の娘って、ゾンビだったり?」


「可能性はある」


「ええ!?」


 はっきり言って可能性はない。作り話である。ただ、少しでもミアの好奇心に蓋ができれば良いと考えただけだった。怖いもの知らずの勢いで、ドラクル司祭に関わられても困る。


「そんなのが現れたらどうするの?」


「――そうだな。戦うしかない」


 ミアのいうゾンビをうまく思い描けないので、シルファは適当なことを言っておいた。


「ゾンビってもう死んでるから不死身じゃないの?」


 なるほど、そういう考え方なのかと、シルファは可笑しくなった。ミアは大真面目な顔をしている。


「影の一族が何とかするだろ。ミアはとにかく逃げれば良いよ」


 シルファはミアの思い描くゾンビを想像しながら、しばらくゾンビ対策について適当な事を言い続けた。




 聖女よ、血を捧げよ

 汝、為すべき使命を全うせよ



 

 夕食後はすぐ休むように言われたが、午前中に休んでいたせいか全く眠たくならない。ミアは新しく用意された部屋で就寝の準備だけ整えて、寝台の上で絵本を開いていた。


 独りにされても、シルファが安全だというので、そこは疑っていない。


 夕食の席で一番苦手とするオカルトな話題が出て、必要以上にゾンビの撃退方法についてを聞いてしまった。ミアはつまらない話題に喰いつきすぎた自覚があるが、怖いのだから仕方がない。


 結局、何のためにドラクル司祭を調べているのか分からないが、人々に慕われる優し気な司祭の印象が覆ることはない。


 娘を亡くして過去に辛い思いをしたのだろう。そう考えると、いつも微笑んいる司祭を思って、少し切なくなるほどである。


(――そういえば、もう教会に行ってもルミエに会えないんだな)


 ミアは絵本を閉じて、寝台に横になる。目を閉じて、今日の出来事を振り返った。

 ドミニオとの再会。淡く緑に発光していた聖糖。やがてルミエの行方が気になって、突き動かされたかのように教会へ走った。


 なぜ、あれほどの焦燥が生まれたのだろう。自分を慕ってくれた幼い気配に、弟のことを重ねていたのだろうか。落ち着いて考えると、不自然なくらい不安になっていたが、誰かを案じるとはそういうことかもしれない。


 自分の気持ちなのに思い通りに扱えない。取り乱すとは、そういうことだろうか。

 心の手綱を捌けなくなる。


(この世界に召喚されて、帰れないって大騒ぎした時もそうだったな)


 泣いても仕方がないのに、涙が止まらなかった。


(あの時は、シルファが……)


 自分に差し出された彼の手と、約束。それがミアの悲嘆を少し緩めてくれた。


(でも、今日は……)


 教会の聖堂へ入ると、嘘のように気持ちが落ち着いた。

 ルミエを見つけたわけでもないのに、まるで大切な目的を果たしたように、不安が拭われたのだ。


(聖堂には、気持ちを落ち着ける雰囲気があるのかも)


 だから人々も安らぎを求めて立ち寄るのかもしれない。

 夕闇に沈む聖堂。厳かな静寂。暗闇に沈んでいても、恐ろしくはなかった。


 司祭が自分を見つけるまで、ただ立ち尽くしていた。

 立ち尽くして、聞いていた。


 聖壇から響いた、美しい声。

 不安を遠ざける声。




 聖女よ、血を捧げよ

 汝、為すべき使命を全うせよ




(ああ、そういえば――)


 こんなに大切なことを、なぜ、今まで忘れていたのだろう。

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