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5:呪術対策局

(もしかして、わたしただの欲求不満なんじゃ……)


 脳裏の妄想を蹴散らそうと、ミアはシチューを口いっぱいに頬張った。甘い妄想が味のないシチューに置き換わる。同じ食卓について、目の前で「まずい、苦い、地獄か」と言いながらシチューを食べているシルファを見た。


「それで、昨日は何か新しい発見でもあった?」


 完全に頭を妄想から切り離して、ミアは改めてシルファに問いかける。彼はしかめっ面でシチューを平らげた後、慣れた手つきで珈琲を入れていた。時折ミアはこの世界が本当に異世界であるかどうか、わからなくなる時がある。


 本当は元いた世界のどこかにある国なのではないかと感じるほど、環境が等しいのだ。おかげで馴染むのにそれほど苦労はしていない。


「少し気になる点もあるが……、残念ながら、私の期待するような情報はなかったな」


「こんなに魔女の仕業だって騒がれているのに?」


 シルファが湯気の立ち昇る器をことりとミアの前にも置く。もう一度食卓につくと彼は澄んだ紫の瞳をミアに向けた。


「何度も言うが、この国に魔力などない」


「でも、魔女が伯爵の娘を惨殺したって、もっぱらの噂だよ? あんな猟奇的な殺し方は、人の仕業じゃないって。ひどかったんでしょ?」


 ミアはシルファの入れてくれた珈琲を口に含む。味覚を失っているので、砂糖もミルクも必要がない。味がなくても香りを楽しめるので、今では珈琲が一番好きだった。


「伯爵の家に赴いて事件当日の様子を聞いたが、凄惨なだけで、人の手でも不可能じゃない。私の予想ではただの痴情のもつれだろう。おそらく直に犯人もつかまる。この事件は呪術ではないと、呪術対策局(こちら)の見解は説明してきたが」


「ふうん。シルファは犯人を捜さないの?」


「それは私の仕事じゃない」


「じゃあ、この事件はもう終わり?」


 シルファは黙って、手にしたカップを見つめている。


「ーー犯人がつかまってこれ以上連鎖しないなら、私のやるべき事はないが……」


「連鎖って?」


 ミアが純粋な好奇心で尋ねると、シルファは持ち上げていたカップを置いた。椅子の背もたれに体重を預けて吐息をつく。


「私は魔力や魔術はないと信じている。念じるだけで何かが変化したりはしない。だが、ある条件が揃った時、そこに魔力が存在する場合がある」


「え?」


「そうだな。――例えば、ミアがひどく誰かを恨んでいて、そいつが不幸になることを願ったとする」

「……うん」


「そんな時に、偶然そいつが事故にあって大怪我をする」

「……うん」


「この二つの出来事に因果関係はあるのか、ないのか。どう思う?」


 謎かけのように問われるが、ミアは迷わず答える。


「え? ないでしょ。シルファも偶然事故にあったって言ったよね」


「そう。私たちから見れば、それはただの偶然だ。でも、もしミアが呪術を信じていたら? 不幸になることを魔女に願い、魔女が魔力によって呪術を請け負う約束をして、その結果、事故が起きていたら?」


「それは、――さすがに魔女が呪術で事故を起こしたと考えちゃうかもしれない」


「そう。信じてしまう。その時、ミアの心には魔力が存在したことになる。特にこのマスティアでは、魔女の存在を信じる風潮がある。解決しない事件を、魔女の仕業だと考えるのは簡単だしな。まぁ、それだけなら良いが、問題はその思い込みが連鎖した時だ」


「思い込みの連鎖?」


「そう。魔女に大切な人を殺されたと信じている者には、魔女は仇になる。逆に魔女に恩恵を受けた者は、魔女を崇拝する。魔女が本当に存在するなら、その憎しみも崇拝も魔女に向けられるが、実際には魔女はいない。結果、どうなるか。思い込みが魔女を生み出し、最悪の場合、魔女狩りが始まる」


「――あ」


「都合の良い思い込みが、無実の誰かを魔女にする。例えばただ魔女を崇拝している。それだけで憎しみの対象となり、全く無関係な者が狩られ、犠牲になったりする。あるいは思惑によって、標的が決められる場合もある。残念ながら、マスティアではそういう事件が後を絶たない」


 たしかにこちらの世界に来てから、ミアもそういう事件があったことを記憶している。

 魔女を崇拝している一家が、惨殺された事件。犯人は数週間前に恋人を失っていた。不慮の事故だが、行き場のない悲しみが思い込みを完成させた。魔女による呪術によって殺されたのだと、男は信じていた。


「だから呪術対策局の出番なんだね。シルファは、常に事件の背景に魔女や呪術が存在しないことを示す必要があるんだ」

「そう。魔女狩りは、私に言わせればただの殺人だからな」


「そっか。私、逆のことを考えていたよ」


「逆のこと?」


「うん。魔力や魔術のない世界で、シルファだけがそれを行使できて、だから、その力で仕事をしているんだと思ってた」


「まさか。私はただの人だよ。そんな力は持ち合わせていない。わたしは物事の事実や因果関係を示して、思い込みを解体するだけだ」


 思い込みの解体。聞きなれない言葉の組み合わせに、ミアはさらに興味がそそられる。シルファは呑気に珈琲のおかわりをカップに注ぎ入れた。ふわりと湯気と共に嗅ぐわしい芳香が立ち昇る。


「思い込みって、解体できるの? どうやって?」


「ん? 正直に言って難しいな。どんなに事実を突きつけても、その偶然の事故が呪術の成果だと信じていたら、完全に根を絶つことはできない」


「だよね」


 好奇心で顔を輝かせているミアの様子を感じたのか、シルファが苦笑する。

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